雪が降り、君はもういない天才経営者と称される白橋優弥(しらはし ゆうや)は生まれつき身体が弱かった。少し歩けば息が上がり、走ると咳き込み、一時間でも薬を切らせば喀血して倒れてしまう――そんな体だった。
それでも、海川市界隈の名家において、誰一人として彼を軽んじる者はいない。
理由は簡単だ。
優弥のそばには、常に私、上杉美琴(うえすぎ みこと)がいたからだ。
私は――彼のために働く、最も鋭い剣。
十七歳のとき、私はまだ九歳だった優弥を連れて敵の追跡をかいくぐり、命からがら逃げ延びた。二十三歳になる頃には、彼の地位を脅かす相手をすべて排除し、二十八歳では、白橋家のために数百億規模の案件を獲得して、没落しかけていた家を再び名門の頂点へ押し上げた。
気がつけば十一年、私はずっと彼のそばにいた。
幼い頃からの、唯一の友人として。彼の身代わりになって三発の銃弾から守ってあげた恩人として。そして――彼の欲望が暴走しそうになった時の、捌け口として。
周囲の人間には、私たちが闇の中で絡み合うイバラのようだと言われてきた。いつ婚約が発表されても不思議ではない――そう思われていた。
あの女、斉藤ひより(さいとう ひより)が現れるまでは。
彼女は秘書として優弥の前に現れ、彼を外の世界へ連れ出した。夜の街を走り抜けるドライブも、バンジージャンプも、一万メートル上空からのスカイダイビングも、雪山でのスキーも――それまで優弥が一度も経験したことのなかった刺激を、次々と彼に教えていった。
私は最初、それを深く気にしていなかった。
長いあいだ狭い世界に閉じこもっていた彼の遊びたい気持ちが、くすぐられていただけなのだろうと思っていたからだ。
けれど――
優弥とひよりが海で溺れたというニュースが速報に上がり、私は救助のため現場へ向かった。
そしてそこで、信じられない光景を見ることになる。
異性との接触を極端に嫌っていたはずの優弥が、岸辺で目を真っ赤にしながら、何度も何度もひよりに人工呼吸を続けていたのだ。
私は思わず、自分の手元を見下ろした。
十一年という長い年月の中で、私は一度も、彼の手に触れたことがない。
思わず、乾いた笑いがこぼれた。
――そうか。
彼は身体的接触が嫌いだったわけじゃない。血にまみれた私の手に、触れたくなかっただけなんだ。