LOGIN発掘現場で見つけた古代の腕輪──それを研究室に持ち帰った夜、彼は現れた。 光をまとった金の髪。人ではあり得ないほど美しい、神。 「ぼく、リョウのことが好き。契約しよ?」 拒むべきだったのに、触れられた瞬間から、理性は少しずつ崩れていく。 抱かれるたび、身体は彼を求めるようになっていった。 神に愛されたその日から、音瀬遼の世界は静かに壊れ始める。 それでも彼を現実に繋ぎ止めようとする男がいる。 かつて愛し、今も身体だけは知り尽くしている元恋人──佐伯。 神と人間。 二つの引力のあいだで、遼はもう元の自分には戻れない。
View More ──佐伯から電話がかかってきたのは、
熱の底で、遼は何かを追いかけていた。 金色の光みたいなもの。 あたたかい手。 胸の奥がぎゅっと痛くなる感じ。 それが何なのか、どうしてこんなに苦しいのか、もうわからない。 目を開ける。 見慣れた天井だった。自分の部屋だとわかるのに、身体が鉛みたいに重い。 襖の向こうで、声がした。 「遼のことは問題じゃない。分霊が消えた。それが問題だ」 父の声だった。 遼は息を止めた。 分霊。 知らないはずの言葉なのに、その響きだけが妙に胸を刺した。 「問題じゃない?」 栄子の声が、低く震えた。 「目を覚まさないのに?」 「戻ったなら十分だ」 「十分なわけないでしょ」 短く、鋭い声だった。 「遼は連れていかれかけたんだよ。 消えたのがそっちじゃなくて、遼だったかもしれないのに」 父は少しも揺らがなかった。 「その方がよかった。〈天〉を失った今、この家は終わる」 その言葉に、遼の胸がまた痛んだ。 何を失ったのかはわからない。 でも、自分より大事なものがあるのだと、父は言っている。 「……最低」 栄子が吐き出すように言った。 「こんな家、終わっていいよ」 「音瀬の者ならわかるはずだ」 「わかりたくない」 ぴしゃりと返る。 「私は家のためじゃない。遼のためにやったの」 その声だけが、熱の中の遼にははっきり聞こえた。 遼は布団の上で、そっと指を握る。 何かあたたかいものに触れていた気がした。 大事だった気がするのに、思い出そうとすると、輪郭はするりと逃げていく。 気づくと、目の端から涙がこぼれていた。 熱い涙だった。 頬を伝って、枕へ落ちる。 どうして泣いているのか、自分でもわからない。 ただ、もう二度と触れられないものがある気がして、胸の奥がひどく痛んだ。 *** あの日から、長い時間が過ぎた。 シーツの熱が、まだ肌に残っていた。 遼は佐伯の腕の中で浅く息をつきながら、ぼんやりと天井を見ていた。 身体の奥はまだ少し痺れているのに、不思議なくらい心は静かだった。 佐伯の指が、遼の髪をゆっくり梳く。 その手つきは、さっきまでの熱とは違って、ひどく優しい。 「……寝る?」 低い声が耳元に落ちる。 「んー……まだ」 答
最初のうちは、窓の外にも見慣れた景色が流れていた。 閉まった店の灯り、途切れがちな街灯、黒く沈んだ家並み。 けれど、いくつか駅を過ぎたあたりから、遼は小さく眉を寄せた。 こんな線路だっただろうか、と思った。 窓の外が、妙に暗い。 ただ夜だからというだけじゃない。遠くにあるはずの家の灯りが見えず、木立ばかりが続いている。しかも、その木々は風もないのに、ときどき水の底みたいにゆらいで見えた。 隣で、アマはじっと窓の外を見ている。 「……アマ」 「うん」 返事はいつもどおり穏やかだった。 けれど、その横顔を見た瞬間、遼の胸の奥がまたきゅっとする。 アマは、知っているのだと思った。 この先へ行くことを。 この景色がどこへつながっているのかを。 電車がトンネルに入る。 窓の外が真っ黒になった。 その瞬間、車内の灯りがひとつ、ふっと明滅する。 遼は思わずアマの手を握り直した。 すぐそばで、アマが遼を見る。 「こわい?」 遼は少し迷ってから、小さく頷いた。 「……ちょっと」 アマは怒らなかった。 笑いもしない。 ただ、遼の手を包みこんで、静かに言う。 「だいじょうぶ」 その声に、また胸がきゅっとした。 怖いのに、うれしかった。 その手があるだけで、行ける気がしてしまうのが、いちばん怖かった。 長いと思ったトンネルは、音もなく終わった。 けれど、抜けた先の景色を見て、遼は息を呑んだ。 知らない駅だった。 ホームは古く、灯りは青白い。 看板らしきものはあるのに、字が読めない。読めるようで読めない、見ていると形だけが崩れていくみたいな文字だった。 窓の外には、黒い森が広がっている。 その向こうに、どこか見覚えのある山の影があった。 神根だ、と、なぜか遼は思った。 扉が開く。 外の空気はひどく冷たかった。 夏の夜のはずなのに、そこだけ季節が違うみたいだった。 アマが立ち上がる。 「ついた」 その声は、うれしそうだった。 遼も立ち上がりかけて、ふと動きを止める。 ——いや。 神根遺跡は、もっと遠いはずだ。 電車を何本も乗り継いで、それでも最後は山道を行かなければ着かない。 こんなふうに、夜の電車に少し乗っただけで
それから半年ほど、遼は何度も離れへ通った。 最初は水と干菓子を持っていくだけだった。けれどそのうち、庭で拾った石や、折った草の葉や、書庫でこっそり覚えた言葉まで持っていくようになった。アマは少しずつ人の言葉を覚え、遼の来る時間になると、障子の向こうでじっと待つようになった。 遼も、ただ会いに行っていただけではなかった。 何度か言葉を交わすうちに、アマが「かみね」から来たのだとわかった。それが神根遺跡のことだと気づいた頃には、もう季節が二度変わっていた。 父の本棚から地図帳を出して、神根の字を何度も指でなぞった。裏門から駅までの道を頭に入れ、庭師が話していた山道のことも覚えた。缶にしまってあったお年玉を何度も数え、これだけあれば二人で電車に乗れるだろうかと真剣に考えた。 子どもの考えることだから、きっと抜けだらけだった。 それでも遼は本気だった。 秋が深まるころには、アマに触れられるたび、遼の体にはもうはっきり変化が残るようになっていた。手首を掴まれればそこから熱がひろがったし、肩に指が触れるだけで、胸の奥や下腹のあたりが落ち着かなくなった。 なんだろう、これ、と何度も思った。 でも嫌ではなかった。困るのに、次もまた触れてほしいと思ってしまうのが、いちばん困った。 その日、遼は離れの座敷で膝の上に手を置いたまま、小さく息を吸った。「……きょう、いこう」 アマが金の瞳を上げる。 遼はどきどきしながら続けた。「調べたんだ。駅まで行って、電車に乗れば、神根の近くまで行ける。お金もある。たぶん、行ける」 アマは黙って遼を見ていた。 その視線に見つめ返されるだけで、遼の胸はまた少し熱くなる。「ほんとは、たぶん、だめなんだと思う。姉さんも変なこと言ってたし、見つかったら怒られる」 そこまで言って、遼は唇を結んだ。「でも、きみをここに置いていくの、もういやだ」 しんとした座敷の中で、アマがゆっくり瞬きをする。「……きみ、かえる?」 アマは遼を見て、それから小さく訊いた。「いっしょに、かえる?」 遼は息を止めた。 返してあげる、とは言った。 けれど、一緒に帰るつもりだっただろうか。自分の家はここで、学校もあって、母も姉もいる。そのはずなのに、アマの金の瞳を前にすると、「ちがう」と言うのがひどく怖かった。「……」 少しだけ迷っ
翌日の午後、遼は小さな水差しを抱えて離れへ向かった。 怖くないわけではなかった。姉に言われた言葉も、まだ胸のどこかに引っかかっている。けれど、それよりも、もう一度あの金の瞳を見たい気持ちのほうが強かった。 障子の前に立つと、昨日と同じように空気がひやりと変わった。夏の終わりの庭の匂いが遠のいて、古い木と畳の冷たい匂いだけが残る。 遼は小さく息を吸って、障子を開けた。 その人は、昨日と同じ場所にいた。 淡い金の髪が肩から背へ落ちて、薄暗い座敷の奥でじっとしている。けれど遼の顔を見た瞬間、金の瞳がほんの少しだけひらいた。 「……きた」 低い声だった。 その声を聞いた途端、遼の下腹の奥が、きゅう、と縮んだ。 嫌なような、でも少し甘い痺れが走って、遼は思わず息を止める。 なんだろう、これ、と思った。 「……うん。お水、持ってきた」 座敷へ上がって差し出すと、その人は不思議そうにそれを見たあと、そっと両手で受け取った。飲み方は少しぎこちなくて、喉が上下するのを見ていると、本当に喉が渇いていたのだとわかる。 昨日、戻れなかったことが急に申し訳なくなって、遼は膝の上で手を握った。 「……ごめん。昨日、戻るって言ったのに」 その人は水差しを抱いたまま、少し首を傾げた。 「きたから、いい」 それだけで許されるのが、かえって困る。遼はますます胸の奥が落ち着かなくなった。 しばらく黙ってから、遼はぽつりと訊いた。 「なんで、きみはずっとひとりでここにいるの」 その人は少し考えるみたいに目を伏せた。 「……まえは、ひとりじゃなかった」 「じゃあ、なんで」 金の瞳がゆっくりと遼を見る。 「ついてきたら、かえれなくなった」 遼は息を止めた。 うまくわからない。誰に、とは聞けなかった。でも、その言い方がひどく寂しくて、遼は胸の奥がきゅっとした。 「きみ、名前は?」 その人は少し首を傾げた。 「なまえ?」 「うん。きみのこと、なんて呼べばいいの」 しばらく黙っていたあと、その人はゆっくり首を振った。 「……ない」 遼は目を瞬いた。 名前がないなんて、そんなことあるのだろうか。犬にも猫にも、庭の鯉にだって名前はあるのに。 「……ないんだ」 思わずそう言うと、その人は何も答えなかっ