凍える窓から陽だまりの島へ港中市(みなとなか)の誰もが、時山家の御曹司は「狂った妻」を迎えたと噂している。
だが、橋本夢奈(はしもと ゆめな)だけは分かっていた。自分は決して狂ってなどいないことを。
彼女には、どうしても必要な儀式があった。この世の光をひと目も見ることなく逝ってしまった我が子を、弔うための儀式が。
自宅を葬儀場のように飾り立てたのは、これで三度目。夫の時山昇(ときやま のぼる)は、ついに堪忍袋の緒が切れた。
「夢奈!いい加減にしろ、いつまでこんな真似を続けるつもりだ!?」
昇は部屋に踏み込むなり、香炉を無造作に蹴り飛ばした。 夢奈はゆっくりと視線を上げ、彼を見つめた。
「今日は、あの子の初七日よ」
彼女は静かに、しかし冷ややかに告げた。
「父親なら、線香の一本でも上げるのが筋でしょう」
昇は絶句した。だがすぐに眉をひそめ、隠しきれない苛立ちをぶつけた。
「いつまでそのことに固執してる。佳澄とはもう縁を切ったと言っただろう」
彼は夢奈に歩み寄り、少しだけ声を和らげて諭した。
「男に多少の『過去』があるのは当然だ。夢奈、いい加減前を向いたらどうだ」
「過去……?」
夢奈は差し出された彼の手を激しく振り払うと、鋭い声を上げた。
「あなたの言う『過去』って、たった一週間前のことじゃない!」