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時代小説では『ぼやく』よりも『こぼす』『つぶやく』が使われる傾向がありますが、池波正太郎の『鬼平犯科帳』では、岡っ引きたちが親分に遠慮がちにぼやくシーンがコミカルな効果を生んでいます。この言葉の持つ「弱い抗議」のニュアンスが、江戸の下っ端役人の立場をよく表しているのでしょう。
青春小説のジャンルでは『ぼやく』がよく使われる気がします。特に『夜は短し歩けよ乙女』では、主人公の「先輩」が理不尽な現実に向けて軽妙にぼやく様子が物語にリズムを与えています。柴崎友香の『ゴールデンスランバー』でも、若者たちが就職活動のストレスをぼやき合うシーンが現代の不安を巧みに表現しています。この言葉には、若者のもどかしさを表現するのにぴったりのニュアンスがあるのでしょう。
SF作品では意外と『ぼやく』が多用されます。『銀河ヒッチハイクガイド』の翻訳版では、アーサー・デントが宇宙の理不尽さにぼやく場面がユーモアの要になっています。この言葉が持つ「理知的な不満表明」という側面が、SFの主人公のキャラクター作りに適しているのかもしれません。
海外文学の翻訳本でも『ぼやく』は頻出しますね。カフカの『変身』ではグレゴールが家族への不満をぼやく場面が不気味な効果を生んでいます。面白いのは、翻訳者によって『murmur』『grumble』『complain』などの英単語が全て『ぼやく』に統一されているケースが多いこと。
日本の読者にとって『ぼやく』が持つ「弱々しい反抗」のニュアンスが、海外作品の登場人物の微妙な心理状態を伝えるのに最適だからかもしれません。
村上春樹の作品では『ぼやく』という表現がよく登場しますね。『ノルウェイの森』では主人公のワタナベが日常の些細な不満をぼやくシーンが印象的で、これが彼の内向的な性格を浮き彫りにしています。
宮部みゆきの『模倣犯』でも、サラリーマンたちが飲み屋で世間をぼやく場面がリアリティを持って描かれています。現代社会の鬱屈した空気を伝える効果的な手法として使われているのが特徴的です。
こうした描写は単なる愚痴ではなく、登場人物の心理状態や作品のテーマを深める役割を果たしていると思います。