霧が眠らないうちに綿霧子(わた きりこ)は、桐山行人(きりやま ゆきと)が海外の闇市場から救い出した美人だった。
彼は彼女のために、一人で闇市場の勢力を潰し、かつて彼女を辱めた者を全員縛り上げ、彼女に触れた部位をことごとく切り落とした。
ある密売人が彼女に向かって口笛を吹いただけのことで、彼はその密輸ルートを一掃し、血は川となって流れた。
あの夜、血に染まった外套をまとって帰宅すると、彼は真っ先に浴室へ向かい、手のひらが真っ赤になるまで何度も何度も洗い、やっと彼女の頬に触れた。
十年間も苦楽を共にした腹心の部下が、「兄貴、女一人のためにここまでするなんて、割に合わないでしょう」とこっそり口にしただけで、彼は自らの手で処刑した。
銃声が響く瞬間、彼は霧子の目を優しく覆い、震える彼女のまつげに唇を押し当てながら、こう囁いた。
「割に合うかどうかは……俺が決める」
……
けれど、ある雨の夜、彼女は一報を受けた。
行人が、一人の女のために、「天新町」を焼き払ったという。
その天新町は、行人の勢力範囲の中で最も「穢れのない」土地。
全てを洗い清めた後、霧子と二人きりで隠れ住むと、約束してくれた場所だったのに――