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第三十一話「祝福」

Auteur: 久慈冬桔
last update Date de publication: 2025-07-31 18:00:18

第三十一話「祝福」

 すると父親がヘラヘラと笑いながら

「なにイキってんの、文句ある?」

 と言いながら、自分がイキり散らかす。冷静に尊が応じる。

「アルコール臭いですね、お車でご来社ですか?」

 と、さらに追い込む。

「ちげぇよ、なに? 因縁つける気? この人」

 平然と噓を並べる父親に、景汰がワゴン車のナンバーを正確に言う。すると父親の顔つきが変わる。

「は? 知らねえし。口出してくんじゃねぇよ、クソガキが」

 父親の矛先が景汰に向かう。尊がすぐさま、スマホで電話をかける。

 どうやら警察だと、父親が気づいて逃げようとした腕をがっちり、尊が掴む。

「酒気帯び運転でのご来社がありましたので、よろしくお願いします。はい、それと一緒にいらしたお子さんへの暴言暴行もありましたので、そちらもお願いします」

 話し終えて、尊が通話を切り、五分も経たたずに、パトカーが静かにやってきて、男女二人の制服の警官が境内にやって来た。

 夫婦揃って警官に事情を聞かれているあいだも、自分たちは悪くない、昨日の酒が残っていただけでわざとじゃない、だの、子供に対しても躾の一環だった、だの、暴力ではない、だのと言い訳ばかりに終始して、尊を睨みつけていた。

 その様子を少し離れた場所から見ていた尊がため息をつく。

「いやになりますね」

 女性の警官が、両親から距離を置いて、泣きじゃくる女の子の話を聞いている。

 見守っていた大地と颯太、景汰に尊が微笑む。

「子供は親を選べませんからね。子供から向けられる愛情に応えられないなら、親になるべきではないです」

 尊が言い終わるころ、家族がパトカーに乗せられていく。

 頭を押さえられてパトカーに乗り込む直前に、父親が、悔しそうに尊を振り返り、大声で言い放つ。

「おまえの顔、忘れねぇからな」

 捨て台詞を吐いたのを警官に注意され、パタンとパトカーのドアが閉まり、去っていく。

「逆恨みされたようです」

 尊が困ったように口にした。

「ごめん、尊さん」

 なんとなく後味も胸糞も悪い顛末に、大地は思わず謝る。

「平気です、自分の身は自分で守れるくらいには、武道を嗜んでいますから」

 そういえば、あの父親が逃げようとしたときに、腕を掴んだのに、尊の体幹がぶれていなかった。小柄な見た目とは裏はらに尊の芯の強さを垣間見えた。

「返り討ちにしますよ」

 穏やかに言っているのが、実は一番怖いんじゃないか? 大地は密かに見習おうと思った。

「ところで」

 と尊が両手を叩いた。

「模型、できあがったんですよね?」

 社務所の横の地面に置きっぱなしにしていた模型まで、戻ってくると、気を取り直して、尊が三人の顔を順番に見る。三人で模型を持ち上げた。

「ケイタ君も参加したんですか、模型作りに」

 模型のプレートに景汰の名前を見つけた尊が、尋ねる。景汰が少し気まずそうに答えた。

「颯太の家に下宿することになりました。秩父の小学校に通うことになったので、ぼくも自由課題に参加したんです」

「そうですか」

 尊が少し考え込むように、俯く。それから顔をあげて

「気がかりがひとつ減りました。良かったですね。それに力を合わせて作った模型も、素晴らしいです」

 飾らない言葉で尊が褒めてくれた。

「尊さんがいろいろ教えてくれたおかげです」

 颯太が代表して尊に、お礼を伝える。

「そうだ、このあと」

 尊が続ける。

「神前結婚式があるんですよ、縁起がいいので、見ていきませんか」

 いい提案だ。先ほどの後味の悪さとは真逆な祝い事。

「夏は暑いので、式を挙げるカップルが少ないんです。なかなかこんな機会はないですよ」

 式の時間を聞いて、いったん模型を颯太の家に置きに帰って、再度、秩父神社に戻ってくることにした。

 秩父神社に戻る。平成殿から本殿にかけて、まっすぐ朱色の布で道が造られていた。

 木々が影をつくっている境内の片隅で、三人は、参進を待つ。

 大地は中門の後ろを見る。平成殿から着物姿に正装した人々が並び始めている。

 雅楽を奏でる人が先頭に立って雅やかで厳かに、神職、巫女に先導されて、列が動き出す。新郎新婦に朱い和傘を差しかける人が横に立ち、ゆっくりと本殿を目指す。

 緊張した面持ちの新郎新婦が平安装束に、小さな歩幅で、大地、颯太、景汰の前を通り過ぎる。すると急に、晴れているのに小雨が降ってきた。

「わぁ……」

 誰ともなく歓声があがる。日差しはそのままに、ぽつぽつと朱い和傘を雨粒が打つ。

 境内の中だけに、雨が降っているような、天気雨に、そこに居合わせた参拝者の中から、祝いを喜ぶ拍手をちらほらと叩く音がした。

 祝いの列に思いがけず立会ったからか、天気雨の慶事に遭遇したからか。

 親族もすべて本殿に入っていくと、参拝していた人々が、幸せのお裾分けをいただいたねー、と言いながら境内をあとにしていく。

「出てくるまで待っていようか」

 景汰が言うので、三十分ほど新郎新婦の退殿を待つ。

 本殿から参列者が出てきて、本殿を背景に記念撮影をするころには、雨はやみ、磨いたような青空が広がっている。

再び朱い布を敷いた道を新郎新婦が歩き出す。

 気がつくと、三人の横に尊がいた。

「あの二人、私と同級生で、幼馴染みなんですよ。幸せの門出ですね」

 と呟く。

 大地がふと見上げると、木の上に猿面の壬申が手を振って、振った手から、赤い花が舞った。はらはらと新郎新婦の頭上に花びらが降ってくるが、地面には落ちてこない。

 普通の人のはきっと、視えない花びらに景汰が思わずのように言う。

「あぁ……これが祝福なんだね、初めて視た」

 ため息をつく。すると尊が

「そうですね、百日紅の花言葉は『あなたを信じる』ですからね」

 と、答えた。

 えっ、と大地は驚く。子供たちだけではない。この赤い花を視ているのは、尊もなのか?

 赤い花びらが新郎新婦の上に、いつまでも降り注いでいた。

 いつかこの感覚が、普通に受け止められる日がくるまでは、今までのことは、大人には内緒だ。

                                  【了】

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