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Novels by スナオ

永遠の桜の恋物語

永遠の桜の恋物語

 時は大正時代。とある日不思議な笛の音色に導かれた青年、宮森司は、満開の桜の下で天女のような絶世の美女に出逢う。どうやらその美女は桜の精霊らしくて……。  これは桜の精霊と優しい青年が送る、切なくて儚いラブストーリーである。散りゆく桜のような一瞬の恋物語を楽しんでいただけたら幸いである。 ※表紙イラストはイラストレーター「ヨリ」氏からご提供いただいた。ヨリ氏は保育士をしながら作品制作を行っている。 氏のInstagramアカウントは@ganga_ze
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Chapter: 第七話 祝言(前編)
 桜の父が神官であることもあって、祝言の準備はすぐに始められた。儀式の日まで桜の実家、しかも桜の部屋に泊まることになったことは帝国男児たる司を緊張させたが、それ以上に気になったのは食事のことだった。桜と枕を共にしながら、司は聞いてみた。「なあ、この世界の食べ物を食べても大丈夫なのか?」「……? どうしてそんなことを聞くのですか?」「ヨモツヘグイというものがあるだろう? この世界の食べ物を口にしたら何かあるのかと思ってな」「ああ……」 桜はくすりと微笑む。妖艶というよりは童女のような純粋な笑みだった。「大丈夫です。同じ釜の飯を食った仲になるだけです」 それは家族として認められるということだろうか。 家族のいない司にはわからなかった。◆◆◆ そうこうしている間に祝言のときが来た。舞台は司がはじめてあやかしの国を訪れたときの神社だった。木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)を祀るその神社は、大日本帝国と同じく「浅間神社」と呼ばれているようだ。 白無垢に着替えた桜と用意してきていた黒紋付袴に白鼻緒の雪駄という礼装に着替えた司は、桜の親族や神官たちとともに浅間神社に向けてゆっくりと歩いた。 やがて神社のふもとまでたどり着くと、桜と司は着物の裾を踏まないよう慎重に階段を上っていく。 二人が本当の夫婦になるまで、あと少し。
Last Updated: 2025-04-27
Chapter: 第六話 結納
 あやかしの国の下町を桜と歩く司。街並みは長屋や賑やかな商店街が中心で、江戸時代にタイムスリップしたような感覚だ。あやかしたちの中には先ほどの狐とタヌキのような人間ばなれした獣人だけでなく、人間と変わらない見た目の住人もいた。だから桜と司も目立たずにいられた。 わけではなかった。司の着て来た背広はあやかしの国では珍しすぎたらしい。変わった着物だとじろじろ見られてしまった。人の視線がすきではない司には少々居心地の悪い時間が続いた。そんな司を、桜は気づかわしげに見る。「大丈夫ですか? 司様」「ああ……」「もうすぐ着きますからね」 神社から長屋と商店街を通り抜け、着いたのは司の家の三倍はあるお屋敷だった。屋敷の門の前でその武家屋敷のような建物を見上げていると、白銀の狐らしき獣人が声をかけてきた。「あらあら桜お嬢様。おかえりなさいませ。……おや、そちらの方は?」「梅さん、こちらは司様。わたくしの旦那様です」 黒いハットを脱ぎ、司が頭を下げる。「まあまあ、奥様! 奥様ー!」 梅がばたばたと屋敷に入ると、すぐに奥から落ち着いた薄紅色の着物を着た女性が出て来た。桜とは違い幼い感じのしない気品にあふれた立ち居振る舞いは、司に緊張感を与えた。「母様……」「……まさかあなたが人間を夫にするとは……嘆かわしい」 その言葉に司はむっとした。人間だからなんだというのだ。「人間など取るに足らない存在です。これから神になろうというあなたにはふさわしくありません」 司が何かを言うまえに桜は強い意志を感じさせる声でいった。「いいえ、人間は取るに足りない存在なんかではありません。儚い命だからこその輝きがあるんです」 桜と母親がにらみ合う。やがて苦笑した。「まったく、こんな頑固な女のどこがいいの? 人間さん?」「すべてです」 司ははっきり言い切った。それに機嫌を良くしたのか母親はカラカラと笑った。「お前さん、良い男だね」 司にはよくわからなかったが、どうやら桜の母親は彼を気に入ったようだ。司と桜は、屋敷の敷居をまたぐことを許された。◆◆◆ 居間に通された、司と桜の二人は並んで座り、その対面ににこにこしている桜の母親が座った。梅がお茶を用意すると、司は桜の母親に深々と頭を下げてからいった。「改めまして、宮森司と申します。遅くなってしまい申し訳ございません
Last Updated: 2025-04-20
Chapter: 第五話 あやかしの国
 桜も少し散り始めた頃。普段なら桜との別れを悲しむ時期だが、今回は違った。「あやかしの国」という未知の場所に行き、愛する人を産んでくれた人に挨拶するのだ。昨夜は緊張でよく眠れなかったが、桜は熱心にあやしてくれた。「では参りましょう」 桜柄の薄紅色の着物に少し化粧をした桜はいつもよりさらに美しかった。着なれない背広姿の司は隣にならんで違和感はないかと心配だった。そんな司の心配をよそに、桜は彼を庭に植樹された桜の木の方へといざなう。「目を閉じてください。ゆっくり呼吸をして。次に瞼を開いたときには、そこはあやかしの国です」 司は言われるがまま、目を閉じる。深呼吸をしながらゆっくりと瞼を開くと、そこは桜と出逢ったあの桜の木の下だった。いや、少し違う。広い空き地になっていた場所に、小さく古いが神社がの社殿があった。住民に愛されているのだろう。綺麗に掃除がされていて、子どもたちが遊んで……。「!?」 野良着で遊ぶ子どもたちは、狐やタヌキの顔をしていた。「妖怪……」。司はそう思った。「あー、おねえちゃんだー」 狐やタヌキの顔をした子どもたちが桜に気づいて寄ってくる。そして隣にいる背広姿の司にも視線を向ける。「この人だあれ?」狐の女の子(女児の着物を着ていたからおそらく)は桜に聞いた。桜は幸せそうに微笑む。「わたくしの……旦那様ですよ」「へえ……」 狐の女の子は興味津々といった様子だが、タヌキの男の子のほうはまだよくわからないようだ。「さて、ようこそ司様。あやかしの国へ。歓迎いたしますよ」 桜が手を握ってくる。これから本を読むのとは違った冒険が待ち構えていると思いながら、司も手を握り返した。
Last Updated: 2025-04-14
Chapter: 第四話 月のしずく
ある月の綺麗な夜。 司は月に照らされた桜の花を眺めながら、酒を飲んでいた。お酌をしてくれる美しい女性の名も「桜」、桜の咲いているときだけ姿を見せる司の妻だった。司はふと気になったことを聞いてみた。「なあ桜」「はい?」「桜が咲いていないとき、お前はどうしているんだ?」「そうですね……」 桜は少し考えたあと、いたずらっぽく笑った。「あやかしたちの住む世界に行っている、と言ったら信じてくださいますか?」 司は一口また酒を飲むと、月に目を移す。「月がきれいですね」という勇気はなかったので、別のことを言った。「あやかしの世界、行ってみたいものだ」 哲学が専門だが妖怪の話が司は好きだった。だからこの言葉は本当だ。桜は少し考えたあと、やはり微笑んだ。「では行ってみますか? 母に会ってほしいですし」 その言葉に司はびくりとする。彼女の母親に会う。それは結婚してしまってからの挨拶ということで順番がおかしい。何事も礼儀作法を守りたい司としては気になるところだった。しかしこのまま挨拶しないわけにもいかない。司は、桜のついでくれた酒を一気に飲み干すと、覚悟を決めた。「わかった。会わせてくれ。お前の母に」「はい」 桜はうれしそうに微笑んだ。二人だけの静かな宴は、司に緊張感を与えたまま続いた。
Last Updated: 2025-04-13
Chapter: 第三話 切なき別れ
 それからというもの、司は毎日のように桜の下へ通った。 そしていろんなことを話した。 司の通う大学のこと。 おいしい菓子のこと。 遠い異国の地のこと。 司が旅をした街のこと。 どんな話をしても、桜はいつも楽しそうにしてくれた。 それがうれしくて司はいろいろな話をした。 そうしている内に季節は移ろい、桜が散り始めた頃。 その日桜はどこか上の空だった。 司の話は聞いているようだったが、いつものように楽し気でかわいらしい笑みを浮かべてはくれなかった。 それが気になって、司は尋ねた。「その、どうかしましたか? なんだか元気がないようですが?」「いえ、その……」 桜は何かを迷うように言いよどみ、司の目を見ないまま告げた。「司様」「なんですか?」「もうここへは来ないでください」「え? どうして……」「ここへ来ても、もう会えないでしょうから」「なぜ」そう問いかけようとした司の目の前で驚くべきことが起こった。 桜の身体が半透明になり、後ろの景色が透けて見えたのだ。「これは、どういう……」「さようなら。司様。楽しい日々をありがとう」 消えていく桜を捕まえようと、司は腕を伸ばした。しかしその腕はただ虚空を掴んだだけだった……。◆◆◆ 桜が突然消えてしまった次の日。 司は再び桜の大木の下を訪れた。 しかしそこに桜の姿はなく、美しかった桜もすっかり散ってしまっていた。 司の胸がぎゅっと締め付けられた。(もう桜には会えないのだろうか?) 司は痛む自身の胸を左手で強く掴んだ。そして透き通るような青空を見上げた。 まるで何かを誓うように……。◆◆◆ それからも毎日、司は桜の大木の下を訪れた。しかし桜と会うことはできなかった。それでも、それでも毎日通い続けた。 雨の降りしきる梅雨の日も。 太陽の照り付ける夏の日も。 木々を揺らす嵐の日も。 切なさを誘う秋の日も。 雪積もる冬の日も。 そして桜のつぼみが芽吹いた新春の日も。 毎日、毎日通い詰めた。 そんなある日、司の研究が認められる日が来た。研究の内容は「愛の比較研究――日本と西洋の違い」だった。司はそのことを報告するため、桜の大木の下を訪れた。もちろんそこに、桜の姿はなかった。それでも司は報告したかった。「桜さん。ようやく僕の研究が認められました。全
Last Updated: 2025-03-27
Chapter: 第二話 儚き日々
 天女のような女性、桜と出逢った次の日、司は胸の高鳴りと共に目を覚ました。 夢の中でも桜に会っていたような気がした。 そう、あの美しくも切ない瞳が彼を射貫き、また金縛りにあってしまいそうだった。 それでも心臓だけはうるさく早鐘を鳴らしていた。 ふと司は思った。昨日の出逢いは現実だったのだろうか、と。 まるで白昼夢を見ていたかのようだった。 それくらい桜という女性は儚げで、とてもこの世のものとは思えなかったのだ。 その日は結局桜のことが気になって勉学にも集中できなかった。 大学で愛について研究している司だったが、この桜への気持ちと胸の高鳴りはどんな偉人の言葉でも説明がつかないように思えた。 そんな大学からの帰り道、司は行きつけの和菓子店に寄った。 桜にもう一度会うのに、手ぶらではいけないと思ったからだ。 ガラスケースの向こう側に並べられた色とりどりの菓子たちの中に、桜を思わせる小さく美しい練り切りがあった。 司は迷わずそれを購入した。 そして桜並木を通って、昨日上った石の階段のある場所に向かった。 果たしてそこに山に上るための階段はあるのだろうかと、一抹の不安を抱えながら。 結局、そこに階段はあった。 昨日のことが夢ではなかった証拠を一つ得て、司は足取りも軽く階段を上って行った。 彼の耳に、昨日と同じ美しい音色が届き、彼の胸を高鳴らせた。 急いで階段を上りきると、そこには美しい桜の大木と天女のような女性がいた。「桜……さん」 司は小さな声で声をかけた。邪魔をしていいものか悩んだからだ。 それでも桜は気づいたようで、笛を吹くのをやめ、瞼を開いた。そして司を認識するとふんわりと、しかし儚げに微笑んだ。「司様。また来てくださったのですね」「ええ。約束しましたから。そうだ。今日はお土産があるんです」 どこまで近づいていいものかと恐る恐る桜に近づくと、司は和菓子店の包みを開いてみせた。「まあ。とてもきれいですね。これをわたくしに?」「はい。この菓子を見たとき、あなたを思い出して……」 そこまで言ってから司は、遠回しに桜が美しいと言ってしまったような気がして、顔を紅くした。「ありがとう。とてもうれしいです」 桜は愛するものを見るような優しい瞳で練り切りを見つめた。「いただいてもよろしいですか?」「ええ。もちろん」 
Last Updated: 2025-03-27
アヒルさんとカラスの子――和やかな日常――

アヒルさんとカラスの子――和やかな日常――

 とある場所に鳥さんたちの楽園がありました。そんな楽園の森の中、アヒルさんとカラスの子どもが一緒に住んでいました。  二人は違う鳥さんだけど、仲良しな親子なのでした。 ※表紙イラストはイラストレーター「ヨリ」氏からご提供いただいた。ヨリ氏のプロフィールは以下 イラストレーター ヨリ  保育士の傍ら別名義で作品制作を行う。  Instagramアカウント @ganga_ze
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Chapter: うさぎのうーちゃん
 お花見からしばらく経って……完全復活を果たしたアヒルさんはにわとりのこっこちゃん、カラスの王様ノワールと共に王宮の庭でお茶をしていました。お茶菓子は八咫烏印のようかんです。そこに槍をもった衛兵カラスが飛んできます。「国王陛下、ご歓談中失礼いたします。部下が怪しい生き物を捕獲いたしました」「変な生き物? 見たい!」 まずはコッコちゃんが食いつきます。「かあも!」 そこにノワールも参戦します。 アヒルさんは、危ない生き物だったらどうするんくわ? と難しい顔をしています。 見たい見たーい! と騒ぐ二人にアヒルさんが困っていると、衛兵カラスが、アヒルさんに耳打ちします。「ひとまず危険はないか検査しておりますし、檻にも入れてあります。ご安心ください」 アヒルさんはため息をつくと、ノワールたちをともなって地下に様子を見に行くことにしました。◆◆◆「だせー! うーちゃんは鳥さんだー!」 檻の中で暴れているのはうさぎさん。アヒルさんははっきりと言いました。「おまえはうさぎ、哺乳類くわ。鳥じゃないくわ」「ちがう! ぼくらは鳥! 一羽二羽って数えるでしょ!」「へえ、こんな鳥さんもいるんかあねえ」 ノワールはすっかり信じてしまい、アヒルさんは自分の額を押さえました。「うさぎさんがカラスの国でなにしてるの?」 コッコちゃんが尋ねます。「うーちゃんも鳥さんの一員として、カラスさんたちと友達になりたいぴょん!」 アヒルさんはなんだかあざとそうなうさぎくわなあと思いましたが、ノワールは違いました。「ありがとうかあ! ぜひお茶会に参加してってかあ」 ノワールのカラスの一声で、うーちゃんの釈放がきまりました。
Last Updated: 2025-06-15
Chapter: みんなでお花見
 永い永い夢の中をまどろんでいたアヒルさん。でもずっとずっとずっと、だれかに呼ばれている気がしました。だからアヒルさんはがんばって目を開きました。するとそこには泣きながらも笑う、カラスの子とこっこちゃんがいました。「どうして……」 泣いているんくわ? という言葉は声になりませんでした。カラスの子とこっこちゃんに抱き着かれたからです。2人に抱き着かれたアヒルさんは、そのぬくもりにほほえみました。 優しいものがたりは、これからも続きます。 というわけで、カラスの子とコッコちゃんはアヒルさんの回復祝いをすることにしました。 アヒルさんのおうちの庭には、唯一人間界から持ち込みアヒルさんが育てた大きな桜の木がありました。 その木の下にレジャーシートを敷いて、コッコちゃんががんばって用意したごちそうを並べます。 いつもは料理をするアヒルさんも今日はお祝いされる側、しずかに桜の木の下でさくら色をしたジュースを飲んでいました。 アヒルさんにカラスの子が質問します。「アヒルさん、アヒルさん、この桜の木にはどんな想い出があるんですかあ?」「くわ? そうくわなあ。この木はくわが人間界から逃げるとき、助けてくれた存在からもらった小さな木から育てたのくわ。いつの間にかおっきくなったがなあ。くわくわ」「……人間界、やっぱり怖い場所なのかあ?」「……人間にもいろいろいるくわが、凶悪なのが多いくわな」「そうなのかあ」 人間とお友達になってみたいカラスの子はざんねんそうです。「まあまあこけこけ、とりあえずたべましょうこけ」 コッコちゃんがお通夜ムードを盛り上げます。 新鮮な卵を使った野菜の揚げ物をカラスの子に勧めます。「いただきます。……おいしいかあ!」「こういった「料理」をつくったのも人間くわあ」「かあ? 人間って不思議かあ」 カラスの子が首をかしげる中、お花見は続きました。
Last Updated: 2025-04-12
Chapter: 永い夢
 それからカラスの子と白カラスの盛大な結婚式が開かれました。お后様をえたカラスの子は成長し、立派な王様になりました。そしてたくさんの子宝にも恵まれました。 カラスの子はアヒルさんへの今までの感謝の気持ちを込めて、彼にナイトの称号を与えました。なんとカラス以外がカラスの国のナイトになったのは初めてのことでした。そしてナイトになったアヒルさんはいつまでもカラスの子と一緒にいて、公私ともにカラスの子を支えました。 さてひよこのコッコちゃんも立派なにわとりになりました。そして熱烈な求婚をへてアヒルさんと結婚しました。にわとりになったコッコちゃんは毎日カラスの国に朝を伝えるお仕事をすることになりました。 そんなたいへんながらも楽しい日々は過ぎていき、アヒルさんはかつてカラスの子と過ごしたアヒル帝国の家に帰ってきていました。アヒルさんは重い重い病気になってしまったからです。 アヒルさんはかつてカラスの子と一緒に寝た思い出のベッドで、ぐったりと横になっていました。その周りにはカラスの子とコッコちゃん、そしてアヒルさんとコッコちゃんの子どもがいました。「かあ……死なないでアヒルさん……」「……もう、おまえはひとりぼっちじゃないからだいじょうぶくわ」「そんなこと言わないでかあ……父さん……」 カラスの子はずっと呼びたかった呼び方でアヒルを呼びました。「父さん」と呼ばれたアヒルは少しだけ微笑みました。「……ノワール、コッコ、そしてくわが子よ。楽しかったぞ」 そういってアヒルさんは目を閉じました。カラスの子やコッコちゃんたちが泣いているような気がしましたが、アヒルさんにはもうどうすることもできませんでした。 そしてアヒルさんは永い永い夢をみるのでした。生まれてから、今日までのことを。 カラスの子と過ごした日々。 コッコちゃんと過ごした日々。 すべてがアヒルさんの大切な思い出です。 優しい眠りの中でアヒルさんはとても、幸せでした。
Last Updated: 2025-04-11
Chapter: カラスの子の嫁とり
「こほこほ」 にわとりの里からカラスの国の宮殿に帰ってきたアヒルさんは、1人自室で咳をしていました。もともとヒナの頃にひどい環境でそだったアヒルさんはあまり身体が丈夫ではありませんでした。そんな折、部屋の扉がノックされました。「どうぞくわ」「失礼しますか。アヒルさん、相談があるかあ」「どうした?」「実は……」 カラスの子は1枚の写真をアヒルさんに見せました。そこには珍しい白いカラスが写っていました。「かあ、この子にひとめぼれしてしまいましたか! どうすればいいか?」「くわあ?」 アヒルさんもあまり恋愛関係は得意ではありませんでした。とはいえカラスの子の悩みをむげにもできません。「とりあえずラブレターを書くわあ」「かあ!」 さっそくつくえにむかったカラスの子は、アヒルさんの添削を受けながらラブレターを書きました。そうしてラブレターを送ったカラスの子ですが作戦は見事に成功。愛しの白カラスと文通にこぎつけました。しばらくは手紙のやり取りをつづけていましたが、カラスの子はアヒルさんのアドバイスで、お城で開かれる舞踏会に誘ってみることにしました。そして今日は舞踏会の日、カラスの子は朝から緊張していました。「そんなに固くなるなくわあ」「でもおでもおかあ」 そんな状態で舞踏会は始まりました。カラスの子がきょろきょろと白カラスを探すと、舞踏会のはじっこにちょこんといるのを見つけました。カラスの子は急いで駆け寄ります。「か、かあ! はじめましてか!」「はじめまして。カラス王様。この度はお招きいただき誠にありがとうございます」「あ、あの! かあと1曲踊っていただけませんか!」「もちろんです」 2人はしっとりとした曲が流れる中、ゆっくりとダンスを楽しみました。でもカラスの子は白カラスの羽を握ったことでドッキドキでした。2人の長くて短いダンスはやがて終わりを迎えました。でもカラスの子は白カラスの羽を離しません。白カラスは不思議そうにしましたが、カラスの子は意を決したように口を開きました。「……かあと、かあの、お后様になってくれませんかあ」 白カラスは驚きましたが、すぐに優しく微笑みました。「わたくしでよろしければよろこんで」「……え? ほんとにいいかあ?」「はい」「……やったかあ!」 カラスの子はうれしくて白カラスを抱きしめました。そ
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: アヒルさんとコッコちゃんの出会い
 コッコちゃんの部屋で一行は、ジュースで乾杯をすると、お菓子を開けてプチパーティーを始めます。おいしいジュースとお菓子、そして楽しい会話に花を咲かせていると、ふとカラスの子が思いついたように尋ねました。「そういえばコッコちゃんとアヒルさんはどんなふうに出会ったのかあ?」「ぴよ? そうあれはアヒル帝国で夜ごはんをさがしていたとき……」◆◆◆ その日、コッコちゃんは森を歩いていたぴよ。 そうしたらおいしそうなにおいがしたのぴよ! コッコちゃん走ったぴよ! そうしたらアヒルさんのおうちがあったぴよ! アヒルさんがお庭でカレー作ってたのぴよ!「おいしそうなカレーぴよね!」 アヒルさんはコッコちゃんに見向きもしなかったぴよ。だからアヒルさんの周囲をぐるぐる回ってやったぴよ。「なんの用ぐわ」「そのカレーわけてぴよ!」「いやぐわ」「わけてぴよ!!」 コッコちゃんはまたアヒルさんの周りで騒ぎまくったぴよ。「……っ。わかったくわ。皿をもってくるくわ」「わーいぴよ」 コッコちゃんはさっそくアヒルさんの家から皿をもってきて一緒にカレーをたべたのぴよ。◆◆◆「これがコッコちゃんとアヒルさんの出会いぴよー。なつかしぴよー」 そのとき部屋の扉がノックされ、扉が小さく開きました。「こけ……カラス王様、一応夕飯を用意いたしましたこけが……」「かあ。それはありがたいかあ。ごちそうになってもよいのかあ?」「こけ……。粗末なものしかありませんこけがどうぞこちらにこけ」「ぴよー! ごはんぴよー! いくぴよ!」 コッコちゃんは2人を引っ張って食卓に向かいます。食卓にはホカホカのパンケーキが1人10枚重ねで用意されおり、たっぷりのバターとメープルシロップがかけられておりました。さらにベーコンとポテトも添えてあります。「わーい! いただきますぴよ! うん、うまい!」 コッコちゃんがガツガツ食べるのを見て、カラスの子とアヒルもフォークとナイフを持ち、「いただきます」をしました。そして一口。「甘くておいしいかあ」「くわ!」 3人は美味しくパンケーキを食べるのでした。
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: にわとりの里
「ぴよの故郷にいこーよぴよ!」 カラスの子が王様の仕事にすこしなれたころ、とつぜんコッコちゃんが言い出しました。カラスの子もアヒルさんも困惑しましたが、コッコちゃんが言い出したら聞かない性格なのを理解しているため、次のお休みの日にお忍びでコッコちゃんの故郷である〝にわとりの里〟に向かうことにしました。 にわとりの里はアヒル帝国から見て東にあり、朝日とともに大きな鳴き声がとどろくことから、朝の里とも呼ばれています。「ついたよついたよ! ここがぴよの故郷!」 コッコちゃんは里の入り口で楽しそうに踊りだします。「くわあ。ここに来るのはひさしぶりくわあ」「アヒルさんはここに来たことがかあ?」「くわ。まあ入り口までだがなあ」「さあ! いくぴよ!」 コッコちゃんはしゃべる二人の羽をつかんでずんずん進みます。まずは商店街をぶらりと散策です。「ここは里でいちばんの商店街ぴよ! そしてこれがあーー!」 コッコちゃんは三人分の飲み物を買ってきます。「ひよこの里名物! 生みたて卵のミルクセーキぴよ!」 ひよこから受け取ったアヒルさんとカラスの子は顔を見合わせてからストローを口にします。「あまい!」 二人は同時に言いました。「ぴよぴよ。それがいーのぴよー!」 コッコちゃんはおいしそうにごくごく飲むのでした。 そうしてひよこたちが歩いていると、ひときわ大きなにわとりに守られた、おしゃれなにわとりの一団をみかけました。「あ、あのにわとりたちはこの里で一番偉いうこっけーさんたちぴよな。ぼでーがーどをしているのは、里で一番つよいしゃもさんぴよ。ぴよもうこっけーさんみたいにきれーなにわとりになりたいぴよ!」 コッコちゃんの説明を聞きながら、アヒルさんとカラスの子は一団を眺めるのでした。◆◆◆ そしてコッコちゃんは自分の巣へ2人を案内しました。元気よく巣の扉を開けます。「ぱぱー! ままー! ただいまぴよー!」「あらあらこけこけコッコちゃん。おかえりなさい。……あら、そちらはこけ?」「ブランとノワールぴよ!」「こけ? ノワール? そういえば最近即位されたカラスの国の王様がそんな名前だったような?」「ぴよ? カラス王本人ぴよよ?」「こ、こ、こけえええええええ!?」「ぴよよ、今日ぴよの巣に泊めるからー」 コッコちゃんはいつでもどこでもマイペースな
Last Updated: 2025-04-08
黒の騎士と三原色の少女たち

黒の騎士と三原色の少女たち

四方院家。 それは天皇を始め世界中の王族や裏社会とコネクションを持つ大家である。 四方院家の命令で特別相談役の水希桜夜(みずきおうや)は青森に向かっていた。そこで自身の運命を揺るがす出会いがあるとも知らずに……。 挿絵はXで見れます! https://x.com/b9SphOvgPtAUb3i/status/1915663746849968499
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Chapter: 第7話 リチャードの依頼
 リチャードが案内したのは広い庭がよく見えるサンルームだった。すでにもてなしの準備は出来ていたらしく、テーブルにはサンドイッチやスコーンなどの軽食と紅茶、人数分の食器が並べられていた。そして紫のロングヘアをまとめた美しいメイドがリチャードたちにお辞儀をした。「陛下。準備は整っております」「ご苦労。紹介しよう。彼女はマリー、余の妻になる女だ」「!」 三姉妹がびっくりしている横で桜夜は左手で自身の額を押さえた。メイドのマリーも不服そうだ。「陛下。お戯れはお辞めくださいとあれほど……」「何を言う。余は本気だ」 桜夜がため息をついてから口を開く。「リチャード。友人としていうが、君の立場でそれは……」「わかっておる。政敵や国教会のジジイどもが黙っていないと言いたいのだろう。だから“最初”にお前に紹介した」 そこでリチャードは桜夜の耳に顔を近づけた。「余の邪魔をしそうな連中の弱味を探ってくれ。そうすればあとは余がなんとかする……」「はあ……なにかくれるんでしょうね?」「もちろん。ロイヤル・ヴィクトリア勲章を与えよう。おまえは未だに、自分を野良犬だと思っているようだからな」 リチャードが桜夜の胸をつつく。「いっそ余の飼い犬になるか?」「慎んでお断りいたします」 2人の密談に三姉妹がハラハラしていると、マリーが椅子を引き、三姉妹に座るよう促した。「さあ、どうぞ。お嬢様方」 その言葉にサイカとリオは椅子に座ったが、ホムラだけどうしていいかわからずおろおろしてしまう。見かねた桜夜が彼女の耳元に口を近づけ、ふーっと息を吹き掛けた。「~~~~!」 場所が場所だけにどなったり叩いたりはしなかったが、顔を真っ赤にして桜夜を見た。「ホムラちゃん。早く座って。女性が全員座らないと陛下も座れない」「う……わか、た……」 ホムラはぎこちなく動き、席についた。それを見てマリーに引かれた椅子にリチャードが腰かけ、最後に桜夜が席についた。マリーが全員のカップにミルクティを注ぐ中、リチャードは喋りだした。「それで君たちは、余と桜夜の関係をどこまで知っているのだ?」「えっと、桜夜様が陛下を暗殺しようとした方を捕らえたのに、犯人の仲間と間違えられて一緒に捕まってしまったというところまで……」「そうそう。桜夜のおかげで2発目の弾丸を食らわないで済んだというのに
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 第6話 英国王とのキズナ 後編
 迎えに来た車に乗り、たどりつたのはかの有名な宮殿だった。すでに国王リチャード一世が待っていたが、出迎えをお付きが許さず不満そうだった。リチャードはすらりとした長い手足を持ち、美しい金髪とすみわたった蒼い瞳の持ち主であり、シミ1つ無い白い肌を覆うスーツは、薄いベージュだった。桜夜は一礼をすると片ひざをつき、親書を両手で捧げ持つ。それに合わせてサイカとリオも深々と頭を下げ、慌ててホムラも頭を下げた。「偉大なるリチャード新国王陛下。この度はご即位、誠におめでとう存じます。つきましては、我が主四方院玄武よりの親書をお納めください」 側近が代わりに親書を受け取り、リチャードに渡す。リチャードは軽く中身を見てから、頭を下げたままの桜夜に日本語で話しかけた。「桜夜卿、面を上げよ」「はっ」 桜夜が顔を上げると、リチャードはにかっと笑った。「そう固くなるなよ桜夜。余たちは友達だろう?」「そうは参りません陛下。あなた様は国王になられ……」「国王にだって友人は必要だ。ほれ、その方らももう頭を上げてよいぞ」 思いもよらない国王の態度に困惑し、頭を上げるタイミングを見失っていたサイカたちは、恐る恐る頭を上げた。「ほう、噂にたがわぬ美人揃いだな。桜夜、お前面食いだったのか」「陛下、あまりそのようなお言葉は……」「よいよい、ここには護衛を含めてお前と余のことをよく知るものばかりだ。昔のようにリチャードと呼んでくれ」「リチャード“陛下”」「リチャード」「リチャード国王陛下」「なんでますます固くなるんだお前は!」 桜夜とリチャードは一通り茶番を終えると楽しげに笑った。呆気にとられる少女たちを代表して、リオが恐る恐る手をあげた。「あの……桜夜様とリチャード国王陛下様とは、どのようなご関係で……?」「なんだ桜夜、話していなかったのか、余たちの冒険譚を」「冒険譚ではなく、僕がひどいめにあった物語の間違いでは?」「まあよいではないか。せっかくだ。昼でも食べながら話してやろう。桜夜、レディたち、こっちだ」「はいはい、国王陛下様。ほら、3人とも行くよ」 困惑のあまりお互いの顔を見合わせながら、少女たちは桜夜に続いて歩いた。to be continued
Last Updated: 2025-06-12
Chapter: 第5話 英国王とのキズナ 中編
 新王リチャードからのお召しが来たのは、就任から10日後のことだった。桜夜は親書を渡すため、寝室で用意された新品のモーニングに袖を通した。きっちりかっちりと服装を整えると、彼は一階に降りた。そこにはそれぞれのパーソナルカラーのドレスに身を包んだ少女たちがいた。リチャードは、桜夜の屋敷に女がいるときいて連れてこいと部下を通して桜夜に命じてきたのだ。ドレスがないと断ろうとしたが、何着ものドレスを部下に持たせることでリチャードは妨害してきた。今でもため息が出そうになる。「あっ、桜夜さん!」 サイカとリオがスカートの裾をつまんでお辞儀をする。「よく似合っているね」「ありがとうございます」「桜夜さまもよくお似合いですよ」「そうかな? どうにも服に着られている気が……。……なんかホムラだけ機嫌が悪くないか?」 むすっとしてそっぽを向いているホムラの様子をリオに尋ねて。「ドレスが動きにくい! ってさっきからあの調子でして」「ふーむ……」 桜夜はホムラの方に近づく。ドレス姿で片肘をテーブルについてふてくされるホムラは、桜夜を睨んだ。「なんだよ」「そんなにドレスが嫌なら欠席するかい?」「そんなことするか!」「それなら、その素敵なドレスで立派なお嬢様姿を見せてね。レディ」 桜夜は膝をつくとホムラの手を取り、その甲に口づけをした。そのあとホムラを見上げると優しい笑みを見せる。「っっっ! やるよ! やればいいんだろ!」 真っ赤になったホムラが玄関に向かう頃には、室内はずるいずるいずるい! の大合唱だった。to be continued
Last Updated: 2025-06-11
Chapter: 第4話 英国王とのキズナ 前編
 あのあと飲みすぎでサイカたちの家に泊めてもらったお礼にと、桜夜はロンドンにある自分の別荘に彼女たちを招待することにした。「ここだよ。僕のイギリスでの仮住まい」 そんな桜夜が指差したのは、古き良き英国の雰囲気を残した二階建ての建物だった。さっそく中に入れてもらった三人娘は、部屋の中を見回した。古い木造家屋の部屋に、品の良いアンティーク家具。サイカは一瞬で心を奪われた。「桜夜さん! わたし、結婚したらここに住みたい!」 サイカの爆弾発言にリオが怖い笑顔で近づいてきた。「サイカちゃーん。いつから桜夜様と結婚できると思っていたのかなあ?」「ひい!」 じゃれあう二人を他所に、桜夜とホムラは少ない荷物を2階の寝室に上げていた。「よっせっと、これで全部だな」「ごめんね。手伝わせて」「いいってことよ。それより、ベッドは1つなんだな」 クイーンサイズのベッドが置かれた寝室を眺めて、ホムラは頬をほんのり赤くした。「? 別にここに泊まる必要はないだろ?」 自分たちの夜になる前に彼女たちを送るつもりだった桜夜は首を傾げた。「いやだ! 泊まる!」 それだけ宣言すると、ホムラは逃げるように階段を降りていった。思春期だなあ。なんて思いながら、寝室の窓辺に近づき、カーテンを開けると、もうパレードが始まっているのがわかった。遠くに見える新国王リチャードの姿に桜夜は小さく微笑んだ。「おめでとう。リチャード」 to be continued
Last Updated: 2025-06-10
Chapter: 第3話 イギリスはトラブルの国?
 少女たちとテーブルを囲み、質素な食事でもてなしを受けた桜夜は、最初申し訳なさそうにしていた。「すまないな。お母さんに続き、お父さんも救えなくて」 少女たちはお互いの顔を見合わせ、頷き合ってから桜夜に言った。「桜夜さんが気にすることじゃないよ」「救えなかったのはわたくしたちも一緒です」「だから気に病むなよな。まったく」「……ありがとう」 桜夜は辛さを押し殺すように笑い、夕食のシチューに手を付けた。◆◆◆「桜夜さんは、なぜイギリスに?」 食後に魔女に薬酒を飲んでいると、サイカがそんな話題を桜夜に振った。「新国王様に謁見し、宗主様からの手紙をお渡しするんだ」「国王に謁見だあ、おまえがあ?」「さすが桜夜様です」 なんでお前ごときがといった態度を取るホムラと、素直に賞賛するリオ、対照的な姉妹だった。「でも、なんだか桜夜さん、乗り気じゃないよね?」 桜夜の様子から、サイカはそんなことを言った。「あー、まあ、いきなりのことだったしな」「またまたあ。どうせイギリス行くたぶにトラブルにあったからトラウマとかなんだろ」 ホムラがゲラゲラ笑うと、桜夜はぐいっと薬酒をあおる。隣を陣取っているリオがおかわりを注ぎながら尋ねる。「……まさか本当にトラブルが?」「……僕が初めてイギリスにいったのは14のときだ」 懐かしむような口調で桜夜は語り始める。「その日は国王に即位されたリチャード王子がパレードに参加していた。僕は古本屋であるめずらしい本を探していたから関係ないと思っていた、が……」 そこで言葉を切ると、桜夜はまた薬酒を飲み干す。リオは身体を寄せておかわりを注いでいく。「お、桜夜さん……?」 普段儀式以外でそこまで酒は飲まないと言っていた桜夜の行動に、サイカが動揺する。対してリオはお酌ができて満足そうだったし、桜夜の失敗談が聞けそうだと、ホムラも前のめりだ。「……ふう。なんだっけ、そうだ僕がパレードそっちのけで古本を探していたら銃声がして、リチャード王子の暗殺未遂事件が起きた。僕は咄嗟に犯人らしき男を見つけて……」「せっかく犯人捕まえてやったのに、僕まで牢屋に入れられた」「ぶはははは!!」 ゲラゲラ笑うホムラだったが、桜夜から本気の殺気を放たれたので口を閉じた。「まあそのあと……」 やはりどこか懐かしむように桜夜は笑っていた。
Last Updated: 2025-06-09
Chapter: 第1話 ティータイム
 イギリスにたどり着いた桜夜は新たな英国王と面会できる日までの暇つぶしにと、街に繰り出し、カフェのテラス席に座った。しばらく本場のミルクティーを味わっていると、不意に声をかけられた。「桜夜さん?」 聞き覚えのある声に桜夜は顔を上げる。そこには、黄色で統一された服に目立つ魔女のローブを着た少女がいた。「サイカ? なんでイギリスに」「やっぱり桜夜さんだ。会いたかった……」 目をうるうるとさせるサイカに、桜夜は相席を勧めることにして。「時間があれば、座るか?」「いいの?」「ああ」 その言葉にサイカはいそいそと桜夜の対面に座る。そんな彼女に、桜夜はメニューを渡した。 サイカはすぐにページをめくり、ココアを店員に注文した。桜夜は少し意外に思いながら尋ねた。「ココアが好きなのか?」「うん! 桜夜さんからのハジメテのプレゼントだから……」 照れた笑みを浮かべるサイカの素直さに、桜夜は少し眩しいものを感じた。◆◆◆ しばらくティータイムを楽しんだあと、サイカは桜夜を自分たちの隠れ家に招待した。 急ぎの用事のない桜夜がついていくと、森の中に小さな建物があり、庭でホムラが素振りをしていた。「サイカねえ、おかえ……」 素振りを中断し、足音の方に目を向けたホムラは、サイカの隣にいる桜夜に目を見開いた。そして慌てて家に入っていった。「リオねえ! 桜夜が来やがった!」 やはり嫌われてしまっただろうかと桜夜が思っていると、水色のワンピース姿のリオが家から飛び出し、桜夜に抱き着いた。 なぜか泣き出す彼女の頭を、桜夜は優しく撫でるのだった。to be continued
Last Updated: 2025-06-07
黒の騎士と未来を視る少女

黒の騎士と未来を視る少女

黒の騎士は一人じゃない……。これはもう一人の黒の騎士の物語。 若き皇帝の側近として働く“黒の騎士”アルファ。 彼は“箱舟教団”から1人の少女を救出することになる……。 その少女は未来を“視る”目を持っていて……。 天使と魔王が暗躍する世界の中、騎士と少女のラブストーリーが始まります! イラストレーター ヨリ  保育士の傍ら別名義で作品制作を行う。  Instagramアカウント @ganga_ze
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Chapter: 第12話 漆黒の天使
「ちぃっ」 アルファとミカエルと思われる天使、以下ミカエルとのつば競り合いは激しいものだった。ミカエルの細腕からは信じられないほどのパワーが発揮されており、アルファの顔にじりじりと自身の剣が迫ってくる。「アルファ!」 マリアは「“リエゾン”をしなければ!」と焦るが、ミカエルの攻撃は激しくなる一方で、その聖剣を何度も振るって来ていた。アルファは防戦一方で、受けとめる剣にもダメージが増加していく。まずはミカエルとアルファの距離を取らせなければ、マリアは得意とは言えない“魔法”を行使した。〈なに?〉 マリアは魔力を増幅させ、それをミカエルにぶつけた。ミカエルは不意の一撃に動きを止め、マリアたちから距離を取る。その隙にマリアはアルファの唇を奪った。「んむっ」 驚くアルファをしり目に魔力を流し込むマリア。それによってアルファの瞳が赤く輝いたのを確認すると、彼女は唇を放し、へたりこんだ。「マリア……下がっていろ」「うん……そうさせてもらうよ」 マリアがけだるそうにうなずくと、アルファの後ろに下がる。その間も、ミカエルは攻撃をしてこなかった。興味深そうに、あるいは忌々しそうに、2人が“リエゾン”する姿を見ていた。〈なるほど、それが“リエゾン”か〉 ミカエルは“リエゾン”の力を試すように翼をはためかせ、剣を振るう。しかし未来を“視る”力を得たアルファはたやすく剣を避け、ミカエルの身体を切りつけた。〈なるほど、確かに手ごわい。だが……〉 身体を浅く切られたミカエルは後ろに飛びのき、アルファとマリアの周囲に数多の光の剣を召喚する。四方八方を方位される未来を“視た”アルファは、回避不可能であることを悟った。〈消えよ〉 アルファは未来を視ている。だから咄嗟に動くことができた。光の剣が降りかかるより先にマリアの身体を抱きしめ、自身の身体で庇う体制を取った。マリアがアルファの名前を呼ぶより先に、光の剣が降り注いだ……。◆◆◆ アルファは瞼を閉じ、来る“死”の痛みに備えた。だが不思議なことに、いつまでたっても“死”が彼に降りかかることはなかった。アルファはゆっくりと目を開き、あたりを見回す。そしてすぐに異変に気付いた。「これは……闇の結界、か?」 アルファとマリアの周りを宵闇よりなお昏い闇が球体を描くように展開し、光の剣の攻撃を防いでいた。そして闇の向こ
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 第12話 主にあだなす者に裁きを
 サウザスの民族衣装ユカタに着替えたアルファとマリアはサウザス王を待っていた。「お揃いだね」 マリアがうれしそうに言うように、2人のユカタは同じ六芒星の模様――籠目――だった。ユカタの色はアルファが黒、マリアは白だった。しばらくの間、2人は祭の見渡せるテラス席で椅子に座ってサウザス王を待っていた。そしてサウザス王の従者が、「国王陛下の御着きです」と声をかけてきた。 その声を受けてアルファは椅子から立ち上がった。出迎えのためだ。しかしマリアが立ち上がらないので、アルファは「こら立て」と小声で叱った。「……やれやれ」 アルファにだけ聞こえるようにそうつぶやくとマリアも立ち上がり、2人揃ってサウザス王を迎えるため、テラスを出た。そして廊下を歩いていると、テラスに向かって歩いていたサウザス王と鉢合わせすることになるのは必然だった。アルファが早速片膝をついて、礼意を示す。「お久しぶりです。サウザス国王陛下」「久しいなアルファ。そちらは……」「妻のマリアです。はじめまして、サウザス国王陛下」 マリアも深々と頭を下げて礼意を示す。小太りの老人であるサウザス王は、うれしそうに笑った。「ははは、そう畏まるな。アルファ、お前さんのことは実の息子のように思っているのだからな。マリアさん、お堅い奴だがアルファは良い奴だ。くれぐれもよろしく頼むよ。ではいこうか」「はい」サウザス王が先頭を歩き、その後ろをアルファとマリア、そして王の護衛である家臣が続いた。やがてテラスに出ると、サウザス王は家臣の用意した椅子に座り、その左にアルファ、さらに左にマリアが座った。「しかし、本当に久しいなアルファ。息災であったか?」「はい、国王陛下。陛下もお変わりなきようで」 アルファの慇懃な態度に、サウザス王は不満そうな声をもらした。「そんな堅苦しい。昔のようにおーさまと呼んではくれぬのか? 私はそなたのことを息子のように思っているのに」 そんなサウザス王に「恐縮です」と返すアルファの頑固さに、マリアは笑いそうになった。「息子、ということは国王陛下とアルファ様は、親しい間柄で?」「なんだアルファ、そんなことも話していないのか?」「ええ、まあ……」「皇帝陛下の母はこの私の娘なのです。ゆえに幼き時分に姿を隠さなければならなかった陛下を私がお匿い申し上げました。そのとき陛下の護
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 第12話 ずっと一緒に
 手を繋いで祭の会場である街にまで来たアルファとマリアを、周囲の人間はどう思っただろうか。カップル? 仲のいい兄妹? 少なくとも奇異の目で見てくる者は少なかった。マリアの赤い瞳も麦わら帽子で隠れ気味だったし、なにより帝都と違ってサウザスでは魔王伝説はあまり信じられていなかったことが大きい。「おお、これが星祭か。ずいぶんにぎわっているな」 星の飾りがあちこちにちりばめられ、露天がならび、多くの人々でむせ返るような熱気に包まれた街に、マリアは瞳を輝かせた。「それでアルファ、まずはどうすればいいんだ?」「そうだな……」 初めて星祭に参加する者になにから遊ばせればいいかと悩んでいると、露天の主人が早速とばかりに声をかけて来た。「おにいさん方! よかったら射的、やってかない!?」「射的……?」 マリアが首をかしげる。「的になっている景品を銃で撃ち落とすと、その景品がもらえる遊びだ。やってみるか?」「うん!」 年相応の笑みを浮かべて頷くマリアに、アルファは銀貨を一枚渡した。それを店主に渡したマリアは代わりに銃を受け取り、早速熊のぬいぐるみに狙いを定め、トリガーを引こうとしたが……。「ううーーーーん!」 思った以上にトリガーが固く、非力なマリアはうなった。そしてどうにかこうにか一発射出したが、当然のごとくあらぬ方向に飛んで行ってしまった。「アルファぁ……」 途端にマリアは泣きそうな声を出した。アルファはため息を吐き、マリアから銃を取り上げた。「あっ……」 マリアの代わりに熊のぬいぐるみに照準を合わせると、銃士隊から習った態勢で、静かにトリガーを落とす。引くのではなく、落とすのがポイントだ。するとコルクでできた銃弾は熊のぬいぐるみの額に命中し、見事に棚から落下した。「おめでとー‼」 店主がカランカランとハンドベルを鳴らす。そして熊のぬいぐるみを拾いあげると、アルファに渡した。彼はそれをマリアに突き出した。「ほら、欲しかったんだろ」「あ、ありがとう……」 マリアは消え入りそうな声でそう言うと熊のぬいぐるみを受け取り、ぎゅっと抱きしめた。そして照れ隠しのように笑った。「あはは、旦那様からの初めてのプレゼントだね。大事にするよ」「そうか、まあすきにしろ……ほら、いくぞ」 年相応のところもあるものだと思いながら、アルファは再びマリアの手を
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 第11話 新婚旅行
 サウザス地方に向かう馬車の中、アルファはすこしだけうとうととしていた。朝まで深酒に付き合わされたのと、久しぶりの休みに気が緩んでいるのもあるのだろうか。気を引き締めなければ、と思うアルファの頭を掴み、マリアは自分の膝の上に乗せた。いわゆる膝枕だった。「……なにをしているんだ?」「膝枕だ。知らないのかい?」「そういうことを言っているんじゃない」「少しは休みなよ。アリスもいるし、護衛の騎士たちもいるじゃないか」「うる、さい……」 マリアに頭を撫でられ、アルファは不思議な安らぎを感じていた。とうとう眠気に耐えることができなくなり、彼はまぶたを閉じた。そのまま眠りに落ちたアルファは、彼にしてはめずらしく熟睡するのであった。「かわいいね、ぼくの旦那様は」 マリアは口元に笑みを浮かべながら、眠ってしまったアルファの頭を撫で続ける。そしてちらりと横目で護衛の騎士たちが乗る馬を見る。(まあ、旦那様の心配もわかるけどね。誰がいつ裏切るかもわからないんだから) そこでマリアは未来を“視る”力を発動する。裏切られる未来は視えなかった。代わりに視えた光景に、マリアはすこしだけ顔を赤らめた。「……まったく素直じゃないね、旦那様は」 マリアは、アルファを撫でる手をますます優しく丁寧にしていった。その間も馬車と護衛の騎士団は、サウザスにあるローゼスの別荘に向かっていった。◆◆◆ サウザスは帝都から南に行くとあるローズ帝国の一部を成す国だ。火山地帯のため、温泉が名物で、ローゼスの別荘は湖畔の近くにある。そこは帝都から遠ざけられていた幼いローゼスとアルファが過ごした場所であり、皇帝の別荘と呼ぶには小さい2階建ての建物だった。 建物の前で止まった馬車から降りたアルファとマリア、そしてアリスは、帰還する騎士団を見送ると、屋敷の中に入っていった。「アリス、今日の予定は?」 アルファはいつもの調子で、後ろを歩くアリスにそう尋ねた。口にしてから今は休暇中だったと思い出す。しかしアリスはそんな主人のミスを指摘するでもなく、いつものように返してくれた。「偉大なる皇帝陛下からは、余の名代として星祭を視察するようにと仰せつかっております」「星祭か、懐かしいな」「……星祭?」 マリアは知らない単語に首をかしげる。「なんだ、星祭は“視て”いないのか。星に感謝をささげる祭だ。
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 第10話 結婚
 3日後、帝都にある中央教会の大聖堂にて、アルファとマリアの結婚式が執り行われた。2人の結婚を神に伝える神官の役は、中央教会の教皇を兼任する皇帝ローゼスが行った。皇帝自ら腹心の部下の結婚式を行うということで、大聖堂の中には砂糖に群がるアリのように、権力に群がる貴族たちであふれていた。だが大聖堂の外には、それ以上に騎士アルファの結婚を祝福しようとする臣民の姿であふれている。  祭壇の前に立つローゼスに向かい、アルファとマリアが立つ。アルファは騎士としての礼装だったが、マリアは純白のウェディングドレスだ。ローゼスは聖典を片手に、笑みすら浮かべながら朗々と聖句を述べていく。そしてついに結婚式のクライマックス、宣誓の儀が始まった。「新郎、アルファ・ジブリール。お前はこの者を愛し、敬い、生涯を共にすることを誓うか」 アルファは少しだけ逡巡した。仕えるべき主である皇帝ローゼスの前で、偽りの誓いを立てることは許されない。生真面目な彼はそう思ったからだ。だから彼は決めた、“彼女にとって”望まぬ結婚だとしても、生涯愛し続けることを。そう努力しようということを。「……誓います。陛下」 アルファの答えに、ローゼスは満足そうに小さく――アルファにだけわかるよう――頷いた。そして今度はマリアの方を見る。「マリア・イグニス。お前はこの者を愛し、敬い、生涯を共にすることを誓うか」 イグニスとは、ローゼスの(味方がほぼ皆無だった)皇太子時代から、ローゼスを皇帝にと推していた数少ない侯爵家だ。ゆえにローゼスはこの婚姻に箔をつけるため、マリアをイグニス家に生まれた少女だと、情報操作を行っていた。幸いマリアの魔王を思わせる見た目が、イグニス家が彼女を隠し守っていた正当な理由として機能した。「誓います」 マリアは何のためらいもなく、誓いの言葉を口にした。アルファがちらりと視線を向けると、彼女のまっすぐな瞳には喜びがたたえられていることが見てとれた。「では、指輪の交換をもって婚姻の成立となす」 イグニス家の長男であり、アルファの同僚でもあるショウ・イグニスが二人の指輪をうやうやしく運んでくると、跪いてアルファとマリアに指輪を献じた。指輪にはめられている宝石は、ローズ帝国のみで取れるホワイトダイヤモンド――純白の輝きは永遠の純潔や高潔さを意味する――だった。アルファは白い手袋に包まれた
Last Updated: 2025-06-12
Chapter: 第9話 天使の警告
「はあ……」 大浴場がある屋敷は帝国でもめずらしい。庶民の目線なら、贅沢なことこの上ないレベルだ。そんな珍しい場所で、アルファは湯につかりながら、ため息を吐いた。ローゼスのわがままに付き合うのは慣れたものだが、さすがにここ数日はいろんなことが多すぎた。(結婚、ねえ) ローゼスから勧められたり、貴族連中からうちの娘を、と言われたりということはこれまでにも何度かあった。ローゼスからすれば自分の側近の家系を作って歴代の近衛にしたいというのもあるのだろう。それに対して貴族連中はもっと下種なもので、気難しい皇帝ローゼスに近づく手段として娘を差し出そうというのが見え見えだった。その様は、何度見てもアルファには愚かとしか思えなかった。(まあ、そういった面倒事が減るなら結婚するのもありか) 親の愛を知らず、愛のない結婚をする。自分の子どもは不幸になるのだろうな、とネガティブなことを考えていると浴室に声が響いた。「アルファ……!」「なん、だ……って風呂に入ってくるな! 前を隠せ!」「いいじゃないか、結婚するんだし」 アルファが振り返った先には、一糸まとわぬ姿のマリアと、メイド服を着たアリスだった。アリスはのんびりと「失礼しております」と言って頭を下げた。マリアはその後アリスを伴って洗い場に向かった。「……まったく」アルファは早々に湯舟からあがって脱衣場に行くことにした。後ろからマリアたちの姦しい声が聞こえてくる。アリスもアルファに仕えた当初から、現在に至るまで、彼の入浴の手伝いをすると言ってきかなかったが、そこにマリアも加わり、余計に手に負えなくなったとアルファは思うのだった。「ち、アルファの奴は逃げたか。ならアリス! 一緒に入るぞ!」「え、え? 服を引っ張らないでくださいー」――バシャア! アリスが制止した時には、既に遅かった。◆◆◆ 場面は食堂に移り、夕食の時間。ほかに使用人がいるわけでもないのだから一緒に食べればいいものを、頑なに一緒に食べないアリスに見守られながら、アルファとマリアは食事を摂っていた。「……なあ」「なんだい」「お前、そのテーブルマナー、どこで習ったんだ?」「変かい?」「そんなことはないが……」「未来を“視る”ことで未来の自分が身に付ける技術を先取りすることができるんだ」「ふうむ」 未来を本のようなものだとマリ
Last Updated: 2025-05-22
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