手法として、僕はまず“つなぐ”ことを目立たせない術を優先する。短編それぞれが独立して魅力を持つのは当然として、その魅力を損なわない範囲で自然な接点を用意するのが肝心だ。具体的にはテーマの再帰を念頭に置く。ある短編が失われた記憶を扱うなら、別の話でも“記憶”という語や象徴的なモチーフ(古い鍵、忘れられた写真、破れた手紙など)をそっと挟み、観客の心に一貫性を残す。直接的な説明をしないことで、つながりは観客の解釈に委ねられ、各話の余韻を活かせる。
構造面では時間と視点のズレを利用するのが好きだ。ひとつの出来事を異なる短編の背景に小さく登場させる、あるいは同じ場所を別の時間軸で描くことで“世界の広がり”を示せる。例えば、同じカフェの看板や路地裏の看板を共通要素として出すだけで、連続性は確保される。これは視聴者に「同じ街の断面を見ている」と感じさせ、
オムニバス全体に地理的・感情的な統一感を作る。加えて、トーンの橋渡しとして短い遷移シーン(数秒のモノローグ、電車の走行音、ラジオのジングル)を用意すると、テンポの急激な変化を柔らげられる。
演出的な小技も有効だ。ナレーションを一人の語り手が断片的に担当する、あるアイテムが次の話の鍵になる、同じ俳優を別役で起用して“同じ世界の別の住人”として位置づける──こうした手法は物語の独立性を壊さずに観客の連続性認識を強化する。参考になるのは'ブラック・ミラー'のように、テクノロジーや人間性といった共通テーマを各話に散らしながら、エピソードごとの驚きと全体のメッセージ両方を成立させている作品だ。最終的には各短編の感情的な重心をマッピングして、序盤・中盤・終盤で観客に与える感情の“起伏”を設計することが、オムニバスを自然につなぐ最も実践的なアプローチだと考えている。