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北野塩梅
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Novels by 北野塩梅

子供にはあたりまえ

子供にはあたりまえ

幼馴染の颯太と大地が過ごす小学生最後の夏休み中の秘密。 ケイタは朱塗りの神楽殿がある異界に迷い込むが……。 三人の子供たちの成長。
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Chapter: 第二十八話「居場所」
第二十八話「居場所」「どうかな、ケイタ君」 颯太の父が、しゃがみ込んで、ソファに座っていたケイタと、目線を合わせる。「学校は……? どうするんですか?」 ケイタは不安になって尋ねる。 特に親しいクラスメイトなどはいなかったが、転校となれば、諸々に支障が出るのではないか、という意味での問いかけだった。「うちの颯太もいるし、田舎の学校が嫌でなければ、私たちが手配する」颯太の父が、しっかりとケイタの不安を払拭するために、きっぱりとした口調で、ケイタに答えた。本物の親よりもケイタの身を案じてくれているのがわかって、胸が熱くなる。「イヤじゃないです、ただ……」ケイタは言葉を切って、しばらく考える。どう伝えたらいいんだろう。迷った末に、ストレートに颯太の父聞いてみる。「迷惑じゃないですか? こんな厄介な事情のあるぼくを下宿させるなんて」「もう君ひとりで頑張る必要なんてないんだよ。迷惑に思うくらいなら、最初からこの病院まで来たりはしていない」 颯太の父が大きな手で、ケイタの背中をそっとさする。不快じゃなかった。むしろ人の手の温かさを、生まれて初めてケイタは知った。ケイタは戸惑って、颯太の父にさらに尋ねる。「本当に?」 大人はケイタを利用する大人ばかりだったから、今のケイタに、何かを引き換えに颯太の家族にあげられるものが、ひとつもないのに、親切にしてくれるのは……。「なんで?」 声に出してしまった。「うちの颯太が、君を助けたいと、願っているからだよ。親バカなんだ」 ケイタの心を軽くするために言ってくれているのか、本気で親バカなのか、判断がつかないが、颯太が十分に両親に大切にされていることだけは、よくわかる。「だから」 颯太がソファから立ち
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 第二十七話「大人の義務」
第二十七話「大人の義務」 颯太が両親を伴って、ケイタが待つ病院に来てくれた。それだけでホッとする。 颯太の父が、ケイタの父に「うちに子が失礼なことを言ったみたいで、すみません」 と、頭を下げたあと「だいたいの話は聞きました。あなたのお立場もあるでしょうし、ケイタ君の言い分もあると思います。良かったら、お話を聞かせてもらえませんか」 和やかな口調で声をかけ、颯太の父がその場のとげとげしい空気をやわらげた。「夏美、ちょっとあっちで、子供らと、飲み物でも買って、休ませてあげてくれ」 颯太の父が、颯太の母へ、ケイタを気づかわげに言うと、ロビーの自販機前のソファを指した。颯太の母の名前が夏美というのか。夫婦が名前を呼び合うのを新鮮な驚きを感じる。ケイタの両親が一緒に住んでいたころは、「パパ」や「ママ」と呼び合っていたから。夏美に促されて、颯太とケイタは自販機でそれぞれ飲み物を買ってもらって、ソファに座った。父親同士が話し合いをしている場所から離れて、ケイタは緊張感が緩んだ。夏美は何も言わず、颯太の髪をひと撫でした。それが、愛しさが溢れていて、そんな仕草をしてもらったことがないな、とケイタは羨ましくなる。夏美が撫でた颯太の頭に目線を向けていたケイタに気づいて、颯太が「ありきたりなことしか言えないけど、大変だったな」 小さな声で言う。ケイタは喉が何かに塞がれたように何も言えなくなって、返事ができずに、頷いて見せる。「ケイタのお母さんは、無事なの?」 颯太が聞いてくる。「足にヒビが入って、しばらく歩けないみたい。あと、いろいろな声と見えないものが見えて惑わされてるからか、心神耗弱状態って言われた。そっちの治療は、別の病院で、って説明があったよ」「そうなんだ? 見えたり聞こえたりが、慣れてなくて混乱すると、実際の診断はそうなるよね。ケイタのお母さんみたいに」
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 第二十六話「病院で」
第二十六話「病院で」     ※ ※ ※ ※ ※ 三峯神社に宿泊したときに、清香が宿坊の二階から飛び降り救急車で病院に搬送された。父に連絡して、迎えに来てもらいたいと伝えた。ケイタは、たった一人で押しつぶされそうな不安で、いっぱいだった。 清香を壊そうとして、ケイタが言った言葉を、思い返す。「どう? お母さんが望んだ『神様からのメッセージ』は? きちんと受け取ってね」 あの時の清香への感情は、憎しみだった。 いくら求めても、清香からの愛情なんて、ケイタには返ってこない。それなのにケイタはまだ、清香に母としての、自分への愛情を期待している。 清香からの『バケモノ』という罵倒も、甘んじて受けよう。あのときの、清香のケイタを見る目は、血のつながった息子を見る目ではなかった。異常にぎらついた目で、ケイタを恐れていた。「ぼくは『バケモノ』だ。お母さんを追い詰める。でもその『バケモノ』を作ったのはお母さんだよ」 一人、明かりの制限された薄暗い病院の廊下で、父を待つ時間、そんな独り言が出た。誰も答えてはくれない。いつも一人だ。とても孤独で苦しい。「不安だったら、いつでも連絡してこいよ」 大地の声がよぎった。まだ……颯太と大地は、起きているだろうか? アプリをタップして、大地に通話を試みる。だが出ない。たぶんもう、眠っている時間だ。颯太にもかける。祈るような気持ちで。出てくれ。誰かに話さないと、現実から逸脱してしまいそうだった。祈る。まだ正気でいたい。 眠そうな声で颯太が出てくれた。「どうしたの?」 声を聞いただけで、胸の中にあった冷たい感情が溶けていくように、涙がこぼれて止まらない。表現しようのない思いが、堰を切ったように溢れてくる。「泣いているの?」 嗚咽を堪えているケイタに、そっと寄り添うように
Last Updated: 2025-07-30
Chapter: 第二十五話「束の間」
第二十五話「束の間」     ※ ※ ※ ※ ※颯太の家に三人で帰ると、颯太の父が帰宅していた。「あれ? お父さん、早いね」 颯太が居間に顔を出すと、ケイタの父と、颯太の父が、真剣な顔つきで話し合っている。それを中断して颯太の父が「おう、夕飯が天ぷら蕎麦、って聞いたからな」 笑顔を向けてくる。 母が、台所で天ぷらを揚げている。「颯太、ケイタ君を洗面所に連れて行ってやって。大地君も手を洗っていらっしゃい。そろそろ夕食が出来上がるから」 母に促されて颯太は洗面所にケイタを案内した。大地は勝手知ったる他人の家なので、先に行けせた。手を洗って三人で戻ってくると、ジュワジュワと天ぷらを油切りしているところだった。「颯太、これ居間のテーブルに持って行って」 天ぷらの乗った大皿を手渡される。居間のテーブルの中央に、颯太が置く。大地が二皿目を持って来て、それをドンッと置く。台所に颯太と大地が戻ると、母が、大鍋に生蕎麦を入れて、あっという間に茹でていき、水で締めてザルに人数分、盛っていく。 それを母が、颯太、大地、ケイタに手伝わせて、居間のテーブルに並べた。 昼間も蕎麦だったが、母の前でそれに触れてはいけない、と颯太は心の中に仕舞って、自分もテーブルを囲んで定位置に座る。 母がようやくテーブルについたので、各々、手を合わせて、いただきますをする。 颯太の父が、ケイタの父に「久能さんも食べていってください」 と、勧めると、ケイタの父もやっと箸をとった。 ケイタの苗字が久能というのを、初めて知った颯太と大地は、頭の中でクノウを変換できずに、「苦悩??」と二人で首をかしげる。それを感じ取ったケイタが「久しいに才能の能だよ」と、こっそり耳打ちしてくれる。「あぁー」 納得して、、颯太はピーマンの天ぷらを箸でつ
Last Updated: 2025-07-29
Chapter: 第二十四話「ははそにて」
第二十四話「ははそにて」 尊の姿が見えなくなるとケイタは、尊の残していった言葉の意味を考えた。「他人を救おうなんて思わないでくださいね」 確かにそうだ。他人を救おうだなんて、奢った考えだ。救われたかったのは、、まず自分だった、とケイタは己の感情をいまなら素直に認められる。 小さい頃は無邪気に感じたままを、清香に話せた。聞こえた声の存在を話してしまった。 ケイタと、颯太や大地との違いは、お互いに共感してくれ関係性の友達がいたかどうか。ケイタにはいなかった。そして母に、それを利用されてしまった。決定的にそこが違う。颯太は大人に自分の感覚を話さなかったのだろう。利用されないためには重要なことだ。 自分を現実に引き戻すことができたなら、清香も暴走しなかった。 見えないものが見えても、聞こえないものが聞えても、誰かにとってそれが不思議なことでも、その世界が心地よくても、現実に戻ることができなければ、ただの現実逃避だ。 清香は、ケイタを通じて自分には感じられない世界に心地よさを感じ、現実世界を受け入れられずに、ついには自分で力を欲した。そして飲み込まれた。 見えても聞えても、超えてはならない境界線を、そうとは知らずに清香は、越えてしまった。 力を特別視して、自身の承認欲求を満たそうとするあまり、ケイタの伝えていたメッセージを、己の力として得たあとの、清香の世界にはケイはいなかった。 例えば清香が飲み込まれずに、メッセージを受け取れたとしても、それが何に繋がっているのかを判断できなければ、メッセージを送ってくる清らかなものになりすました何者かに、いかにもなメッセージで操られる危険性があることに気づかなければならない。 メッセージを手放しで喜んで受け取ることの、怖さを検証もせずに他人に伝える危うさを、見落してしまう。危険と隣り合わせなのだ。 聞こえるなら、何者が発しているのかを疑う注意深さを、常に意識しなければ、なりすましの声に、飲み込まれてしまう。現に清香は飲
Last Updated: 2025-07-28
Chapter: 第二十三話「再び紗幕」
第二十三話「再び紗幕」     ※ ※ ※ ※ 神社の境内の裏手に回りこんだとき。あれほどうるさかった蝉の声が消えた。ケイタは覚えのある感覚に、周囲を見渡す。子供たち三人の他は色がなくなっている。紗幕が降ろされた世界だ、これは。颯太と大地も異変に気づき、あたりを見回している。秩父神社の境内なのに、異界に重なっている。三人の目の前に、猿面をつけた子供のような背格好の人物が、突然、ここにいる。颯太と大地が驚いて、声をあげた。「誰?」 猿面が黙って立っている。ケイタが代わりに答える。「壬申(じんしん)だ。僕にあのホウズキをくれた存在だよ。颯太と大地は姿を見るのは初めてだよね。ヤオゴコロオモイノカネ様の神使だよ」壬申は頷く。「出てくるつもりはなかったんだが。こうして三人揃って参ってくれて、嬉しくなって、ついね」と、気さくな感じで手をあげる。「我が主さまの差配もでもある。君たちは以前のような『力』はなくなってしまったが、『補う力』は、もう得られただろう?」 壬申が颯太を指して、君は、と続ける。「聴力の鋭さを」 君は、と大地を指して「五秒後に起きることが見える」 君は、とケイタを指して「見たものを一瞬で記憶するようになった。いずれも君たちを助ける『補う力』だ。君たちは三人で協力し合って生きるように、と我が主さまからの伝言だ。深淵なるご思慮で我が主さまがそのようになさった。よくよく肝に銘じて、生きなさい」 颯太、大地、ケイタと顔を見回して、壬申は頷いた。「正式に決まってから、こちらに報告しに来ようと思っていたんだけど」ケイタは壬申を見つめる。「颯太の家に下宿して、学校に通うことになるかもしれないんだ。いま、お父さんと颯太のお母さんが、話し合っている」それを聞いて大地が驚く。
Last Updated: 2025-07-27
ぼくがついてる

ぼくがついてる

六道無月と名乗る少年と出会い、瀕死の深瀬かなたは、 浜屋菜の葉を守って無事に生き返ることができるのか?
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Chapter: 死神と蘇生の契約
 語尾に力を込めると、菜の葉の携帯を屋上から放り投げ捨てた。「生徒指導の邪魔をされたくないからね。続き、しようか」「気持ち悪い」 菜の葉が膝をついて床に嘔吐した。その嘔吐さえも撮り続ける佐野を、かなたは蹴り上げた。しかしすり抜ける。佐野の顔をめがけて殴りかかったがこれもすり抜けてしまう。「助けて、かなた」「おいおい、大丈夫か? 深瀬ならもうすぐ死ぬって。そしたら先生が深瀬の代わりに、いくらでも慰めてあげるよ。ほら、今だって」 佐野が菜の葉の後ろ髪を掴み、逃げられないように固定した。「もう深瀬とは、やっちゃった? 順番から言っても先生が先だろう?」「意味がわからない、気持ち悪い」 菜の葉は固定されたまま、寄ってくる佐野の顔に唾を吐いた。佐野が顔を背ける。 かなたはどうにか菜の葉を助けようとがむしゃらに佐野へ体当たりしては、すり抜けてを繰り返していた。『菜の葉を離せ! 触るな!』 佐野にかなたの声は聞こえず、見えてもいないのか、まったく攻撃はきかなかった。「浜屋は特別だから痛くしないようにしてやろうと思っていたけど」 佐野が満面の笑みで続ける。「やーめた。次回からは、自分から足を開くようにしてやるよ」 菜の葉の髪を引きずってコンクリートに引き倒し、体の上に馬乗りになり携帯のカメラで撮りながら、菜の葉の制服のタイをはずす。 かなたは肉体のない自分の無力さに絶望しかけていたが「こっちに来い! 俺に考えがある!」 無月が大声でかなたを呼んだ。佐野が振り返る。無月が佐野に言ったと勘違いしたのだろう。「なんだ、子供か。先生は素行の悪い生徒を指導しているだけだよ、先生が悪いんじゃないから、早く家に帰りなさい」 そう言うと佐野は無月に背を向けて、菜の葉の写真を撮るほうに気を取られた。 かなたが無月の元へ急いで行くと「あの男のフルネームを漢字で教えろ」 と小さく早口で言う。『サノマナブ、にんべんに左の佐に野原の野、学習の学』 すると無月は左手に持った短冊に、右手の人差し指を噛んで、血文字で『佐野学』と書いて「ここに降ろした死神に申す、この者」 短冊に黒い碁石を包むと思いっきり佐野に向けて投げつけた。バチッと佐野の背中に当たった瞬間、無月はすばやく「佐野学の魂と寿命を分け、魂を死神への供物とし我が願いを成就せしめ」 もう一枚、
Last Updated: 2025-06-13
Chapter: 瀕死の危機
 この年の五月二十六日は、地球と月の近地点で起こり日本で観測できる、最大の満月で月蝕だった。 地平線に近い位置で、午後六時四十四分から月が欠け始め、午後八時九分に皆既月蝕となる。 六道無月(ろくどうむつき)は、十二歳の手のひらにすっぽりとおさまるサイズの羅針盤を見た。先祖代々伝わる、羅針盤だ。 羅針盤が示している、皆既月蝕の影響が最も強い座標の、市内の総合医療センターに忍び込んだ。 同日、午後四時。 深瀬かなた(ふかせかなた)は、同級生で自宅も近い幼馴染みの浜屋菜の葉(はまやなのは)に、教室で相談を受けていた。「実は、私、誰かに付きまとわれてると思うんだよね」 菜の葉は深刻そうな顔で、かなたを見る。「誰かって、誰?」 かなたは「気のせいじゃなく?」 菜の葉の思い込みではないのかと聞き返す。「うん、気のせいじゃない。これ見て」 菜の葉は鞄から取り出した封筒をかなたに渡す。糊づけされていない封筒から、かなたは数枚の写真を見た。 ブレザー姿の菜の葉と、かなたが笑いあっている写真。菜の葉の横顔の写真。その他、どれも学校内と思われる隠し撮りだった。かなたの手から一枚、床に落ちた写真を見てぞっとした。それは菜の葉の家の夜の写真で、正面から自宅を写されていた。かなたは思わず「なんだこれ、気持ち悪い」 眉をしかめた。「自宅まで来てるの、誰かが」 菜の葉の声が震えている。子供の頃から菜の葉は明るくてよく笑うほうだったが、さすがに自宅まで写真に撮られていては、冗談にはできなかったのだろう。 かなたはなるべく穏やかな口調で訊ねる。「警察に相談はした?」「お母さんに行ってもらったんだけど、定期的に巡回します、って言われただけ」「いやこれは完全にストーカーだろ。何かあってからじゃ遅いよ」 菜の葉がため息まじりに「うち、母子家庭だから、お母さんが仕事のときに自宅に入られたら、どうしたらいいんだろう」 心細げな菜の葉の呟きに「うーん……じゃ、しばらくぼくの家に来る? 菜の葉のお母さんがいないときだけ」「えっ……」 かなたの提案に、菜の葉が躊躇する。「大丈夫だよ、うちの妹の部屋に泊まれば」「問題になたったりしないかな?」 かなたの提案に菜の葉が疑問を投げる。いくら幼馴染みとは言え、男子高校生の家に女子が泊まるのは学校に知られたら問題だ
Last Updated: 2025-06-08
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