四方院家。 それは天皇を始め世界中の王族や裏社会とコネクションを持つ大家である。 四方院家の命令で特別相談役の水希桜夜(みずきおうや)は青森に向かっていた。そこで自身の運命を揺るがす出会いがあるとも知らずに……。 挿絵はXで見れます! https://x.com/b9SphOvgPtAUb3i/status/1915663746849968499
View More東北自動車道を走る車の助手席から、青年、水希桜夜(みずきおうや)は窓の外を眺めていた。彼は黒いスーツの上下に黒いワイシャツ、そして寒さ対策のフード付きの黒いマント身につけていた。胸には公式任務中を示す「四方印」のバッジが輝いている。
「しかし東北でのゴタゴタに、なんで関東の僕が駆け付けなければならんのかねえ」
桜夜はため息をつく。すると運転手が苦笑いを浮かべながら答えた。
「相談役は日本中のトラブルに対応する仕事ですよ」
桜夜はもう一度ため息をつく。「四方院家特別相談役」、それが彼の役職だった。特別相談役は四方院家宗主直属の役職で、宗主クラスでなければ対応できない荒事に対応したり、時に四方院家を守るためなら宗主に背くことも許された地位である。といえば聞こえはいいが、ようはただの雑用である。青年はもう一度ため息をつく。
親もなく、幼い頃に宗主の妹に才能を見いだされただけの野良犬にはお似合いの仕事だなと思ったからだ。そうして桜夜は目蓋を閉じて瞑想に入る。何か、変化の兆しを感じていた。◆◆◆
桜夜が青森にある四方院家の分家、赤木家の屋敷についたのは深夜1時を回ったところだった。屋敷には明かりもなく、多くの人間が倒れていた。桜夜が倒れている人間に近づいて確認したところ、どうやら息はあるようだ。運転手に救急車の手配を任せると、青年は鞘に封印された刀――桜吹雪――を手に赤木家当主の姿を探した。
しばらく歩き回り、そして屋敷の奥に当主はいた。苦しそうに身体を横たえる当主の前には、バチバチとイカズチをまとった少女がいた。黄色い髪は首にかかるかかからないか程度だ。黄色いローブに身を包み、杖を持った姿はまさに魔法使いだった。
「おーい、お嬢ちゃん。そのおっさん返してくれる?」
桜夜はのんきに魔法使いに声をかけた。すると彼女は彼の方に目を向けた。黄色い瞳は悲しそうだった。
「……四方院の、秘密を教えて。そうしたら帰る」
「秘密、ねえ? 宗主があまりにチビだから未だに嫁が来ない話でいいか?」
桜夜のふざけた態度に、魔法使いは左手の掌を青年に向け、「イカズチ」を放った。
「おっと」
桜夜は鞘に入ったままの桜吹雪でイカズチを受け止める。すると桜吹雪の持つ「守りの結界」が発動し、イカズチが少女に跳ね返った。
「きゃっ……」
イカズチが跳ね返されたことに、少女が驚いた。その一瞬の隙に桜夜は桜吹雪を鞘から抜くと、少女の首筋に刃を当てた。
「お前のイカズチと僕の刀、どっちが早いか試してみるか?」
桜夜は笑いながら尋ねた。対して少女は震え、目から涙をこぼした。
「……たすけて」
「別にここから出てって二度と来ないなら殺さないよ。面倒だし」
「……ちがう。わたし、こんなことしたくないの。だから、たすけて……」
嘘かとも思ったが、女の涙に騙されてやるのが男だという師匠の言葉を思いだし、刃を少女の首から外した。
「僕は桜夜。君、名前は?」
「わたしは……」
その少女の名前を聞いたとき、今回のミッションがやっかいごとになることを桜夜は悟った。
to be continued
一緒に風呂に入れと言われても、桜夜が四方院家から与えれている私邸の風呂場でそんなことをしようものならどうなるか。まちがいなくサイカとホムラがキレ出し、私邸が崩壊しかねない。だから無理な命令のはずだった。 しかし四方院本邸にはあるのだ。訓練や戦闘のあとにすぐ入れるように貸しきり可能な入浴施設がいくつも。この池の近くにもある。噂では何人も池に落ちたことで作られたらしい。「あー……わかったよ」 かわいらしく桜夜の服を掴み、涙目で睨む少女に彼は降参した。◆◆◆ 幸か不幸か空いていた入浴施設を施錠すると、2人はお互いに背中を向けながら服を脱いだ。先に脱ぎ終えた桜夜が、かけ湯をして湯船に浸かっているとリオもひたひたと近づいてきた。マナーとして桜夜はリオの方を見なかったが、リオもかけ湯をすると湯船に入り、自身の背中を桜夜の背中に預けた。「気持ちいいですね」「そうだな」 しばらく沈黙が流れる。少女がぽつりと呟く。「……わたくし、不安なんです」「うん」「あなた様が、今すぐにでもいなくなってしまうのではないかって」「……」 その言葉に何も返すことはできなかった。彼は今やいのちを狙われる身、そうでなくとも荒事に対応するのが彼の仕事だ。いつどうなるかなんて、約束できなかった。なんと言えばいいか、桜夜が悩んでいるとリオは桜夜を振り返り、背中から抱きついた。「だから、わたくしにください。あなた様が、確かにここにいたという証を……」 そこで桜夜はようやく気づいた。彼女が必死に駆け引きと誘惑を繰り返していたわけを。彼女は不安だったのだろう。その不安に気づけなかったことを口の中で謝ると、彼もまたリオを振り返り、その身体を優しく抱き締めるとまた唇を重ねた。少女は瞳を閉じた。そして頬に、一筋の涙がこぼれた。◆◆◆ 宇宙のような場所で、光に対して黒いローブをまとった男が片ひざをついていた。男の名はケイオス。神殺しの槍をもつ男だ。《ケイオス、不死にならんとする者に死を。情けは無用。すべては秩序のために》 光が消えると、男は立ち上がり、ローブのフードを取った。その顔は、どこかサイカたち三姉妹と似ていた。to be continued
生死をさ迷って以来、桜夜の日常は一変してしまった。再襲撃を警戒した四方院玄武は本邸の結界を強化し、感覚の鋭い玄武のお膝元、つまり本邸の敷地内からの桜夜の外出を禁止した。 とはいえそれで彼の仕事が無くなるわけではなく、オンラインミーティングや電話、メールで各所と連絡を取り合い、今後の四方院家のために働いていた。つまり出張が多い仕事から在宅の仕事に変えられただけだった。「お茶です」「ありがとう」 これまで通り家事はサイカが中心にやっているが、リオはすっかり秘書になっていた。スケジュール管理がややずさんな桜夜を上手くフォローしていた。「こちら、午後の会議の資料です。それとウィリアム卿からなるべく早く連絡がほしいとのお電話がありました」「すまないな。手伝わせて」「いえ、いいんです。わたくしは桜夜様のお世話ならなんでもしたいです。そう、なんでも……」 桜夜は若干苦笑いする三姉妹の中でも、この子からはたまに狂気を感じるのである。◆◆◆ その頃サイカは洗濯中。「お、桜夜さんの下着……! 」 その頃のホムラは。ゲーム中「くそ! くそ! なんで一面からこんなに難しいんだよ!」 ホムラの腕の中には桜夜からもらったぬいぐるみがあった。◆◆◆「んー!」 ウィリアム卿との電話会談を終えた桜夜は、座ったままうーんと伸びをする。そんな彼の顔をリオが覗きこむ。「お疲れ様でした。今日のお仕事は以上です」「そっか」仰け反ったままこれからなにをしようかと考えていると、リオが笑った。「たまには軽い運動にお散歩はいかがですか?」「散歩、ねえ……」 少しだけ嫌そうにしたのが伝わったのだろう、リオは妖艶に微笑んだ。その顔は不死身の魔女とよく似ていた。「お散歩がおいやでしたら、別の運動にいたしますか?」 リオはブラウスのボタンを第2ボタンまで開け、その谷間を見せてきた。「君は困った子だね」 桜夜は苦笑いする。三姉妹の中で唯一、リオの気持ちがわかりにくいと桜夜は思っていた。サイカの好意はまっすぐでわかりやすく、彼に安心感を与えてくれる。ホムラは恋愛感情かはともかく、兄妹のように接してくれ、彼の孤独を癒してくれた。しかしリオの誘うような表情は少しだけ困ってしまう。大人の駆け引きのようで、からかわれている気さえする。だから腹いせに桜夜は彼女の唇を奪い、深く弄ん
その後桜夜たちはすぐに四方院家御抱えの病院に運ばれた。「四方院は死者をも治す」 それだけの技術を持ったスタッフが治療に当たった。しかしそれでも即死を、様々な医療機器で死ぬ寸前まで戻すのが精一杯だった。桜夜の中の鳳凰も穢れの影響で眠ってしまい、桜夜の身体を癒す力はなかった。(またここか) 桜夜は真っ暗な世界にいた。かつて病で死にかけたときもこの世界に来て、そして鳳凰に救われたのだった。しかし今回は鳳凰もいないし、一番会いたいあの子のお迎えもなかった。(死ぬときは1人、野良犬にはちょうどいいか) 桜夜が深い眠りにつこうとしたとき、美しい白い光が彼の瞼を焼いた。桜夜はその暖かい光のところに戻りたいと思った。そこで彼の意識は途切れた。◆◆◆ 桜夜が目覚めたとき、そこは病院のベッドの上だった。てっきり死んだものだと思っていたが、自分にまとわりついている少女たちのぬくもりが「生」を実感させてくれた。 少女たちは目覚めた桜夜を見て、お互いの頬をつねり合う。それから全員大泣きをしながら抱きついてきて、桜夜を布団に押し倒した。さすがに3人分の泣き声はすごかったが、彼は困ったように微笑みながら3人の頭を交互に撫でた。 そして3人が落ち着いたのを見計らって、桜夜は話し出した。「心配をかけたね。僕は死んでいたようだ。死ぬとね。真っ黒な世界にいくんだ」 彼は自分の手のひらを眺める。そこには彼のものではない暖かな魔力が流れていた。手のひらだけでなく、身体中に魔力はあった。「だけど白い光が見えて、僕はそこに戻りたいと思った。そうしたら、今も生きている」 桜夜は手のひらを動かし、拳を握る。「あれは君たちの《思い》だったんだね。ありがとう……」――これからも僕と一緒にいてくれる? その言葉に少女たちは「はいっ」としっかり答えた。第2章 黒の騎士の死 完
「親父……?」 その言葉に全員が反応する中、男だけは無感動に槍を振るい、ホムラをその力で吹き飛ばす。「ホムラちゃん!」 サイカとリオが駆けつける。ホムラは打ち所が悪かったのか、頭から血を流していた。 その姿に静かな怒りを燃やす桜夜は、静かに自分の手に炎を灯す。 それはホムラの炎が魔力と精霊の力でなるのに対して、聖なる霊力を燃やしてなされる神聖なる炎だった。 桜夜が男に手をかざすと、男は燃え盛る炎に包まれた。しかし男はすぐに槍で炎を穢していく。穢された炎は倍になって桜夜を襲った。「ぐっ……」 桜夜は苦悶の表情を浮かべて膝をつく。炎が熱いせいではない。その穢れた炎が彼を彼たらしめる聖獣、鳳凰の力を奪っていくからだ。鳳凰の力を失った先にあるのは、死、だ。それは桜夜と鳳凰があの日結んだ契約である。 静かに男は桜夜にとどめを刺そうと近づく。その間に入ったのはサイカだった。リオもホムラの治療をしながら男を睨む。「あなた本当にお父さん!? どうしてお母さんを解放してくれた桜夜さんを傷つけるの!?」 男は答えない。ただ槍を横凪ぎにふるい、サイカを吹き飛ばした。「きゃあ!」「サイカちゃん!」 桜夜に歩み寄った男は静かに……。「む」 そこで気配を感じた。かつて男の盟友が扱っていた四神と称えられる聖獣の気配。今の状況で四神とやり合うのは面倒だった。男は桜夜たちの誰にもとどめを刺すことなく、その場を去った。 力を失い、倒れる桜夜。サイカとホムラを抱きしめて泣くリオ。 駆けつけた玄武たちが見たのはそんな風景だった。to be continued
「桜夜さん、きいてるの?」「桜夜様?」 サイカが桜夜に迫っている間に、勘の良いリオは桜夜の焦ったような表情に気づいたらしい。なにをそんなに焦っているのか尋ねるように小さく首をかしげた。「なにか来る。……人間の欲望を煮詰めたような気配だ」 その言葉に三姉妹も神経を研ぎ澄ます。確かになにか歪んだ気配が近づいてくるのを感じて。「君たちはここにいて」 桜夜は急いでゲームセンターを出る。そこには雑踏の中でフードを目深にかびり、禍々しい力を放つ槍をもった男がいた。(認識阻害か) 槍を持った男がいても誰も騒がない様子から桜夜はそう判断する。そして桜夜だけ男を探知できるのは、男が桜夜の客であることを示していた。 日本では四方院の人間でも任務以外での帯刀は許されない。桜夜は生身で男と戦うのは危険だと判断し、逃げようかと思ったが……。「無駄だ」 男は槍で闇の嵐を作り出し、周囲の人々に害をなし始めた。「ちっ」 桜夜は舌打ちする。無手で戦う覚悟を決めたところで、少女たちが駆けつける。「大丈夫!? 桜夜さん!」 サイカとリオが桜夜の両隣に立つ。そしてホムラ。「こんにゃろー!」 謎の男に炎をまとった拳を叩き込もうとしていた。しかし男は闇をまとった槍でその拳を易々と受け止める。衝撃が突風となって分散され、男のフードを揺らす。ちらりと見えた顔に、ホムラはつぶやく。「親父……?」to be continued
謎の男と四方院宗主玄武が争っていた頃、桜夜たちはゲームセンターで遊んでいた。ホムラはやはりというかゲームも苦手らしく、UFOキャッチャーに失敗しては筐体を壊さんばかりだった。「あー! もう! なんなんだよ!」 ホムラをどうにか落ち着かせようとするサイカとリオをしり目に、桜夜は球体に近づくと100円を一枚投入した。「あっ、オレのくまさんを奪う気だな!」 暴れだしそうなホムラをサイカが羽交い締めにすると、リオは妹が炎を出してもいいよう鎮火の準備をしていて。そんな騒ぎには目もくれず、桜夜は球体のクレーンを操作する。狙うは1つ、ホムラが欲しがっているテディベアについているタグだった。そのプラスチックでできた糸に、慎重にクレーンの端をひっかけると、テディベアはゆっくり宙に浮いて。「あっあっあっ……」 ホムラは絶望の声を出しながらその光景を見守る。やがてふらふらと揺れながらテディベアは取り出し口に落ちて。それをしゃがんで取り出した桜夜は、にやりと笑ってホムラに見せつけた。当然ホムラは「熊盗ったーーー!!」と大騒ぎを始めて。それがうるさかったからか、桜夜は彼女の口をテディベアの口でふさいで。「あげるよ」「……?」 状況がよくわからないと硬直したホムラをサイカが解放すると、ホムラはゆっくりとテディベアを抱きしめた。「……余計なことしやがって」 悪態をつくホムラだったが、テディベアをしっかりと抱きしめた。これでやっと移動できると内心でため息をついた桜夜は、嫌な気配に冷や汗が背中を伝うのを感じた。「なんか今日の桜夜さん、ホムラに甘くない?」「わたくしもプレゼントがほしいです」 もちろん姉妹の嫉妬心は感じていた。だが桜夜が感じた脅威はそれではない。どこかから――四方院家の屋敷の方から――近づいてくる不吉な予感を感じていたのだ。to be continued
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