印象に残ったのは、現場が俳優の“内面表現”を重視していたことだ。制作側は『
縊れ』という題材の繊細さをよく理解していて、外見の再現以上に役の心情を丁寧に描ける人を探していたように見えた。オーディションで重視されたのは、静かな場面での感情の揺らぎや目線の使い方、セリフには出ない関係性を匂わせる演技力で、派手なアクションや大声での表現は二次的だった。精神的に重い場面を扱うために、演出スタッフとキャストの信頼関係を築くリハーサル期間を長めに取った点も肝だと感じる。
キャスティングの方針としては、顔見せのための“スター起用”と、没入感を高めるための若手発掘をバランスよく混ぜる作戦だった。主要人物には既に名前のある俳優を起用して広報効果を狙いつつ、周辺の重要な人物には舞台出身や映像経験が浅いが表現力のある俳優を配して物語のリアリティを保っている。方言や身体表現が必要な役には専門のコーチを当て、見た目の一致よりも役に近づけるための準備を重視していたのがわかる。
制作側は原作ファンの期待も意識していたが、忠実再現だけを目的化していない。脚色された場面も多かったが、それは演者が持つ解釈を生かす余地を作るためで、監督とキャストが対話して役を育てる方針が貫かれていた。個人的には、あの配役で物語の芯がきちんと守られていたと感じているし、演技を通じて台本に書かれていない細部が補完されたのがうれしかった。