協議離婚したら、忘れていた夢が叶い始めた全身血まみれで救急処置室に運ばれた妻。その時、夫と娘は――夫の憧れの人と遊園地で笑い合っていた。
この瞬間、吉川杏奈(よしかわ あんな)はついに離婚を決意する。
周囲は彼女を「地位ある夫・吉川蒼介(よしかわ そうすけ)にしがみつく無能な妻」と嘲笑った。
けれど、誰も知らない。
ジュエリー業界で「天才」と崇められるデザイナーが彼女であり、ウォール街を震撼させた伝説のトレーダー「L」の正体もまた、彼女であることを。
そして何より――蒼介が憧れの人、藤本紗里(ふじもと さり)を救うために必死に探し求めていた「特効薬」その供給者リストには、吉川家がゴミ屑のように捨てた書類に記された、杏奈本人だったことを。
離婚届を突きつけられてもなお、蒼介は「気を引くための駆け引きだ」と冷笑し、娘の吉川小春(よしかわ こはる)は「自業自得よ」と母の杏奈を蔑んだ。二人は高を括っていたのだ。彼女がいずれ泣いて戻ってくるのを。
だが、運命は逆転する。
彼女が何気なく描いた指輪のスケッチはオークションで高額落札され、国連医療機関のヘリが轟音と共に実家の庭に降り立つ。彼らが迎えに来たのは、極秘手術の執刀医としての杏奈だった。
一方、蒼介が大切に育てた娘は、非情な診断結果を握りしめて震えることになる。
「遺伝子バンクで唯一適合した骨髄ドナー……それがママだったなんて……」
暴風雨の夜。
蒼介は、冷たい床に膝をつき、絶望に打ちひしがれていた。
そんな彼を見下ろすように、杏奈はレッドカーペットを踏みしめる。サファイアのヴェールの下、紅い唇が残酷に弧を描いた。
「吉川社長。あなたの大事な人を救う手術費――代償として、吉川グループの全株式51%、いただくわ」