嵌めトリックを描くとき、最初に気にかけるのは読者の“信頼の軸”をどうずらすかだ。小さな習慣や口癖、見慣れた行動を丁寧に描いておくと、後でその裏返しが効く。僕はよく登場人物の細かい癖や部屋の配置を意識して書く。普段は何でもないモノが解決の鍵になる――それを読者が見落とすように誘導するのが腕の見せ所だ。
技術的には三段構成を意識している。序盤で“公平なヒント”を撒き、中盤で視点を切り替えて情報を偏らせ、終盤で回収していく。重要なのは読者が騙されたと感じても納得できること。ここで頼りになるのが論理の一貫性で、どこかに嘘があると台無しになる。
具体例を挙げると、僕は『オリエント急行の殺人』のように動機や状況を巧みに重ねる作品が好きだ。嵌めトリックは単なる驚き以上にキャラクターの倫理や悲哀を浮かび上がらせる手段になり得ると考えている。最後に、読者を裏切るだけでなく、裏切った理由でもって納得させること。それが成功の秘訣だ。