物語での「しがらみ」を巧みに扱うと、登場人物が単なる記号から生きた人間に変わる瞬間が生まれます。僕はいつも、しがらみをただの障害にせず、その人物の願いや恐れ、価値観を露わにするレンズとして使うべきだと考えています。家族の期待、恩義、契約、宗教的禁忌、過去の過ち──これらは外的な制約であると同時に、内的な選択肢を浮かび上がらせる素材になります。たとえば血縁関係の縛りがあると、反発だけでは済まない複雑な愛憎や罪悪感が生まれますし、名誉や義務感は行動の説得力をぐっと高めます。
扱い方の実践的なコツとしては、まずしがらみを明確に「ルール化」することを勧めます。世界観の中でそのしがらみがどの程度強制力を持つのか、違反するとどうなるのかをはっきり示すと、読者はキャラクターの選択の重みを感じやすくなります。次に、しがらみを人物の成長アークに組み込みます。最初は外圧として作用していたものが、やがて内面の葛藤を生み、最終的には乗り越える、あるいは受け入れることで別の価値観に変わる──この変化こそが動的なドラマを生みます。実際に僕がやって効果があったのは、対立するしがらみを二つ同時に与えてそのぶつかり合いを描く方法です。忠誠心と個人の自由、恩義と倫理、といった
二律背反は、読者に「どちらを選ぶべきか」を考えさせ、物語に緊張感を与えます。
具体的な書き方のテクニックもいくつか紹介します。会話でしがらみを匂わせつつ具体的な事実は後出しにすることでミステリー性を保つ、しがらみを象徴する小物や儀式を用いて読者の記憶に残す、そして決断の瞬間を細かい感覚描写で丁寧に描くことで読者の共感を引き出します。避けるべき落とし穴は、しがらみをキャラクターの性格説明に使い過ぎて動きを奪ってしまうことと、安易に救済や反転を与えてしまうことです。救済は説得力を持たせるために段階的に用意し、異なる選択肢がどうその人物を変えるのかを示すほうがドラマは深まります。
参考例として、家族の確執を根幹に置いた物語や、国家への義務を描いた群像劇など、しがらみの種類によって表現の仕方はかなり変わります。短いワークショップ課題を作るなら、「ある恩義を返すために嘘をつく主人公」「禁止された宗教儀式を守る長老」「戦争での誓約と個人的な愛情が衝突する士官」などの設定で短編を書き、選択の理由を三段階で説明させると良い訓練になります。しがらみは単なる足かせではなく、物語を豊かにする起点です。巧みに練れば、読者の胸に深く響く一撃を作り出せます。