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その優しき刃は、触れるたび、魂を削り取る

その優しき刃は、触れるたび、魂を削り取る

By:  やすもりCompleted
Language: Japanese
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結婚式まで残り一ヶ月。婚約者が仕組んだ事故は、私の足を奪うためのものだった。しかし、神の悪戯か、その手違いで、彼の子供が命を落とすという結果を招いた。 病床で、私は医師から診断書を受け取った。「末期腎不全。腎臓移植が必須」そして、奇跡的にも、彼との適合性が確認された。 私は静かに涙を拭い、彼に一層優しく微笑みかけた。 私は下腹部を押し当て、赤ちゃんに語りかけるように呟いた。「見てて、私たちが失ったものの全てを、彼に倍にして返してもらうわ」

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Chapter 1

第1話

結婚式の一ヶ月前、私はオーダーメイドのウェディングドレスを受け取りに行った。

帰り道、そっと片手で下腹部を撫でた。

そこには、私と手塚相馬(てづか そうま)の子供が宿っていた。

妊娠検査薬の陽性反応は、結婚式の夜に彼へ贈る、秘密のサプライズにするつもりだった。

最近の体調不良も、すべてつわりのせいだと信じ込んでいた。

信号が青に変わり車を発進させたその瞬間、右側から猛スピードの大型トラックが突っ込んできた。運転席めがけて──

耳をつんざくような悲鳴のようなブレーキ音、ガラスが砕け散る音。

そして凄まじい衝撃に、私は一瞬で意識を失った。

次に目を開けた時、病院の真っ白な天井が見え、下腹部を襲う引き裂かれるような激痛に襲われた。

右手でそっと下腹部を押さえるが、そこにはもう、温もりも膨らみもなかった。ただ、冷たい感触だけが残っていた。

「赤ちゃん……私の赤ちゃんは?」私はかすれた声で尋ねた。

病床の脇で見守っていた母の目に涙が浮かび、私の手を強く握りしめた。

父は背を向け、肩が微かに震えていた。

医師からの説明では、事故による怪我は打撲程度。だが、お腹の子は……助からなかった、と。

私の世界は音を立てて崩れ去った。

私が、あの子を守ってあげられなかった。もう少し、注意していれば……

相馬が慌てて駆けつけ、その顔には心配の色が浮かんでいた。

彼は私を強く抱きしめ、声を詰まらせた。「妙子、怖かったよ!お前が無事でよかった、無事で……」

彼の胸が激しく上下し、心臓の鼓動が速かった。

彼の肩に顔をうずめ、涙で彼のシャツを濡らした。

その瞬間、身体の痛みよりも、私を締め付けるのは、罪悪感の方だ。

まだ彼に、私たちに子供がいたことを伝えていなかったのに。

そして今、もう伝える必要もない。

数日後、私は退院し自宅療養となった。

相馬は完璧な彼氏を演じた。薬を飲ませ、スープを作り、リハビリにも付き添ってくれた。

しかし、電話がかかると彼はベランダに出て、声を潜めて話す。その目には、隠しきれない焦燥が浮かんでいる。

その日の午後、彼は「すぐ戻る」と言い残し、急いで出かけていった。

その背中を見送りながら、ある考えが頭をよぎった。

彼に伝えるべきだった!

私たちに授かった命があったこと、この胸の痛みを彼にも共有させ、この重い喪失感を私一人に背負わせたくなかった。

この考えは切実なものになった。

私は体を起こし、玄関を出て、マンションの前でタクシーを拾った。

「前の黒いアウディを追ってください」

彼の車は会社ではなく、郊外の古い修理工場へと向かっていた。

私はタクシーを遠くに停めさせ、そっと近づいた。

半開きになった修理工場の扉の隙間から、相馬の荒々しい声が漏れ聞こえてきた。

「何事だ?!こんな簡単なこともできないのか!

俺は片足をへし折って、会社を管理できなくさせろと言ったんだ!なのに、彼女は無傷だと!?

数年牢屋に入るくらい、どうってことないだろう!金はケチらなかったよ!今さら怖気づいてできないなんて言ってんじゃないぞ!」

……

すべての音が聞こえなくなった。

私はざらざらしたレンガの壁に背を預け、下腹部でまるでナイフがかき回されるような感覚に襲われた。

つまり!

あの事故は相馬が仕組んだものに違いない。

私が脚を骨折して動けなくなれば、会社を自由に動かせると思ったのだろうか!

私が失ったあの子供、私が夜な夜な苦しんだ罪悪感と痛みは、血塗られた滑稽な茶番劇に過ぎなかったというのか!

憎悪がかつてないほど鮮明になり、私の血液に乗って全身の隅々まで広がっていく。

私はゆっくりと頭を垂れ、再びそっと下腹部に手を当てた。

ねえ、お母さんを守ってくれたのよね?

お母さんは必ず彼に代償を払わせるから!

私は最後に、扉の隙間から、相馬の歪んだ横顔を見つめた。

そして振り返り、しっかりと日差しの中へ歩き出した。

相馬。

私たち二人のツケは、今この瞬間から、少しずつ清算させてもらう!

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第1話
結婚式の一ヶ月前、私はオーダーメイドのウェディングドレスを受け取りに行った。帰り道、そっと片手で下腹部を撫でた。そこには、私と手塚相馬(てづか そうま)の子供が宿っていた。妊娠検査薬の陽性反応は、結婚式の夜に彼へ贈る、秘密のサプライズにするつもりだった。最近の体調不良も、すべてつわりのせいだと信じ込んでいた。信号が青に変わり車を発進させたその瞬間、右側から猛スピードの大型トラックが突っ込んできた。運転席めがけて──耳をつんざくような悲鳴のようなブレーキ音、ガラスが砕け散る音。そして凄まじい衝撃に、私は一瞬で意識を失った。次に目を開けた時、病院の真っ白な天井が見え、下腹部を襲う引き裂かれるような激痛に襲われた。右手でそっと下腹部を押さえるが、そこにはもう、温もりも膨らみもなかった。ただ、冷たい感触だけが残っていた。「赤ちゃん……私の赤ちゃんは?」私はかすれた声で尋ねた。病床の脇で見守っていた母の目に涙が浮かび、私の手を強く握りしめた。父は背を向け、肩が微かに震えていた。医師からの説明では、事故による怪我は打撲程度。だが、お腹の子は……助からなかった、と。私の世界は音を立てて崩れ去った。私が、あの子を守ってあげられなかった。もう少し、注意していれば……相馬が慌てて駆けつけ、その顔には心配の色が浮かんでいた。彼は私を強く抱きしめ、声を詰まらせた。「妙子、怖かったよ!お前が無事でよかった、無事で……」彼の胸が激しく上下し、心臓の鼓動が速かった。彼の肩に顔をうずめ、涙で彼のシャツを濡らした。その瞬間、身体の痛みよりも、私を締め付けるのは、罪悪感の方だ。まだ彼に、私たちに子供がいたことを伝えていなかったのに。そして今、もう伝える必要もない。数日後、私は退院し自宅療養となった。相馬は完璧な彼氏を演じた。薬を飲ませ、スープを作り、リハビリにも付き添ってくれた。しかし、電話がかかると彼はベランダに出て、声を潜めて話す。その目には、隠しきれない焦燥が浮かんでいる。その日の午後、彼は「すぐ戻る」と言い残し、急いで出かけていった。その背中を見送りながら、ある考えが頭をよぎった。彼に伝えるべきだった!私たちに授かった命があったこと、この胸の痛みを彼にも共有させ、この重い喪失感を
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第2話
交通事故で流産してから一週間。相馬の演技はさらに熱を帯びた。お茶を運んだり、スープを作ったり、献身的に振る舞った。私は彼の茶番に付き合い、ひたすら脆く、彼を信頼しているふりをした。その裏で、私は弁護士に依頼していた調査結果が、すでに私のメールアドレスに届いていた。会社資産の横領、女子大生を囲っている事実、私の高額な傷害保険の相談。さらには、私の日常的に摂取していた健康食品まで彼がすり替えていた。医師の検査結果によれば、それを長期服用すれば、ゆっくりと確実に人を衰弱させる劇薬だという。私の人生のすべてが、相馬という男の計画の中に組み込まれていたのだ。あの交通事故も含めて。あのトラック運転手は400万円を受け取ったが、ただの操作ミスで、衝突が軽すぎたのだ。彼のこの一撃で、生まれてくるはずだった命が失われた。全ての資料を読み終えた夜、私はパソコンを閉じ、椅子に深く寄りかかった。両手でそっと下腹部を押し当て、赤ちゃんに語りかけるように呟いた。「見てて、私たちが失ったものの全てを、彼に倍にして返してもらうわ」その時、スマホの画面が光った。私の主治医である島村(しまむら)からだった。「もしもし、島村先生?」「真田妙子(さなだ たえこ)様、こんな遅くに申し訳ありません」島村の声には焦りが滲んでいた。「健康診断の結果が、先ほど出ました」私は息を呑んだ。「……少し問題があります。検査結果によると、あなたは末期腎不全を患っています。すでに移植が必要な段階です」電話が手から滑り落ち、絨毯の上に鈍い音を立てて落ちた。「もしもし、真田様?」私はスマホを拾い上げた。「大丈夫です、続けてください」「婚約者様の検査結果も出ておりまして……真田様との適合率が100%という、極めて稀な結果が出ております。ご相談されてはどうでしょうか……」彼の声はもう耳に入らない。寝室の方へ視線をやった。相馬はぐっすり眠っている。きっと、良い夢を見ているのだろう。「真田様?お聞きですか?」「聞いています」私の声は少し宙を漂っていた。「ありがとうございます、島村先生。分かりました」電話が切れた。私はスマホを握りしめ、暗闇の中に立ち尽くした。胸の中で、希望が激しく渦巻いている。私にはそれが必要だ!絶対
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第3話
浩史は最近、胸に燻るマグマを抱えていた。バスケットボールがコンクリートの地面に強くぶつかった。またシュートを外した。彼は苛立ち紛れにバスケットのゴールポストを蹴りつけた。一緒にプレイしていた連中は散り、顔立ちの整った中年男性が一人、まだ靴紐を結んでいる。男性が顔を上げ、浩史に笑いかけた。「兄ちゃん、ボールの扱い、上手いな」浩史は不機嫌に答えた。「運が悪すぎるだけだ」「心が乱れてると、ボールも乱れる」男性は立ち上がり、埃を払いながら言った。「ちょっと一息、冷たいもんでもおごるよ」浩史も胸の鬱憤を晴らしたかったので、頷いた。鈴木健夫(すずき たけお)と名乗るその男性は、口数は少ないが、話を聞いてくれる人だ。冷たいビールを数本飲み干すと、浩史の口が軽くなった。仕事が上向かないこと、上司が見る目がないこと、そして、もうすぐトップギアで登りつめようとしている親友が最近自分を避けていることへの不満をぶちまけた。健夫はほとんど聞き役に徹し、時折相槌を打つだけだった。浩史は、自分もよく理不尽なことに遭遇すると言った。「この世の中、真面目に働いている奴より、要領よく立ち回る奴が優遇される時がある」「特に、急にコネができた奴なんてな」健夫は浩史に酒を注ぎながら、何気ない口調で言った。「一気に視野が広がるから、昔からの仲間なんてどうでもよくなる」浩史は酒杯を握る手に力を込めた。数日後、二人はゲームセンターで再会した。浩史はレースゲームに夢中になっていたが、また負けた。隣からくすくす笑う声が聞こえ、振り返ると健夫がいた。「奇遇だな」健夫は笑った。「このマシン、ちょっとラグがあるんだよ。操作しにくい」二人は数局プレイし、浩史の機嫌は少し持ち直した。健夫はペットボトルの水を差し出し、雑談めかして言った。「俺の運送屋の友人が、この前飲み過ぎて愚痴ってたんだが、手塚相馬って客が最近、超金持ちの奥さんを娶るらしいぞ。苗字は真田だとか……」浩史が汗を拭く手が止まった。「それって、お前の親友のことだろ?まだ正式に婿入りもしてないのに、金儲けのやり口がアグレッシブだってさ」健夫は首を振り、ただの噂話のように言った。浩史は何も返さなかったが、心の棘はさらに深く刺さった。相馬が最近変わったのは確かだ。口調が偉そ
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第4話
フラッシュが眩しすぎて目が眩む。私は父の腕を組み、宴会場の通路の入り口に立っていた。招待客で席は埋まり、衣擦れの音と香水の匂いが空気に漂っている。相馬は、会場の片隅に立っていた。オーダーメイドのスーツに身を包み、髪は完璧にセットされている。彼は絶えずネクタイを直しており、その顔には抑えきれない得意げな表情だった。友人たちが相馬を囲み、お世辞を並べていた。浩史もその中にいた。ウェディングドレスの裾は幾重にも広がり、腰には鈍い痛みがあったが、私の足取りは確かだった。音楽が鳴り響く。父が低く囁いた。「妙子、準備はいいか?」私は頷き、顔に笑みを浮かべた。宴会場へと足を踏み入れると、視線が津波のように私に押し寄せてきた。驚嘆、羨望、好奇心。それらの視線が私の顔をなぞるのを感じた。私は静かに人々の顔を見渡し、やがて祭壇の前で止まった。相馬がそこに立っていた。私が近づくのを見て、彼の目は熱を帯びていた。その奥にあるのは、手に入れようとするものへの切望だけだ。彼は、私の顔色がいつもより青白いことにも気づいていなかった。私たちは定位置に立った。司会者の声が響き渡り、ありきたりな祝辞を述べた。相馬は力強く「誓います」と答え、一つ一つの「誓います」が待ちきれない様子だった。私の番が来た。私は顔を上げ、彼を見つめ、そっと口を開いた。「私は……」私は相馬の瞳に、満足の光が宿るのを見た。「ちょっと待って!」唐突に、一つの声が響き渡り、ざわめきを突き破った。浩史だった。いつの間にか、浩史は祭壇に近い通路まで歩み出ていた。会場中の視線、そして相馬の驚愕した視線が、全て浩史に注がれた。相馬は眉をひそめ、不快そうに声を潜めた。「浩史、何やってんだ?ふざけるな」浩史は躊躇なく数歩で祭壇に上がり、司会者のマイクをひったくった。「皆様、申し訳ありません。どうしても今日まで言えなかった言葉があります!」浩史の声がマイクを通して増幅された。浩史は相馬を睨みつけた。その目には怒り、軽蔑、そしてわずかな興奮が混じっていた。「相馬!手塚相馬!お前、真田社長に顔向けできるのか?!今日のこの結婚式に顔向けできるのか!」浩史の声が突如高まる。相馬の顔色が変わった。「浩史!何をデタラメを!」
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第5話
私は救急車に運び込まれ、病院の特別通路を通って搬送された。廊下は静かで、聞こえるのは車輪が床を擦る音だけだった。目を閉じたまま、エレベーターが上昇する浮遊感を感じる。病室のドアが開き、病床に横たえられた。医師や看護師が私を取り囲み、検査を始めた。「真田様は強いショックを受けられました」事前に手配した島村の声だ。「感情の激しい変動は腎臓に大きな負担をかけます。詳しい検査が必要です」両親は病床の脇に立ち、顔色は良くなかった。母は私の手を握り、涙をこぼしている。父は私に背を向け窓辺に立ち、体が硬直していた。「お父さん、お母さん」私は目を開け、か細い声で言った。「ごめんなさい、心配かけて」「ばかなことを言わないで」母は声を詰まらせた。「あの畜生が……」「もういい」父が母を遮った。「妙子、今はしっかり休むんだ。外のことはお父さんに任せて」私は頷き、再び目を閉じた。芝居には体力が必要だ。まずは蓄えなければ。しばらくすると、病室の外から争う声が微かに聞こえてきた。相馬の声だ。切迫し、慌てている。「通してくれ!妙子に会わせろ!」そして、ボディガードの声が聞こえた。「すみません、旦那様のご指示で、どなたもお嬢様のご静養をお邪魔してはならないことになっております」「伯父さん!伯母さん!妙子に会わせてください!これはすべて誤解なのです!」相馬の声が大きくなった。父が突然ドアを勢いよく開けて外に出た。私は目を閉じたまま、外の様子を注意深く耳を澄ませた。「……伯父さん、どうか妙子に会わせて!一目だけでいいです!」「相馬、お前に妙子に会う顔があるのか?」父の声は氷のように冷たかった。「俺が耳も目も塞いでいるとでも思っているのか?もし妙子に何かあったら、お前など……!」「お父さん」私はかすかな声を出した。ドアがすぐに押し開けられ、父の怒りがまだ顔に残っている。相馬がその後ろから入ろうとしたが、ボディガードに腕で止められた。「お父さん……」私はそっと父の袖を引っ張り、涙を流した。「入れてあげて。はっきり聞きたいことがあるの」父は眉をひそめたが、私の訴えるような目を見て、最終的に許した。相馬は病床に駆け寄り、私に詰め寄った。「妙子、聞いてくれ、浩史の言うことはでっち上げだ!奴は俺を妬んで、式をぶち
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第6話
それから数日後、両親は私の懇願に折れ、ついに医療スタッフの同伴を条件に、相馬の面会を許可した。相馬は憔悴しきっており、目の下には隈ができていた。「妙子……」病床の傍らで、相馬は不安そうに立っている。「相馬」私の声はまだか細い。「お父さんはもう決心したの。私たち……もう二度と会えないかもしれない」「そんなことない!妙子、きっと方法があるはずだ!」相馬は切羽詰まったように言った。「どうにもならないわ」私は苦笑いし、瞳に涙を溜めた。「両親は体調が優れないし、今、適合する腎臓ドナーも見つからない。これが私の運命なのかもしれない。ただ、最期の時間をあなたと過ごせないのが……」「適合……」相馬は呟き、その言葉を繰り返した。その時、病室のドアがそっと押されて開いた。白衣を着た背の高い若い男性が入ってきた。彼は長身で、端正な顔立ち、鼻筋には金の縁の眼鏡をかけている。不二清司(ふじ きよし)だ。清司はまず両親に軽く挨拶した。「こんにちは」それから視線を私に注ぎ、病床のそばに来て、慣れた手つきで布団の端を整えた。私たちは、阿吽の呼吸で視線を交わした。「調子はどう?」私は清司に微笑んだ。「ずっと良くなりました、清司君」相馬は猛然と立ち上がり、警戒心に満ちた目でこの突然現れた男を睨みつけた。清司は会釈で挨拶を済ませると、すぐに私に向き直った。「ゼミの先生には連絡しておいたよ。君が転院したら全面的に引き継いでくれる」「ありがとう、清司君」私はそっと言った。清司は数点注意を促して、ようやく立ち去った。最初から最後まで、彼との間にはシンクロがあった。相馬の顔色はひどく険しくなった。彼は、清司の私を見る眼差しが、愛の眼差しであることを見抜いていた。それからの数日間、相馬の面会は許可されなかった。だが、相馬は頻繁に清司が私の病室に出入りするのを目撃した。点滴の速度を調整する姿、小声で会話を交わし、時折顔を見合わせて微笑む私たち。そのたびに、相馬の目の前の焦燥は一層深まっていった。清司の存在は、まるで鏡のようだった。相馬の危うい立場を映し出している。あらゆる面で相馬を凌駕する清司が、急速に彼のポジションを埋めようとしている。一週間後、清司が病室を出たのを見計らい、相馬は廊下の突き当たりで
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第7話
相馬はこっそりと別の病院へ向かった。受付を済ませ、採血をし、徹底的な検査を受けた。結果を待つ二日間は、まるで永遠のように感じられた。病院側では、私の父の態度は少しも和らぐことなく、転院の日は刻一刻と近づいていた。清司の登場は日に日に頻繁になっていた。相馬は遠くから、清司が車椅子に乗せた私を、庭で日光浴させているのを見た。二人は小声で何かを話し合っており、私は青白い顔に微笑みを浮かべていた。その光景は相馬を激しく刺激した。三日目の午後、私立病院から電話がかかってきた。「手塚さん、検査結果が出ました。各指標によりますと、あなたの腎機能は非常に健康で、以前提出されたサンプルとの適合率も極めて高いです」電話の向こうで医師が何かを話していたが、相馬にはもう聞こえていなかった。適合……した!電話を切った後、相馬は車の中でしばらく動けなかった。やった!本当に上手くいった!神様は自分に味方している!これは運命なのか?妙子の命はこの手の中にある。真田家の財産も、結局は俺のものになる!だが、狂喜はほんの数秒しか続かず、より深い恐怖に飲み込まれた。本当に片方の腎臓を取り出さなければいけないのか?恐ろしい術後の後遺症が、次々と頭の中を駆け巡る。つい、楽観的な考えが頭をもたげる。もしかしたら……もしかしたら妙子の病状はもう少し引き延ばせるかも?すぐに他の腎臓ドナーが見つかるかもしれない。清司の方は適合しないかもしれない。所詮身内じゃない人、そんなに簡単にうまくいくはずがない。そんな淡い期待を抱きながら、相馬は苦しみながら日々を過ごした。再び病院を訪ねようとしたが、そのたびに冷たい顔で追い返される。隅に隠れて、こっそり様子を窺うしかなかった。ある夕方、相馬は再び病室の外に忍び寄った。私の病室のドアはしっかり閉まっておらず、わずかな隙間が残されていた。中からは清司の声が聞こえてくる。それは、真面目で優しい声だった。相馬は息を殺し、耳をそばだてた。「……妙子、結果が出たよ」清司は一瞬言葉を切り、声はさらに優しくなった。「僕たち、適合したんだ」病室の中が一瞬静まり返り、それから私の信じられないという声だけだ。「ほ、本当?清司君、この恩、どうやって返せばいいの?」私の
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第8話
時間は一秒一秒と過ぎていく。ついに、私はゆっくりと、相馬に握りしめられて痛む手を引き抜いた。この動作で相馬は硬直し、その瞳に絶望が湧き上がった。私は自由になったその手で、相馬の頬を伝う涙をそっと拭ってやった。それから、傍らに立ち黙っている清司の方に目を向けた。目には申し訳なさが満ちていた。「清司君……」私は口を開いた。「ごめんなさい。この間お世話になったわ。すごく感謝してる。でも……」私は深く息を吸い込み、全身の力を振り絞るように、相馬を見た。「やっぱり相馬を諦めきれないの」言い終わった瞬間、相馬は再び私の手をしっかり握り、自分の頬に押し当てた。「妙子!ありがとう!誓うよ!この人生で、お前を幸せにする!」清司はその場に立ち尽くしたようだ。彼は私を見て、それから歓喜に打ち震える相馬を見て、傷ついた表情を浮かべた。清司は何も言わず、静かに病室を後にした。ドアが静かに閉まり、清司の寂しげな後ろ姿を隔絶した。相馬は絶体絶命の状況から一転した狂喜に浸り、私を抱きしめて泣き笑いし、誓いの言葉を繰り返した。彼は、私が彼の肩に寄りかかった顔に浮かべた我慢に気づいていなかった。そして、去っていく清司が病室のドアを閉めた瞬間、口元に浮かべた勝利の笑みにも気づいていなかった。手術は三日後に設定された。相馬は急いで全ての書類にサインを済ませ、まるで大きな厄介事を片付けたかのように見えた。看護師が術前の準備に来て、注意事項を説明した。相馬は何度も頷いていたが、心はすでに手術が成功した後のことばかり考えていた。私は別の病室に横たわり、島村と清司が病床のそばに立っている。「全て手配済みです」島村は小声で言った。清司は私の点滴のチューブをチェックしながら、落ち着いた声で言った。「こっちも連絡を入れた。倫理委員会の方には問題ない」私は頷き、頭の中は異常なほど冴えわたっていた。「相馬の方は?」私は尋ねた。「疑っていない?」清司は笑った。「彼は焦りすぎた。人は焦れば、見たいものしか見えなくなる。あの同意書、彼は十分の一も読んでいないみたい」手術当日。私と相馬は、前後して手術棟へと運ばれた。私は相馬が強がっている声が聞こえた。「先生、腎臓を一つ取られても、将来に影響はないんですよね?」
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第9話
その後数日間、私は薬の助けを借りて回復した。痛みは次第に和らぎ、顔色も良くなった。新しい腎臓は順調に機能し、数値は着実に改善している。相馬は私よりも憔悴しているように見えた。顔は土気色で、いつも腰が痛いと言っている。医師は、個人差が大きく、しっかり休養するようにと説明した。私は両親に車椅子を押してもらい、隣の病室へ彼を見舞った。「妙子、お前はどうだ?」彼の声は少し嗄れている。「だいぶ良くなったよ、相馬」私は彼の手を握り、すぐに目に涙を浮かべた。「ありがとう、あなたがいてくれなかったら、私は……」「そんなことは言うな」彼は私の手を握り返した。「お前が無事でよかった」私は心配そうに彼を見つめた。「すごく痛いでしょう?全部私のせい……」「お前のせいじゃない、俺が自ら望んだことだ」彼は息を継いだ。「医師も言ってた。回復に時間がかかるそうだ」私たちは数言だけ交わしたが、彼はすぐに疲労の色を見せた。私は彼に休むように優しく言い、両親に連れ出してもらった。病室に戻ると、私は病床に寄りかかり、小声で言った。「お父さん、お母さん。私がもう少し良くなったら、会社のいくつかの件で相馬に手伝ってもらいたいと思っているの。彼が私のためにこれほど犠牲にしてくれたのだから、私ももっと彼を信じるべきだわ」父は眉をひそめた。「彼はまだ体調が万全じゃないし、それに会社のことは……」「急がないよ。彼が養生してからでいいの」私は父の言葉を遮り、強い口調で言った。「もう家族なんだから。それに、今回の件で、彼が本当に変わったと信じてるわ」父はため息をつき、それ以上反対しなかった。次に相馬を見舞った時、私は一つのファイルを持参した。「相馬、見て」私は相馬の病床のそばに座り、優しく微笑んだ。「会社で最近、あるプロジェクトが立ち上がってね」私はそのファイルを渡した。彼はそれを受け取り、めくり始めた。それはプロジェクトの初期計画書だった。私は優しく言った。「相馬、前に営業部で似たようなプロジェクトを担当したことあるの?ちょっと見てみてくれない?」相馬の目が輝いた。彼は蒼白な顔に血色を取り戻し、的確に意見を述べ始めた。私は頬杖をつき、真剣に彼の話を聞いた。「相馬、あなたの言う通りだわ」私は彼の手を取って、そっと揺さぶった
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第10話
相馬は退院後、すぐにそのプロジェクトに没頭した。プロジェクトの初期計画はやや保守的だった。相馬はすぐに余地を見つけた。彼の友人の会社が提供できる製品は、粗悪なものでコストが安い。請求書に少し細工をすれば、差額が生まれる。建設の公開入札は形だけは整えられたが、最終的に落札したのは彼が裏で交渉した業者だった。見積もりの水増しされた部分は、彼の親の口座へと流した。お金に関して、私は相馬に十分な権限を与えていた。私はソファに寄りかかり、相馬に優しく微笑みかけた。「相馬、あなたは本当にすごいわ。こんなにたくさんのお金を節約できたのね」「全ては会社のためだよ」彼は誠実そうな顔で言った。「ええ、あなたがやってくれるなら安心だわ」私はいつも彼に代筆させた。「相馬が処理してくれていいのよ。あなたがサインすれば同じでしょう?」お金は少しずつ、彼の親名義の不動産へと変わっていった。相馬の欲望はますます大きくなり、手口もますます熟練していった。彼は全てが完璧で、私が何も気づいていないと信じ込んでいた。だが、彼の腰は時折痛みを訴え、体力は以前とは比べものにならない。再検査の際、島村は彼の緩やかに悪化する指標を見て、腎臓提供後の正常な反応で、過労は禁物と言うだけだった。相馬はそれを聞いたが、それでも手にした権力を手放せなかった。彼はさらに多くのエナジーをプロジェクトに注ぎ込んだ。プロジェクトの本体が完成する一週間前、告発文が届いた。匿名の手紙は直接、規制当局に送られた。規制当局は会社に調査への協力を求める書簡を送付した。相馬はパニックになった。彼は私のオフィスに駆け込んできた。私はビタミンを飲んでおり、目の前には数枚の書類が置かれていた。「妙子!大変だ!あの資料が……!」私は湯呑を置き、眉をひそめ、顔面蒼白になった。「相馬、調査団が会社に入ったわ。プロジェクトのすべての資料を見たいそうだ」「見せてはいけない!」相馬は思わず口を滑らせた。「見せないのは調査妨害よ」私は目を開けた。「資料はもうアシスタントが用意してあるわ」相馬は足が崩れ落ちそうになり、かろうじて立っていた。「お前、お前はもう全部渡したのか?」「私は取締役よ、相馬」私の声には諦めが滲んでいた。「調査には協力しなけれ
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