古代ギリシャとローマの
叙事詩を代表する二人の巨人、ホメロスとウェルギリウスは、確かに共通点も多いが、その作風やテーマには際立った違いがある。ホメロスの『イリアス』や『オデュッセイア』は、英雄たちの冒険と神々の介入が織りなす壮大な物語で、人間の感情や運命に対する深い洞察が特徴だ。一方、ウェルギリウスの『アエネーイス』は、トロイアの英雄アエネーアスの旅を通じてローマ建国の神話を描き、国家の運命や
帝国の理念を前面に押し出している。
ホメロスの作品は口承詩の伝統を色濃く残しており、繰り返しの表現や定型句が多く見られる。これは朗誦されることを前提としたためで、リズムや語感が重視されている。対照的にウェルギリウスは文人
詩人として、より洗練された文学的技巧を駆使し、個々の情景描写や心理描写に細やかな配慮がなされている。『アエネーイス』には、例えばアエネーアスとディドーの恋の物語のように、個人の感情と公的使命の葛藤を描く複雑な人間模様が見られる。
テーマの違いも興味深い。ホメロスが描くのは、英雄たちの個人的な名誉と勇気、そして神々の気まぐれに翻弄される人間の姿だ。アキレウスの怒りやオデュッセウスの知恵は、人間の本性を赤裸々に表している。ウェルギリウスは、そうした個人のドラマを国家の運命へと昇華させ、アエネーアスをローマ帝国の理想的な始祖として描く。ここには、個人の栄光よりも共同体の未来を重んじるローマ的な価値観が反映されている。
文体の違いも顕著で、ホメロスの直截的な表現に対し、ウェルギリウスは比喩や暗示を多用し、より内省的なトーンを貫いている。『アエネーイス』の第6巻でアエネーアスが冥界を訪れる場面などは、哲学的で神秘的な雰囲気に満ちており、ホメロスの作品には見られない深みがある。両者とも叙事詩の伝統に連なりながら、それぞれの時代と文化が生み出した独自の輝きを放っている。