大嫌いな公爵閣下との婚約を解消するつもりだったのですが、何故かペットにされています

大嫌いな公爵閣下との婚約を解消するつもりだったのですが、何故かペットにされています

last updateDernière mise à jour : 2025-07-14
Par:  灰猫さんきちComplété
Langue: Japanese
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伯爵令嬢クレアに縁談が持ち上がった。お相手はルクス・ミレトス公爵、恋人を取っ替え引っ替え、女を泣かせてばかりと噂の貴公子。政略結婚の覚悟はあれどせめて誠実な相手と結ばれたい。クレアは婚約解消を目指して公爵家に潜入する。相手の弱みを握って脅してでも解消してやるつもりだった。彼女の武器はリスに変身する秘密の魔法である。ところがリスの姿で見た公爵の素顔は、噂とは全く違うもので――?

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Chapitre 1

01話 冷たい春

「俺が今後、きみを愛することはない」

 初夜の寝室で、私の夫となったルクス・ミレトス公爵は言った。

 明かりの少ない室内で、彼の綺麗な金の髪と深緑の瞳が鈍く光っている。

「この結婚は、政治バランスを重んじただけの政略結婚。必要なのは利害と縁故。愛や情ではない」

 本来であればとても冷酷な宣言だと思う。

 けれど私は答える。微笑みさえ浮かべて。

「ええ、分かっております。どうぞ、貴方のお心のままに」

 どうしてこんなことになったのか。

 夫が去った寝室で一人、私は数ヶ月前、まだ冬だった頃の出来事を思い出していた――

 ミレトス公爵との婚約が決まった。

 そう告げられたときの私の気持ちは「冗談じゃない!」だった。

 私は伯爵家の次女クレア。十七歳。両親から冷遇されている……というほどではないが、あまり手もお金もかけられずに育った。

 だから私はどこの家に嫁いでも生きていけるように、領地経営の勉強をがんばってきた。華やかな社交の場は誰もがやりたがるが、地味で苦労の多い領地の運営は嫌う奥様や令嬢が多い。

 その点に目をつけて、自分の価値を高めるために努力してきたつもりだ。

「ミレトス公爵のどこが不満なんだい。王家との血縁も濃い高貴なお方で、公爵位にふさわしい財産の持ち主でもある。年齢も十九歳と、お前と近い。伯爵家の我が家にとってこの上ない良縁だろう」

 私の表情を見て父が言う。私は言い返した。

「不満ですとも。公爵といえば、女たらしで有名な人ではないですか。いつも違うご婦人を侍らせて、泣かせた人数は山ほどです。そりゃあ私は、どこに嫁いでもやっていけるように覚悟していました。でもそれは、夫となる人と信頼を築けての話です! 誠実さのかけらもない人とパートナーになるなんて、考えられない!」

 私はいとこのレナの話を思い出した。彼女も公爵に遊ばれて捨てられた女性の一人。

『甘い言葉をささやくばかりで、何も責任は取ってくださらないのよ!』と泣いていたっけ。

 レナと私はそんなに仲がいいわけじゃないが、その話を聞いたときは心から同情したものだ。

 まだある。

 私が夜会に出たとき、ミレトス公爵の姿を何度か見かけた。するとそのたびに違う女性を連れていたのだ。

 表面上は丁重に扱っているように見えたが、実際はどうだ。アクセサリーのように女性を取っ替え引っ替えなんて、とんでもない。

 その後、私と両親は実に不毛な言い争いをして、決着がつかないまま終わってしまった。

 このままでは間違いなく婚約が進んでしまうだろう。いち令嬢にすぎない私の意見なんて、政治も絡む政略結婚の前に無力なんだ。

「絶対に、嫌だ。私は私を大事にしてくれる人と結婚するんだ」

 自室に戻って決意を新たにする。

 そうだ、勉強してきたのはなんのため? 私が幸せになるため。パートナーとなる人と力を合わせて暮らしていくためだ。

 貴族令嬢の立場で恋愛結婚は無理だと分かっている。

 政略結婚で構わない。信頼も愛情も時間をかけて育てればいいのだから。

 でもミレトス公爵はいくらなんでも条件が悪すぎる!

 結婚すれば態度が改まると信じるには、私は少々疑い深かった。

 お金とか地位とかそんなものより、私は暖かい幸せがほしいんだ。

 その願いが叶えられないなら、結婚になんの意味があるのか。

 私は鏡台の引き出しを開けて、小さな石のペンダントを取り出した。私の瞳の色と同じ、紫の宝石の飾り。

 これは魔法の触媒。我が伯爵家秘伝の魔法。

 ペンダントを握りしめて、私はこっそり屋敷を出た。平民が着るような目立たない服に着替えるのも忘れない。

 そうして向かうのは、ミレトス公爵の屋敷。

 何としてでもこの婚約を止めてやる。……そう、相手の秘密を握って脅してでも!

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commentaires

蘇枋美郷
蘇枋美郷
好きーー!!!面白かった! 夫婦2人のある力を合わせて最後の問題を解決しようとした時、ニヤニヤ(してる場合じゃない場面なんどけど。笑)しながら読み進めた。 ラブラブになったこの後の続きが読みたい!!
2025-08-20 20:51:52
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01話 冷たい春
「俺が今後、きみを愛することはない」 初夜の寝室で、私の夫となったルクス・ミレトス公爵は言った。 明かりの少ない室内で、彼の綺麗な金の髪と深緑の瞳が鈍く光っている。「この結婚は、政治バランスを重んじただけの政略結婚。必要なのは利害と縁故。愛や情ではない」 本来であればとても冷酷な宣言だと思う。 けれど私は答える。微笑みさえ浮かべて。「ええ、分かっております。どうぞ、貴方のお心のままに」 どうしてこんなことになったのか。 夫が去った寝室で一人、私は数ヶ月前、まだ冬だった頃の出来事を思い出していた―― ミレトス公爵との婚約が決まった。 そう告げられたときの私の気持ちは「冗談じゃない!」だった。 私は伯爵家の次女クレア。十七歳。両親から冷遇されている……というほどではないが、あまり手もお金もかけられずに育った。 だから私はどこの家に嫁いでも生きていけるように、領地経営の勉強をがんばってきた。華やかな社交の場は誰もがやりたがるが、地味で苦労の多い領地の運営は嫌う奥様や令嬢が多い。 その点に目をつけて、自分の価値を高めるために努力してきたつもりだ。「ミレトス公爵のどこが不満なんだい。王家との血縁も濃い高貴なお方で、公爵位にふさわしい財産の持ち主でもある。年齢も十九歳と、お前と近い。伯爵家の我が家にとってこの上ない良縁だろう」 私の表情を見て父が言う。私は言い返した。「不満ですとも。公爵といえば、女たらしで有名な人ではないですか。いつも違うご婦人を侍らせて、泣かせた人数は山ほどです。そりゃあ私は、どこに嫁いでもやっていけるように覚悟していました。でもそれは、夫となる人と信頼を築けての話です! 誠実さのかけらもない人とパートナーになるなんて、考えられない!」 私はいとこのレナの話を思い出した。彼女も公爵に遊ばれて捨てられた女性の一人。『甘い言葉をささやくばかりで、何も責任は取ってくださらないのよ!』と泣いていたっけ。 レナと私はそんなに仲がいいわけじゃないが、その話を聞いたときは心から同情したものだ。 まだある。 私が夜会に出たとき、ミレトス公爵の姿を何度か見かけた。するとそのたびに違う女性を連れていたのだ。 表面上は丁重に扱っているように見えたが、実際はどうだ。アクセサリーのように女性を取っ替え引っ替えなんて、とんでもない。 その
last updateDernière mise à jour : 2025-06-10
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02話 初潜入
 公爵家の広い敷地を前にして、私は横合いの路地に入った。ペンダントを首にかけ、誰もいないのを確認してから魔法を発動させる。 自分の体が一瞬だけ発光して、次に視点がぐんと変わる。 私は小さなリスに変身していた。 これこそが秘伝の魔法だ。貴族家はたいてい一つは特別な魔法を持っている。 我が伯爵家のそれは動物、特に小動物への変身を得意とする。 古い時代はスパイとして活躍したらしい。今となってはあまり使い道がなくて、家族の中でも真面目に練習していたのは私くらいだ。 魔法を使えば服は消えて、元の人間の姿に戻るときちんと服を着ている。いちいち裸になったりしないのである。「キュゥ」 リスになった私は塀を見上げた。人間の目で見るよりもずっと高い塀は、だが、小さいでこぼこがあってリスならば登れる。 私は爪を引っ掛けて壁をするすると登った。ふさふさの尻尾はバランスを取るのに便利である。 冬の木枯らしが吹いたが、リスの毛皮は立派なのだ。寒くても平気。 すぐに塀の上に出る。 さすがに公爵家の敷地は広く、お屋敷はずいぶん向こうに見えた。 ただ冬枯れしているとはいえ、庭がやや荒れているようにも思う。公爵は草花に興味のない人なのだろうか。……まあ、それは今気にするところじゃない。「ピャー!」 気合の声ひとつ。私は塀から飛び降りて、屋敷に向かって走り出した。 開いている窓を見つけて、私は公爵家の屋敷に潜り込んだ。 窓の先は厨房である。今は昼食が終わった後で、夕食の準備にはまだ早い。誰もいなかったので先に進んだ。 廊下では侍女たちがホウキや雑巾で掃除をしていた。 柱の陰に隠れて様子をうかがう。「公爵閣下はいつ頃お戻りになるかしら」 その中の一人、比較的若い侍女が言った。年配の侍女が答える。「夕方には戻られるはずですよ。それまでにしっかり掃除を終わらせるように」「はい。……無事に戻られますよね?」「当たり前でしょう」「でも、あの。閣下は、その……複雑な立場でいらっしゃるから」 うん? どういう意味だろう。私は耳をそばだてた。「いつも『あのお方』が邪魔ばかりして。本当はみなで若い閣下を支えるはずなのに」「……あなた。めったなことを言うものではありません」 不満そうな若い侍女に、年配の侍女が釘を刺す口調で言った。「我々使用人が公爵家の方々に口を
last updateDernière mise à jour : 2025-06-10
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03話 やっかいな身内
「それに『あのお方』がな……」 片方の侍従の苦々しい声に、もう一人が同調して言った。「若様の叔父上か」「ああ。あのお方は、若様の父上と――先代様と仲が悪かった。先代様が公爵位を継ぐ際もひと悶着あったそうだ」「じゃあ、立場の弱い若様の代になって、また欲をかきはじめたんだな」「そうだろうよ。まったく虫酸が走る」 ふむ……。ミレトス公爵家は身内で争いが起きているのか。 彼らの言い方を聞くに、叔父上とやらは若い公爵にいろいろと嫌がらせをしているようだ。 こういった話は貴族の中ではそんなに珍しいことじゃない。ひどいとは思うけど、事実なのだ。 私は少しだけ公爵に同情した。 父である先代公爵は病気で急逝してしまったと聞いている。まだ亡くなる年齢ではなかった。急なことだったので、引き継ぎの準備もあまり進んでいなかったのだろう。 父親の死を悼む暇もなく、お家騒動になってしまったとは。 侍従たちはそろってため息をついた後、黙って書類整理を再開した。 しばらく様子を見ていたが、これ以上は話が聞けそうにない。 私はまたこっそりと移動を始めた。あちらこちらと屋敷の中を動き回ってみる。 けれど今まで以上の収穫はなかった。 時間もそれなりにかかってしまったし、そろそろ戻る頃合いだろう。 リスの姿で廊下を駆け抜けながら、私は仕入れた情報を整理する。 公爵家の実情は、表に知られているよりもだいぶ悪い。むしろ上手に隠したものだと思う。 使用人たちの態度で、彼らは公爵家に忠誠が厚いと感じられた。みな、叔父とやらを嫌って若い公爵を案じていた。 今の若公爵は女たらしの遊び人だが、きっと先代公爵が優れた人だったのだろう。そんなふうに考える。(それにしても、我が伯爵家の情報収集能力の低さはどうなの) 私は内心でため息をついた。 両親はミレトス公爵を優良物件と信じ切っている。遊び人の件はともかく、身内のいざこざにまったく気づいていない。 使用人たちが一丸となって情報を守っているのかもしれない。 だとしても、王国の建国期に諜報活動で名を馳せた伯爵家の名が泣いているよ。 もっとも、現役バリバリのスパイの家系だったら、それはそれで嫌だけど。(実家が属する派閥の長――侯爵家令嬢じゃなくて、私に縁談が来た理由。分かった気がする) 我が伯爵家は派閥の中では
last updateDernière mise à jour : 2025-06-10
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04話 リス危機一髪
 小さなリスの私に、空から黒い影が襲いかかる。「カァー!」 窓から飛び出した私に向かって、カラスが飛んできた。カラスはリスよりずっと大きい。捕まったら大変だ。 私は必死に走った。カラスの羽音が迫ってくる。 くちばしで後足を突っつかれた。痛い! それでも走る。 庭木の根本に逃げ込んだが、カラスは諦めなかった。近くを旋回して飛んで、鋭い目を向けてくる。 カラスは大きく羽ばたくと、急降下してきた。 まずい、逃げ切れない。人間の姿に戻るしかない。こんな庭の真ん中で人間に戻ったら不審者として捕まるだろう。それでもカラスに食べられるよりはマシだ! そう覚悟したとき。 バサバサと羽音が乱れた。 冬枯れの庭木の枝がにゅっと伸びてきて、私を守るように広がっていく。 なにこれ! 黒い羽が何枚も目の前に舞う。カラスが慌てたように逃げていく。 見上げれば、鞘におさめたままの剣を持った人。金の髪に深緑の目の、とてもきれいな顔立ちの青年だった。 両耳につけた耳飾りは、彼の瞳と同じ緑の石。小さいけれど不思議な煌めきを放つ宝石。「リス? カラスに追われていたのか? ……怪我をしているな」 私は逃げようとしたけれど、後足が痛くて動けなかった。 大きな手が私をすくい上げる。そんな彼に近づいてくる人がいた。服装からしてこの屋敷の使用人、執事だろう。「閣下、どうしました」「リスがカラスに追われていた。怪我をしている。手当してやらないと」「ではわたくしが」「いや、いい。俺がやろう。治癒魔法をたまに使わないと、腕が鈍ってしまう」 彼らはそんな話をしながら歩いていく。 振り返ると、不自然に伸びた庭木の枝がするすると戻っていくところだった。何かの魔法だろうか……。 私を抱えた男たちは、屋敷の中へと入った。 ――閣下、ということはこの人がミレトス公爵か。 出くわすのは予想外だったが、いい機会だ。この目でよく見ておこう。 公爵は執事を連れて執務室に入った。 大きな執務机の上にそっと置かれた私は、油断なく周囲を見回す。この部屋にはまだ入ったことがなかった。よく調べてやらないと。「大人しくしていて」 存外に優しい声音で言われてトキッとした。 怪我した後足に触れた指先が、少しの熱を帯びる。みるみるうちに痛みが引いて、傷口がふさがった。小さい怪我とはいえ、見事な
last updateDernière mise à jour : 2025-06-10
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05話 恋文の山
 山のように積まれたラブレターを見て、ミレトス公爵はげんなりとしている。そんな彼に侍従が肩をすくめてみせた。「捨ててしまいましょうか?」 「いや。返事を書かねば、またあらぬ噂を立てられる。遊ばれた末に捨てられただの、甘い言葉ばかりで無責任だの。せめて丁重に断る返事をしておく」 え、何? それ、『あらぬ噂』なの?  私はカゴから身を乗り出した。  ミレトス公爵は心底嫌そうに手紙の束を解いた。そのうちの一つの封書に見覚えのある筆跡を見つける。『レナ・フォード』の署名。  公爵に捨てられたと泣いていた、いとこの名前だ。  公爵はため息をついた。無意識の仕草で左耳のピアスの石を触っている。「断っても断っても、女が夜会で寄ってくる。どういうつもりだろうか」 「公爵夫人の座が魅力的なんでしょうね」 「だが、俺の立場は危ういぞ? 叔父上には若造と侮られ、王都の政務で精一杯で領地まで手が回らない。おかげで領民からの支持も下がる一方だ」 「その辺りは表に出さないよう、皆で気を張っていますから。それに閣下はたいそう美青年でいらっしゃる。ご令嬢がたが放っておかないのも無理はないかと」 ミレトス公爵は今度こそ大きなため息をついた。その深緑の両目には疲れが見える。  ……つまり、こういうことだろうか。  取っ替え引っ替えいつも違う女性といるように見えたのは、女性の方から勝手に寄っていったから。  言い寄って断られたなんて体面が悪いから、捨てられたと嘘泣きしていた。  そういうこと!? 公爵がレナの手紙を開いた。そばに寄って覗き込んでみる。  そこには、未練がましい愛の言葉が綴られていた。ついこの前、泣いていたのと同一人物と思えないほどだった。「モキュゥ……」 思わず私までため息をつくと、公爵は微笑んだ。「おや。お前は文字が読めるのかい、まさかね。――この女性は特に厄介で、何度断っても引き下がってくれないんだ。それに、彼女の遠縁の伯爵令嬢と婚約の話が進んでいる」 「キュッ」 私のことだ。思わず小さく叫んでしまった。  執事が言った。「悪い縁ではありませんよ。かの伯爵家はイオニア侯爵家の派閥です。あちらは王家の血縁である当家との縁を望んでいて、利害が合う。侯爵家令嬢であれば影響が強すぎますが、伯爵家ならばほどよいでし
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06話 リスとあなた
「クレア嬢が本当にしっかりした人であるならば、やはり婚約を受けたくない。俺はたぶん、女性だという理由だけで彼女を愛せない。夫婦として共にやっていくために、信頼し合えないんだよ。それはあまりにも、相手に失礼じゃないか……」 そう語るミレトス公爵は、切なげに瞳を揺らしていた。 ひどい仕打ちを受けて女性不信になったのに、私を――婚約予定の見知らぬ女のことを思いやってくれている。「モキュ」 何か言おうとして、口から出たのはリスの鳴き声だった。 公爵はふと表情を和らげて、私の頭を撫でてくれた。「ははは、ごめん。お前に言っても分からないよね。若輩で無力な自分が恨めしいよ。父は偉大な人だったのに、息子の俺はどうだ。いっそ叔父上に公爵位を譲るのも考えたが、あの人はいけない。自分の体面を立てるのと私腹を肥やすのに夢中で、領民のことを何一つ考えていないんだ。叔父上が実権を握れば、領民たちは不当に辛い思いをするだろう。見過ごせない」「キュー」「お前は絶妙にいいタイミングであいづちを打つね。こうして言葉にすると、思考を整理できた。ありがとう」 彼は私の尻尾を優しく撫でた。「……おや? それは?」 公爵は私の首元を見た。人間の時に身に着けた紫石のペンダントがある。 まずい。魔法の触媒だとバレたかもしれない。 しかし私の思いとは裏腹に、彼は首をかしげただけだった。「ずいぶん人馴れしたリスだと思ったが、どこかの飼いリスだったのかな。明日、迷子のリスを探している人がいないか聞いてみよう。今日はこの部屋で休んでいくといい」「キュ」 私は何気なくうなずいて、次に気付いた。これは婚外不純異性交友にならないか……!? 婚約したわけでもないのに異性の部屋に泊まる。まずい。とてもまずい。寝込みを襲った令嬢と同類になっていまう。「閣下。お食事の時間です」 ノックの音とともに人の声がした。 チャンスだ、と思った。ミレトス公爵が食事に行っている間に
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07話 決意
 一緒にお風呂に入るなんて、冗談じゃない! 私は部屋の隅に逃げ込んで、絶対嫌! という意志を伝えた。 しょんぼりと浴室に消える彼の姿は気の毒ではあったが、ものには限度というものがある。 なんとかお風呂は回避したが、その後も逃げ出すチャンスがない。 寝支度を整えた彼は、私を抱きかかえてベッドに入った。 もう諦めるしかない。この件は一生、口をつぐんでいなければ。 公爵は私を枕元に置いて毛並みを撫でているうちに眠り始めた。ふさふさ尻尾が気に入ったようで、眠りながらモフモフしている。 月明かりに見える彼の面差しは、まるで少年のように幼く見えた。 耳元では瞳と同じ深緑の石が静かに輝いている。まるで深い森のような色だと、思った。   結局、一晩を同じベッドで過ごしてしまった。嫁入り前になんということだろう。 朝、目を覚ましたミレトス公爵は私を見てほっとした様子だった。夜中にいなくなるとでも思っていたのだろうか。 黙っていなくなることはしない。 でも本当に、そろそろ帰らないといけない。 無断外泊をしたせいで、実家は大騒ぎだろう。朝のうちに戻ってごまかさなければ。「おはようございます、閣下。今日はいい天気ですよ」 ノックの後に侍従が入ってきた。挨拶をしながらカーテンを開けて、窓も開く。 私はベッドを飛び出して、開いた窓に飛びついた。「あっ! どこへ行くんだ!」 彼の声に心が痛い。 私はちょっと振り向いて尻尾を振ってみせた。また会えるよと気持ちを込めたけれど、伝わったかどうかは分からない。 窓から飛び降りる。ここは二階だけれど、すぐそばに木の枝が張り出している。そこに飛び移った。 枝から枝を移動して、塀の上へ。塀の上をしばらく走ったら横の路地へ。 誰もいないのを確かめてから、魔法を発動。人の姿に戻る。「…………」 昨日一日の出来事が心をさらう。
last updateDernière mise à jour : 2025-07-02
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08話 季節のお花
 私はさっそく庭師のところに行って、庭造りの話を聞いた。「呼んでくだされば駆けつけますのに」 と、庭師は恐縮している。「ううん、いいのよ。私が話を聞きたかったの」「はあ。どんなことを話せばよいですかね?」「先代様の奥様がいらっしゃったときのお庭は、どんなものだったのかしら」 庭師は困ったように頭をかいた。「すんません、奥様。おれは前の奥様の時代はわかんねえです。おれの爺さんなら知っているから、呼んできまさあ」「あら、いいわよ。私が行くわ」「とんでもねえ! 爺さんは庭師を引退したが、体はまだまだ元気です。奥様のお呼びとなれば、喜んで飛んできますさね」 そのようなわけで、庭師のおじいさんを呼んでアドバイスをもらうことにした。 同時に私は、家の中の模様替えに手を付けた。 最初だから、あまり大きく変えることはしない。でも少しでもルクス様の心が慰められるように工夫した。 エントランスの花瓶に春の花を活ける。先代の奥様が好んでいたという、素朴で可愛らしい花を選んだ。 リビングのテーブルクロスも変えてみた。春らしい明るい色合いのパステルイエローだ。 少しずつ明るい色を入れていけば、暗く淀みがちだった空気が変わっていくように感じた。 私一人の思い込みではない証拠に、使用人たちも喜んでくれた。   帰宅したルクス・ミレトス公爵――今となっては私の旦那様――は、家の中の様子に戸惑っているようだった。 エントランスの花瓶に目を留めて、ふと微笑む。 けれど私の視線に気づくと、すぐに硬い表情に戻ってしまった。 共に夕食の席につく。 彼はほとんど無言で、私が一人でしゃべる状態だ。ちょっといたたまれなかったので、年配の侍女(名前はサリサ)に相手をして間をもたせた。 そんな日々がしばらく続いた。 今日も室内の模様替えを考えながら、私は少し不安になってくる。 もしかして余計なことをしてしまったのではないか、と
last updateDernière mise à jour : 2025-07-03
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09話 一生懸命に生きる
 考えてみれば当たり前だった。執務室のドアを開け放して重要な話ができるものか。 えーん、私のバカ。 困ってそこらをうろうろしていたら、後ろから声がした。「まあ!? リスだわ。どこから入り込んだのかしら」 サリサだった。彼女はホウキを持ってきて私を追い立てようとする。「ピャッ、キュー!」 ドタバタと走り回って逃げていたら、騒ぎが聞こえたらしい。執務室のドアが開いて、執事が顔を出した。「なんですか、騒がしい。今は閣下のお仕事中ですよ。邪魔をしないように」「あぁ、すみません。野良リスがどこからか入り込んだので、追い出そうとしていたのです」 すると執務室の奥から声がした。「リスだって? まさか……」 ドアの向こうから公爵が現れた。走り回る私を見て、手を差し出してくる。 私は何気なさを装って彼に近づいた。大きい手がリスの小さい体を抱き上げてくれる。「このペンダント。やっぱり、あのときのお前だ」 見上げれば、優しい瞳が見えた。人間の私には決して見せてくれない瞳。「あのときは急にいなくなってしまったから、心配していたんだよ」 言いながら執務机の端に乗せてくれる。「閣下の動物好きも困ったものですな」 執事が苦笑すると、年若い侍従が続ける。「犬を飼ってはいかがですか。きっと慰めになるでしょう」「いや……」 ところが公爵は首を振った。執事が若い侍従に厳しい目を向けて首を振っている。なにか事情がありそうだ。 侍従は空気を察して黙る。 それからしばらく、彼らは静かに書類をさばいていった。 さすがに結婚した後なので、令嬢たちからのラブレターはない。その分だけ仕事は順調そうに見える。 ただ、遠目に見る限りでは領地からの嘆願書がかなりあった。内容まではよく見えないが、いくつも問題が起きているようだった。「王都での政務に関しては一段落ついたな」「やはり
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10話 心の整理
 あれから私は、ときおりリスになってルクス様のもとを訪ねている。 彼はリスに心を許してくれて、いろんな話をしてくれた。昔の思い出から始まって、今の苦労など。 ルクス様は自分の無力に悩んでいた。悩みながらも前に進もうとしていた。 亡くなったお父さまを心から尊敬していて、残された事業を引き継ぐつもりだと言う。 私は黙って――というかリスだから何もしゃべれないのだが――話を聞いた。 ただ聞くことに集中していたのが、ルクス様の役に立ったらしい。 彼は話すことで心が整理されて、前向きになれると言っていた。 帰ろうとすると必ず「またおいで」と言われてしまう。 人間の私は、なるべく彼の心が安らぐように工夫を続けている。 庭の造成はだいぶ進んで、荒れていた部分もきちんと手入れした。家の中に彩りを持ち込んで、空気を明るくするのも忘れない。 公爵の女性不信を理解しながら、出過ぎないように気をつけて会話もした。 季節が夏になる頃には、庭の手入れもずいぶん進んだ。 夏の日差しを受けて育つ草花は、手入れをすれば応えてくれる。手塩にかけた苗がしなやかに伸びて、やがて花開く。植物たちが愛おしい気持ちになった。 公爵も少しずつ歩み寄ってくれている。最近では態度が柔らかくなった。ぎこちないながらも口数が増えて、意見の交換ができるようになった。 そんな日々の中、事件が一つ起こった。 ――あの悪名高い叔父夫妻の来訪である。  「おやおや、ルクス。しばらく見ない間にすっかり立派になって」 夏のある日。叔父夫妻の来訪に合わせて、整えられた夕食の席でのこと。 初めて顔を合わせたルクス様の叔父は、でっぷりと太って脂ぎった頭をした中年の人だった。 仮にも公爵家に連なる高貴な人なのに、行儀悪く食べ物を散らかしながら食事を取っている。「本当に。あの小さくて頼りなくて、犬が死んだくらいで泣いてばかりだったルクスが結婚だなんて」 叔母は夫とは反対に鶏ガラのようにやせ細った女
last updateDernière mise à jour : 2025-07-05
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