縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜

縁が結ぶ影〜呪われた巫女と結ぶ少年〜

last updateLast Updated : 2025-07-31
By:  渡瀬藍兵Updated just now
Language: Japanese
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平凡な高校生・悠斗は、自身の特別な霊感ゆえに、どこか影を秘めた少女・月瀬美琴と運命的な出会いを果たす。 その邂逅は、彼らの日常を大きく変え、千年もの時を超えて現代に蘇る恐ろしい「呪い」と、深く絡み合う「絆」の物語へと誘うものだった。 古き因縁が息づく町で、悠斗と美琴は、過去の悲劇に由来する異形の存在たちと対峙していく。なぜ、この地は呪われたのか?なぜ、彼らの血には抗いがたい宿命が刻まれているのか? しかし、解き明かされる真実の先には、彼らの想像を絶する残酷な運命が待ち受けていた。愛、友情、そして避けられぬ喪失――輝かしい日々の中に忍び寄る、底知れぬ影。 果たして彼らは、魂を蝕む呪いの連鎖を断ち切り、愛する者たちを救い、自らの「縁」を輝かせることができるのか。 これは、二人の少年少女が、痛みと絶望を乗り越え、互いを支え合いながら、運命という名の「縁」を紡ぎ、自らの生を、そして世界を輝かせる、壮大で切ない和風ミステリーホラー。 全ての縁が、やがて光となる。

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Chapter 1

縁語り其の一:桜舞う街

「先輩! 絶対にその人の刃物に触れないでください!」

鼓膜を劈くような、切羽詰まった少女の警告。その声が響き渡ると同時、少年の喉が、ひゅっと鳴った。

眼前に立ちはだかるのは、虚ろな眼でこちらを睨みつける、一人の男。その手には、鈍色のサバイバルナイフが握られ、尋常ならざる気配を放っている。

「彼の周囲には……彼に殺された人たちの、怨霊が渦巻いて漂っています!」

少女の言葉が、現実感を伴って脳髄に突き刺さる。

「その怨念が、ナイフを、ただの凶器じゃない……“呪われた霊の武器”として成り立たせてしまっているんです!」

あれを浴びれば、命はない。

その事実だけが、冷たく思考を支配する。掌にじっとりと汗が滲み、指先が微かに震えていた。

これまで遭遇してきた不成仏霊とは、魂の在り方がまるで違う。明確な殺意と、それを実行する手段を、その霊は確かに保有していた。

──ダンッ!

鋭い踏み込みの音。男の身体が、獣じみた俊敏さで宙を舞う。

空気を裂き、ナイフが横薙ぎに閃いた。少年はほとんど反射で後ろへ飛び退く。凶刃が鼻先を数ミリで掠め、ぞっとするような冷気が肌を撫でた。

「……遅ぇよ、ガキが」

掠れた、嘲るような声。

次の瞬間、背後から風を裂く音。そして、左腕に走る、灼けるような鋭い痛み。

「……っ!」

呻きが、少年の唇から漏れた。咄嗟に庇った腕の袖が裂け、赤黒い血が迸る。骨には達せずとも、傷は決して浅くはない。

それは、生と死が瞬時にせめぎ合う闘諍《とうじょう》。

そして、彼らが否応なく歩むこととなる茨の道、その現実の一端に他ならなかった。

だが──全ての始まりは、そこにはない。

もっとずっと静かで、穏やかな春の風が吹く日々の内にこそ、その根は芽吹いていた。

これは、一人の少年と一人の少女、二つの魂の邂逅の記録。

そして、千年の呪いをその血に宿し、千年の祈りをその身に受けた、宿業の物語である。

***

──桜織市の日々──

柔らかな風が、春の訪れをそっと街へと運んでくる。桜の花びらが、まるで空に溶けていくかのようにふわりと舞い上がり、優しい陽射しが、この街全体を祝福するように包み込んでいる。

ここ、桜織市《さくらおりし》は、風穂県《かざほけん》のなだらかな平野部に広がる、どこまでも穏やかな表情をした町だ。

遠い昔、この土地に最初に根付いた桜の木々が、毎年春になると美しい花を咲かせ、そこに住まう人々を、ずっと静かに見守ってきたという。

言い伝えによれば、街を見下ろす丘の上に佇む桜織神社《さくらおりじんじゃ》に宿る古き神が、その身を削って桜の枝に聖なる命を吹き込み、この町を災いから護ってきたのだ、と。

川沿いに続く桜並木が、長い冬の眠りからゆっくりと目を覚まし始める。そして、春風がそよぐたび、無数の花びらがはらはらと舞い落ちて、地面に淡く、美しいピンク色の絨毯《じゅうたん》を敷き詰めていく。

その一瞬一瞬が、まるで小さな幸せをそっと閉じ込めた、一枚の絵画のようだった。

新学期の、少しだけ浮き足立った朝。

僕が自分の教室に足を踏み入れると、大きな窓から差し込む朝の陽射しが、まだ誰のものでもない真新しい机の表面に、柔らかく落ちていた。小さな光の粒が、空気中に漂う微かな埃と一緒に、きらきらと静かに揺れている。

少し離れた場所からは、クラスメイトたちの他愛ない笑い声が微かに漂ってきて、まだ糊の匂いが残る新しい制服の香りが、春の甘い空気とそっと混じり合っていた。

自己紹介は、特に目立つこともなく、当たり障りなく簡単に済ませて。僕にとっての、ごくごく平凡な一日が、また静かに流れ始めた。

***

昼休み。購買で買った焼きそばパンを頬張りながら、僕は数人の友人と、本当にたわいもない話をしていた。

「なぁ、今年は何か面白いこととか、あったりすんのかなぁ?」

誰かが、期待と少しの気怠さを込めた声で、笑いながら呟く。

僕は、その言葉に小さく首を横に振り、「別に、これまで通り、普通でいいよ」と答えた。

そんな、何の変哲もない時間が、僕の胸に、温かい綿のようにそっと積もっていく。

教室の窓の外には、小高い丘の上に鎮座する桜織神社の、あの大きな桜の古木──桜翁が、春の柔らかな光の中で、穏やかに枝を揺らしているのが見えた。

なぜだろう、あの桜翁の方を見ると、時折、誰かに呼ばれているような……そんな不思議な感覚に襲われることがある。

(この不思議な感覚は一体……。)

***

放課後。

騒がしい昇降口を抜け出すと、西に傾いた夕陽が、校庭全体を淡い金色に染め上げていた。

その先には、桜織市で最も古く、そして最も大きな桜の木として、皆から慕われている桜翁。そして、その向こうの、夕闇が迫る森の奥には──古社、桜織神社が静かに佇んでいる。

教室の窓からも毎日見えていた桜翁《さくらおきな》が、今はもうその枝いっぱいに見事な花を咲かせ、茜色の夕陽に照らされて、風にその薄紅の花びらを揺らめかせている。

神社の周辺は、いつ来ても、どこか他とは違う、凛とした特別な空気が漂っているように感じられた。

「昔から、この土地を見守り続ける、静かで力ある守り手が宿っているんだよ。」

──そんな、この町に古くから伝わる噂話が、ふと春の夕風に混じって、僕の耳に届いた気がした。

そしてまた、あの桜翁の方から、僕を呼ぶような、微かな気配を感じる。

その時だった──。

夕陽がまさに地平線に触れようとする、その瞬間。

桜翁の、太く逞しい幹の根元に、ふわりと舞い落ちる花びらの中に、まるで最初からそこにいたかのように、一人の少女が、静かに立っていた。

茜色の光に照らされたその横顔は、どこか儚げで、そして息をのむほどに透き通るように美しかった。艶やかな茶色の髪が、ポニーテールにひとつでまとめられていて、春の夕風に、その毛先が揺れるたび、なぜだか見ていて胸が締め付けられるような、どこか切なげな雰囲気を漂わせていた。

その姿が、満開の桜と、燃えるような夕陽の光と、そして神社の持つ静謐な空気の中に、一枚の絵画のように、音もなく、ただ静かに、そこに在った。

その、あまりに美しい光景に僕の目が、釘付けになって、どうしても離せなくなってしまった。

──ああ。その、あまりに静かな邂逅こそが、永い永い旅路の始まり。

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