『デスノート』の夜神月とLの対決を見ていると、この二つの違いが鮮明に浮かび上がります。月が「君は正義を信じているのか?」と問いかけるのは、相手の信念を揺さぶる洗練された皮肉。対してLの「キラは幼稚だ」は能力への当て擦りそのもの。
音楽の世界では、ボブ・ディランの『Like a Rolling Stone』が社会への皮肉を詩的に表現しているのに対し、最近のヒップホップのディスり合いは当て擦りに近い。前者が鏡のように社会を映すのなら、後者はまさに投げつける石。
ゲームの『The Last of Us』シリーズでは、エリイが大人たちを「あなたたちこそ野蛮人」と批判する台詞が皮肉の効いた社会
批評になっています。一方、『グランドセフトオート』のラジオ番組で流れる政治家への悪口は、当て擦りの痛快さを追求したもの。表現の奥行きと狙いの違いが、作品のトーンを決める重要な要素になっているのが興味深いですね。