author-banner
fuu
fuu
Author

Novels by fuu

domの王子はsubの皇子を雄にしたい

domの王子はsubの皇子を雄にしたい

帝国のsub皇子ルシアンは、同盟のため王国のdom王子アルトリウスと条約婚を結ぶ。二人が交わしたのは、愛より先に合意契約――可・不可、合図、アフターケア、そして週に一度だけ主導権を入れ替えるスイッチ・デー。 公の壇上では皇子が前に、私室では王子が一歩引いて支える。権謀うずまく宮廷で、役割は枷ではなく翼へ。 “雄になる”夜の練習が、やがて帝国の未来を動かす力になる。
Read
Chapter: 第71話:戦支度の誓酒
鐘は三度鳴った。大聖堂の石床が薄く震え、王子は指先の汗を衣の裏へ滑らせた。彼は隣に立つ皇子の呼吸を聞いていた。浅く、だが逃げていない。公では皇子が前に出る。それが二人の取り決めで、今日がその初舞台だった。「条約婚を結ぶ」皇子が短く言った。声は澄んでいた。人々のざわめきが吸い込まれて消える。老司祭が聖油を差し出し、二人は互いの手首に油を引き、契婚印の魔紋を重ねた。藍の線は絡み、金の粒子がぱっと弾ける。冷たい石の匂いと、油の甘い匂い。王子はその微かな震えを、握った手を通じて拾い取る。「条件を」皇子が続ける。契約は愛の前に置く。彼らは一週間前、旅の寝台で紙に書いた全てを、今ここで人々に示した。「可は、口づけと抱擁。不可は噛み跡を残すこと」「合図は三つ」「『よい』は、指先を二度」「『待て』は、手の平」「『中止』は、合言葉」王子は低く補った。「合言葉は白燕。公務でも私事でも同じにする」ざわつきが起こり、すぐ収まった。老司祭が頷く。週に一度のスイッチ・デーについても明文化される。火の四日、役割の練習と点検を行う。公務は変わらないが、私室では皇子が支配と委任を練習し、王子が受け止める。これは二人の“雄になる”訓練の一部だ。誓酒の杯が運ばれてきた。大麦酒だ。泡が白い筋を残す。老司祭が言う。「戦支度の前に、契りの杯を」皇子は杯を掲げた。腕は伸び、肩は落ちていない。王子は小さく微笑んだ。彼が森で初めて見たときよりも背筋は真っ直ぐだ。霧の中で互いの弱さを晒して握った手は、その日からずっと離れていない。「後背を固める」皇子の二言目はもう政治の言葉だった。大聖堂の倉、地下街の問屋、納骨堂の氷室。三つの力が軍糧を巡って綱を引いている。誓酒の場で、それを解く。王子は合図を受け、巻物を広げた。「契式魔紋を穀袋に刻む。二重封緘。二つの鍵」皇子が端的に付け足す。「鍵は両押し。片方は大聖堂。片方は我ら」魔紋は簡素だが、流用できない。封緘の破りは光る。地下街の頭は最初に顔をしかめ、次に肩をすくめた。「割前が減
Last Updated: 2025-11-13
Chapter: 第70話:雄の宣言
大聖堂の床は冷たく、光は高窓から蜂蜜色に降っていた。香が乾いた木と柑橘の匂いで混じる。ざわめきは薄い嘲笑を含んで、帝国の皇子が「聞き分けのいい従順な花嫁」だという古い噂を反芻していた。ルシアンは笑わなかった。王国の王子と手をつなぎ、手のひらの温度と脈を数える。三度タップされた。合図。息は?と視線が問う。彼は顎を引いて、一、二、三、と胸を満たす。大聖堂の中庭に住む鳩が、一瞬だけ黙った。巻物が解かれ、条約婚の条文が風を受けて鳴った。白い手袋の司式官が読み上げる。両国の通商路、大河の水利、そして「二重統治」の規定。公では皇子が前に立つ。私室では王子が支え、週に一度のスイッチ・デーを設ける。役割の反転は誰の強制でもない。二人の合意がなければ運用しない。セーフワードは「雨垂れ」。黄は減速、赤は即時停止。可は手を取る、抱擁、誓環の着脱。不可は公開の命令遊戯、露出、屈辱の呼称。アフターケアは甘味、水、温かい湯、肩の圧迫、言葉の確認。王子が小さく笑った。言いづらいことほど明文化する。これが二人のやり方だった。司式官が促す。「皇子、宣誓を」ルシアンは一歩前に出た。その一歩で、嘲笑がぴり、と揺れた。彼は衣の襟に触れ、喉を見せる。支配の反対側、最も脆い場所を自分で差し出す。それが彼の「雄」の定義だ。「私は“雄”を選ぶ。従うことの快も知っている。けれど、私は今、守る責を取るほうを選ぶ。王子を、条約を、地下も地上も、骨の名も」地下の石段、暗さを吸う地下街の顔役たちが柱の陰で腕を組んでいた。大聖堂の首座司祭は唇を細くし、納骨堂の骨守は杖で床を軽く叩いた。三つの権力が互いに睨み、互いに疑う場だ。「大聖堂よ。祈りの税は据え置く。ただし監査は光の下で行う。帳簿を隠すな。地下街よ。三年の関税を減免する。代わりに水路の保全を担え。私が設計に立ち会う。納骨堂よ。名を消すな。無名をなくす費用は帝国が出す。王国と折半だ」笑いの一部が鼻を鳴らした。口で言うのは誰でもできると。ルシアンは右の掌を出す。契誓紋が彼の皮膚下で目を覚ました。青銀の線が手の甲から肘へ、鎖骨に触れて胸骨の上で渦になり、王子の左手の同じ紋と呼応する。香の煙が流れを変え、光
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 第69話:胸骨星の温度
大聖堂の床に描かれた魔紋が、薄い青で脈打っていた。冷ややかな石と香の煙。皇子は胸元に手を当て、胸骨の奥で小さく灯る星が、今日はどうしても温まらないことに気づいた。眠れていない。儀礼の稽古、調整会議、文言の確認。休むべき夜を二つ潰した。自覚はあったが、式は待ってくれない。「歩幅、二。声は落として」王子が短く囁いた。銀の肩飾りの重みを片指で確かめ、皇子は頷く。公では自分が前に立つ。私室では彼が支える。その約束でここまで来た。今日の儀礼は条約婚の成立、公衆の前での宣誓だ。愛より先に契約、契約より先に信頼の種。ふたりはそうやって歩み寄ってきた。広場からの光が大扉から流れ込む。司教が巻物を掲げ、群衆が静まる。王子がわずかに笑った。少し曲がった王冠、緊張の証。皇子は歩み出た。前へ、前へ——「殿下、今日、スイッチの日でして」近侍が慌てて耳打ちし、王子が目を瞬いた。やらかした。週に一度のスイッチ・デー、私室の主従を入れ替えて互いの視座を保つ日。まさかの重なり。皇子の足が半歩すくみ、後ろに下がりかける。壇上の侍従長が咳払いで合図。王子が肩で笑い、ほんの指先で背を押し戻した。「公はいつも通りだ。夜に返す。ね?」短い。けれど甘い。皇子はこくりと頷いた。群衆にはただの寄り添いに見えたはずだ。小さな段取りミスは、愛のフォローで片づいた。誓いの文言は端的だった。条約の第一条、互いの領域の不可侵。第二条、争論は地上の聖堂ではなく共同評議に付す。第三条、地下街の通行と納骨堂の管理権限は共同監督下に置く。第四条、公では皇子が前に立ち、私室では王子が支える。第五条、週一度のスイッチ・デー。第六条、合意契約に基づく私的な合図とアフターケアの遵守。読み上げられるたび、魔紋が淡く光った。合意契約の本文は民の前に晒されるものではない。だがふたりは司教に提出した副本に、可と不可、合図、アフターケアを明瞭に記していた。可は言葉の拘束、短い跪礼、軽い布の結び。不可は痕を残すこと、公の場での命令、触れることより先に許可を問わないこと。合図は手の甲を二度叩けば「緩めて」、三度で「止める」。そしてセーフワードは「北星」。言えば即時終了、即座の抱擁、蜂蜜水、軟膏。夜具を温め、眠りが来るまで手を離さな
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第68話:交互統帥
丘の街の鐘が鳴り、白い大聖堂が陽に灼けていた。皇子は喉の奥で息を整え、王子の手を握った。冷たい指輪が互いの掌で触れ合い、薄い魔紋が肌に点り、香の匂いに混じって鉄の匂いが微かにした。「契約を読み上げる」祭司が巻物を広げた。文は短く区切られていた。皇子は文字を追い、王子の親指が人差し指の付け根を一度だけ押すのを感じた。合図だ。落ち着け、の意。「公では皇子が先に立つ。私室では王子が支え導く」 「週一回のスイッチ・デーを設ける。公務と私的訓練の統べを交互に担う」 「可、不可、合図、アフターケアを明文化する」祭司の声が澄んでいた。皇子の視界に、地下街の総代が石柱の陰からこちらを見ている気配。納骨堂の管理者が黒衣の裾を整えた音。将軍たちは鎧を鳴らし、顔色は固い。王子が一歩、半身を重ねるように近づき、小さく呟いた。「息、短く」皇子は頷き、巻物の「不可」を見た。「不可。公衆の場での屈辱。軍議での命令の横取り。陛下の遺骨に触れること」遺骨、と口にした瞬間、納骨堂の管理者の顎が僅かに上がった。ここで彼らの権威を立てる必要がある。皇子は次の行に目を落とした。「可。訓練のための命令。私室での拘束の模擬。戦略上の役割交換」王子の指先が手首の内側をなぞった。痕がつかない程度の圧。そこだけ布が擦れて温かい。最後に合図が来る。「合図は三つ。指輪を三拍ひねる、掌を二度合わせる、視線を落として『今』と言う」祭司は最後に一語を掲げた。「セーフワードは『鳴砂』」大聖堂にざわめきが走り、石壁がそれを吸った。皇子は顎を上げ、王子の掌を握り返した。二人は同時に「承認」と答えた。魔紋が明るくなり、観衆の呼気が静かに揃う。これで条約婚は成立した。王国と帝国の境に立つ彼らの契約は、儀礼の言葉で公にされた。儀礼の後の軍議は、同じ大聖堂の奥、冷えた石床の上で開かれた。祭壇の横の扉の先には納骨堂。階段を降りれば地下街に通じる回廊。互いの権威が隣
Last Updated: 2025-11-10
Chapter: 第67話:誘惑の使節
鐘は高く澄み、松脂と蜜蝋の匂いが満ちていた。大聖堂の聖床に二人が並ぶ。公では皇子が前に出る。王子は半歩後ろで、掌を添える。肩越しに交わる視線が、いつもの合図になっていた。「条約婚の成立を、神前と民の前に」堂守が宣言した。群衆がひそめる。王子は皇子の背中越しに息を吸い、段取りを頭で反芻した。今日は式と契約の公開。政治の一段、と同時に二人の生活の規矩を、笑いも交えて晒す日だ。「合意契約の読み上げを」皇子の声はよく通った。かつて頼りなげだった柔らかさの奥に、訓練で鍛えた芯が宿る。彼は巻物を開き、項目をひとつずつ確かめるように読んだ。「可。公の場での手の接触、伴歩、腕の組み。私室での抱擁、口づけ、指示と従属。不可。公の場での口づけ以上の触れ合い、侮蔑や人格の否定、傷を残す行為。合図。前に出たい時は右手を二度、支えが要る時は左手を三度」王子は小さくうなずいた。二度、三度。指先の癖は体に入っている。「セーフワードは『灯』。言われた側は即座に停止し、状況を確認する。アフターケア。私室に戻り、湯と甘味を用意し、言葉で気持ちと体の具合を確かめる。週一回、黄昏の鐘の後にスイッチ・デーを設ける。公務の一部は入れ替えて対応する」ざわめきに、堂守が咳払いで区切りを入れた。王子は肩を揺らして笑いをこらえる。群衆の中に身じろぎ、微笑み、頷き。下町から上層までが混ざる稀有な日だった。「最後に、『公では皇子が前に、私室では王子が支える』。二重統治の原則をここに」皇子が告げると、王子は巻物の端を持ち上げて印を押した。朱が紙に走り、契約は拍手に包まれた。堂守が指輪を差し出す。だが、そこで小さな事件が起きる。「あ、サイズが逆です」女官が青ざめ、場に笑いが走る。王子は肩をすくめ、指輪を皇子の薬指から自分のにすべらせ、もう一つを皇子につけ直した。ぴったりだ。皇子は頬を赤くして笑った。これも、一緒に生きる練習だ。儀礼の後、会場は地下街の広場に移った。石は汗を吸い、香辛料と酒と人の気配が渦を巻く。その足元ずっと下には、納骨堂がひんやりと横たわり、世代の
Last Updated: 2025-11-09
Chapter: 第66話:赤縄の合図短縮
森を抜けた風が冷たくて、香の煙が甘かった。大聖堂の鐘が三度鳴り、石畳は朝露で薄く濡れていた。王子は半歩引き、皇子を前に出した。条約婚の公開儀礼は、聖紋の床と、群青の天蓋と、群衆のざわめきの上に立って始まった。赤い縄は、二人の手首をゆるく繋いだ。儀礼用は細く柔らかい絹。けれど若い従者が運んできた包みには、妙に太い麻縄が混じっていた。「それは拘束犯の引き縄だ。儀礼に出すな」王子が小声で止めた。「失礼を。色だけ見て……」従者は青ざめ、慌てて入れ替えた。周囲の緊張が少しほどけ、えくぼ混じりの笑いが起きる。皇子の肩がほんのわずかに落ち、そのまま前へ出た。堂奥の司祭長が問う。「公の契約を明らかに」王子が巻物を開いた。魔紋が淡く浮き、文言が痛いほど鮮明だった。「可は、手を添える拘束の象徴、片膝の誓い。不可は、痕を残す結び、蔑む語。合図は一段。右手首の一撫でで停止。口の合言葉は『灯』。アフターケアは温湯、蜂蜜の乳、抱擁、背を撫でること。週に一度、主客相替わる日を設ける」司祭長が頷き、聖油を滴らせる。群衆の中で誰かが囁いた。「週一で逆転、だってさ」。笑いが再び波紋のように広がり、重い儀礼に熱の加減がついた。皇子は前を向いた。低くはっきりと告げる。「公では、私が前に」王子が続ける。「私室では、私が支える」二人の声はぴたりと揃い、赤縄が指先で鳴った。魔紋が二人の間で重なり、聖堂の床に淡い輪が走った。契約は結ばれ、条約婚は成立した。鐘の余韻が消える前、地下街の長が階下から現れた。階段には別の影。納骨堂の守り手が黒布をまとって立つ。「地底の商路は我らのもの」「祖の眠る道を踏むな」双方の声が重なり、場はざわめきに揺れた。大聖堂、地下街、納骨堂。三つ巴が火花を散らす気配。皇子は一度、王子の手首を見た。赤縄が軽く震え、王子の親指が皇子の脈に触れた。それは新しい合図の予行演習。二段階の余白を捨てた、一段の決断。皇子が前に出た。「静まれ。二つ告げる」声はよく通った。訓練
Last Updated: 2025-11-08
異世界リロード:神々の遣り残し

異世界リロード:神々の遣り残し

ある夏休みの夕暮れ、ナギが眠りにつくと、いつか出会い、共に旅をし、絆を育んだ少女、 リィナが立っていた。 「ナギはね、またあのスーツの神に異世界に送られちゃうの。だから今度は私が助ける番!」 そう意気込む彼女の姿は光に包まれて消えていった。 そうして現れたスーツの男神。 「あなたの仕事は一つ。世界の歪みを正すことです。いえ、一か所というわけではないので一つではなかったですね。」 「それではよろしくお願いしますね?」 そう言うと神はふと消えていった。 異世界に降り立ったナギの手には真っ白な美しい銃がいた。 「 リィナ……なのか?」 それは神が宿るという銃。 こうして異世界転移者と新米女神の旅は始まった。
Read
Chapter: エピローグ「新しい夢を、もう一度」
窓の外では、雪が降っていた。白い息が、部屋の空気に溶けていく。ナギは机の前で、ゆっくりとペンを動かしていた。原稿用紙の上には、ぎっしりと並んだ文字たち——「風」「光」「神」「約束」どれも、見覚えのある言葉だった。最後の一行を書き終え、ナギは小さく息を吐いた。「……これで、終わりか。」原稿の端に、ふと、指先が止まる。「終わり」——その文字が、どうしても書けなかった。外の雪が、少し強くなる。風が、窓ガラスを優しく叩く。その音に、どこか懐かしい気配を感じた。——(ナギ、起きてる?)「……リィナ?」部屋の空気が、ふわりと光る。机の上のランプが一瞬だけ明滅して、その中から、柔らかな声が聞こえた。——(ねぇ、ナギ。新しい世界を創らなきゃいけないの!)ナギは呆れたように笑った。「また急だな。こっちは冬休みの課題すら終わってないのに。」——(でも、今度は“最初から”一緒に作るの。あなたが風で、わたしが光で。)ナギは目を細め、机の上に置かれた白い万年筆を見つめた。それは、まるで“白い銃”のようにも見えた。「……それはまた、大掛かりな仕事だな。」——(ふふっ、そう言うと思った。)ナギは窓の外を見た。雪の向こうで、街灯の明かりが滲んでいる。どこか遠い世界の灯りのようにも見えた。「リィナ。」——(なに?)「お前がいなくても、この世界は、
Last Updated: 2025-11-05
Chapter: 創造神篇:第17話「風と光、再生の朝」
風が、戻ってきた。止まっていた木々が、そっと枝を揺らす。閉じていた花が、まぶしそうに花びらを開く。世界が、まるで大きく息を吸い込むように“動いた”。ソラとフウは丘の上に立っていた。昨日まで灰色だった空が、今日はやさしい青に変わっていた。フウが両手を広げて、風を感じる。『ねぇ、ソラ。風が歌ってる。』ソラは目を閉じて、その音を聞いた。それは懐かしい声にも似ていた。——(ソラ、フウ。もう大丈夫だな。)「……ナギ?」風がふわりと頬を撫でる。やさしく、そして少しだけ名残惜しそうに。(ああ。俺たちは、もう“創る”側じゃない。これからは、お前たちの風に任せるよ。)フウが声を震わせた。『行っちゃうの……?』(行くというより、“溶ける”んだ。この風の中に。それが、俺たちの最後の仕事だ。)リィナの光が、風に混ざってきらめく。『……ねぇ、ナギ。寂しくない?』(お前がいれば、どこにいても風は吹くさ。)リィナはくすりと笑った。『相変わらず、かっこつけるんだから。』(いや、たまには言わせてくれよ。……お前がいたから、俺は創ることを怖がらなかった。)『……わたしも。あなたがいたから、見守ることができた。』二人の声が、風と光に溶けていく。それを、ソラとフウは静かに見つめていた。「ナギ、リィナ。」ソラが空に向かって手を伸ばす。「ボクたち、ちゃんとやるよ。朝も、夜も、夢も、ぜんぶ続けていく。」フウも小さくうなずいて言った。『風が止まっても、また吹かせるよ。だから、安心して。』風が笑った。光がやさしく丘を包み込む。リィナの声が最後に響く。『ありがとう。あなたたちがいる限り、この世界は——生きてる。』その言葉を残して、光が空へ還っていった。風が追いかけるように舞い上がり、雲を割って、朝の太陽がのぞく。ソラはその光に目を細め、静かに息を吸い込んだ。「……これが、“再生”なんだね。」フウは頷いた。『うん。世界が、もう一度“おはよう”って言ってる。』二人の手が重なった。風が吹く。草がそよぎ、鳥が空へ羽ばたく。その全てが、“生きている”という確かな音を奏でていた。ソラは振り返り、遠くの地平を見た。「ねぇフウ。あの向こうにも、まだ“風”があると思う?」『あるよ。きっと、誰かの願いが吹い
Last Updated: 2025-11-04
Chapter: 創造神篇:第16話「永遠の庭と、沈黙の創造主」
そこは、「音のない世界」だった。風が止まり、空も海も動かない。草木は揺れず、雲すらも形を変えない。すべてが“永遠”に閉じ込められた庭。ソラとフウは、光の道を歩いていた。靴音が響かない。息をしても、空気が揺れない。けれど、確かに彼らは“進んでいた”。フウが小さく呟いた。『……ここ、怖いね。』ソラはうなずく。「うん。でも……きれいでもある。」二人の目の前に、巨大な“光の花園”が広がっていた。咲き続ける花。散らない花びら。そして、中央には——ひとりの男が、椅子に腰かけていた。黒いスーツ。整った髪。無表情。まるで、時の流れに置き去りにされた肖像画のようだった。ソラが一歩近づくと、男の目が、ゆっくりと開いた。「……来たか。」低く、乾いた声。けれどどこか、懐かしさがあった。「あなたが、“スーツの神”?」「そう呼ばれていたこともあったな。」男神はゆっくりと立ち上がる。彼の周囲で、光が止まり、時間が歪む。「君たちは、まだ“動こう”としているのか。」ソラは一歩も引かず、真っ直ぐに見返した。「うん。ボクたちは、生きたい。」男神は目を細めた。「……生きることは、終わりを迎えることだ。それを“恐れない”と言い切れるのか?」その声には、かすかな怒りと——悲しみが混じっていた。その瞬間、風が一筋、花園を貫いた。ナギの声が響く。(……やめとけよ。“永遠”なんて、退屈なもんだ。)男神の目がゆらぐ。「ナギ……か。」(覚えてたか。ずいぶん静かな世界にしたもんだな。)「私は、君を見て決めたのだよ。」(……俺を?)男神は手を広げ、花々を指し示した。「君は“破壊と創造”を繰り返した。そのたびに、誰かが泣いた。だから私は、もう誰も泣かせない世界を作った。」リィナの声が光となって降る。『でも、それって“笑わない世界”だよ。』男神の目が見開かれる。「……笑い?」『うん。悲しみと同じくらい、“笑い”も必要なの。それがないと、心は止まっちゃう。あなたの世界みたいに。』沈黙。男神はゆっくりと、目を閉じた。「笑い……か。そんなもの、もう覚えていない。」(だったら、思い出させてやるよ。)ナギの声が風を呼び、花びらが宙に舞う。リィナが光を放つ。ソラとフウが両手を広げる。四人の力がひとつに
Last Updated: 2025-11-03
Chapter: 創造神篇:第15話「目覚めの風と、眠る神々」
風の音がした。けれど、その風は、どこか“懐かしい”匂いを運んでいた。潮と花の混ざった香り。ナギがかつて創った、あの“最初の世界”の風の匂い。ソラは目を開けた。まぶたの向こうに、青空があった。柔らかな光が頬を照らす。草の感触。そして、そばには——「フウ……!」フウが、ゆっくりと身を起こした。『ソラ……ここ、どこ?』二人の周囲は、まるで“世界が生まれた瞬間”のようだった。色も形も曖昧な、光の地平。空も地も区別がつかない。ソラはあたりを見回し、やがて、風の中に声を感じ取った。(……起きたか。)それは、懐かしい声。優しくて、少し低くて、安心できる声。「……ナギ?」風がうなずくように、草を揺らした。(ああ、よく覚えてたな。)フウが目を丸くした。『ほんとに、風の中から聞こえる……!』すると、光が一筋、空を割って降り注いだ。その中に、リィナの姿があった。白い衣をまとい、髪は光そのもののようにきらめいている。『ソラ、フウ。久しぶり。』ソラは立ち上がり、リィナに駆け寄った。「リィナ! 本当に……戻ってきたの?」『うん。少しの間だけ、ね。』ナギの声が風を震わせる。(世界が“夢”に沈んでる。目覚めたお前たちが、ここで唯一の“現実”だ。)フウは首をかしげた。『夢に……沈む?』リィナは静かに頷いた。『うん。この世界を作った“もうひとりの神様”がね、すべてを夢に閉じ込めようとしてるの。“優しさは、永遠でなきゃ意味がない”って。』ソラは少し考えて、小さく首を振った。「でも、そんなの違う。優しさって、“変わる”から優しいんだ。昨日の風と、今日の風は同じじゃない。だから、生きてるんだよ。」リィナは目を細め、微笑んだ。『……ナギ。やっぱり、あの子たち……あなたに似てるね。』(……そうか? 俺はそんなに優しくねぇぞ。)『ふふっ。そう言うときが、いちばん優しいの。』ナギの声が照れたように風をざわめかせる。ソラとフウは顔を見合わせて笑った。「ねぇ、ナギ。あなたたちは、神様なんだよね?」(まぁ、一応そう呼ばれてたな。)「でも……なんで、“夢”の中に戻ってきたの?」リィナは少し空を見上げて答えた。『この世界を作ったとき、私たちは“創ること”と“見守ること”しかできなかった。でも今は違う。
Last Updated: 2025-11-02
Chapter: 創造神篇:第14話「夢の国と、忘れられた創造主」
夢を見ていた。……でも、それは“誰の夢”なのか分からなかった。ソラは、霧の中に立っていた。どこを見ても白く、何もない。足元の草も、空の色も、まるで形が溶けてしまったようだ。風の音も、聞こえない。「……フウ?」声が、吸い込まれるように消えていく。その静寂の中で、ふいに“何か”の声がした。——「ねぇ、どうしてここに来たの?」ソラは振り向いた。そこにいたのは、自分とそっくりな少年だった。髪も、瞳の色も同じ。けれどその表情には、どこか“冷たさ”があった。「……ボク?」少年は笑った。——「君は“夢”だよ。この世界が眠るときに生まれる、仮の影。でもね、最近は“本物”が消えたから、夢が現実になっちゃった。」ソラは眉をひそめた。「本物って……何のこと?」——「“創造主”のことだよ。」その瞬間、霧がざわめいた。風が逆流するように吹き、白い世界がぐにゃりと歪んだ。ソラは目を閉じた。風が痛い。音がなく、色が砕ける。その奥で、かすかに誰かの声がした。(……ナギ。聞こえる?)『うん。リィナ、これは……夢じゃない。』(ああ。世界が、眠ったまま“自分を見失ってる”。)『まるで、誰かが夢の奥に“蓋”をしたみたい。』ナギは静かに息を吐いた。(……やっぱり、“まだいた”んだな。)『歪み、だね。』(ああ。俺たちがいなくなったあと、別の神がこの世界に“夢の国”を創ったらしい。)リィナの声が少し強くなる。『でも、なんでそんなことを……?』(たぶん、“世界を止めたかった”んだろうな。)ナギの声が、風のように震える。(人が考え、想い、創り始めると、神々の出番は終わる。……それを、恐れたやつがいたんだ。)リィナは少し悲しげに息をのんだ。『じゃあ、この“夢”は、誰かが作った檻なんだ。』(ああ。優しさを閉じ込めて、変化を止めた世界——“永遠の夢の国”。)風がざわめく。ナギの声が、霧を割るように響いた。(リィナ。もう一度、降りるぞ。)『……うん。でも、今回は“夢の中”に潜るんだね。』(ああ。神じゃなく、“想い”として。)リィナの光が揺れる。『……ねぇ、ナギ。もし夢の中で、ソラたちに会えたら……何て言う?』(決まってる。——「おはよう」だ。)リィナは小さく笑った。『やっぱり、そう言
Last Updated: 2025-11-01
Chapter: 創造神篇:第13話「朝露の約束と、風の目覚め」
夜が明けていた。世界が、息を吹き返すように輝いていた。葉の上には、無数の朝露がきらめき、小さな雫が光をはね返して、まるで星々が地上に降りてきたようだった。ソラは目を覚ました。「……まぶしい。」隣でフウも、ゆっくりとまぶたを開ける。寝ぼけた声でつぶやいた。『ソラ……太陽、帰ってきたね。』ソラは空を見上げた。昨日の夜、初めて見た“ツキ”の姿はもうない。けれど空の向こうに、確かに“何かが残っている”ように感じた。「ねぇ、フウ。夢、見た?」フウは少し考えてから頷いた。『うん。風が、どこまでも吹いていく夢。でもね……その風の中で、“声”がした。』「声?」『うん。やさしい声。“おやすみ”って言ってた。』ソラははっとした。「ボクも、聞いた。」フウは目を見開く。『同じ夢?』「たぶん。風が光って、花が笑ってて……その中で、誰かが『ありがとう』って言ってた。」二人は顔を見合わせた。その瞬間、風が吹いた。朝の空気の中で、どこからともなく光が舞い、花びらがふわりと浮かび上がる。——ひとつの声が、風に混じった。(……おはよう。)フウは息をのんだ。「ソラ……今の、聞こえた?」ソラはうなずいた。(……もう、ひとりじゃないよ。)風が頬をなでた。それは、まるで誰かの手のひらのようにやさしかった。そして、光が答える。『……ナギ、聞こえる?』(ああ。やっと、声が届いたな。)リィナの声が風に混ざる。ナギの声が空に溶ける。(この世界……ちゃんと生きてるな。)『うん。ねぇ、見て。あの二人、もう夢と現実の違いがないの。世界の中で“感じるまま”に生きてる。』(それでいい。感じることが、生きることだ。)ソラは風に向かって、小さく言った。「……あなたたちは、だれ?」リィナが静かに笑った。『ソラ。わたしたちは、“この世界のはじまり”。でも、もう“神様”じゃないよ。』ソラの目が輝いた。「じゃあ、ボクたちは……?」(お前たちは、“この世界の今”だ。そして、これからを作る存在だ。)フウはそっと手を胸に当てた。「……風の中に、あたたかい声がする。これが、記憶?」『そう。それはあなたたちが受け継いだ、“やさしさの記憶”。』ソラは微笑んだ。「じゃあ、これが“朝”なんだね。」フウが首を
Last Updated: 2025-10-31
異世界リロード:転生者達の武器録

異世界リロード:転生者達の武器録

通学中の事故で昏睡状態となった少年は、神を名乗る男に「魔界を滅ぼせば身体を戻す」と告げられ、異世界で“神の銃”として目覚める。 使い手となった少女と共に、他の神の武器=同じバス事故の転生者たちを探して旅を始める。 魔物との戦いや仲間との絆を通じて、少年は自らの意志で戦う意味を見出していく――
Read
Chapter: 後日談 第二編:異世界に咲くもの
魔王との戦いを終え、神の武器たちと別れた使い手たちは、誰一人として現世には帰らなかった。彼らは魔界に残ることを選んだ。そこに芽吹いた小さな命たち――傷つき、絶望し、それでも生きることを選んだ存在たちの、未来のために。リィナは、銃だったナギとの記憶を胸に、一面の荒野に種をまき続けた。 どんなに不毛に見える大地であっても、やがてそこには草が芽吹き、やがて花が咲く。 「私、今を生きているよ」――その一言は、失われたはずの温もりへと手を伸ばす彼女自身への応答だった。ルークは剣の形見を背負い、再び剣士としての道を歩んでいた。 彼は若者たちに剣を教える教師となった。 かつての剣、ヒナコの軽口を思い出しながら、笑顔を絶やさずに。 「剣は人を傷つけるためだけじゃない。守るためにあるんだ」――その言葉を信条に、生徒たちに誇りを伝えた。ライナは鍛冶場を再建し、新たな武器を作ることを禁じられたこの世界で、農具を鍛える日々を送っていた。 イオリの残響が今も炉の奥で響いている。 「壊すのも、直すのも、同じ手だ」――彼女は赦しと再生の槌音を、大地に響かせ続けた。レオナは小さな孤児院を開いた。 戦災孤児や迷い子たちを受け入れ、穏やかな日々を送っていた。 タカフミの頁をもう開くことはできないけれど、その言葉の重みは今も彼女の心に宿っている。 「過去を赦すことでしか、未来は描けない」――レオナの眼差しは、いつも優しく、どこか寂しげだった。アベルは村々を巡り、治癒と祈りを教え歩く旅僧のような存在になっていた。 アマネのやわらかな言葉を胸に、煙草をくゆらせながら老いた人々の話し相手になっていた。 「誰かの話を聞くこと、それが一番の癒しなんだよ」――彼は、争いの終わりに寄り添い続けた。セイヤは変わらず真面目なまま、かつてカンテラだった“先生”の教えを守り続けた。 彼は都市の整備を担い、子どもたちに読み書きと理屈を教えている。 灯の象徴としてのカンテラを飾り、その火を絶やさぬよう、毎晩火を灯していた。カイルは自警団を組織し
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: 後日談 第一編:日常へ還る
それは、奇跡と呼ばれた。長き昏睡から目覚めたバス事故の乗員全員が、ほぼ同時に意識を取り戻したその出来事は、ニュースでも大きく取り上げられ、世間の注目を集めた。各方面の専門家がその原因を突き止めようと奔走したが、結局“奇跡”という言葉以上の説明は出てこなかった。一方で、目覚めた者たちは、それぞれに胸の奥に確かな“記憶”を抱えていた。異世界の旅、武器との対話、戦いと覚醒、そして別れ。夢だと片付けるにはあまりに鮮烈なそれは、日常に戻った後も、彼らの心の根に残り続けていた。あれから数年が経ったある日。「みんなで集まろう」というひとりの呼びかけをきっかけに、あの事故の乗員たちは、とあるファミリーレストランに集まっていた。店の窓際に並ぶ、懐かしい顔。少し背が伸びた者もいれば、以前と変わらぬ笑顔の者もいた。気まずさやよそよそしさはまるでない。ただ、心から再会を喜び合う仲間たちが、そこにいた。そして最後に、ゆっくりと扉が開く。姿を現したのは、一人の少年――ナギ。小柄な体に、整えられた前髪、少し緊張したような表情。しかし彼が一言、「みんな、ひさしぶり」と声をかけた瞬間、店内はどよめきと涙と笑顔で満ちた。「ナギ!?ほんとに……。」「嘘だろ、あの神童って……ナギかよ……!」かつて“神の銃”として共に戦った彼は、今はただの一人の少年として、そこに立っていた。だが、その瞳には、あの頃と変わらぬ強い意志が宿っていた。誰かが泣き、誰かが笑い、誰かがただ黙って、頷いた。席についたナギは、お子様ランチを前にして、ちょっと照れながら言った。「ここに来たかったんだ。……ちゃんと、生きて“再会”したかったから。」運転手の男――かつて大剣の中で贖罪を続けた彼も、席の端で小さくうなずいた。「……ありがとう。君たちがいなければ、俺はずっと“あの場所”にいた。」「もう大丈夫だよ」と笑ったのは、かつての杖だったアマネ
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: エピローグ:記憶に残る旅
世界を覆っていた闇が晴れ、不毛の大地にもかすかな風が吹き始めていた。 光の欠片が舞い落ちるその中で、武器と使い手たちは最後の時間を過ごしていた。 「これで……本当に、お別れなんですね。」 リィナの声に、誰もが静かにうなずいた。 「ふふ、また新しいお花が咲きますよ。あなたがまいた種が、きっと。」 アマネとアベルは優しく微笑む。 「まぁ、新しい神様がリィナなら信じてやってもいいかもな。」 「俺はもう、守れなかったあの日から、ずっと……お前に救われてたんだ。」 タカフミはレオナの手を取り、そっと目を閉じる。 「私も、まるで夫婦のような生活が楽しかった。」 「……道を踏み外しそうになった俺を、止めてくれてありがとう。」 大剣使いは黙って大剣を見つめ、運転手の魂が宿るそれに思いを伝えた。 「……一緒に、戦ってくれてありがとう。」 「ちぇっ、ようやくいい感じに慣れてきたのに、これで終わりかよ。」 ヒナコはルークの肩に寄りかかりながら、照れ隠しのように笑った。 「でも……あんたの剣、悪くなかったよ。」 「俺も……お前に出会えて、よかった。剣に、命があるなんて思ってなかったけど、今は信じられる。」 ルークは目を潤ませながら、ヒナコに答えた。 「……俺の手は、誰かを裁くためのものじゃない。許すためにある。」 イオリがぽつりと呟くと、ライナが笑って背中を叩いた。 「だからさ、これからもその手で誰かを守りな!」 「……君のような弟子がいてくれて、私は……誇りに思うよ。」 カンテラは静かに目を細めた。 「“先生”、ありがとう……ずっと一緒にいてくれて。」 セイヤは深く一礼した。 「この時間が、永遠に続けばよかったのにね……」 リィナが呟いたそのとき、スーツの男が現れた。 「今回の神様はお優しいみたいですから、皆さん生きて帰れますよ。よかったですねぇ。」 その言
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: 第四十六章:そして、希望の名を
完全覚醒を果たしたリィナと神の銃ナギの一撃――それは世界の深淵に届くような光だった。「行くよ、ナギ……!」「応じる。君の願い、その引き金に――。」放たれた弾丸は、すべてを切り裂き、すべてを超えて、魔王ゼル=ヴァルグの胸を貫いた。爆風のような衝撃とともに、黒く染まった魔界の空が揺らぐ。魔王の身体が崩れ落ち、血ではない、記憶のような光が空へと昇っていく。「見事だ、人の子らよ……。」倒れ伏したゼル=ヴァルグは、なおもその双眸に光を宿していた。「我ら魔界は、神に遺棄されし土地。憎しみと孤独だけが残され、輪廻の果てにまた同じ結末を繰り返す……そう信じていた。」瓦礫に埋もれたその口が、わずかに笑みを作る。「だが……お前たちはそれを越えた。怒りも、悲しみも、裏切りも、信じる心で乗り越えた。まさしく、それこそが“神”という概念の本質なのかもしれん。」その言葉に、リィナは静かに膝をつき、応じる。「あなたの寂しさも、苦しみも……全部、届いてた。だからこそ、もう一度この世界を信じてほしい。私たちは、変わっていける。」そこに現れたのは、ラミル=ファエラ。彼女はその場の誰よりも美しく、そして静かに語りかけた。「すべての生命の感情を聞いてきたこの身だからこそ、わかるわ。あなたたちが、世界に与えた意味を。」彼女は一礼し、頭を深く下げた。「ありがとう、人間たち。あなたたちは本当に……素晴らしかった。」その言葉に、誰もが言葉を失った。ただ、静かに、深く、心に刻まれていく。そして、旅は終わった。不毛だった大地に、風が吹く。かつてリィナが蒔いた種の一粒が、小さな芽を出していた。「……咲くかもしれないから。」彼女の言葉は、今や確かな真実としてそこにあった。彼らは手を取り合い、帰るべき場所へと歩き出す。終わり、そして始まり。希望は、いつでも名もなき小さな一歩から始まるのだ。
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: 第四十五章:神の座、導かれし銃声
灼熱のような閃光が世界を断ち、魔王ゼル=ヴァルグの斬撃が空間を裂く。瞬間、都市一つを呑むかのような力が押し寄せ、ただそこにいるだけで魂が焼かれるかのようだった。「これは……“世界を終わらせる力”だ……!」アベルが苦悶の声を上げ、アマネの杖が彼をかろうじて守る。タカフミの書が歪み、レオナが震える指でそれを開く。「それでも、やらなきゃ……!」全員が覚醒の力を解放し、魔力と神気が戦場を染める。だが、どれほどの攻撃を重ねても、魔王の影は薄れもせず、ただ彼らの心を削っていく。「お前たちは、何のために戦う?」魔王の問いが、心に突き刺さる。仲間がひとり、またひとりと倒れ、それでも誰一人、諦めようとはしなかった。激戦の渦中、世界の鼓動すら途絶えたかのように、戦場は凍りついていた。倒れては立ち上がり、傷ついては叫ぶ仲間たち。覚醒の光は幾度も戦場を駆けたが、魔王ゼル=ヴァルグは微動だにしなかった。その全身から放たれる黒の奔流は、希望すらも飲み込む深淵だった。「……まだ、だめなの……?」リィナは膝をつき、銃身を握る手が震えていた。「俺たちの力が……届かない……!」ナギの声が揺れる。だがその時――リィナとナギの魂が、音もなく繋がった。世界が静止した。時の流れは断ち切られ、二人だけの空間が広がった。そこは、あの日のバス事故――ではない。――白く、どこまでも静かな空間。リィナはそこで、一人の泣いている女性を見つけた。大きく膨らんだ腹を抱え、必死に何かを訴えるその姿。「……お母さん……?」ナギが囁く。そのお腹には、確かに新たな命が宿っていた。「ナギ……あなたは、あの事故で……。」リィナは言葉を失った。そこに現れたのは、スーツ姿の男。「選びなさい。あなたに“それ”を取り戻す力を与えよう。神の座に就き、世界
Last Updated: 2025-07-13
Chapter: 第四十四章:それぞれの答え
沈黙。 それは、誰の心にも深く根を下ろしていた。不毛の大地に咲くはずのない希望の種を撒いた少女、リィナが先んじて言葉を放つ。「私は……この手で、何かを壊すためじゃなく、育てるために、旅をしてきました。」彼女はそっと掌を握る。「……いつか、この大地にも、花が咲くと信じてるから。」ナギがうなずく。 「この旅で、俺は“誰かのために引き金を引く意味”を知った。撃つことは終わりじゃない。希望を通す穴になることだって、ある。」ヒナコはふふっと笑う。 「誇りとか大層なもんはわかんない。でも、ルークが前に進むって決めたから、あたしも斬る。彼の歩く道を、切り拓くために。」ルークは彼女に視線を送ると、静かに剣を構える。 「剣は使い方ひとつで、殺すだけじゃなく守ることもできる。……今の俺には、その意味がようやくわかる気がする。」アマネは穏やかに笑った。 「戦うってのはね、あたしみたいな年寄りには重い話さ。でも……癒す力を持つ者だからこそ、最後まで“生きる”希望に寄り添いたいのさ。」アベルはその隣で、煙草を噛みしめる。 「神なんて信じちゃいねぇ。けど、あの光に救われたヤツがいて、それを信じてるヤツがいるなら、俺はそいつらの信念を護る。」タカフミはレオナを見て、しっかりと頷く。 「俺は記された“過去”の中にいた。でも、レオナが開いたページが……俺に“今”を与えてくれたんだ。過去を赦してもらえたから、俺も誰かを赦せるようになった。」レオナの瞳には、光が宿っていた。 「私は……あなたの記憶を読んだからこそ、知っている。魔物にも痛みがあり、過ちがあるって。だから私は、同じ過ちを繰り返さないために、戦います。」イオリは短く息を吐いた。 「赦しってのは、便利な言葉じゃねぇ。叩き直して、それでも一緒に立ち上がってくれる奴がいるかどうかだ。……俺はライナの覚悟を叩き続けたい。」ライナも、まっすぐ魔王を見つめる。 「私のハンマーは、命を壊すためじゃない。“裁いて、赦す”覚悟を持つためのもの。だから、
Last Updated: 2025-07-13
逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~

逆ハーレム建国宣言! ~恋したいから国を作りました~

恋したいから、国を作っちゃいました! 元侯爵令嬢のエリシアは、婚約破棄と陰謀により居場所を失った。ならば、恋も自由もこの手で掴むしかない――目指すは理想の逆ハーレム国家! 無表情な宰相カイラム、職人肌の鍛冶師ヴァルド、美しき諜報官ネフィラ、記憶を守る少年ユスティア……個性豊かで謎多き仲間たちと共に、恋と建国と陰謀が交錯する異世界ファンタジーが、今はじまる! 「この国の掟はただひとつ。私が楽しく生きること!」 恋愛・コメディ・シリアス・陰謀――全部入りの逆ハーレム×国家経営ストーリー!
Read
Chapter: 第139話:地脈の門と、眠る約束
雷の国・ヴァンデルを出て、数日。 ようやく嵐の音も静まって、空には晴れ渡る青が戻ってきた。だけど――どこか、胸の奥がざわついていた。「……静かすぎない?」 馬車の中でぽつりと呟くと、 隣のカイラムが腕を組んで頷いた。「だな。風も雷も落ち着きすぎてる。  まるで“地”が息を潜めてるみたいだ。」「“地”が?」「この世界の魔力は風・水・雷・地の四属性で流れてる。  そのうち“地”は根の役割をしている。  もしそれが止まったら――」「全部が、倒れちゃう?」カイラムは黙って頷いた。 ユスティアが記録板を開いて補足する。 「現時点で、地脈の流れは各地で減少しています。  グランフォード領でも、地下水位が下がっている報告が。」「それって……」「はい。次の祠――“地の祠”が、すでに不安定化しています。」 「そっか。最後の祠、だもんね。」 私は深く息をついた。 風、氷、雷。 それぞれの祠には“止まった心”があった。でも、“地”って……止まるというより、 “沈む”感じがする。まるで、眠るように。 やがて地平線の向こうに、 巨大な断層のような亀裂が見えてきた。「……あれが、“地の門”か。」 ユスティアが小さく呟く。 「地表が裂け、祠が沈んだ跡です。  この先に、古代都市《テッラ・ロウ》が眠っています。」「眠る都市……」 「その中心に“地の祠”があるはずだ。」 亀裂の縁に立つと、 地面の下から低いうなり声が響いた。 地鳴りのようでいて、まるで“心臓”の鼓動みたいだった。「……ねぇ、これ、生きてるよね?」 「そう聞こえるな。」カイラムが剣を抜く。 「油断するな。地は優しいようで、いちばん重い。」 亀裂の中へと降りていく。 道は暗く、湿っていて、 壁には古代文字のような刻印が続いていた。「読める?」 「……“根は眠り、芽は夢を見る”」 リビアが呟いた。 「これは“地の神”の古い祈り文。  眠りとは再生、という意味を持つ。」「じゃあ、祠が“眠ってる”っていうのは……  再生の前兆?」「ならいいんだがな。」カイラムが険しい顔をする。 「問題は“何が夢を見てるか”だ。」 やがて、開けた空間に出た。 広大な地下都市――。 崩れた神殿や石像、 枯れた木の根が天井から垂れ下がっている。
Last Updated: 2025-11-14
Chapter: 第138話:雷鳴の街と、嵐の誓い
――空が怒っていた。氷の都を後にして数日。私たちは雷の国《ヴァンデル領》へと足を踏み入れた。とにかく、うるさい。空は常にごろごろ鳴っていて、一時間に一度はドンッ!と何かが落ちる。「ねぇ……これ、平常運転なの?」「はい。こちらの国では、雷が日常です。」ユスティアが冷静に答えた。「この地は“天空の導線”と呼ばれるほど雷が集まりやすい場所で、 空と地上の魔力が常に衝突しています。」「つまり、常に感電の危険があるってことね?」「言葉の選び方!」「落ちたらどうするんだよ……」カイラムがため息をつくと、リビアが翼で頭を軽くはたいた。「魔王族に雷ごとき、恐るるな。 焼けたとしても、香ばしくなるだけだ。」「どんな励ましだよ!?」 一行がたどり着いたのは、雷雲に包まれた街――《ストルムシア》。建物のほとんどが金属の避雷装置で覆われ、屋根の上では“雷集め”と呼ばれる儀式が行われていた。巨大な塔の先端に集まった雷が魔石に吸い込まれ、街のエネルギーとして再利用されているらしい。「すごい……雷を飼いならしてるみたい。」「“嵐を制する者が国を制す”――彼らの国是だ。」ユスティアが呟く。「この地の主は、雷公《らいこう》アルディン・ヴァンデル。 代々“嵐の加護”を受け継ぐ家系です。」 雷鳴がひときわ強くなったそのとき、塔の上からひとりの青年が飛び降りた。「うわぁぁぁっ!? 落ちた!? 今人落ちたよね!?」「いや……あれは飛んでる。」雷の光を背に、彼は空中で軽やかに身をひねる。着地と同時に周囲の雷を吸い込み、電撃を羽織るように立ち上がった。「ようこそ、風の国の継承者よ。」鋭い金色の瞳、乱れた銀髪。その全身から“雷”の気配が滲み出ていた。「俺はアルディン・ヴァンデル。 雷鳴の街を統べる者だ。」「かっこよ……」思わず口から出た。「お、おい、惚れるなよ。」カイラムが眉をひそめる。「惚れてないもん! ちょっと電撃走っただけ!」「それが惚れてるって言うんだよ!」「ふふ……賑やかだな。」アルディンが微笑んだ。「歓迎しよう。 ただし――ここから先は、“嵐の誓い”を越えねばならない。」 「“嵐の誓い”?」「この国では、異国の者は“雷の試練”を受けることになっている。 嵐を恐れぬ者のみが、神殿に足を踏み入れられ
Last Updated: 2025-11-13
Chapter: 第137話:氷の門と、眠る祈りの都
風の道を越えて三日。見渡す限りの白銀の大地が広がっていた。「さ、寒いぃぃ……! 鼻が凍るぅぅ……!」私は風除けのマントを首まで引き上げ、凍えながら雪原を進んでいた。「……だから言っただろ、厚着しろって」カイラムが肩に雪を積もらせながら呆れ顔。「その格好じゃ、パンより先に凍るぞ。」「だって荷物多かったんだもん……」「荷物の半分がパンだろ」「焼き立てが恋しいんだもん……」「もん、じゃねぇ」「はいはい、口論は歩きながらでお願いします」ユスティアが軽やかに歩きつつ、冷気でくもる眼鏡を指で拭った。「目的地はもうすぐです。フロステリアの“氷門”。 ここを越えれば、王都ルミア・グラスへ入れます。」 遠く、氷の峡谷の奥に、巨大な半透明の門が見えてきた。「……きれい。」その門はまるで凍った滝のように輝き、陽の光を受けて七色に反射していた。だが近づくにつれ、空気がぴんと張りつめていく。「なんか……静かすぎない?」「うむ。鳥も、風も、止まっておる。」リビアが羽をすぼめ、低く唸る。「氷の精霊の“息”だな。 この門、ただの氷ではない。意志を持っておる。」 そのとき、門の中心に淡い光が集まった。氷の粒が舞い、やがて人の姿をとる。「ようこそ、旅人たち。」その声は風鈴のように澄んでいた。現れたのは、透き通るような白髪と蒼の瞳を持つ少女。肌は雪のように白く、衣は氷の結晶でできているようだった。「私はフロステリアの“氷守(ひもり)”リュミエール。 外の風を運ぶ者たち……あなたたちね?」「え、ええ……たぶん。」「風の国からの報せは届いています。 あなた方が“暁の継承者”だと。 この地の封印を解く資格を持つ者だと。」「封印……?」ユスティアが眉をひそめる。「ここにも、祠が?」「はい。氷の祠《フロストレム》。 けれど、いまは閉ざされています。 百年前の“祈りの凍結”以来、 誰ひとりとして中に入れた者はいません。」 「……凍結?」「祈りが、氷に封じられたのです。」リュミエールの瞳が微かに揺れる。「この国の人々は“永遠の祈り”を望みました。 その結果、祈りは形を得て――時を止めました。」「時を、止めた?」「はい。 人も街も、祈りの瞬間のまま、眠り続けているのです。」 私は息を呑んだ。“沈黙の
Last Updated: 2025-11-12
Chapter: 第136話:風の帰還と、再会の約束
――風が帰ってきた。暁の祭壇での継承の儀から三日。サーラディンの砂の海は静かに息を吹き返し、街には久しぶりに“音”が戻っていた。風鈴のように鳴る砂の結晶、街角で回る風車、子どもたちが笑いながら凧を追いかけている。「ねぇカイラム、見て! 砂が喋ってる!」「……いや、喋ってねぇだろ」「喋ってるもん! “風が気持ちいいね”って言った!」「お前がそう聞こえただけだろ」「じゃあ、聞こえたもん勝ち!」「……理屈になってねぇ」私はにこにこしながら風を両手で掬った。砂の粒が光にきらめいて、まるで世界そのものが笑っているみたいだ。 「本当に……あなた方には感謝の言葉もありません。」そう言って頭を下げたのは、ファリード王子だった。以前の彼の眼差しは、どこか責任と緊張に縛られていた。でも今は――柔らかな風のように、穏やかだった。「“沈黙”は完全に消えました。 風の道も再び開通し、各国への風信も再開しています。 まさに、風の復権です。」「よかった~。 これでパンもちゃんと膨らむ!」「そこに帰結するのか……」「パンは平和の象徴なの!」 ユスティアが笑いながら記録板を閉じた。「風脈の流れを解析しましたが、興味深いことが一つあります。 サーラディンを中心に、世界中の風が“循環”し始めている。」「循環?」レーンが首を傾げる。「はい。 それぞれの国の風が、ただ流れるだけではなく“繋がる”んです。 まるで、風同士が互いを呼び合っているみたいに。」「まるで……人間の心みたいだね。」私はぽつりと呟いた。「誰かが笑えば、それが風になって、 遠くの誰かの背中を押すような……そんな感じ。」「……上手いこと言うな」「ふふん、たまにはでしょ?」「“たまには”って言うな」 ファリードが一歩前に出て、手にしていた金色の風晶を差し出した。「これは、“暁の風”の欠片です。 新たに世界を繋ぐ風の象徴。 グランフォードの風として、お持ち帰りください。」「いいの?」「ええ。 この風はあなた方の功績の証です。 そして――約束の印でもあります。」「約束?」「また、風が迷ったとき。 どうかあなたの声で、再び導いてください。」 胸の奥がじんわりと熱くなる。レオニスが消える前に言った言葉が、また静かに心を撫でていった。
Last Updated: 2025-11-11
Chapter: 第135話:暁の祭壇と、風の継承者たち
砂の都・サーラディンでの戦いから数日後。私たちは再び旅立ちの準備を整えていた。塔の最上部に立つと、風がやさしく頬をなでる。あの沈黙の嵐はもうどこにもない。代わりに、清らかな風が都市全体を包んでいた。「ふぅ~、やっと落ち着いたねぇ!」私は伸びをしながら言う。「お前、戦った翌日からパン祭りしてただろ」「だって平和になったんだもん!」カイラムが呆れた顔をしながらも、パンを一切れ受け取って口に運ぶ。「……相変わらず味は悪くない」「“悪くない”って言い方、なんかムカつく!」「誉めてるんだよ」「ほんとぉ~?」そんな私たちの掛け合いに、周囲の兵士たちが小さく笑う。空気が柔らかい。まるで風そのものが笑っているみたいだった。 「エリシア陛下。」声をかけてきたのはファリードだ。彼は以前よりもずっと穏やかな表情をしている。「風の塔の修復が完了しました。 そして……“暁の祭壇”の準備も整いました。」「暁の祭壇?」「はい。 風が最初に生まれた場所。 この世界に“風”という概念が誕生した、最古の聖域です。」ユスティアが説明を引き継ぐ。「古代の地図にも断片的に記録があります。 勇者と魔王が初めて“共に祈った場所”……。」「へぇ……そんな伝承があったんだ。」「風の流れが安定した今なら、 あの地への道が再び開くでしょう」とファリードが続ける。「ですが――そこには、“継承の儀”が残っています。」「継承……?」「ええ。 あなたが“風を継ぐ者”であるなら、 その力はまだ“半ば”なのです。 暁の祭壇で、真に風を繋ぐ資格を問われるでしょう。」 「……試されるってこと?」「そうです。」「よし!」私は胸を叩く。「受けて立とうじゃないの!」カイラムが苦笑を浮かべた。「お前、試されるの好きだよな」「成長イベント大好きだから!」「イベント扱いかよ……」 ファリードが小さく笑い、その瞳に尊敬の色を浮かべる。「あなた方がこの地に吹かせた風は、確かに私たちを変えました。 どうか、次の風も……あなたの手で。」「うん、任せて!」私はにっこりと笑って、風を掴むように手を伸ばした。 ――翌朝。サーラディンの外れ、砂丘の果て。そこに、暁の祭壇への道が口を開いていた。金色の砂がまるで流れる川のように蠢き、光の筋が
Last Updated: 2025-11-10
Chapter: 第134話:影の風と、沈黙の誓約
――風が、止まった。あの“沈黙の終わり”を祝福するかのように鳴っていた砂上の風が、突如として凍りついたように静止した。「……いまの、聞こえた?」ユスティアが眉をひそめる。彼の耳が、僅かに震えていた。「聞こえたって……何も、聞こえないけど?」私が問い返すと、ユスティアは頭を振る。「そう、それが“聞こえた”んです。 ――音が、一瞬で消えた。」その瞬間、塔の壁に埋め込まれていた金色の砂が黒ずんでいく。音を失った空気が、重くのしかかる。まるで世界全体が“息を止めた”かのようだった。「まさか……“影の風”が、もう……!」ファリードが青ざめた顔で呟いた。「ファリード、説明を!」カイラムが詰め寄る。「“影の風”とは、かつて我々が封印した“風の反響”。 風が流れる限り、そこに生じる“抵抗”―― それが積もり積もって、沈黙として現れる。 風の祭儀で二つの風を重ねたことで……それが、解放されたのです。」「つまり、私たち……また封印を解いちゃったってこと!?」私の声が裏返る。「だが、今度は“自然発生”ではない」カイラムが低く言った。「誰かがこの流れを狙っていた――“風の力”そのものを。」「……まさか、“魔導連邦”が動いてるのか?」リビアが羽をたたみながら低く唸った。「奴ら、風の塔を利用すれば、世界の気流を操作できる。 戦争を始める前に、風を奪えば物流も国境も麻痺する……。」「そんなの、許せない!」私は拳を握りしめる。「風は、誰のものでもない! 世界みんなの息そのものよ!」「……まさかお前からそんな名言が出るとは」カイラムが呆れ気味に笑う。「パンの焼き加減の次は、風の平等か?」「うるさいわね! でも真面目なんだから今!」 ファリードが塔の外を見上げる。空には、黒い霞のような帯が浮かび上がっていた。それは風の流れを逆流させる“影の気流”。「……早い。 これほどの規模、すでに“風脈”そのものが汚染されています。」「風脈?」「はい。 世界中の風を繋ぐ巨大な魔力網。 古代の勇者たちが築いた“循環の地図”の根幹……。 その一部が、今このサーラディンを中心に反転しているのです。」「勇者の……地図……」私は息をのむ。「じゃあ、この現象、私の中の“記録”と関係してる?」ファリードが頷いた。「おそらく。 あ
Last Updated: 2025-11-09
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status