脚本をめくる手が止まった瞬間、まず顔つきやしぐさだけでなく、その人が生きてきた時間の匂いを想像するようにしている。現場で培った勘で、
妙齢の役は単なる年齢記号ではなく、経験値の塊として扱うべきだと考えているからだ。見た目の若さや皺の深さだけで判断するのではなく、声の厚み、目の奥の疲労や柔らかさ、言葉に込められた間の取り方までを総合して想像していく。
オーディションでは芝居の“余白”を重視する。台詞をどう言うかだけでなく、台詞の前後に何を考えているかが滲み出る人を選ぶ。ときにはスクリーンテストで若い頃の写真を用意してもらい、役の経年変化をどう演じられるかを見ることもある。併せて相手役との呼吸が成立するか、長時間の撮影で持ちこたえられる体力や柔軟性があるかも見逃せない要素だ。
リアリティと観客の受け取りやすさのバランスも忘れない。例えば'東京物語'のように年齢がテーマそのものになる作品では、年輪の説得力が作品の核心を支える。だからこそ、外見だけでなく立ち居振る舞いや生活感を自然に滲ませられる俳優を重視する。撮影が進むにつれて役が育っていくことを想定し、その成長に耐えうる器の大きさを見抜くのが肝心だと感じている。