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儚い夢の果て

儚い夢の果て

作家:  年華完了
言語: Japanese
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概要

子ども

カウントダウン

ドロドロ展開

目覚め

後悔

北都郊外の墓地で、小林雪(こばやし ゆき)は母親の墓前に立ち、遺影に優しく触れた。 「お母さん、さようなら。もし生まれ変われるなら、またあなたの娘になりたい」 空からはしとしとと雨が降り始め、振り返えった雪は、口元に流れてきた雨粒を拭った。それはしょっぱくて、少し苦かった。 幼い頃に父親を亡くし、母親に女手一つで育てられた彼女にとって、今は母親もいなくなり、娘と二人だけでこの冷たい世界に立ち向かわなければならなくなった。 雪は墓地を歩きながら電話をかけた。 「小林さん、あなたは本当に被験者として人間脳科学研究班に参加しますか?ここは砂漠の無人地帯です。一度足を踏み入れたら、おそらく二度と戻ることはできないでしょう」 「はい、本気です」 「わかりました。7日後、あなたの個人情報は抹消され、担当者があなたと娘さんを迎えに行きます」 電話を切ると、雪は神楽坂礼(かぐらざか れい)が砂漠で銀河を見に行こうと約束してくれたことを思い出した。 これが運命なのかもしれない。

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第1話

第1話

北都郊外の墓地で、小林雪(こばやし ゆき)は母親の墓前に立ち、遺影に優しく触れた。

「お母さん、さようなら。もし生まれ変われるなら、またあなたの娘になりたい」

空からはしとしとと雨が降り始め、振り返えった雪は、口元に流れてきた雨粒を拭った。それはしょっぱくて、少し苦かった。

幼い頃に父親を亡くし、母親に女手一つで育てられた彼女にとって、今は母親もいなくなり、娘と二人だけでこの冷たい世界に立ち向かわなければならなくなった。

雪は墓地を歩きながら電話をかけた。

「小林さん、あなたは本当に被験者として人間脳科学研究班に参加しますか?ここは砂漠の無人地帯です。一度足を踏み入れたら、おそらく二度と戻ることはできないでしょう」

「はい、本気です」

「わかりました。7日後、あなたの個人情報は抹消され、担当者があなたと娘さんを迎えに行きます」

電話を切ると、雪は神楽坂礼(かぐらざか れい)が砂漠に銀河を見に行こうと約束してくれたことを思い出した。

「これは運命なのかもしれない」雪は苦笑した。5年経っても、この名前を思い出すたびに、胸に鈍い痛みが走る。

雪は出勤先の時代ホテルに着いた。今夜が最後の出勤だ。給料をもらえれば、未払いの医療費を完済できる。

さっきの雨で頭が重たかったが、彼女は気力を振り絞って衣装に着替えた。支配人から、今日は最上階のスイートルームを大物が貸し切っているので、しっかり働いてチップを稼ぐように言われていた。

彼女が軽くスイートルームのドアをノックして中へ入ると、何度も夢に見てきた顔が、そこにあった。

礼は人々に囲まれて座っていた。くっきりとした顔立ちは、かつてのあどけなさを脱ぎ捨て、今では洗練された鋭さと凛々しさをまとっていた。

彼のそばには美しい女性が寄り添っていた。彼女のことは雪も知っている。柳グループの令嬢、柳美羽(やなぎ みう)だ。

彼女こそがかつて、礼と複数の女子大学生がベッドで乱る様子の動画を雪に見せつけ、礼と別れないなら彼を刑務所送りにすると脅迫した張本人だった。

「今日は礼と美羽の婚約パーティーだ!さあ、みんなで飲み明かそう!」

「礼は会社が倒産の危機に瀕し、薄情な女にも捨てられたが、美羽のおかげで困難を乗り越え、今では仕事も恋も順風満帆だ!」

周囲の人々の言葉に、雪ははっと我に返った。彼らは既に婚約していたのだ。

人々はグラスを掲げて二人の永遠の幸せを祝い、美羽は礼に恥ずかしそうに寄りかかり、幸せそうな顔をしていた。その光景は、雪の胸に突き刺さるような痛みを与えた。

5年ぶりね、礼。まさかこの人生でまたあなたに会うなんて。

雪が思わず背をむけ逃げ出そうとし、ドアのところまで来た時、背後から冷たい声が聞こえた。

「待て」

礼の声には温かみが全くなく、まるで赤の他人に話しかけるようだった。彼女は心を落ち着かせ、入り口付近のキャビネットからマスクを取り出して素早くつけると、うつむいたまま彼に近づき、低い声で言った。

「すみません。風邪を引いているので、支配人に別の人を呼んでもらいますね」

男は何も言わなかったが、上から下まで見透かされているような視線を感じた。

「それを取れ」

雪は動かなかった。どうにかして逃げられないかと必死に考えたが、礼は彼女に選択の余地を与える間もなく、マスクをひったくった。

「どうした、小林さん。そんなに顔を隠したいのか?それとも、お得意さんに会うのが怖いのか?」

礼の言葉が終わると、周囲の人々が囃し立て始めた。

「どうしたんだ?この女、礼を怒らせたのか?」

「美羽もいるんだ、よせ」

雪は拳を握りしめ、5年ぶりに再会した男を見つめた。彼女の目はみるみるうちに赤くなったが、なんとか感情を抑え込み、震える声で言った。

「私はただ歌いに来ただけで……」

彼女が言い終わらないうちに、礼は彼女の腕を掴み、引き寄せた。
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第1話
北都郊外の墓地で、小林雪(こばやし ゆき)は母親の墓前に立ち、遺影に優しく触れた。「お母さん、さようなら。もし生まれ変われるなら、またあなたの娘になりたい」空からはしとしとと雨が降り始め、振り返えった雪は、口元に流れてきた雨粒を拭った。それはしょっぱくて、少し苦かった。幼い頃に父親を亡くし、母親に女手一つで育てられた彼女にとって、今は母親もいなくなり、娘と二人だけでこの冷たい世界に立ち向かわなければならなくなった。雪は墓地を歩きながら電話をかけた。「小林さん、あなたは本当に被験者として人間脳科学研究班に参加しますか?ここは砂漠の無人地帯です。一度足を踏み入れたら、おそらく二度と戻ることはできないでしょう」「はい、本気です」「わかりました。7日後、あなたの個人情報は抹消され、担当者があなたと娘さんを迎えに行きます」電話を切ると、雪は神楽坂礼(かぐらざか れい)が砂漠に銀河を見に行こうと約束してくれたことを思い出した。「これは運命なのかもしれない」雪は苦笑した。5年経っても、この名前を思い出すたびに、胸に鈍い痛みが走る。雪は出勤先の時代ホテルに着いた。今夜が最後の出勤だ。給料をもらえれば、未払いの医療費を完済できる。さっきの雨で頭が重たかったが、彼女は気力を振り絞って衣装に着替えた。支配人から、今日は最上階のスイートルームを大物が貸し切っているので、しっかり働いてチップを稼ぐように言われていた。彼女が軽くスイートルームのドアをノックして中へ入ると、何度も夢に見てきた顔が、そこにあった。礼は人々に囲まれて座っていた。くっきりとした顔立ちは、かつてのあどけなさを脱ぎ捨て、今では洗練された鋭さと凛々しさをまとっていた。彼のそばには美しい女性が寄り添っていた。彼女のことは雪も知っている。柳グループの令嬢、柳美羽(やなぎ みう)だ。彼女こそがかつて、礼と複数の女子大学生がベッドで乱る様子の動画を雪に見せつけ、礼と別れないなら彼を刑務所送りにすると脅迫した張本人だった。「今日は礼と美羽の婚約パーティーだ!さあ、みんなで飲み明かそう!」「礼は会社が倒産の危機に瀕し、薄情な女にも捨てられたが、美羽のおかげで困難を乗り越え、今では仕事も恋も順風満帆だ!」周囲の人々の言葉に、雪ははっと我に返った。彼らは既に婚約していた
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第2話
雪は無理やり礼の股の間に座らせられ、その姿は遠くから見るとまるで何かをしているように見えた。「いい気になるなよ。俺は潔癖症なんだ、汚いのは嫌いだ」そう言って手を離すと、雪を見下ろしながら、テーブルの上の殻付きナッツが盛られた皿を指差した。「美羽はこれが大好きなんだ。剥いてやれ」美羽はこんなところで雪に会うとは思ってもいなかった。彼女は警告するように雪を睨みつけると、テーブルの上の道具を片付け、嘲るような口調で言った。「じゃあ、お願いね」礼は美羽を抱き寄せ、バッグから札束を取り出して雪の足元に投げつけた。「これを全部剥いたら、この金は全部お前のだ」雪は全身が震えるのを感じた。涙をこらえながら、しゃがみこんで一つずつナッツの殻を剥いていく。殻で指を切り、破片が刺さり、血が滲み出てきた。礼と付き合い始めた頃、ナッツを剥いて手を切った時のことを思い出した。「どうしてそんなに不器用なんだ。これからは俺がやるから、お前は大人しく待っていればいい」当時の礼は、彼女の手に優しく触れ、消毒をしてキャラクターの絆創膏を貼ってくれた。あの日から、彼女のバッグにはいつも剥かれたナッツが入っていて、ソファでテレビを見ていると、礼が傍らで一つずつ口に入れてくれた。がしゃんという音とともに、雪ははっと我に返った。テーブルの上にあったフルーツの盛り合わせが床に落ちて粉々に砕け、果物が美羽のドレスの上に飛び散っていた。「オーダーメイドの婚約パーティー用のドレスが!」美羽は雪を指差して叫んだ。「私は触っていない……」パンっ!甲高い平手打ちの音に、騒がしかった部屋は静まり返った。雪の顔はたちまち赤くなり、焼けるように痛んだ。「まだ言い訳をするのね!どう見てもわざと果物をひっくり返して私に恥をかかせようとしたんじゃない!」美羽はそう言うと、礼の胸に飛び込み、顔をくしゃくしゃにして泣いた。「礼、仕返しをして!」礼は美羽を抱き寄せた。「わかった、お前はどうしてやりたいんだ?」彼女は体を起こすと、雪を勝ち誇ったように見下ろして、冷たく言った。「弁償するか、土下座して謝るか、どっちか選んで」周囲の者たちも口々に同意した。「土下座で済むなんて、甘すぎるだろ。このドレスは男を1万人相手にしても、買えるかどう
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第3話
雪が目を覚ますと、手足をベッドに縛り付けられていた。部屋は真っ暗で、月の光だけがわずかに差し込んでいた。「目が覚めたか」冷たい声が響き、礼が暗がりから出てきた。彼の顔色は恐ろしく険しかった。雪は抵抗するのも忘れて、ぼんやりと彼が近づいてくるのを見ていた。「雪、5年ぶりだな」彼はベッドの端に腰を下ろし、そっと彼女の頬に触れ、そのままゆっくりと指を下へ滑らせた。彼女の体がビクッと震える。次の瞬間、彼は彼女の首を強く掴んだ。「この5年間、あの時の屈辱を忘れたことは一度もない」そう言うと、彼は雪の服を引き裂き、白い肌を露わにした。そして、彼女の鎖骨に噛みついた。雪は唇を噛み締め、声も出さずに、大粒の涙を流し続けた。涙は礼の手に落ちた。彼はまるで手に火傷をしたかのように手を離し、起き上がって痛々しい噛み跡を見た。思わず、彼女の目元を指でなぞっていた。やがて、その表情は、静かに、けれどどこか切なげに、柔らかくほどけていった。「雪、あの時、お前には何か事情があったんだろう?俺から離れたくて離れたんじゃないよな?そうだろう?」雪は胸が締め付けられた。全てを打ち明けようかと思ったが、次の瞬間、正気に戻った。今ここで真実を話せば、彼はきっと過去の自分を激しく恨み、婚約を破棄するだろう。しかし、あの動画は美羽の手に渡ったままだ。彼女を追い詰めたら何が起こるかわからない。「別に。ただ、あなたと一緒に苦労を背負いたくなかっただけよ」雪のあっさりとした言葉が、礼の怒りに完全に火をつけた。「全てうまくいくって言っただろう!なぜ俺を信じて待てなかったんだ!」彼は再び取り乱し、雪の首を絞めた。「だって私はこういう、金に汚い女なのよ!」唇を歪めて礼を見つめる雪の、一つ一つの言葉が彼の心に突き刺さった。礼は鋭い目つきで彼女の顎を掴み、激しくキスをした。唇が重なり合った瞬間、雪は彼の唇に噛みついた。血の味が口の中に広がる。「雪!あんな店に行ったくせに、まだ清純ぶるのか?金が欲しいんだろう?俺には金が腐るほどある!」礼はそう言うと、傍らの金庫から札束の束を取り出し、雪に投げつけた。「今夜、俺を満足させろ。そうしたらこれは全部お前のものだ」彼は雪を体の下に押さえつけた。冷たい視線には、情欲のかけらもなかった。「
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第4話
礼はしゃがみ込み、彼女を嘲るように見つめた。「結婚していたんだな。お前の夫は、お前がこんなところで働くのを許しているのか?」礼は彼女が結婚し、子供がいることに驚き、言いようのない感情に襲われた。ただ、何か得体の知れない怒りをぶつけたくなった。「夫……」雪は一瞬固まり、自嘲気味に笑った。「彼は死んだわ」彼女が彼のもと去ったあの日から、彼女の中で彼は死んだのだ。「死んだ?それとも、どこの誰ともわからない男との子か?」礼は雪を掴み上げ、壁に押し付けた。彼の目は毒々しかった。「私をどう言っても構わない。でも、娘のことは悪く言わないで」雪は顔を上げ、彼の目を見据えた。彼女は自分がどう思われようと構わなかったが、娘が父親から侮辱されることは我慢できなかった。礼は歯を食いしばり、彼女を絞め殺したい衝動を抑え込んだ。彼は手を離し、振り返って歩き出した。ドアのところで、彼は立ち止まった。「彼女を連れて来い。お前は二度と神楽坂家から出るな」彼の言葉と共に、ドアが勢いよく閉まり、礼の姿は消えた。5年間、抑え込んできた苦しみが、この瞬間に堰を切ったように溢れ出した。雪は枕に顔を埋め、長い間泣き続けた。過去と未来の涙を全て出し尽くすかのように。あと6日で、彼女はここからいなくなる。その時、この世界に雪という人間はいなくなり、愛憎渦巻く過去も全て消え去るのだ。雪は身支度を整え、娘を迎えに行って神楽坂家へ向かった。途中に娘に、住み込みの家政婦の仕事を見つけたこと、給料も高く、一緒に住めると話すと、娘は喜んで彼女の胸に飛び込んできた。「よかった!もう毎日ママと会えないなんてことなくなるのね」雪は娘を抱きしめ、胸が締め付けられるような思いと幸福感に包まれた。礼の腕の中で未来を夢見ていたあの頃を思い出した。「私たちは男の子と女の子、どっちがいい?」「女の子」礼は即答した。「どうして?」「だって、娘は父親にとってお姫様だから」「ふーん、私の他にもお姫様がいるのね?」雪が怒ったふりをして立ち上がると、礼は後ろから彼女を抱きしめ、顎を彼女の肩に乗せ、首筋に顔をすり寄せた。「冗談だよ。女の子が欲しいんだ。お前にそっくりな。そうすれば、お前の最初の16年間を埋め合わせることができる」礼の言葉に、雪
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第5話
美羽がセクシーなランジェリー姿で礼の膝の上に座っていたのだ。雪は急いで娘の目を覆い、自分も頭を下げた。「ごめん、タイミングが悪かったわね」美羽は雪を睨みつけた。「何の用?」「神楽坂さんに呼ばれてきたの」礼は顔を上げると、雪が娘の顔を手で覆っているのが見えた。お団子頭に、ほんの少しだけ、ふっくらとした顔がのぞいていた。彼の胸に鈍い痛みが走った。もし、あの時雪が自分から離れていなければ、今頃、自分たちにもこんな可愛い娘がいただろうか。「礼?」美羽の声が、彼を現実に引き戻した。「神楽坂家ではちょうど家政婦を探していたんだ。昨夜の償いとして、彼女にお前の世話でもさせようってな」「いい子だから、部屋で待っていてくれ」美羽は不満だったが、逆らうこともできず、渋々「うん」と答えて2階へ上がった。「一番奥の使用人部屋を使え。30分後に2階の部屋に来い。それと、俺は子供が嫌いだ。ちゃんと見ておけ。うろちょろさせるなよ」「わかったわ、神楽坂さん」雪は娘を部屋に連れて行き、静かに本を読んでいるように言い聞かせた。そして、使用人の服に着替えて2階へ上がると、部屋の掃除をさせられると思っていたのだが、礼が書斎で待っていた。書斎に入ると、壁一面に礼と美羽のツーショット写真が飾られていた。彼女もかつて、将来の家にこんな写真壁を作ろうと話していたが、その日は結局来なかった。「小林さん、これらの写真はどうかな?」礼は雪に近づき、彼女を見つめた。「とても素敵な写真だね。神楽坂さんと婚約者の方はすっごくお似合いよ」雪がうつむくと、礼が鼻で笑った。「当たり前だ。美羽は俺がどん底にいた時もずっとそばにいてくれた。金に目が眩んで7年間の付き合いを簡単に捨てるような女とは違う」礼は壁際に歩み寄り、スイッチを押した。写真が貼ってあった壁がゆっくりと上がり、ガラスが現れた。隣の寝室の様子が全て見えるようになっていた。彼は椅子を持ってきてそこに置き、雪をそこに座らせた。「ここに座って、一歩も動くな。これから始まること、しっかり見ていろ。この部屋には監視カメラが付いている。もし見ていないとわかったら、どうなるかわかっているだろうな」ガラス越しにベッドの上の美羽を見つめていた雪は、彼が何を見せつけようとしているのかを理
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第6話
雪は気持ちを落ち着かせ、美羽の方へ向き直った。部屋にはまだ先ほどの空気が漂っていたが、礼の姿は既になかった。「探しても無駄よ。礼は会社に行ったわ。よくも、ここへ来れたわね」美羽は雪の髪を掴み、ベッドの傍まで引きずり寄せた。ベッドの上には使用済みのコンドームが散らばっていて、雪は吐き気を覚えた。「柳さん、あなたたちの邪魔をするつもりはなかったの。神楽坂さん……」雪の言葉が途切れると、美羽に平手打ちを食らわされた。「いい度胸してるわね!警告しておくけど、余計なことは考えないことね。さもないと、あなたもあなたの娘も地獄行きよ」雪は顔を押さえながら部屋に戻ると、娘がベッドの脇で眠っていた。小さな手には、首から下げたお守りが握られていた。娘に父親がいない理由を聞かれた時、彼女は娘の首にこのお守りをかけた。「お父さんは遠いところに行っちゃったけど、あなたのことを愛しているわ。このお守りは、お父さんがあなたのためにわざわざお寺でご祈祷してきてくれたのよ」それ以来、娘はこのお守りを宝物のように大切にしていた。お守りを身につけていると、パパがそばにいてくれるような気がすると言っていた。雪は娘を抱き上げてベッドに寝かせた。母親が亡くなってから、ろくに眠れていなかった彼女は、娘を抱きしめながら深い眠りに落ちた。目が覚めると、娘の姿が見えなかった。慌てて部屋を飛び出すと、美羽が娘の耳を掴んで、手を上げようとしていた。「やめて!」雪は駆け寄って美羽を突き飛ばし、娘を抱き寄せた。「ママ、この人がパパのお守り、取ろうとしたの」娘は彼女の腕の中から顔を出し、涙を拭いながら訴えた。「柳さん、文句があるなら、私に直接言ってよ。子供を巻き込まないで」美羽は冷たく笑った。「巻き込む?このガキが私の翡翠のペンダントを壊したのよ。お守りくらいじゃ足りないくらいだわ」「ママ、私壊してなんか……」言葉が終わるか終わらないかのうちに、美羽は首にかけていた翡翠のペンダントを外し、手を離した。すると、ペンダントは雪の目の前で粉々に砕け散った。「柳さん、あなたはもう欲しいものを手に入れたのに、なぜまだ私たちを放っておいてくれないの?」美羽は雪を憎しみに満ちた目で睨みつけた。あの時のことで、礼は雪を心底憎んでいると思っていた。しかし
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第7話
翌朝、まだ夜が明けないうちに、雪は電話で起こされた。「お前の娘を連れて病院に来い。今すぐだ!」「彼女は昨日怪我をして、安静にしている必要があるんだけど……」「俺の我慢にも限界がある。30分後、病院に来なければ、どうなるかわかっているだろうな」彼女の返事も待たず、礼は電話を切った。まだ眠っている娘を見ながら、雪は少し迷ったが、一人でタクシーで病院へ向かうことにした。病室に入ると、顔色の悪い美羽が礼に寄りかかり、手には包帯を巻いていた。雪が入ってくると、礼の優しい表情は一瞬にして険しくなった。「あの嘘つきはどこだ?」「私の娘は嘘をついていない。私には何をしてもかまわないけれど、娘は巻き込まないで」礼は嗤った。「巻き込む?雪、お前の可愛い娘のおかげで、美羽は手の腱を怪我したんだ。医者は少なくとも半年はかかるって言ってたぞ。この責任、お前がとるか、それともお前の娘がとる?」勝ち誇ったような表情を浮かべる美羽を見て、雪は全てが彼女の策略だと悟った。「もし、全て柳さんが仕組んだことだと言ったら、あなたは信じる?」彼女は顔を上げて、かつて自分を無条件で信じ、守り、世界中の誰とでも戦ってくれると言った男を見つめた。「雪、お前は何様のつもりだ?二股かけて、約束を破った女の言葉を、俺が信じると思うのか!」彼女は自嘲気味に笑った。そうだった。私は彼の記憶の中で、ただの恥として刻まれてるだけ。今、彼の心にいるのは美羽なのだ。きっと神様はこの再会で、自分にけじめをつけろと言っているのだろう。「では、神楽坂さんは私にどう責任をとってほしいの?私の腱でも切る?」そう言って、彼女が手を差し出すと、彼はテーブルの上のフルーツナイフを掴み、歯を食いしばりながら彼女を見つめた。彼女の目に、少しの後悔や悲しみの表情を探したが、そこには何もなく、ただ虚ろな瞳があるだけだった。彼の胸に、鈍い痛みが走った。彼女を憎み、この仕打ちは当然の報いだと思っていたはずなのに、なぜだか、ナイフを振り下ろすことができなかった。彼の迷いを察したように、美羽が軽く咳払いし、ナイフを持っている彼の手を優しく包み込んだ。「礼、小林さんも彼女の娘もきっとわざとじゃないわ。そうだ、南山寺でもう一度、同じ翡翠のペンダントを手に入れてもらうと
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第8話
雪は二日間、昏睡状態だった。長い夢を見ていた。夢の中で、彼女は礼と7年間の幸せな日々を過ごし、ついに結婚式を迎えた。愛する人の元へ一歩ずつ歩み寄り、永遠の愛の証である指輪をはめてもらうために手を差し出した。しかし、突然場面が変わり、彼女は椅子に縛り付けられ、周囲の人々に指を指されて嘲笑われていた。礼と美羽が腕を組んで、自分の前に立っていた。「よく見ろ!彼女こそが俺が生涯愛する女だ。お前はただの、冷酷で金に汚い女だ!」「売女!」「売女!」「違う!私は違う!違うわ!」雪は飛び起きた。全身が冷や汗でびしょ濡れだった。夢だったのか。彼女は病院のベッドに横たわり、点滴につながれていた。倒れる前の光景を思い出し、慌てて点滴の針を抜いてベッドから飛び降り、娘を探しに行こうとした。ドアのところで、ちょうど入ってきた男とぶつかった。「ママ、やっと起きたのね!」雪は礼の腕から娘を引き寄せ、強く抱きしめた。よかった、娘は無事だった。「少し外に出ろ。話がある」男は複雑な表情で彼女を一瞥し、廊下へ出て彼女を待った。雪は礼の後をついて階段の踊り場まで行った。「神楽坂さん、ペンダントのことだけど……」「彼女は、一体誰の子だ?」雪は一瞬言葉を失った。その反応は礼の目にしっかりと映った。もしかして、自分の勘は当たっていたのか?あの子は、自分と雪の子供なのか?しかし、なぜ彼女は子供を産んだのだろう?彼女は自分のことを愛してなどいなかったはずだ、金のことしか頭にない女だったはず……「まさか、神楽坂さんはこの子があなたの子だとでも思っているの?」雪は軽く笑い、礼の首に手を回し、耳元で囁いた。「まだ私への未練があるのね。それならば、婚約を解消して私と結婚すれば?そうすれば、あなたの子じゃなくても、あなたの子になるわ」「雪!」礼は彼女の腕を掴み、壁に押し付けた。「何年経っても、お前は変わらないんだな!金のためなら、何でもするんだな!」「ええ、結婚が嫌なら、愛人でもいいわ。2億円ちょうだい」礼は自分が馬鹿だったと思った。この女に同情した自分が馬鹿だった。潤にDNA鑑定を頼んだ自分が情けない。彼女は金のためなら何でもする女だったのだ。彼は手を離し、雪を冷たく睨みつけた。「退院したら神楽坂家に戻れ。俺はこれから美羽と
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第9話
礼は美羽と共に、特注のウェディングドレスを試着するために海外へ飛んでいた。しかしなぜかは分からないが、彼の心は落ち着かなかった。「礼、どうかしら?」その声で我にかえった。そこには純白のドレスをまとった美羽が微笑みながら自分の前に立っていた。彼女は美しく、優しく、気立てが良い。何より、あの最も辛い時に柳家は自分を支えてくれた。情にしても道理にしても、彼女を妻に迎えるのが当然なのだ。「とても美しいよ」ブライダルサロンを出ると、美羽はもう少しここに滞在したいと言い出した。彼は咄嗟に断ろうとしたが、期待に満ちた彼女の瞳を見つめ、これまであまり彼女と旅行もしていなかったことを思い出し、承諾した。旅の途中、彼は上の空だった。美羽が土産物を買っている間、彼は雪に電話をかけた。「おかけになった電話番号は現在使われておりません」礼は凍りついた。動画を自分が握っているというのに、彼女はどうして勝手にいなくなることができたのか。彼はすぐに潤に電話をし、神楽坂家と病院を探させた。美羽が戻ってきた時、彼は携帯を握りしめ、焦りの色を浮かべていた。「礼、どうかしたの?」「会社で急用ができた。お前はもう少しここに残って遊んでいたらいい。用事を済ませたら迎えに来る」そう言うと、礼は美羽を置き去りにして空港へ向かった。一番早い便のチケットを購入した。5年前、彼女が背を向けて去っていった光景が、何度も脳裏に蘇る。彼は酷く動揺していた。何かが自分の手からすり抜けていくような気がした。飛行機を降りると、潤が慌てて駆け寄ってきた。「社長、あらゆる場所を探しました。以前住んでいたアパートにも行きましたが、誰もいませんでした……」「もう一度探せ!大人一人と子供一人だぞ。見つからないはずがない!」礼は気が狂いそうだった。裏切られたこと、他の男との子供を産んだことは許せる。しかし、彼女が再び自分の前から姿を消すことは許せなかった。雪が住んでいたアパートへ行くと、大家から二日前に引っ越したと聞かされた。古くて小さな部屋だった。窓辺には、既に枯れてしまったカスミソウの花束が置かれていた。それは彼女の大好きな花だった。結婚式にはバラはいらない、カスミソウの花でいっぱいにしたいと言っていたのを思い出した。彼が花束を手に取ると、中から一枚の紙切れが落ちてきた。
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第10話
礼は目覚めると、頭が重たかった。まず潤に電話をかけたが、雪の情報は何も得られていなかった。起き上がり、階下に降りると、美羽がキッチンで朝食を作っていた。「礼、起きたのね。あなたの大好きなお粥を作ったわ」礼は食欲がないと言おうとしたが、忙しそうに働く彼女の姿を見て言葉を呑み込んだ。今回のことは、彼女に対して申し訳ないことをしたと思った。テーブルの上の携帯が光った。彼女に渡そうとしたが、なぜか、ふと思い立って画面を見てしまった。「柳さん、小林さんの情報はまだありません。ご安心ください、引き続き監視を続け、ご計画の邪魔にならないよう、細心の注意を払い続けます」礼は画面のメッセージを見て、拳を握り締めた。美羽がお粥を持って近づいてきた。「どうしたの?礼」彼は美羽の首を掴んだ。彼女は悲鳴を上げ、持っていたお粥の入った器を落とした。熱々のお粥が二人の手に飛び散り、水ぶくれができた。美羽は痛みと恐怖で涙を浮かべていたが、礼は無表情だった。彼は携帯を美羽の目の前に突きつけ、低い声で言った。「これが、お前が言う『探す』なのか?」「礼、違うの!誤解よ、説明させて!彼女を傷つけようなんて思ってないわ。ただ、怖かったの。彼女が戻ってきたら、あなたが私を捨ててしまうんじゃないかって……」泣きじゃくる彼女を見て、礼は複雑な気持ちで手を離した。確かに彼女のやったことは間違っている。だが、彼女の気持ちもわからなくはなかった。彼は背を向け、目を閉じて深呼吸をし、静かに言った。「しばらく、柳家に帰るんだな」「礼……」美羽は後ろから彼にしがみついたが、彼は無理やり彼女の手を剥がした。彼はそこに立ち尽くし、振り返ることなく、彼女が出て行くのを待った。しぶしぶ美羽が出て行った後、彼は奥の部屋、雪が二日間だけ過ごした部屋へと向かった。ドアを開けて中に入り、ベッドの上に置かれた彼女が着ていた使用人の服を見つめた。彼はベッドに腰掛け、目を閉じ、ざらついた生地に優しく触れた。全てが夢であってほしい、目を開ければ、雪が自分の前に現れ、「神楽坂さん」と呼んでくれるのではないか、そう願った。今度はもう二度と彼女を苦しめたりしない。今度こそ、彼女を大切にする。しかし、目を開けても、そこにあるのはがらんとした部屋だけだった。ふと、ゴミ箱の
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