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死神と蘇生の契約

Penulis: 北野塩梅
last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-13 17:20:42

 語尾に力を込めると、菜の葉の携帯を屋上から放り投げ捨てた。

「生徒指導の邪魔をされたくないからね。続き、しようか」

「気持ち悪い」

 菜の葉が膝をついて床に嘔吐した。その嘔吐さえも撮り続ける佐野を、かなたは蹴り上げた。しかしすり抜ける。佐野の顔をめがけて殴りかかったがこれもすり抜けてしまう。

「助けて、かなた」

「おいおい、大丈夫か? 深瀬ならもうすぐ死ぬって。そしたら先生が深瀬の代わりに、いくらでも慰めてあげるよ。ほら、今だって」

 佐野が菜の葉の後ろ髪を掴み、逃げられないように固定した。

「もう深瀬とは、やっちゃった? 順番から言っても先生が先だろう?」

「意味がわからない、気持ち悪い」

 菜の葉は固定されたまま、寄ってくる佐野の顔に唾を吐いた。佐野が顔を背ける。

 かなたはどうにか菜の葉を助けようとがむしゃらに佐野へ体当たりしては、すり抜けてを繰り返していた。

『菜の葉を離せ! 触るな!』

 佐野にかなたの声は聞こえず、見えてもいないのか、まったく攻撃はきかなかった。

「浜屋は特別だから痛くしないようにしてやろうと思っていたけど」

 佐野が満面の笑みで続ける。

「やーめた。次回からは、自分から足を開くようにしてやるよ」

 菜の葉の髪を引きずってコンクリートに引き倒し、体の上に馬乗りになり携帯のカメラで撮りながら、菜の葉の制服のタイをはずす。

 かなたは肉体のない自分の無力さに絶望しかけていたが

「こっちに来い! 俺に考えがある!」

 無月が大声でかなたを呼んだ。佐野が振り返る。無月が佐野に言ったと勘違いしたのだろう。

「なんだ、子供か。先生は素行の悪い生徒を指導しているだけだよ、先生が悪いんじゃないから、早く家に帰りなさい」

 そう言うと佐野は無月に背を向けて、菜の葉の写真を撮るほうに気を取られた。

 かなたが無月の元へ急いで行くと

「あの男のフルネームを漢字で教えろ」

 と小さく早口で言う。

『サノマナブ、にんべんに左の佐に野原の野、学習の学』

 すると無月は左手に持った短冊に、右手の人差し指を噛んで、血文字で『佐野学』と書いて

「ここに降ろした死神に申す、この者」

 短冊に黒い碁石を包むと思いっきり佐野に向けて投げつけた。バチッと佐野の背中に当たった瞬間、無月はすばやく

「佐野学の魂と寿命を分け、魂を死神への供物とし我が願いを成就せしめ」

 もう一枚、紙札をかなたの胸のあたりに入れると

「寿命をこの深瀬かなたの魂へ分け与えること叶えたまえ」

 ひと息に声を張った。

 チワワだった死神の姿がまばたきするあいだに、顔は猿、胴体は虎、尻尾は蛇で黒い翼を広げた不気味な姿に変容した。

『聞き届けた』

 これが無月が言っていた本当の死神の姿なのだろう。

 菜の葉に馬乗りになった佐野を目がけて死神が飛ぶ。強風が起こり、佐野の背中に虎の前脚をかけると、翼で佐野をひと撫でして、離れると宙に浮いている。

 佐野が大きく痙攣した。菜の葉はぐったりしていて気を失いかけているようだった。

 佐野は呻き声をあげながら菜の葉の体の上で苦悶の表情になり、しばらく震える。自分の胸を搔きむしり、菜の葉を覆うように倒れ込んだ。

 佐野の体から焦げた肉臭がたちのぼり、苦しみで歪んだ口元からずるずると何か得体の知れないものが抜け出てきた。抜け出た何かを虎の前脚が押さえつけ、死神がガツガツと猿の顔が食らいつく。

『食って……いるのか?』

 かなたは供物が死神に食われるさまを見て、自分がこうなっていたかもしれない、と思うと震えが止まらなかった。

 佐野から抜け出たものを死神が食いつくしたあとに、火が弱くなったロウソクが残っている。

『供物は受け取った。それから、これはおまえのものだ、火が消える前に拾え』

 かなたは死神に言われるがままロウソクを拾った。

 無月が、菜の葉の体の上に倒れている佐野を、片足で転がして、菜の葉から佐野をどかした。自分が着ていたカーディガンを菜の葉にかけてやると、片膝をついて菜の葉の額に、無月の血が滲んだ右手の人差し指に中指を絡ませ、漢文の書き下しの「レ点」を書く。

「菜の葉は何もされていない、今夜のことは夢の中」

 無月は穏やかな口調で呟いた。菜の葉がすっと目を閉じた。

 かなたは何もできなかったことで、菜の葉を危険にさらした自分が悔しかった。

『菜の葉は無事だったのか?』

 死神を振り返ると、チワワの姿に戻っていた。

『案ずるな』

 死神は興味をなくしたのか、そっけない。

『さて、供物も受け取った。次は小僧の願いだのう』

 死神はまた天を見上げた。月はほぼ輪郭だけ残し、暗くなっている。

 黒い濃霧が無月を包み、ゆっくり霧が消えると、背の低い白髪の老人が無月の前に立っていた。

「じいちゃん」

『久しぶりだな、無月。のんびり話をしている時間はないから聞きたい要件だけしか答えられない。すまない』

 無月が先ほどまで見せていた生意気そうな顔つきではなく、年相応の表情になる。

「斑(まだら)が動き始めているようなんだ。また三年前と同じことが起きるかもしれない、どうしたらいい?」

 無月の言葉に、老人は少し沈黙して目を瞑る。それから、無月を安心させるような軽やかな声で言う。

『そうだな……今度の冬、初雪が降る日に散歩に行ってみるといい。それまでは斑に関しては考えなくていい」

「先に手を打たなくていいの?」

『そんなに思い詰めるな。いいから、初雪が降ったら散歩、とだけ覚えていればいい。それ以上は答えられない』

「わかった」

 無月は素直に答え、老人は名残惜しそうに無月の頭を撫でる仕草をした。

『短い時間だが会えて嬉しかった。あまり早くこちらに来るなよ、じゃあな』

 手を振る老人が濃霧と共に消えていった。

 無月が夜空を見上げて、柔らかな顔つきになる。それを見た死神は

『気はすんだか、小僧』

 と聞いた。

「充分だ」

 肩の力が抜けたように無月から棘とげしさが解けていた。

『陰極まった月が、また満ち始めたのう。そろそろ私も帰りたい』

 死神は無月に催促する。しかし無月は、菜の葉の足元でしゃがみ込んでいるかなたに

「かなたも自分の体に戻れ。火が消えてしまうぞ」

 声をかけてきた。

『菜の葉はどうなる? このままにして置いていけない。それに体に戻る方法もわからない』

『おまえ、すべて人任せか?』

 チワワが前脚でかなたの足の鎖を踏みつけた。

『おまえに与えた寿命は元の持ち主を覚えておる。同じ道をたどらぬよう、気をつけることだ。この娘が窮地にあったときも、おまえは小僧任せだった。おまえなぞ、生き返ったところで、何も変わらず人任せで生きるだけだ。よかろう。おまえに与えた寿命十五年分で、この娘を助け、おまえが体へ戻る方法を教えてやらんこともない、どうする?』

『わかった十五年分、やる』

 かなたが答えるとロウソクの炎が揺れ、一気にロウを溶かした。

『おまえが体に戻るには、この鎖をたどって体まで行き、ロウソクを消さぬよう体の中に入る』

 かなたは死神の次の言葉を待った。が、死神がすましている。

『え? それだけ?』

『それだけだ。残りの寿命は大切に使え。苦しくとも死ぬまで生きろ。これから娘の助けを呼ぶ』

 コンクリートの水面の中に向かって、また犬の声で三回吠えた。

 波紋を広げた水面の映像には、待合室のかなたの両親があたりを見回し、犬を探し始める。かなたの母が「プリンの声だわ」と言うと父が「まさか。おまえおかしくなったんじゃないか?」と言い返しケンカが始まりそうになったが、父も少し考えてから「そう言うこともあるかもしれん」と一緒になって声がする方向へ行こうと待合室を出ようとした。

「菜の葉と連絡がつかないんです、トイレにもいない!」

 菜の葉の母が息を切らせて待合室へ入ってきた。着信に出なかった菜の葉を探していたのだろう。

 チワワが三度目も三回吠え、菜の葉の母が耳を疑っている。

「犬?」

 かなたの両親と目を合わせた。

「鳴いてるよね?」

 かなたの母に訊ねる。

「行きましょう」

 大人たちが走って非常階段を駆け昇ってきた。

 屋上へ出ると、倒れている菜の葉に真っ先に駆け寄った菜の葉の母が、首に手を当て脈を確認して、また非常階段を降りていった。看護師を連れて戻ってくる。菜の葉を担架に乗せると付き添っていった。

 かなたの父が携帯で警察に電話している様子だった。菜の葉の近くに転がった佐野の死に顔が、異様な状態で誰も触れようとしない。

 その光景を見ていたチワワがかなたの足の鎖から脚をあげた。

『おまえとはここまでだ。魂には生き様が記録される。また会う日まで楽しみにしておこうかのう』

 かなたはもう戻っていい、と言うことなのか念のため無月を見た。屋上に集まっている大人たちは、無月の存在に気づいていないようだった。無月が

「俺は死神を送り返さないとだから」

 かなたに背を向ける。

 もうかなたに用はないのか、無月が最初に描いた円へ、ちょこんとお座りした死神を横目に見ながら、かなたは月を見た。徐々に明るさを増してる。

 ロウソクの火を片手で囲いながら足の鎖をたどって慎重に、非常階段を降りた。

 途中で懐かしいプリンの長い遠吠えが聞こえて、お別れの挨拶だと思うことにした。

 無月にお礼を言い忘れた。

 開け放った病室の窓から入ってくる風は、夏の匂いがする。

 今では壁伝いに歩けるほど体はかなり回復してる。

 かなたはベッドに横になったまま、ぼんやりしていた。

 かなたの母が、病室の花瓶の水を替えに出ていくのと入れ違いに、菜の葉がスウェット姿で入ってきた。菜の葉も、かなたとは違う病棟にまだ入院している、と母から聞かされていたから、驚きはなかった。

「よぉ」

 かなたは片手をあげて菜の葉を迎える。

 ベッドの横の椅子に座った菜の葉も「久しぶり」と軽く手をあげた。

 一見、元気そうに思える菜の葉の、手首や指先、頬のラインが細くなっていて、かなたの母から、事件後、菜の葉が情緒不安定になっていた話も少し聞かされていたので、つとめてどうでもいい会話をして踏み込まずにいた。

「病院食は冷めても意外に旨い」とか「食事の量が足りなくて夜中に腹が減ってつい間食してしまう」とか、そんな話ばかりを無駄に喋った。

「病院内だけなら一人で出る歩けるようになったんだ」

 かなたの無駄話がとぎれると、菜の葉が笑った。無理に笑っている感じではなかったから、かなたはホッとした。

「気持ちは安定したんだね」

 つられてかなたも笑顔になる。

「私が倒れているときに、犬の鳴き声がしたんだ。お母さんたちも聞いた、って。たぶんかなたの家で飼っていたプリンだろう、って」

 生死を彷徨っていたときに、かなたもプリンを見た、と菜の葉に言うと

「助けてくれたんだね、私たちのこと」

 ひと息ついて、改まった菜の葉が

「私、屋上に何をしに行ったか覚えていなくて、私が倒れていた近くで、佐野が死んでいた、って警察の人に言われた。「佐野の体の皮膚は問題なく、心臓だけが焼けて炭化していて原因がわからない、なぜそうなったのか心当たりはないか」って聞かれたの」

 眉を寄せて難しい顔をする。

「それで菜の葉に心当たりはあるの?」

「うーん……屋上に私以外に男の子がいた気がする。倒れていた私にカーディガンをかけてくれた男の子。そのカーディガンは警察の人が持っていったけど、誰なのかわからない。記憶が曖昧でよく覚えていないんだよね」

「そうか」

 かなた自身もあの男の子の名前が思い出せない。目覚めたときには覚えていたはずなのに、時間がたつほど忘れてしまう夢みたいな感覚だった。

「それから」

 菜の葉の表情が曇った。

「佐野のパソコンとスマホから、未成年の子たちとの猥褻動画と画像が大量に出てきて余罪を調べている、って。私が倒れているあいだの画像もあったみたいなんだけど、未遂だって。何をもって未遂なのか、私にとっては充分な傷だよ」

 かなたは何を言えばいいのかわからない。菜の葉が震える声で

「それも、覚えていませんか? って聞かれた。よくわからないんだ、あの男の子とプリンは私を守ってくれた気がする」

「ぼくも、そう思ってる」

 菜の葉は天井を見上げて涙が落ちるのをが我慢してる。かなたは菜の葉がこちらを見るまで待った。

「ぼくのところにも警察が来て、自転車に細工したのは佐野の仕業だったみたい。佐野の車から、市販のスプレー式オイルが見つかって、被疑者死亡で送検される、と言っていた」

「かなたの事故も?」

 かなたは頷いて、しばらく黙り込んだ。

 菜の葉が何度か口を開きかけてやめ、ようやく言葉にした。

「クラスの女子で、川本さんと石田さん、知ってる?」

 かなたは視線をあげて思い出そうとしたが、目立つ女子ではないのか、印象に残っていない。

「菜の葉の友達?」

「そんなに話をしたこともない子たち。友達でもないんだけど、昨日、お見舞いに来て、私から佐野の件を聞き出そうとしてきた。学校の発表では佐野の死因は心筋梗塞と説明してるけど、佐野の不審死が話題になってるみたいで、私に関してもいろんな噂が出てる感じ。それを確認してきた。お母さんが病室に来てくれて「深瀬くんの事故で病院に付き添っただけで家族は待合室にいましたよ、佐野先生がどこに行っていたのか、私たちは知らないんですよ」って笑顔で二人を追い返してくれた」

「憶測だけで事件に結び付けて、さも真相です、って何かのアクセス数を伸ばしたいだけじゃないの、その二人」

 印象にも残っていない二人を、言葉を選ばずにかなたは非難する。

 知恵も力もなかったら大切なものも守れない。今のままではいけない。

 かなたは、事故から目覚めたあと、ずっと考えていた決意を菜の葉に伝えた。

「リハビリ頑張って必ず元通りに動ける体になるから、菜の葉はそれまで焦らずに休めばいいよ。また一緒に学校に行こう」

 菜の葉は俯いて

「もう悪い噂が広まり過ぎてて行けないよ。転校しなきゃかな……」

 思いつめた声だった。

「わかった。菜の葉が転校するなら、ぼくも同じ高校に行くし、復学するなら二人ですれば心強いだろ?」

 驚いた菜の葉が顔をあげて、かなたをじっと見つめた。

「本当に? 本気?」

 死に際に、かなたが大切にしたいと思ったのは

「大丈夫、急ぐ必要はないよ。これから寿命が尽きるまで」

 菜の葉の笑顔を見ていたい。

「え、大げさ」

 菜の葉が「引くわー」と続けるが本心ではないのか、菜の葉に伸ばしたかなたの手をよけなかった。そっと頬に触れる。

「ぼくがついてる」

 かなたの告白に

「かなたくんはよほどの鈍感なんですか」

 菜の葉が真顔でキレて、突然、椅子から立ち上がって病室を走り去った。

 呆然としていると、かなたの母が入って来て、花瓶をサイドテーブルに置くと

「ほんと、鈍いよね、あんた」

 ボソッと言った。

「いつもそばについていてくれたのは菜の葉ちゃんのほうだよ、高校だってあんたに合わせて志望校を変えたんだから。でもまぁ、自分から言えて良かったね」

 人生初の告白を母に聞かれ、事実を知らされ、いたたまれなさで、かなたは毛布を頭までかぶり、今だけ存在を消してしまいたくなった。

 ぼくがついてる【了】

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