記憶に残る風景をたどると、どうしても港町の石畳と倉庫群が頭に浮かぶ。僕は『
氷雨』の舞台が小樽を強く想起させると感じている。運河沿いのレンガ倉庫、坂道に並ぶ古い商家、海からの寒い風が街に染み込む描写──これらは小樽の景観とぴたりと重なるからだ。
作者が実際に訪れて取材した記録や、作中にある鉄道や港の細部描写を照らし合わせると、地形や気候の描き方に現実の小樽の影響が明瞭に見える。特に夜景ではなく、日中の薄曇りや凍てつく朝の描写に力点が置かれていて、石油ランプや古いガラス工房の描写が地域特有の雰囲気を強めている。
それでも完全な一致ではなく、物語上の都合でいくつかの地理的要素は脚色されている。だからこそ、地方の歴史と港町特有の寂しさ、そして人々の営みが混ざり合った複合的な「小樽的風景」として読むのが一番しっくりくると私は思う。