تسجيل الدخول娘が重い病気にかかって、高額な治療費が必要になった。 なのに元夫の原田健太(はらだ けんた)は、娘の治療をあっさり諦め、自分の幼馴染である原田菫(はらだ すみれ)とイチャつき始めた。 絶望していた私に、手を差し伸べてくれたのは初恋の相手、野口翔(のぐち しょう)だった。翔は私と結ばれ、私の口座に1億円を振り込み、一緒に娘の看病までしてくれた。 だけど、娘は死神の手から逃れることはできなかった。 それから6年後、私たちの間に新しい命が宿った。 一人で妊婦健診に行った病院で、私は偶然、翔と医者の会話を耳にしてしまった。 「野口社長、あなたと奥さんの間にもお子さんができた今、もしあの時のことが明るみに出たらどうするんですか?」 「当時、菫は重い病気でした。沙耶香(さやか)の子の心臓を菫に移植したのは、やむを得ない手段だったんです。それに今、沙耶香には新しい子供もいて、沙耶香ももう、水に流すべきでしょう」 その会話で、私は全てを悟った。娘は……わざと誤診されていたんだ。 娘の心臓は、翔の手で密かに菫へと移植されていたのだ。
عرض المزيدあの夜の後、翔は一晩で白髪が増えてしまった。彼は、何もかもを捨てて東都にいる私を捜しに行くことにした。出発する前に、翔は一度、菫の家を訪れた。菫に謝罪と別れを告げる手紙を残そうとした。翔は菫の家のオートロックの暗証番号を知っていたので、そのまま中へ入った。ドアを開けた途端、菫が親友に愚痴をこぼしている声が聞こえてきた。芸能界デビュー以来、初めてスキャンダルを暴露された菫。しかも、相手は自分を心から愛しているはずの翔だ。菫はひどく腹を立てていた。「実は6年前、病気だったっていうのは嘘。翔さん騙すために、わざと言っただけなのよ。あの頃は、健太を愛しすぎてて。あの子供さえいなければ、健太は彼の妻と離婚してくれるかもしれないって、そう思ったの。でも、翔さんがまさかあんなに単純だなんて。私の言うことを何でも信じるんだから。今は妻にも子供にも見捨てられて、いい気味よ。それにこの間の件だって、翔さんのせいで大勢の前で恥をかかされたわ。プライドが許せない。彼をもう一度私に惚れさせて、ズタズタにしてから捨ててやるんだから」菫の言葉を聞いて、翔は雷に打たれたような衝撃を受けた。手の中にあった手紙は、くしゃくしゃに握りつぶされていた。全ては、菫による自作自演の嘘だったのだ。翔は、そこでやっと気づいた。自分は何年もの間、まるでピエロのようだったのだと。それどころか、あんなに自分を愛してくれた女性を、この手で何度も傷つけてきたのだ。翔は、ふらつきながら菫の家を後にした。ちょうどその時、翔の秘書から私の今の居場所が知らされた。次の日、翔は私の前に現れた。翔は、伸び放題だった髭をきれいに剃っていた。いつものスーツではなく、私たちが初めて会った時と同じ、グレーのカジュアルスーツを着ていた。ちょうど帰宅ラッシュの時間帯で、通りは人でごった返していた。翔は、そんな人混みの中でまっすぐ立っていた。その手には、可憐なピンク色のバラの花束があった。昔、翔とベッドで寄り添いながらテレビを観ていた時、よく似たシーンがあったのを思い出した。大勢の人の前で、主人公がバラの花束を手にひざまずいて、ヒロインに愛を告白するシーンだ。そのたびに、私はうっとりと画面を見つめていたけど、翔はいつも「くだらない」と鼻で笑っていた。なのに、今、
会場を出ると、翔は外が大雨になっていることに気づいた。叩きつけるような雨を見ていると、翔はふと思い出した。ひとりで検診に行き、大雨に濡れていた、あの日の私のことを。今度は、翔はためらうことなく大雨の中に足を踏み入れた。秘書が慌てて傘を差しだしたが、翔はそれを投げ捨てた。そして、冷たい雨が顔に叩きつけられるのを、ただ黙って受け止めていた。この雨があまりに冷たかったからだろうか。翔の声は、かすかに震えていた。「大雨に打たれるのが、こんなに辛くて、こんなに痛いことだったなんて。沙耶香、俺が悪かった。お前の気持ちに寄り添ってやれなくて。お前の痛みを、分かち合ってやれなくて」翔は、そのままふらふらと10キロもの道のりを歩き続けた。家にたどり着いた頃には、もうすっかり夜になっていた。体が芯から冷え切ってしまい、翔はくしゃみをひとつした。その様子を見て、家政婦が慌てて暖かい飲み物を用意してくれた。翔は一口飲んだが、その味が喉にきてむせてしまった。いつも飲んでいたものとはまったく違う。翔は家政婦を責めようと口を開きかけた。家政婦は慌てて説明した。「旦那様、以前、暖かい飲み物や酔い覚めの薬などは、すべて奥様が自からご用意されていたんです。今は奥様がいらっしゃらないので、これでご辛抱ください」その飲み物がよほど口に合わなかったのか、翔の目はうっすらと赤くなっていた。そして、コップを床に激しく叩きつけた。「沙耶香がいないって、どういうことだ?彼女はすぐに戻ってくる。俺を捨てるはずがない!君の作ったものなんて、不味くて飲めやしない。沙耶香の淹れてくれたものだけが、俺の口に合うんだ」その時、インターホンが鳴った。翔は、私が外での暮らしに耐えきれず、自分で帰ってきたのだと思った。彼は鏡で身なりを整えると、急いで玄関へ向かった。しかし、ドアを開けても、そこに待ち焦がれていた私の姿はなかった。立っていたのは、宅配便の配達員だけだった。差出人は、私。宛名は、翔。翔は途端に機嫌を直し、笑顔で荷物を受け取った。翔の顔に、みるみるうちに活気が戻ってきた。「沙耶香、やっぱりお前も、俺を忘れられないんだな。これを送ってきたのは、俺に折れるきっかけをくれてるんだろ?」翔はそう呟きながら、乱暴に荷物をこじ開けた。し
朝食を食べ終わると、菫は翔を引っ張って、身支度をしに向かった。「翔さん、今日の発表会は、あなたがいてくれないと私、不安だわ」翔は菫の頭をぽんぽんと撫で、彼女の言うとおりにした。しかし、翔の視線は一瞬たりともスマホから離れなかった。秘書からの連絡を見逃すのが怖かったのだ。発表会が始まり、ステージに上がる直前、翔は秘書からのメッセージを受け取った。【社長、人をやって調べさせたところ、どうやら奥様は6年前の真相に気づかれたようです】【先日、奥様は病院まで、わざわざ亡くなった子供の検査記録を探しに行ったそうです。それと同時に、離婚のことや、医療ミスで子供が亡くなった件について、法律事務所に相談もしていました】【それに、奥様は……奥様は、病院でお腹の子を堕ろされたようです】最後の知らせに、翔の指先は震え、危うくスマホを落としそうになった。すぐに、秘書から監視カメラの映像が送られてきた。映像に映っていたのは、産婦人科から出てきたばかりの私だった。顔は真っ青で、お腹を押さえ、今にも倒れそうな様子だった。映像を見つめる翔の目頭が、不意に熱くなった。画面の中の私の頬に触れようと手を伸ばしたが、その指は虚しく宙に止まった。その時、菫が翔のそばへやって来た。菫は翔の服の裾を掴んで、くいくいと軽く引っ張った。「翔さん、ぼーっとしてないで。もうステージに上がる時間よ」翔はすっかり動転していて、菫に手を引かれるままステージに上がった。ステージでは、司会者が翔と菫の熱愛の噂について質問していた。菫は甘えるように、そして恥ずかしそうに、司会者の全ての質問に答えていった。翔に話が振られると、司会者はアクセス数を稼ごうと、先日ネットで話題になったニュースについて切り込んだ。私と翔、そして菫が病院で鉢合わせした時のことだ。しかし、司会者が私のことを「お手伝いさん」と呼んだのを聞いた時、翔の表情が初めて変わった。翔は整った眉をきゅっと寄せ、カメラに向かって真剣な面持ちで説明した。「彼女は、お手伝いさんではありません。俺の、妻です」会場はどよめき、観客は顔を見合わせた。一方、菫は翔の言葉に激怒し、顔を青くしていた。番組は一時中断されたものの、生放送だったため、一部始終がネットに流れてしまった。翔の発言
熟睡している菫を横目に、翔はまったく眠れそうになかった。翔はベッドから起き上がるとベランダへ出て、タバコに火をつけた。そして、私とのラインのやり取りを見返した。初めて出会った頃から今までのことが、一つ一つ翔の頭の中に蘇ってきた。翔は仕事が忙しく、家に帰るのはいつも真夜中を過ぎてからだった。それでも私は、いつも夕食を用意して、テーブルの前で辛抱強く彼の帰りを待っていた。あまりに帰りが遅いから、テーブルに突っ伏したまま寝てしまったことも、一度や二度じゃない。明るいダイニングの光の下で小さく丸まっていた背中を、翔は思い出した。でも、今はもう、その場所に明かりが灯ることはない。この期に及んで、翔は認めざるを得なかった。私がいる生活に、この家に私の匂いが漂うことに。そして、手を伸ばせばいつでも触れられる毎日に、自分がすっかり慣れきっていたのだと。そして、自分の人生で最も大切なものが、今まさに自分から離れていこうとしていることにも、うっすらと気づき始めていた。結局、翔は柄にもなく長文のメッセージを必死で書いて送った。しかし、いくら待ってもスマホの画面に既読はつかなかった。過去と完全に決別するため、私は東都に着いた瞬間、翔をブロックして連絡先から削除した。それだけじゃなく、スマホのSIMカードも新しいものに変えた。親友の美希が前もって全部準備してくれていたから、私はとりあえず彼女の家に住まわせてもらうことにした。今は新しい仕事を探しながら、新しい生活を始めようとしているところだ。自分がブロックされていると知って、翔は完全にうろたえていた。この6年間で、私の方から翔との連絡を一切断ったのは、これが初めてだったから。翔は微かに震える指先でタバコの火を消すと、秘書に電話をかけた。「なあ、沙耶香はもう『あの時のこと』に気づいたと思うか?」電話の向こうで、秘書は押し黙っていた。翔はまた新しいタバコに火をつけた。夜風が、彼の前髪を揺らす。傍らに置かれた離婚協議書に目を落とすと、翔はため息をつき、秘書に命じた。「調べろ。病院の防犯カメラの映像を、ありったけ全部だ。それから、使える手はすべて使って、沙耶香の今の居場所を突き止めるんだ」言い終わるか終わらないかのうちに、翔は付け加えた。「沙耶香がいないと困るわけ