黒の騎士は一人じゃない……。これはもう一人の黒の騎士の物語。 若き皇帝の側近として働く“黒の騎士”アルファ。 彼は“箱舟教団”から1人の少女を救出することになる……。 その少女は未来を“視る”目を持っていて……。 天使と魔王が暗躍する世界の中、騎士と少女のラブストーリーが始まります! イラストレーター ヨリ 保育士の傍ら別名義で作品制作を行う。 Instagramアカウント @ganga_ze
Lihat lebih banyak第57番世界、通称エデン――始まりの者が57番目に訪れた楽園という伝説からそう呼ばれている――。
そこには豊かな土地と鉱物資源、そして強大な兵力で他国に差をつける大帝国――ローズ帝国――があった。その帝国を支配する皇帝の名をローゼス、その右腕となる騎士の名をアルファという。
ローゼスは金髪碧眼の青年で、まだ皇太子と呼べるほどに若い、ギリギリ20歳に見えるような見た目だった。目鼻立ちのすっきりとした美男子で、長い手足を少し邪魔くさそうにしている。その服装は白を基調に金糸をあしらった豪華なつくりだった。
対してアルファは髪も目も黒曜石のように黒く、服は黒地に銀糸をあしらった騎士礼装で、彼も同じ年くらいの若々しさだった
「のう、我が騎士よ」
「なんでしょう、皇帝陛下」
玉座に腰かけ、ニヤニヤとだらしなく笑うローゼスに対して、その斜め後ろに立つアルファは堅苦しい態度で応える。それが気に入らなかったらしく、ローゼスは声を荒げる。
「その態度はやめいと言っておるだろうが!」
「あなた様は皇帝になられたのです。一臣下がへりくだることの何が気に入りませんか」
「お前は余の側近中の側近。しかも今は2人きりだ。……それに余が皇帝の座につけたのはお前のおかげだろう」
「……だからといって僕が偉いわけではありませんよ。陛下」
多くの国を支配する皇帝の位に立つローゼスにとって、着飾ることなく話せる相手は少ない。
その口から1つ言葉が発せられれば、それは帝国の意志として世界中を走り回る。
そのこともきちんと理解しているローゼスだからこそ、何も着飾らなくてもよい“ローゼス”という個人でいられる存在は非常に貴重だ。だからこそアルファにも着飾らないで欲しいのだが、そうはいかない。アルファから見たローゼスは個人であると同時に皇帝であり、その身分の差を弁えないといけないことはわかりきっているのだ。
「……まあよい。それより、街でおもしろそうな話を聞いたのだ」
「街って、またお忍びで出かけられたのですか⁉ お願いですからせめて僕を護衛にと……!」
「ええい、うるさいうるさい! それよりも余の話を聞け!」
こうなったローゼスは自分の言葉を通すまで声を上げ続ける。着飾らなくていい相手だからこそ、そのようなことが許される。それを考えれば、今は自分が聞くしかない、とアルファは諦めた。
「はあ、なんでしょうか、陛下」
アルファは片手で額を押さえたが、ローゼスは満足そうだった。こういう時、ローゼスは面倒な考えを編み出している傾向にある。長くつきあってきたアルファだからこそわかる、特徴的な癖だった。
「最近巷で評判の教団があるらしいではないか」
「ああ、箱舟教団ですね」
「そうだ! なぜそんなおもしろそうな話を誰も余にせんのだ!」
おもしろそうって……と、アルファは頭が痛むのを感じた。ローゼスにそのような話をすれば飛びつくに決まっている。だからこそ誰も皇帝たる彼の耳には入らないようにしてきたのだ。
「まあいい、その教団について探り……」
――潰せ
◆◆◆
宮殿の外へと出ると、辺りはとっぷりと日が暮れていた。アルファが闇夜を見上げると、ほぼ満月と言っていい月が見える。その表情は見えないが、じっと見られているような気がした――なんとなく期待しているような顔をしている気がするのだ。とはいえ、人々の間では不安を意味する月に期待の目で見つめられても、すぐに表情を変えられると思うと複雑な心境になるアルファだった。
「はあ、やれやれ」
黒いワイシャツと同色のスラックスで闇に紛れながら、文字通り彼の存在も声も認識できなくなる、認識疎外の魔術のかかったキセルの煙を吸い込む。煙が肺を満たし、魔術が体中に染み込むのがわかった。
(陛下はいつも急だ。だが……)
権威が2つになることは避けねばならない。それでは粛清と暗殺と復讐にまみれた先代皇帝の時代に逆戻りだ。あの毎日に、安息というものは全くなかった。民達の目が絶望を湛えているように見えたことがあるのをアルファは忘れない。そして平穏をようやく手に入れたとしても、こうも大きな厄介者をのさばらしておけば、それは簡単に崩れ去る。
そうはさせまいと、そしてローゼスの“理想”を実現させるため、アルファはキセルを口にくわえ、箱舟教団本部の敷地に乗り込むことにした。しばらく歩いて本部にたどり着いたアルファは、壁を乗り越えて敷地内に侵入した。
(……?)
そしてすぐに、アルファは気づいた。認識疎外をしているとはいえ、あまりにも守りが手薄だということだ。壁を乗り越えても警報1つ鳴らない警備のザルさにアルファは呆れながらも警戒を強めた。
(妙だな。守る気がないかのようだ)
教団には教祖とは別に予言者がいることをアルファはすでに知っていた。ローゼスからの命令が下る前から、教団のことを調べていたからだ。調査の目的はもちろんローゼスの脅威とならないかどうか、だ。
そして調べ上げた結果、教祖は権力を振るいたいだけのバカでしかなく、予言者の方が信仰を集めていることにすぐに思い至った。だが予言者は表には決して出てこない。完全に正体不明であり、実像は全く掴めなかった。だからこそ、こうして侵入する必要があったのだ。
(やはり妙だな。……誘いこまれている?)
教祖がいる教団となると警備が手厚いのは想像に難くない。ましてや教祖以外に信仰を集める予言者という存在がいれば尚のことだ。
それにもかかわらず、感じ取った限りでこの教団はやけに腕を広げて誰かを待っているような印象をアルファに与えた。そこら中に抜け穴があり、基本的に警備はザルなのだが、突然妙に警備の手厚い場所があった。ひとまずそこを避けていると、地下に地下に導かれているかのようにアルファの足は向かっていた。かび臭い地下へ続く階段の先には古びた牢屋がいくつかあった。
(……ん?)
奥の牢屋に人影があった。アルファは警戒するように口にくわえていたキセルをズボンのポケットにしまった。とっくに火の消えたそれは常に手に持ったり、口に咥えたりする必要はなく、ポケットの中などの装身具の中でも認識疎外の力を保つことが可能だ。
(こいつは……)
その牢屋に近づいて見てみると、人影の正体は今時奴隷でも着ないようなぼろきれ同然のワンピースを着た少女だった。見た目から推測して10歳くらいだろうか?
もう少し下に見える後ろ姿は痩せこけていた。鉄格子付きの小さな穴から月を見上げている彼女のお尻まである長い髪は月明りに映える銀色で、手入れをされていなくても美しかった。そんな神秘的な見た目は、自然と目を奪われる。「…………」
アルファはその姿を茫然と見つめていた。すると少女は振り返った。彼を見たようにも感じられたが、目の焦点は合っていない。その目はこの国では魔王の象徴と言われる血のような赤だった。
「……やあ、こんばんは」
妖しく笑った少女はアルファがいるであろう方向に当たりをつけるようにそう言った。認識疎外が上手くいってないのか? アルファの脳裏にそうよぎるが、少女はすぐに否定した。
「ああ、安心するといい、君の姿は見えていないよ。ただ“視えて”いたんだ。君が今夜ここに来ることは。だから警備の連中も退かしておいただろう? 君には敵わないだろうからね」
なるほど、あの警備の手薄さはこういうことだったのか。アルファはどこか納得した。同時に、思う。
――未来を視るという噂は本当だった。
――ならばここで殺すべきだ。
――ローゼスの脅威になる前に。
アルファは、腰に下げたカバンからナイフを静かに取り出す。アルファと少女との間には鉄格子があったが、そんなもの、ナイフに魔力を込めれば切れるほどにボロボロだ。彼は魔力が生まれつき少ないが、そのナイフは彼の魔力を増幅してくれるものだった。
「ぼくを殺そうか悩んでいるね。でもだいじょうぶ。視えているよ。君はぼくを殺さない」
アルファは無言を貫いた。足音すら殺して鉄格子に近づくと、それをナイフで切り刻み、鉄の残骸と化した。そのままゆっくりと少女に近づく。少女は安心しきったように笑顔だった。
「ああ、そこにいたのか。ぼくを、どうするつもりだい?」
ふふふ、と嗤う少女からは、気味が悪いほどの余裕を感じる。
――すべて、“視られ”ている。
その感覚にアルファは恐怖した。だが、年端もいかぬ少女を殺すことにためらいがあったのも事実だ。そしてその力は、使い方次第ではローゼスの役にも立つ。だが危険な劇薬には違いなかった……。
ふいに少女は手を伸ばしてきた。背伸びをして、アルファの頬に触れると、ゆっくりと顔を近づけてきた。アルファはすぐに振り払おうとしたが、金縛りにあったように動けなかった。まるで未来を視る赤い目に縛られてしまったようだった。「逢いたかったよ。ぼくの聖騎士(ナイト)様」
その夜、少女とアルファの唇が静かに重なった。満月だけが、その様子を見ていた。
「はあ……」 大浴場がある屋敷は帝国でもめずらしい。庶民の目線なら、贅沢なことこの上ないレベルだ。そんな珍しい場所で、アルファは湯につかりながら、ため息を吐いた。ローゼスのわがままに付き合うのは慣れたものだが、さすがにここ数日はいろんなことが多すぎた。(結婚、ねえ) ローゼスから勧められたり、貴族連中からうちの娘を、と言われたりということはこれまでにも何度かあった。ローゼスからすれば自分の側近の家系を作って歴代の近衛にしたいというのもあるのだろう。それに対して貴族連中はもっと下種なもので、気難しい皇帝ローゼスに近づく手段として娘を差し出そうというのが見え見えだった。その様は、何度見てもアルファには愚かとしか思えなかった。(まあ、そういった面倒事が減るなら結婚するのもありか) 親の愛を知らず、愛のない結婚をする。自分の子どもは不幸になるのだろうな、とネガティブなことを考えていると浴室に声が響いた。「アルファ……!」「なん、だ……って風呂に入ってくるな! 前を隠せ!」「いいじゃないか、結婚するんだし」 アルファが振り返った先には、一糸まとわぬ姿のマリアと、メイド服を着たアリスだった。アリスはのんびりと「失礼しております」と言って頭を下げた。マリアはその後アリスを伴って洗い場に向かった。「……まったく」アルファは早々に湯舟からあがって脱衣場に行くことにした。後ろからマリアたちの姦しい声が聞こえてくる。アリスもアルファに仕えた当初から、現在に至るまで、彼の入浴の手伝いをすると言ってきかなかったが、そこにマリアも加わり、余計に手に負えなくなったとアルファは思うのだった。「ち、アルファの奴は逃げたか。ならアリス! 一緒に入るぞ!」「え、え? 服を引っ張らないでくださいー」――バシャア! アリスが制止した時には、既に遅かった。◆◆◆ 場面は食堂に移り、夕食の時間。ほかに使用人がいるわけでもないのだから一緒に食べればいいものを、頑なに一緒に食べないアリスに見守られながら、アルファとマリアは食事を摂っていた。「……なあ」「なんだい」「お前、そのテーブルマナー、どこで習ったんだ?」「変かい?」「そんなことはないが……」「未来を“視る”ことで未来の自分が身に付ける技術を先取りすることができるんだ」「ふうむ」 未来を本のようなものだとマリ
「これでぼくはマリア・ジブリールだね」 宮殿の廊下を歩くマリアは、隣のアルファに楽し気にそういった。因みにジブリールとは、中央教会が説く教えによれば、善なる神に仕える大天使ガブリエルが男性として顕現したときに名乗った名前だという。ローゼスと出会う前、天使に導かれたというアルファの話をローゼスが覚えていた結果、与えた姓だった。「お前はそれでいいのか」「いいもなにも、これはすでに決まっていた“未来”だよ。良いかいアルファ。世界という物語はすでに書かれた書籍のようなものだ。ぼくはその書籍の続きを“視る”ことができるんだ」「その話は哲学的で興味深いが……」 宮殿を出ると、馬車が用意されていた。アルファは先に乗り込み、マリアに手を伸ばした。「そこにお前の意思がないだろう」「意思……意思、か。そんなものは世界という物語にすでに書かれているんだよ。たとえ未来を変えたと思っても、それはそう思い込んでいるだけ。すべては書き上げられているんだ」 マリアはアルファの手を掴んで馬車に乗り込む。アルファが出してくれというと、マリアは内緒話をするように耳元でささやいてきた。「それにぼくは、君が気に入っているしね、旦那様」 アルファはどうしたものかとため息を吐いた。◆◆◆「かっがあ、よぐぞご無事でえええ」「ええい、鼻をたらしながら抱き着くな! 服が汚れる!」「わだしがあらうからいいんでずう」 アリスは生還したアルファを屋敷で迎えると抱き着き、涙と鼻水で彼の服を汚していった。彼女は任務から生還するといつもこうだ。そんなにメイドの仕事を失いたくないのか、とアルファは毎回思っている。確かに彼女の年齢でやれる仕事など限られているし、自分のところより待遇が良いとなると、などと無駄なことを考え始めているとマリアがいった。「君が考えていること、だいたい間違ってるよ」「なに?」「あー、はいはい、アリスも泣き止め」「マリア様ぁ、マリア様もよくぞご無事でー! 人相書きが出たときはもうだめかとぉぉぉぉ」「おいひっつくな! 汚れる!」 似たもの夫婦(予定)だった。
「まったく」 盗られるものもないと普段から鍵のしていない隠れ家に入って行くマリアの自由気ままさにため息をつく。 アルファはチースを監視しながら右手を握りこみ、そして開いた。するとその手のひらに、1羽の小鳥が生み出されていた。宮廷魔術師に習った簡単な魔術だった。魔力の少ない彼にとっては1羽生み出すだけでも普段ならかなり疲れるものなのだが、まだマリアの魔力が残っているらしく、身体に倦怠感はなかった。「鳥よ、陛下の下へ」 簡単な手紙をしたためて小鳥に託すと、アルファは近衛騎士団の到着を待つことにした。◆◆◆ その後の皇帝ローゼスの動きは早かった。 すぐさまチースを大規模騒乱罪で逮捕させ、アルファにはマリアを連れて“堂々と”宮殿に戻るよう命令をくだした。 アルファからすればマリアの存在は秘匿すべきとは思ったが、ローゼスになにか考えがあるのだろうと、近衛騎士団と共に宮殿への道を歩んだ。 彼らの“凱旋”を、民たちは熱狂をもって迎えた。 アルファと同じ馬に乗るマリアに至ってはすでに未来が視えているのか、民に手を振る始末だった。魔王の子孫という噂の流されていたマリアに対して好意的な民の姿に、アルファは首をひねりながら、宮殿への帰還を果たした。 すぐに会いたいとのローゼスの意向を受け、アルファとマリアは人払いされた玉座の間に通される。「陛下、騎士アルファ、ただいま帰還いたしました」 片膝をつき、へりくだるアルファのとなりに立ったまま、マリアはただニコニコとしていた。「おい……」 小さな声で「不敬だぞ」と言おうとして、ローゼスが先に口を開いた。「ご苦労、2人とも楽にしてよいぞ。事の顛末はチースからの尋問で知っておる。そこでアルファ、今回の一件を丸く収めるため、お前に新たな命令をくだす」「なんなりと」「マリアと結婚せよ」「……は?」 とうとう乱心しましたか、と嫌味をアルファが言うよりも早く、マリアが行動を起こした。今の状況に追いついていない彼に抱き着いたのだ。「よろしくね、アルファ」 ニコニコと笑うマリアと、それと同じ意味なのかはわからないがニヤニヤと笑うローゼスの姿に、アルファは頭を抱えたくなった。言われたことの意味すら、ある意味ちゃんとわかり切れていないこともあって、アルファは聞き返すしか選択肢がなかった。「……陛下、なにを企んでいるの
「そ、その眼は……」立ち上がり、閉じていた瞼を開いたアルファの右目は、マリア同様赤く光っていた。◆◆◆ マリアに魔力を流し込まれたとき、アルファは心地よさを感じていた。(なんだ、このかんじ。あたたかくて、きもち……っ) 不意にアルファは右目の痛みに襲われ、両目の瞼を閉じた。その時だった、狼が飛び掛かってくるビジョンが視えたのは。彼は咄嗟にマリアを左手で抱き、上半身を起こすと右手の剣を振るった。するとまるで狼が剣に吸い寄せられるように飛び込んできて、きれいに両断された。手にする剣はマリアの赤い魔力をまとい、輝いていた。アルファは目の痛みをこらえながら立ち上がる。恐る恐る目を開いてみると、不思議な光景が広がっていた。それもそうだ。彼は右目で未来を、左目で現在を視ていたからだ。だが困惑している暇はなかった。「どんな手品を……!」 混乱しながらも長年の戦闘経験から冷静さを失わないアルファは、魔術師がそれを言うかと思いながら、不思議なビジョンの導くまま、襲い掛かってくる狼を切り裂いていった。赤く輝いた剣は魔力によって力を増幅させているらしく、あれほど苦戦していた狼たちを片手で屠っていく。「そんな、ばかな……」 狼たちが倒れていくことに脅威を感じたチースは逃げ出そうとアルファに背中を向ける。しかし狼たちを処理していくアルファにはそれすら“視えて”いた。そして身体能力に関して教祖として君臨してきたチースより、前線で戦ってきたアルファの方が圧倒的に上だ。狼たちがいなくなり安全が確認できるとマリアから手を放し、左手で鞘を引き抜いた。それで逃げるチースの頭を強めに叩くと、そのたった一撃だけで彼はいとも簡単に気絶してしまうのだった。「やれやれ、片付いたか」 荷物の中からロープを取り出してチースを縛り上げると、アルファはマリアを振り返った。「……それで、なにをしたんだ?」 アルファは自分の右目が赤から黒に戻っていることには気づかなかったが、ビジョンが視えなくなっていることには気づいていた。「“リエゾン”」「はあ?」「ぼくと君は、“リエゾン”したんだ」「だからそれはなんだと……」「ぼくと君のキズナの勝利さ。さて、ぼくは疲れたから休ませてもらうよ」 そういってマリアは小屋の中に入っていった。扉を閉めた彼女は、這うようにベッドに向かう。(うう、他人に魔力
「……アルファ、アルファ」「……なんだ」 マリアが自分のことを名前で呼ぶのは珍しいな、なんて思いながら、アルファはベッドから身体を起ここした。元々浅い睡眠でもフルにパフォーマンスを発揮できる彼は、マリアの監視中ゆえすぐに起きられる状態で寝ていた。だから同じ部屋で寝ているマリアが急に声をかけて来てもすぐに反応できたのだ。「未来が視えた。ここにぼくを探して人々が押し寄せてくる」「……」 マリアの存在を隠すために一日中締め切られているカーテンの隙間から窓の外を見てみる。ほんの僅かの隙間だが、その遠くには松明の火が集まっているかのように、灯りが見える。「……仕方ない。逃げるか」「え?」 クローゼットを開けたアルファは、そこから自身の私服と、フード付きのローブを取り出した。「ほれ、これをかぶって目と髪を隠せ」「い、いやしかし」「いいから早く。陛下の許可なく僕は臣民を切ることはできない。乗り込まれては面倒だ」 すばやく黒いワイシャツと同色のズボンに着替えたアルファは、ローブをマリアに着せ、頭にフードをかぶせる。「僕が良いと言うまで顔を伏せていろよ」「あ、ああ……」 マリアの手をアルファは掴んで歩き出す。マリアはそんなアルファを呆けたように見ていた。すぐに彼は馬小屋まで向かい、小型の黒馬に乗り込んだ。マリアを自分の後ろにひっぱりあげていると、アリスが慌てて屋敷から出て来た。「閣下! お荷物です!」 いつの間にかアリスの持ってきたリュックサックと鞘に入った諸刃の剣を受け取る――アリスはいつもアルファの必要としているものやことに気づいてくれる――と、馬を走らせた。向かうは1つ、アルファとローゼスの隠れ家だ。◆◆◆ 昏い森の奥深く、そこには小さな山小屋があった。そこはローゼスとアルファの隠れ家。アルファは山小屋の前で馬から降りると手綱を木の杭に結びつける。そしてごく自然にマリアが馬から降りやすいよう手を差し出した。マリアはしばらくその手を見つめ、目をぱちくりとさせた。「どうした?」「……いや、こういう時の君はずいぶん紳士的だなと思ってさ」「うるさい」「照れるなよ。ぼくはうれしいんだ」 マリアはアルファの手をつかみ、馬から降りる。そのときだったマリアに未来が視えたのは。同時にアルファも気配に気づき、マリアを後ろにかばった。「誰だ!」「
それからしばらくの間、マリアはアルファの屋敷で匿われる形となった。ローゼスへの謁見の件こそ表に出ていないが、箱舟教団から彼女が姿を消した事実は上層部に知れ渡っていた。それでも教団は予言者の存在を明かすことはできず、“魔王”の血を引く悪魔だと人相書きをばらまき、彼女を探させていた。それは皇帝ローゼスにとっては都合の良い話だった。「大洪水が来るなどという馬鹿馬鹿しい話に加えて、虚偽の魔王の子孫などと戯言を触れ回り、臣民を混乱に陥れている。早急に排除せよ」 ローゼスはそう兵に命じ、教団の排除に乗り出した。教団が排除されるのが先か、伝説の中の魔王と同じ瞳の色をした少女を誰かが見つけて騒ぎ出すのが先か、そんな状況の中、アルファは暇そうにしていた。「暇そうだね」 同じ部屋で本を読んでいたマリアがそう声をかけてくる。「お前を監視しないといけないからな」 今回“皇帝の犬”たるアルファが出てこないことに、臣民も教団も疑いの目を向けていた。だから表に出たいのだが、マリアの監視を他人に任せるのは躊躇われた。魔王の子孫という戯言や大洪水が来るという話を信じている者は兵の中にもいる。代わりは簡単には立てられない。そんな状況だった。 アルファにとって今信頼できるのはローゼスと、メイドのアリスだけだった。どちらも魔王の子孫や洪水などという話ではなく、自分の見たものを信じる人間だった。その点は信頼できる。「なら尋問をしたら? そのつもりでぼくもここにいるんだけど」「なにを聞いてもふわっとしか答えないではないか」「だって、なんでこんな力があるかも、出自もぼくにはわからないんだもの。でも予言はたくさんしてあげただろう?」 確かにこの家に来てからマリアは多くの予言を行った。大きなものから小さなものまで、すべて的中させている。「ならお前は未来をどう“視る”? お前には未来を確定させる力があるのか?」「なんども言っているだろう? そんな力はない。ぼくにできるのは“視る”だけだ。それとせっかく名付けてくれたんだ、マリアと……」 少女の要望を無視しながら、アルファは考える。未来を確定する力はない、いつでも未来を視ているわけでもない。ならば……。「なんでそんなに余裕なんだ? 自分がひどい目に合わない未来が視えているのではないのか?」「違うよ。ぼくはぼくの聖騎士(ナイト)様を信じ
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