LOGIN居眠りの罰で、美術室の掃除を命じられた白浜は、そこで無口な美術部員の南条と出会う。 誰にも気を取られずに筆を走らせるその横顔に、なぜか胸がざわついた。 ——なんで、俺のこと見ないんだろう。 明るく振る舞い、誰とでも仲良くやれるはずの白浜は、南条にだけ通じない距離に戸惑っていく。 最初は「ちょっと気になる」だけだった。 けれどそれが、担任教師の言葉が引き金となり、その気持ちは〝ただの興味〟じゃないと気づいてしまう。 それでも、南条は相変わらずマイペースで……。 〝放課後の君〟に恋をした高校最後の1年間。 甘くて、眩しくて、一生忘れられない、恋と友情と青春の物語。
View More「だああああああ、なんで俺だけぇ!?」
放課後の美術室に、俺の叫び声だけが虚しく響いた。 静寂を切り裂くような声だったのに、それを打ち消す反応すらない。 この部屋には誰もいない。それがますます虚しい。 ことの発端は、美術の授業中に俺がうっかり居眠りしてしまったことだった。いや、正確に言えば〝うっかり〟ではない。お経みたいな先生の声に、つい……というやつだ。 でもその一瞬の油断が、しっかりと罰として返ってくるあたり、教師という存在は容赦がない。 『授業態度が悪い生徒には、清掃奉仕が一番です』 なんて、美術の式が終わったあとの体育館は、嘘みたいに静かだった。 拍手の音も、校長の声も、涙交じりの別れの言葉ももう聞こえない。ただ、壇上の花が風に揺れるのが見える。 あれだけ人で溢れていた空間が、今は夢のあとみたいだった。 大澤先生は大号泣していた。 そんな様子を見て、また生徒たちも泣き、最後のホームルームは泣き声でいっぱいだった。 もうすこし大澤先生と話していたかった。 それでも俺は、ぼんやりしてる暇なんかなくて。 胸の奥がざわざわしていて。 ここでしかできないこと。それを確実に済ませておきたかった。「……白浜くん」 名前を呼ばれて振り返ると、南条が光の中を歩いてくるのが見えた。 えんじ色のネクタイ。俺が結んだそれがすこし曲がってて、思わずふっと笑ってしまった。 「ネクタイ、斜めになってるよ」 「え……あ、ほんとうだ」 すこしだけ困ったように笑いながら、南条は俺の方に歩み寄ってきた。そして、逆に俺のネクタイを見て、小さく首を傾げる。 「白浜くんのは、緩んでる」 「え、マジ?」 「……ちょっと待って。結び直すから」 指先が喉元に触れる。 その瞬間ふわっと香ったのは、南条の匂いだった。制服の襟に残る柑橘っぽい匂いと、いつもの静かな匂い。それだけで胸がきゅっと締めつけられる。 手際よく締め直されたネクタイは、いつもよりすこしきつめだった。でも、何よりも綺麗なように思える。 「……く、くるしいって!」 「このくらいの方が、かっこいいよ」 「また言った、ずるっ!」 思わず笑うと、南条もすこしだけ目を伏せて笑った。 こんな何気ないやり取りすら、今日で最後——そう頭で理解した瞬間、俺は身体が勝手に動いていた。 「……ねぇ、行こうか。あっち」 南条が頷く。 向かうのは、あの場所。 ふたりで何度も向かった、校舎裏だ。◇ ふたりで手を繋いだまま、すこしだけ肩を寄せ合って立っていた。 この場所に、何度も来た。
春の朝の空気は、ほんのすこしだけぬるくて、でもまだ肌寒い。 白く光る校舎の前で、制服の第1ボタンに手をかけたとき、ふわりと柔らかい風が通り過ぎた。 校庭には、まだ蕾のままの桜。 でもその気配はもう、確かに春だった。「……白浜くん」 名前を呼ばれて顔を上げると、そこに南条がいた。 朝の陽射しの中で、えんじ色のネクタイが風に揺れている。 その姿に、一瞬だけ見惚れた。 「おはよう」 「……おはよう」 照れくさそうに笑い合って、すぐ隣に並ぶ。 俺はちょっと緊張してたけど、どうしても今日、やりたいことがあった。 「なぁ、南条……」 「うん?」 「ネクタイ、交換しない?」 言いながら、自分でもすこし照れたけど。 でも、卒業式だからこそ、やりたいって思ったんだ。なんか……俺たちらしいことを。 「ネクタイ?」 南条は目を見開いて、それからふっと表情をやわらげた。 「いいよ……交換しよ」 交換する意図は聞かれなかった。 互いに自身のネクタイに指をかけ、慣れた手付きで外していく。 手元に集中しながらも、南条の様子が気になって仕方がない。 結び目の上で、動く長い指。 ほどかれたネクタイが、肩を撫でて落ちていく様子。 それらすべてがなんだか特別なように思えた。 「じゃあ……白浜くん、こっち向いて。僕が結ぶ」 「う、うん……」 すこし近づいてくる。 そして南条がほどいたばかりのネクタイを、俺の首元に掛けた。 俺の胸元、ネクタイの位置に手をやり、こちらもまた慣れた手つきで結び始める。 その指先が俺の身体に触れた瞬間——すこしだけひやっとして、それからじんわり温かかくなった。 「……白浜くん、自分が提案したのに。ちょっと緊張してる?」 「ば、ばれてる……?」 「顔、赤い」 南条の一言に、耳まで赤くなっていくのがわかる。 なんだか無性に恥ずかしくて、目を逸らしながらこっそりと南条の名を
西の空が茜色に染まりはじめていた。 夕焼けが街を包んで、ビルの隙間に長い影が落ちている。 俺たちは並んで歩いていた。なんでもない帰り道。だけど今日は、それがすこしだけ特別に思えた。 手の中には、南条のぬくもりがある。 ぎゅっと握ってるわけじゃない。けど、決して離れようとはしない、そんな優しい力で、俺たちの手は繋がれていた。 制服の袖が時々重なるたびに、心臓がちょっとだけ騒がしくなる。 「……なぁ、南条」 俺はふと、笑いながら口を開いた。 「俺、美術の授業で寝ててよかった。あの時に起きてたら……掃除もしてなかったわけだし。今こうして一緒に帰ってない気がする」 俺の一言に南条はくすっと笑った。 「それ、まったく自慢にならないよ?」 「いやいや、めっちゃ自慢だって。人生変わったんだから」 本気でそう思っていた。 南条と出会って、惹かれて、俺は変わった。未来まで、変わった。 これは自慢でしかないでしょ。 「……じゃあさ」 横で、ちょっといたずらっぽい声がする。 「……美術の問題、出す。正解できたら、寝てよかったって認めてあげる」 「問題……ちょっ、マジで!?」 思わず声が裏返る。 「マジ」 南条はきっぱり言い切って、でもちょっと笑ってた。 問題を出されるのは嫌だ。 それでもそんな顔をされると、なんか嬉しくなってしょうがない。 「絶対ムリじゃん……」 俺が頭を抱えている様子を、南条は横目で見ながら楽しそうに笑っていた。 そういうところも、やっぱり大好き。 「じゃあ、第1問。『モナ・リザ』を描いた画家は?」 「それくらいなら……レオナルド・ダ・ヴィンチ!」 「正解」 「よっしゃー!」 思わずガッツポーズすると、南条がちょっとだけ目を細める。 「第2問。印象派の代表的な画家で、『睡蓮』を描いたのは?」 「……モ、モネ……?」 「正解。意外とやるね」 「ふっふーん、伊達に南条の彼氏やってませんよ
卒業式まで、あと数日。 教室の時計がゆっくりと午後を刻む頃、俺は小さく伸びをして、立ち上がった。 ふと窓の外を見ると、校舎裏のあの場所に、誰かの影が見えた。 ……南条だった。 俺は鞄を持って、急いで教室を出る。 廊下には春の匂いが満ちていて、遠くから部活の音が聞こえてきた。 もうすぐ、すべてが終わる。そんな気配に包まれながら、足は自然と、あの場所へと向かっていた。 校舎裏には、爽やかな風が吹いていた。 南条はスケッチブックを胸に抱え、壁にもたれかかるようにして、空を見上げている。 「……待った?」 声をかけると、南条は振り返って、目を細める。 それだけで心臓が跳ねた。 「全然。むしろ、空を見上げる時間が取れてよかった」 「空?」 「うん。僕の大好きな、空」 そう言って笑うその顔が、何よりも眩しい。 南条は俺のことを〝光〟っていうけれど、俺から見れば、南条も〝光〟だ。 ただ、恥ずかしくて言えないけれど。 俺は、ゆっくりとその隣に並んだ。 ふたりで壁にもたれながら、並んで空を見る。春の陽射しが、柔らかく頬を撫でていく。 「……白浜くんに、見て欲しい」 「ん?」 そう呟いた南条は、持っていたスケッチブックをゆっくりと開いた。 そこに現れた、1枚の絵。 完成されているようで、どこか眩しさを覚える絵だった。 「この前から、白浜くんの絵を描いてただろう」 南条はスケッチブックを立てて、絵を俺に向けてくれる。 それは、笑顔の俺だった。 思わず息をのむくらい、眩しく、嬉しそうに。誰かと話している時の、無防備な笑顔だった。 「……これ、俺、だよな?」 「うん」 南条の声は、どこか照れていて、それでも真剣だった。 「俺、こんなにキラキラしてる?」 「うん。いつも言ってるじゃん。白浜くんは〝光〟だって」 喉の奥が、ぎゅっとなる。 絵の中の俺は、誰よりも楽しそうで、でも、それを見つめてい
放課後の校舎裏には、雪がまだところどころに残っていた。 風は穏やかで、静かに肌を撫でていく。 俺はいつもの場所で、南条を待っていた。 南条とは、お互いに想いを告白し合った。 けどそれに留まっていて、付き合おうと言葉にしたわけではない。 友達なのか、それ以上なのか。 よくわからない関係のまま、俺は南条と過ごしていた。 とはいえ、もうすっかり日常になってしまったこの時間。ここ最近はなぜか、すこしだけ緊張していた。 やがて、靴音がひとつ、雪の上を踏む音がした。 振
放課後の職員室は、どこか静けさが沁み込んでいた。 いつもの喧騒も、先生たちのバタバタした気配もない。 その中でひときわ目立つ、猫背気味の背中が目に付いた。大澤先生だ。 俺はその背中に向かって歩き、すこし躊躇してから声をかける。 「……大澤先生」 小さく肩が動いて、先生はくるりと顔だけ振り返る。 まるで待ってましたと言わんばかりの、にやけた顔をしていた。 「わぁ、〝南条依存症〟の白浜だ。放課後にここ来るの、めっちゃ久しぶりじゃん?」 何そのわざとらしい口調。 しかも開口一番、それかよ。
白い息が、吐くたびにふわりと空へ消えていく。 冬の夕暮れは、思っていたよりもずっと冷たかった。 太陽が落ちかけた空は薄紫に染まり、校舎の影が長く伸びている。 有理は俺に近づいて来なくなった。 祥吾とずっとつるんで、見向きもしない。 俺もどうすればいいのかわからない。『普通にしてて』と言った有理はどこに行ったのか。 完全に関係を拗らせてしまっていた。◇ 放課後、初めて南条が俺のクラスを訪れた。 そこで呼び出され、校舎裏にやってきたのだ。 人気のないこの場所は、い
帰り道、有理の姿を見つけたのはほんとうに偶然だった。 沈みかけている夕日がまっすぐ差し込んで、校門の影が長く伸びている。 なぜか有理はそこに、ひとりで立っていた。 名前を呼ぶ前に、有理がこちらを向いた。 その目からは、先ほどのような怒りは見られない。 でも、もっと違う感情が宿ってた。 泣きそうなのを必死でこらえてるみたいな。 苦しくてたまらないみたいな。なんとも言えない表情をしていた。「……有理」 声をかけると、有理は小さく笑った。 で