Chapter: 第26話:赤縄の結び直し鐘が三つ、四つ。石畳に重い音が落ち、朝の霧がほどけていく。森を抜け、次の都へ。二人はまっすぐ大聖堂の前に立った。王子は半歩うしろ、皇子が前。——公の顔はそうやって成り立つ。私室では逆転することを、二人だけが知っている。「息、整えて」王子の低い声。「大丈夫だ」皇子は喉を鳴らし、右手をひらいて見せた。赤い縄が手首を撫でる。儀礼のための赤、契約の色。成人の二人に課された、公と私を結わえる印。扉が開けば、香草の煙が甘く立ちのぼる。参列者の衣擦れ——地下街の商人、納骨堂の守り手、聖職者。三つの権力が同じ空気を吸っていた。誓約台の羊皮紙には条約婚の条が細かく刻まれる。政治の文と、合意の文が並ぶ。——可と不可。——合図。——アフターケア。——週一のスイッチ・デー。公では皇子が前に、私室では王子が支える。合言葉と解き方。すべてが署名の対象だ。「合図は、言葉と、手」王子が確認する。「言葉は『常夜灯』。手は親指三度」「呼吸が固まったら?」「噛む」皇子は小さな木玉を口に含んだ。銀線で通された赤い玉。——二度噛めば、縄の魔紋がほどける。声が出なくても解ける仕組み。緊張に飲まれても、自分で戻れる道。(※今都式に合わせ、公儀の停止語は『常夜灯』を採用。私室の停止語『柘榴』は従前どおり。)「ほんとに大聖堂で噛むのかい?」地下街の姐御がこそこそ笑う。「いざという時の話だ」皇子の視線は堂々として、以前よりずっと前を見ていた。王子はその背を指先で押す。——ここで前に立つのは皇子、支えるのは自分。◆◆◆儀礼が始まる。大司教の詠唱。赤縄が二人の手首を軽く結ぶ。祭壇には納骨堂から持ち出された小さな骨壺——祖の目。「条約婚の成立を、この鐘とともに」鐘
Terakhir Diperbarui: 2025-09-29
Chapter: 第25話:王妹の訪問朝、王妹来訪の報が入った。皇子は鏡の前で肩を回す。重い礼服の肩紐が、まだ痛点に触れていた。王子が背で布の落ちを整え、襟元を指でそっと引く。「苦しい?」「少し。……いや、少しじゃない。——青鈴」王子の手が即座に止まり、布が緩む。皇子は息を吐いた。合図は声でも触覚でもいい——二人で決めた運用だ。青鈴=完全停止、掌三度=減速。日常の小さな不快から使うのがよい、と王子は言った。異論はない。青鈴を言えた自分へ、皇子は小さく頷く。「水」「はい」蜂蜜水が渡り、甘さが喉から体へ戻る。王子は肩に手を置き、親指で筋をほぐす。「痛みが戻ったら知らせて。——今日は公のお前が前に立つ」「わかっている。……ありがとう」二重統治。その手触りが肩に宿る。私室で支えられるから、公で立てる。扉が二度、軽やかに叩かれた。約した速さ。王妹は時間に正確だ。「入って」王妹は旅装の上に宮廷色の短外套。香は軽く、目はよく笑うが底を見せない。王の妹——議席の束ね役だ。「久しぶり。礼は簡素でいいわ。今日は姉ではなく、議席の束ねとして来た」「歓迎する。……外套、似合う」「ありがとう、皇子。あなたの前置きの短さ、好きよ」王子が卓へ契約文を広げる。条約婚は、国境と流路の管理を定める条約に結びつき、その付属書として互いの合意契約が添えられている。王妹は目を走らせ、欄外の印を確かめた。「可はここ、不可はここ。合図とアフターケアの確認は付属書一。週一のスイッチ・デーは火の四日目に固定。……ええ、宮廷文書に入れても問題ない」「公的に残すのか」「曖昧にして後で攻撃されるくらいなら、明文化が強い。**『私室の契約は公の安定の礎』**と書けば、古い議員も飲む。文句があれば、私が叱る」王子はわずかに笑い、皇子の喉の奥が熱くなる。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-28
Chapter: 第24話:慰撫の湯香の煙がゆっくり広がり、白い鳩を柔らかく包んだ。羽が光を受けて一瞬だけ霞のように透け、輪郭がふっと溶ける。鐘がひとつ、予定より早く鳴る。乾いた金属音が空を割り、小姓が石段の端で足をひねったのだ。ざわめきと笑いが波紋のように広場を巡り、張り詰めた糸が一本、音を立てて緩む。皇子はその隙に、胸の奥でひとつ呼吸を落とし、一歩、前へ。——公では皇子が前に。それが、二人で選び抜いた二重統治のかたち。大聖堂の階段。白大理石は夕陽を吸って桃色に温み、司祭の掲げる紅の糸が刃のように赤く光を返す。結びの儀に使う古い掟の道具。その絹が皇子の手首に触れた刹那——体が勝手に跳ねた。指が硬直し、喉が冷たい刃で切られたように凍る。幼い日に声を奪う訓練を受けた記憶が、縄の擦れる音と皮膚の焼ける匂いまで連れて甦る。「待て」王子の声が落ちた。短く、低く、地面に重さを置くように。糸ははらりと解かれ、石段へと滑り落ちる。王子は司祭の視線を正面から受け、礼を尽くした笑みと深い一礼で、剣の先を鞘に戻すみたいに空気を収める。「式次第は尊ぶ。だが様式は選ぶ。——指の結紋で代える」朱を指に引き、王子は自分の指と皇子の指先をそっと重ね合わせた。触れたところからじわりと金の灯りが滲み、同じ紋が二人の手に浮かぶ。光は細枝のように広がって脈を打ち、皮膚の下で合意の言葉が脈絡を持ちはじめる。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-27
Chapter: 第23話:偽鍵鐘楼の影はゆるやかに長く伸び、白亜の大聖堂の石床に夕陽の金の欠片が散った。条約婚の公開儀礼は、群衆の喧噪を吸い込みながら、思いのほか静かに、しかし確実に幕を閉じる。祭壇の前、皇子が一歩先に立ち、王子は半歩後ろを守る。片手に指輪、もう片手に契約書。掌の温度差まで、役割の輪郭をなぞっていた。魔紋司が二人の手首に淡い紋を引く。緑と銀の線が重なり、細枝の脈のようにゆっくり鼓動しながら光を刻む。触れ合うたび微かな痺れが走り、皮膚の下で“共同”という語が温度を持つ。「共治の誓い。公では皇子が前に。私室では王子が支える。週に一度のスイッチ・デーを設け、判断の重石を共に担う」司祭の声は高く、石柱に沿って震え、天蓋の暗がりへ吸い上げられる。地下から吹き上がる冷気が裾を撫で、納骨堂の空気を思わせた。——大聖堂は、地上と地下街と骨の層を一本の柱で貫く。権力もまた、階層を上下し、音もなく形を変える。◆◆◆夜。宿の小部屋。灯火は小さく脈打ち、壁に二人の影を薄く二重写しにする。合意契約を読み合わせる声は、紙の擦れと混じって一定のリズムを刻んだ。紙の縁は湿気と汗で柔らかく、触れるたびに乾いた音が鳴る。王子が短く、区切りよく読み上げる。——可:手首まで。——不可:首輪/露出。—
Terakhir Diperbarui: 2025-09-26
Chapter: 第22話:封印の階鐘が七度、重く鳴った。大聖堂の白い石が昼の光を返し、ざわめく参列者の吐息まで澄んで聞こえる。皇子は喉の奥の乾きを意識し、短く息を吸った。——前に立つのは自分。公では王子が盾になる。それが二人の二重統治だ。王子が半歩後ろで、視線だけを寄越す。大司教が契約板を掲げた。条約婚の文面は簡潔にして緻密。国と国、身体と身体、権利と責任。「可は、手首まで。目隠しは儀礼内のみ。不可は、傷跡を公に残す行為と、呼吸を妨げる行為」読み上げに、ざわめきが一段上がる。敬虔な老商人が咳払いで誤魔化し、地下街の頭目は口の端を上げた。皇子は口中に熱を感じる。舌に刻まれた紋が微かに疼いた。王子が続ける。「合図は三つ——手を三度握る。唇を二度触れる。声では安全語『麦』」(公儀では『麦』、私室では従前どおり『柘榴』)と、王子は短く付け加えた。収穫の季語を持つ一語は、忘れにくく、忘れさせない。大司教が最後の句を置く。「週に一度、役割を入れ替える『スイッチ・デー』を公に定める。日曜の暁鐘後。改ざんは無効」眉をひそめる者がいて、地下街の頭目が肩をすくめた。王子は一拍空け、柔らかく刃を通す。「政務は滞らせない。公では皇子が前に。私室では私が支える」短い静けさののち、笑いを含んだ拍手が広がった。硬い儀礼の中の“間”で、緊張がほどける。皇子は胸が軽くなった。政治と身体の取り決めを同じ壇上で宣言することが、これほど楽になるとは思わなかった。誓印の接吻。王子が手袋を脱ぎ、皇子の手の甲に唇を落とす。温度が皮膚から心臓へ伝わる。皇子は視線を受け止めたまま、小さく頷いた。条約婚は、成立した。◆◆◆式後、納骨堂へ向かう階段の口で、骨守の一団が行く手を遮る。白衣に黒帯、顔は布で覆われている。背後では、鐘楼と地下街の露台からの視線が交差していた。権力は、見ている。「封印の階に入るは、舌紋持つ者と、その伴のみ」骨守の長の低い声。大司教は眉間に皺を寄せて杖を突き、地下街の頭目は手のひらを返した。&mdash
Terakhir Diperbarui: 2025-09-25
Chapter: 第21話:地下聖堂への降下地下街の空気は湿って冷たい。香草と鉄の匂いが混じり、足もとには細い水の線が走る。皇子は裾をからげ、灯を掲げる王子の横にぴたりとついた。「ここで合図の色、確認」王子が手巾を三枚、指先で揺らす。——紅は撤退、白は停滞、藍は強行。「藍は、前」皇子は短く頷いた。公では彼が前に立ち、私室では王子が支える。その取り決めは結盟式で公に読み上げられ、司教に魔紋を焼き付けられている。条約婚は成立し、二人は国と帝のあいだの橋になった。「今日は私が前。地下では、私の声で交渉する」皇子は宣言し、肩を少し張る。王子はそれを横目で見て、微かに笑った。「合意契約の再確認」——可:視線の指示/呼吸の誘導/軽い拘束。——不可:公衆での跪き/皮膚に痕が残る行為/露出。——合図:掌三度は再開の請求。——セーフワード:『柘榴(ざくろ)』。——アフターケア:温水・蜂蜜湯・同意の再確認。声に出すたび、皇子の背筋が伸びていく。これは訓練の言葉であり、明文化された政略の手順でもある。王子は最後にうなずき、灯を少し上げた。どこからか、鐘の残響が降りてきた。皇子の喉がわずかに鳴る。「……柘榴」王子は即座に手を下ろし、灯を低くした。肩口に温い掌を添え、呼吸を合わせる。「大丈夫。戻る?」「続けられる」皇子は掌で三度、王子の手の甲を叩いた。再開の合図。鐘の音は遠のき、二人の足音が石の廊を拾っていく。◆◆◆骨壺や香炉の並ぶ細い路地。露店の老婆が乾いた声で呼び込んだ。「死者の焚香、一本どうだい。納骨堂の守りが緩むよ」王子は香を一本買い、老婆がつぶやいた名を心に留める。納骨堂——大聖堂の真下に広がる聖域。いまは聖務会と地下のギルド、そして埋葬師たちが、それぞれ権利を主張し牽制しあっている。「白骨鍵は誰の手に?」
Terakhir Diperbarui: 2025-09-24
Chapter: 後日談 第二編:異世界に咲くもの魔王との戦いを終え、神の武器たちと別れた使い手たちは、誰一人として現世には帰らなかった。彼らは魔界に残ることを選んだ。そこに芽吹いた小さな命たち――傷つき、絶望し、それでも生きることを選んだ存在たちの、未来のために。リィナは、銃だったナギとの記憶を胸に、一面の荒野に種をまき続けた。 どんなに不毛に見える大地であっても、やがてそこには草が芽吹き、やがて花が咲く。 「私、今を生きているよ」――その一言は、失われたはずの温もりへと手を伸ばす彼女自身への応答だった。ルークは剣の形見を背負い、再び剣士としての道を歩んでいた。 彼は若者たちに剣を教える教師となった。 かつての剣、ヒナコの軽口を思い出しながら、笑顔を絶やさずに。 「剣は人を傷つけるためだけじゃない。守るためにあるんだ」――その言葉を信条に、生徒たちに誇りを伝えた。ライナは鍛冶場を再建し、新たな武器を作ることを禁じられたこの世界で、農具を鍛える日々を送っていた。 イオリの残響が今も炉の奥で響いている。 「壊すのも、直すのも、同じ手だ」――彼女は赦しと再生の槌音を、大地に響かせ続けた。レオナは小さな孤児院を開いた。 戦災孤児や迷い子たちを受け入れ、穏やかな日々を送っていた。 タカフミの頁をもう開くことはできないけれど、その言葉の重みは今も彼女の心に宿っている。 「過去を赦すことでしか、未来は描けない」――レオナの眼差しは、いつも優しく、どこか寂しげだった。アベルは村々を巡り、治癒と祈りを教え歩く旅僧のような存在になっていた。 アマネのやわらかな言葉を胸に、煙草をくゆらせながら老いた人々の話し相手になっていた。 「誰かの話を聞くこと、それが一番の癒しなんだよ」――彼は、争いの終わりに寄り添い続けた。セイヤは変わらず真面目なまま、かつてカンテラだった“先生”の教えを守り続けた。 彼は都市の整備を担い、子どもたちに読み書きと理屈を教えている。 灯の象徴としてのカンテラを飾り、その火を絶やさぬよう、毎晩火を灯していた。カイルは自警団を組織し
Terakhir Diperbarui: 2025-07-14
Chapter: 後日談 第一編:日常へ還るそれは、奇跡と呼ばれた。長き昏睡から目覚めたバス事故の乗員全員が、ほぼ同時に意識を取り戻したその出来事は、ニュースでも大きく取り上げられ、世間の注目を集めた。各方面の専門家がその原因を突き止めようと奔走したが、結局“奇跡”という言葉以上の説明は出てこなかった。一方で、目覚めた者たちは、それぞれに胸の奥に確かな“記憶”を抱えていた。異世界の旅、武器との対話、戦いと覚醒、そして別れ。夢だと片付けるにはあまりに鮮烈なそれは、日常に戻った後も、彼らの心の根に残り続けていた。あれから数年が経ったある日。「みんなで集まろう」というひとりの呼びかけをきっかけに、あの事故の乗員たちは、とあるファミリーレストランに集まっていた。店の窓際に並ぶ、懐かしい顔。少し背が伸びた者もいれば、以前と変わらぬ笑顔の者もいた。気まずさやよそよそしさはまるでない。ただ、心から再会を喜び合う仲間たちが、そこにいた。そして最後に、ゆっくりと扉が開く。姿を現したのは、一人の少年――ナギ。小柄な体に、整えられた前髪、少し緊張したような表情。しかし彼が一言、「みんな、ひさしぶり」と声をかけた瞬間、店内はどよめきと涙と笑顔で満ちた。「ナギ!?ほんとに……。」「嘘だろ、あの神童って……ナギかよ……!」かつて“神の銃”として共に戦った彼は、今はただの一人の少年として、そこに立っていた。だが、その瞳には、あの頃と変わらぬ強い意志が宿っていた。誰かが泣き、誰かが笑い、誰かがただ黙って、頷いた。席についたナギは、お子様ランチを前にして、ちょっと照れながら言った。「ここに来たかったんだ。……ちゃんと、生きて“再会”したかったから。」運転手の男――かつて大剣の中で贖罪を続けた彼も、席の端で小さくうなずいた。「……ありがとう。君たちがいなければ、俺はずっと“あの場所”にいた。」「もう大丈夫だよ」と笑ったのは、かつての杖だったアマネ
Terakhir Diperbarui: 2025-07-14
Chapter: エピローグ:記憶に残る旅世界を覆っていた闇が晴れ、不毛の大地にもかすかな風が吹き始めていた。 光の欠片が舞い落ちるその中で、武器と使い手たちは最後の時間を過ごしていた。 「これで……本当に、お別れなんですね。」 リィナの声に、誰もが静かにうなずいた。 「ふふ、また新しいお花が咲きますよ。あなたがまいた種が、きっと。」 アマネとアベルは優しく微笑む。 「まぁ、新しい神様がリィナなら信じてやってもいいかもな。」 「俺はもう、守れなかったあの日から、ずっと……お前に救われてたんだ。」 タカフミはレオナの手を取り、そっと目を閉じる。 「私も、まるで夫婦のような生活が楽しかった。」 「……道を踏み外しそうになった俺を、止めてくれてありがとう。」 大剣使いは黙って大剣を見つめ、運転手の魂が宿るそれに思いを伝えた。 「……一緒に、戦ってくれてありがとう。」 「ちぇっ、ようやくいい感じに慣れてきたのに、これで終わりかよ。」 ヒナコはルークの肩に寄りかかりながら、照れ隠しのように笑った。 「でも……あんたの剣、悪くなかったよ。」 「俺も……お前に出会えて、よかった。剣に、命があるなんて思ってなかったけど、今は信じられる。」 ルークは目を潤ませながら、ヒナコに答えた。 「……俺の手は、誰かを裁くためのものじゃない。許すためにある。」 イオリがぽつりと呟くと、ライナが笑って背中を叩いた。 「だからさ、これからもその手で誰かを守りな!」 「……君のような弟子がいてくれて、私は……誇りに思うよ。」 カンテラは静かに目を細めた。 「“先生”、ありがとう……ずっと一緒にいてくれて。」 セイヤは深く一礼した。 「この時間が、永遠に続けばよかったのにね……」 リィナが呟いたそのとき、スーツの男が現れた。 「今回の神様はお優しいみたいですから、皆さん生きて帰れますよ。よかったですねぇ。」 その言
Terakhir Diperbarui: 2025-07-14
Chapter: 第四十六章:そして、希望の名を完全覚醒を果たしたリィナと神の銃ナギの一撃――それは世界の深淵に届くような光だった。「行くよ、ナギ……!」「応じる。君の願い、その引き金に――。」放たれた弾丸は、すべてを切り裂き、すべてを超えて、魔王ゼル=ヴァルグの胸を貫いた。爆風のような衝撃とともに、黒く染まった魔界の空が揺らぐ。魔王の身体が崩れ落ち、血ではない、記憶のような光が空へと昇っていく。「見事だ、人の子らよ……。」倒れ伏したゼル=ヴァルグは、なおもその双眸に光を宿していた。「我ら魔界は、神に遺棄されし土地。憎しみと孤独だけが残され、輪廻の果てにまた同じ結末を繰り返す……そう信じていた。」瓦礫に埋もれたその口が、わずかに笑みを作る。「だが……お前たちはそれを越えた。怒りも、悲しみも、裏切りも、信じる心で乗り越えた。まさしく、それこそが“神”という概念の本質なのかもしれん。」その言葉に、リィナは静かに膝をつき、応じる。「あなたの寂しさも、苦しみも……全部、届いてた。だからこそ、もう一度この世界を信じてほしい。私たちは、変わっていける。」そこに現れたのは、ラミル=ファエラ。彼女はその場の誰よりも美しく、そして静かに語りかけた。「すべての生命の感情を聞いてきたこの身だからこそ、わかるわ。あなたたちが、世界に与えた意味を。」彼女は一礼し、頭を深く下げた。「ありがとう、人間たち。あなたたちは本当に……素晴らしかった。」その言葉に、誰もが言葉を失った。ただ、静かに、深く、心に刻まれていく。そして、旅は終わった。不毛だった大地に、風が吹く。かつてリィナが蒔いた種の一粒が、小さな芽を出していた。「……咲くかもしれないから。」彼女の言葉は、今や確かな真実としてそこにあった。彼らは手を取り合い、帰るべき場所へと歩き出す。終わり、そして始まり。希望は、いつでも名もなき小さな一歩から始まるのだ。
Terakhir Diperbarui: 2025-07-14
Chapter: 第四十五章:神の座、導かれし銃声灼熱のような閃光が世界を断ち、魔王ゼル=ヴァルグの斬撃が空間を裂く。瞬間、都市一つを呑むかのような力が押し寄せ、ただそこにいるだけで魂が焼かれるかのようだった。「これは……“世界を終わらせる力”だ……!」アベルが苦悶の声を上げ、アマネの杖が彼をかろうじて守る。タカフミの書が歪み、レオナが震える指でそれを開く。「それでも、やらなきゃ……!」全員が覚醒の力を解放し、魔力と神気が戦場を染める。だが、どれほどの攻撃を重ねても、魔王の影は薄れもせず、ただ彼らの心を削っていく。「お前たちは、何のために戦う?」魔王の問いが、心に突き刺さる。仲間がひとり、またひとりと倒れ、それでも誰一人、諦めようとはしなかった。激戦の渦中、世界の鼓動すら途絶えたかのように、戦場は凍りついていた。倒れては立ち上がり、傷ついては叫ぶ仲間たち。覚醒の光は幾度も戦場を駆けたが、魔王ゼル=ヴァルグは微動だにしなかった。その全身から放たれる黒の奔流は、希望すらも飲み込む深淵だった。「……まだ、だめなの……?」リィナは膝をつき、銃身を握る手が震えていた。「俺たちの力が……届かない……!」ナギの声が揺れる。だがその時――リィナとナギの魂が、音もなく繋がった。世界が静止した。時の流れは断ち切られ、二人だけの空間が広がった。そこは、あの日のバス事故――ではない。――白く、どこまでも静かな空間。リィナはそこで、一人の泣いている女性を見つけた。大きく膨らんだ腹を抱え、必死に何かを訴えるその姿。「……お母さん……?」ナギが囁く。そのお腹には、確かに新たな命が宿っていた。「ナギ……あなたは、あの事故で……。」リィナは言葉を失った。そこに現れたのは、スーツ姿の男。「選びなさい。あなたに“それ”を取り戻す力を与えよう。神の座に就き、世界
Terakhir Diperbarui: 2025-07-13
Chapter: 第四十四章:それぞれの答え沈黙。 それは、誰の心にも深く根を下ろしていた。不毛の大地に咲くはずのない希望の種を撒いた少女、リィナが先んじて言葉を放つ。「私は……この手で、何かを壊すためじゃなく、育てるために、旅をしてきました。」彼女はそっと掌を握る。「……いつか、この大地にも、花が咲くと信じてるから。」ナギがうなずく。 「この旅で、俺は“誰かのために引き金を引く意味”を知った。撃つことは終わりじゃない。希望を通す穴になることだって、ある。」ヒナコはふふっと笑う。 「誇りとか大層なもんはわかんない。でも、ルークが前に進むって決めたから、あたしも斬る。彼の歩く道を、切り拓くために。」ルークは彼女に視線を送ると、静かに剣を構える。 「剣は使い方ひとつで、殺すだけじゃなく守ることもできる。……今の俺には、その意味がようやくわかる気がする。」アマネは穏やかに笑った。 「戦うってのはね、あたしみたいな年寄りには重い話さ。でも……癒す力を持つ者だからこそ、最後まで“生きる”希望に寄り添いたいのさ。」アベルはその隣で、煙草を噛みしめる。 「神なんて信じちゃいねぇ。けど、あの光に救われたヤツがいて、それを信じてるヤツがいるなら、俺はそいつらの信念を護る。」タカフミはレオナを見て、しっかりと頷く。 「俺は記された“過去”の中にいた。でも、レオナが開いたページが……俺に“今”を与えてくれたんだ。過去を赦してもらえたから、俺も誰かを赦せるようになった。」レオナの瞳には、光が宿っていた。 「私は……あなたの記憶を読んだからこそ、知っている。魔物にも痛みがあり、過ちがあるって。だから私は、同じ過ちを繰り返さないために、戦います。」イオリは短く息を吐いた。 「赦しってのは、便利な言葉じゃねぇ。叩き直して、それでも一緒に立ち上がってくれる奴がいるかどうかだ。……俺はライナの覚悟を叩き続けたい。」ライナも、まっすぐ魔王を見つめる。 「私のハンマーは、命を壊すためじゃない。“裁いて、赦す”覚悟を持つためのもの。だから、
Terakhir Diperbarui: 2025-07-13
Chapter: 第54話「火を失った山」光を抜けた先は、冷たい灰に覆われた大地だった。山の斜面は黒く焦げ、岩肌はひび割れ、ところどころに煙の名残が漂っている。「……ここ、火山か?」『うん。でも火が……完全に消えてる』たしかに、火山の噴火口には赤い光も熱もなく、ただ冷たい石が積み重なっているだけだった。かつて噴き上がっていた炎の気配すら消え失せている。「火山が冷えてるなんて……そんなのありえるか?」歩いていくと、山の麓に小さな村が見えた。人々は厚着をして薪を焚いているが、焚火の炎は弱々しく、すぐに消えてしまう。「よう、旅人さん」ひとりの老人が俺に声をかけてきた。「……火がつかねぇんだよ。どんな薪を使っても、すぐ消える。まるで火そのものが、この世界から消えちまったみたいに」『ナギ……やっぱり“歪み”だね』村の人々は肩を寄せ合いながらも、寒さで震えていた。料理もできず、夜を越えるのもやっとらしい。「火がなけりゃ、人は生きられねぇ」俺は歯を食いしばった。「早く原因を突き止めねぇと」山道を登ると、崩れた祠の跡にたどり着いた。そこにはかつて“火の神”を祀っていた形跡が残っている。『ナギ……この世界の火は、神さまの力で保たれてたんだ』「じゃあ、その神が消えたのか?」祠の奥に進むと、黒い焔が揺らめいていた。炎のはずなのに冷たく、触れると凍えそうなほどの闇の火。「……これが、火を奪った原因か」そのとき、焔の中から声が響いた。「火など不要……争いを生み、破壊をもたらすもの。人は炎を持たぬ方が幸せだ」姿を現したのは、黒い甲冑を纏った騎士だった。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-30
Chapter: 第53話「夢を超えて」真っ白な夢の空間が揺らぎ始めた。夢守りの姿も淡く歪み、まるで彼女自身が迷っているかのようだった。「……夢は、救いのはずだった。現実は人を傷つけ、奪い、絶望させる。だから私は……人々を夢に導いたのです」その声には、初めて弱さが滲んでいた。「……お前も苦しんだんだな」俺は銃を下ろし、静かに言った。「だから夢に逃げた。それ自体は否定しねぇ。誰だって逃げたいときはある」『うん……私だって、ナギがいなかったら逃げてたと思う』俺とリィナの声が重なる。「でもな、夢に“住み続ける”ことはできねぇんだ。夢は現実を生きるために見るもんだろ」夢守りは瞳を伏せ、両手を握りしめた。「……あなたの言葉は……刃のように私を切り裂く……でも同時に……温かい……」次の瞬間、空間全体が大きく揺れた。眠り続ける人々の身体が光を帯び、ゆっくりと目を開き始める。「……ここは……」「夢を見ていた……のか……?」現実に戻った人々の瞳には、確かな“生の光”が宿っていた。夢守りは崩れ落ちるように膝をつき、俺を見上げる。「あなたは……夢を壊したのではなく……夢の意味を……教えてくれた……」その身体が淡い光となってほどけていく。消えゆく直前、彼女は小さく笑った。「……どうか、人々が夢を抱きしめながら
Terakhir Diperbarui: 2025-09-30
Chapter: 第52話「夢守りとの対峙」塔を包む光が渦を巻き、俺とリィナの足元まで広がってきた。 気づけば広場は消え、見渡す限り真っ白な空間に変わっていた。「……ここは……夢の中か?」 『うん……夢守りが作った結界だよ!』その中央に、夢守りが静かに立っていた。 相変わらず美しい笑顔を浮かべているが、その目は冷たく光っている。「ここなら思うままに世界を変えられる。 あなたたちは現実の枷に縛られ、私は夢の力を使える。 ——勝負は見えています」言葉と同時に、空間が一瞬で変わる。 俺の目の前に、前世の日本の街並みが広がった。 人々が笑顔で歩き、誰もが幸せそうに暮らしている。「……ここは……!」夢守りが柔らかく囁く。 「戻りたいでしょう? あなたの故郷に」心臓が一瞬止まりかける。 見覚えのある風景、聞き慣れた声、懐かしい匂い。 俺がもう二度と触れられないと思っていたものが、今ここにある。『ナギ……! ダメ! それは全部偽物だよ!』「……わかってる!」俺は強く目を閉じ、息を吐いた。 再び目を開けたとき、銃を夢守りに向けていた。「確かに帰りたいさ。 けど、ここは夢だ。偽物だ。 現実じゃなきゃ意味がねぇ!」——バンッ!白光が夢の街並みを撃ち抜き、景色が粉々に砕け散る。夢守りは驚いたように目を見開いた。 「……夢を拒むのですか?」「当たり前だ! 夢は見るもんで、生きる場所じゃねぇ!」彼女の微笑みが消え、表情が険しくなる。 「……ならば力で示してもらいましょう」次の瞬間、空間から無数の幻影が生まれた。 それは俺の過去の記憶。 失敗した自分、泣き叫ぶ自分
Terakhir Diperbarui: 2025-09-29
Chapter: 第51話「夢の住人たち」影たちは、まるで舞台の俳優のように笑顔を浮かべていた。 夫に抱かれる妻。 子どもと遊ぶ父。 友と酒を酌み交わす青年。——夢が形をとった“理想の住人”たちだ。「……こいつら、みんな幸せそうに見えるな」 『でもナギ……よく見て!』リィナの声に促され、目を凝らす。 影の笑顔は確かに明るいが、瞳は空っぽだった。 感情がなく、ただ幸福を“演じている”だけのように見える。「……そうか。幸せに見えても、それは“作られた夢”だ」影のひとりが俺に手を伸ばす。 「ここへ来い……夢の中なら、何も失わない……」その囁きは甘く、危うく心を引き込まれそうになる。「っ……危ねぇ!」 『ナギ! 影は“心を夢に引きずり込む”つもりだよ!』銃を構え、引き金を引く。 ——バンッ! 白光が影を貫き、笑顔のまま霧散させた。「……やっぱりただの幻だな」だが次の瞬間、さらに数十の影が現れる。 広場いっぱいに溢れ、取り囲むようにじりじりと迫ってきた。「……数が多いな」 『ナギ! 無理に撃ち抜くより、心を揺さぶる方が効くはず!』「心を……?」俺は影たちに向けて叫んだ。「お前らは夢の中じゃ笑ってるかもしれない! でも本当は……現実で泣いてる自分がいるんだろ!」その言葉に、影たちの笑顔が一瞬だけ揺らぐ。「……泣いて……?」 「……痛い……」 「……失ったはずなのに……」次々に影の身体がひび割れ、砕けて消えていった。「……効いてるな」だが、夢守りの声が空から響いた。「無駄です。彼らは現実に傷つき、夢に救いを求めた。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-29
Chapter: 第50話「眠り続ける都」光を抜けた先に広がっていたのは、大きな都だった。 石畳の大通り、整然と並ぶ建物、噴水のある広場。 けれどそこには、人々の賑わいはなかった。「……静かだな」 『うん……でも森の静けさとは違う。ここは……』歩いてみると、建物の中に人々がいた。 ベッドや床に横たわり、まるで死んだように眠っている。 老いも若きも、子どもまで。「全員……眠ってるのか」広場に出ると、噴水の縁にも人が寄りかかって眠っていた。 笑顔の者もいれば、泣きそうな顔で眠る者もいる。『ナギ、これは夢に囚われてるんだよ』「夢に……?」『うん。この人たち、夢の中で幸せに暮らしてる。 だから現実に戻ろうとしない。 夢と現実の境界が壊れてるんだ』俺は歯を食いしばった。「つまり……これも“歪み”ってわけだ」広場の中央に、不思議な塔が立っていた。 先端は水晶のように輝き、淡い光を放っている。「……あれが原因か」近づこうとしたとき、空気が揺れた。 塔の上から、女性の声が降り注ぐ。「ようこそ、旅人たち」姿を現したのは、透き通る衣をまとった美しい女だった。 その微笑みは優しく、見る者を安心させる。「私は《夢守り》。 人々を夢の中に導き、苦しみから解放する者」「お前が……この都を眠らせたのか」「ええ。人は現実で傷つき、争い、涙を流す。 けれど夢の中では、愛も幸福も、永遠に手に入る。 ——それのどこが悪いのです?」『ナギ……この人が“歪みの守り手”だ!』俺は銃を握り、睨みつけた。「夢に逃げてたら、現実を生きられねぇ! 目を閉じたままじゃ
Terakhir Diperbarui: 2025-09-28
Chapter: 第49話「森に響く歌声」戦いが終わった森は、まるで別世界のようだった。 さっきまで沈黙に覆われていた場所が、今は音であふれている。木々の枝が風に揺れる音。 小鳥のさえずり。 せせらぎが石を撫でる音。 そして、精霊たちの歌声。「……すげぇな」 俺は思わず呟いた。『うん……これが本来の森なんだよ』精霊たちは大樹の周りに集まり、光を放ちながら歌っていた。 その声は言葉にならない旋律だが、不思議と心にすっと染み渡ってくる。 優しくて、温かくて、涙が出そうになるほど。「ナギ」 リィナが静かに語りかけてきた。『私ね……神になったとき、“声”をどう使えばいいかわからなかったの。 祈られるわけでもないし、命令するのも嫌だし……。 でも今、わかったよ。声って、伝えるためにあるんだね』「そうだな」俺は少し笑って、銃を握り直した。「叫ぶのも、泣くのも、笑うのも……ぜんぶ声だ。 それで誰かと繋がれるなら、それで十分だろ」リィナが小さく笑う。『……ナギの声、私すごく好きだよ』「お、おい急に何言うんだよ……!」『だって、本当の気持ちをちゃんと伝えてくれるから』「……ったく、調子狂うな」 そう言いつつも、頬が熱くなるのを隠せなかった。やがて、修復された竪琴がひとりでに鳴り始めた。 精霊の歌と重なり、森全体がひとつの大きな楽器のように響き出す。その音色に誘われるように、動物たちが集まり、木々が揺れ、川の流れさえも歌っているように思えた。「……いいな。こういう世界なら、ずっといたいくらいだ」『うん。でも私たちは旅を続けなきゃね。 だって、まだ“歪み”が残ってるんだから』
Terakhir Diperbarui: 2025-09-28
Chapter: 第93話:囁きの道化と、王の影法師どうも、エリシアです。王都の「仮面会議」で裏切り者を暴いたのはいいけど……全然終わってなかった。「黒い契約の“本体”が潜んでいる限り、囁きは広がり続ける」ユスティアの言葉に、みんな黙り込む。「……本体って、どこにいるの?」私の問いに、リビアが羽をばさり。「記録を追えば、囁きは王の近衛に紛れ込んでいると見て間違いない」「つまり……王のすぐそば?」「そうだ」カイラムが頷いた。 「だからこそ危険だ。王都中枢そのものが乗っ取られかねん」——その夜。城下の広場に妙な人だかりができていた。見れば、派手な衣装の道化師が舞台の上で踊っている。ピエロみたいな格好で、笛と鈴を鳴らしながら。「さあ、皆の者!耳を澄ませ!王の声を聞け! “従え……差し出せ……”」うわ、出た。道化師の演舞に混じって、囁きが観客に染み込んでいく。人々がふらふらと舞台に近寄り、懐から金や装飾品を差し出し始めた。「待って!それは囁きよ!」私の声はかき消される。「暴君、どうする!」カイラムが構える。「とりあえずパン投げる!」「またか」道化師は不気味に笑った。「ははは!パンで影を止めるか!だが私を止められるものか!」そう言うと、舞台の背後に黒い幕が開き、巨大な影の人形が現れた。王の冠を模した仮面をかぶった、影法師——。リビアが顔をしかめた。「……まさか。王を模した影を操り、囁きの王を作るつもりか!」ユスティアは記録帳を震える手で開く。「これが“王都の心臓”を乗っ取るための仕組み……!」
Terakhir Diperbarui: 2025-09-29
Chapter: 第92話:仮面の会議と、王都の裏切り者どうも、エリシアです。王都の玉座で黒い影を撃退してから数日。表向きは落ち着いたように見えるけど、裏ではかなりピリピリしてる。「仮面会議を開く」そう告げたのはレオニスだった。「仮面……?」と首をかしげたら、ユスティアが補足してくれた。「王都では、身分や立場に囚われず意見を出す“秘密会議”があるんです。仮面を被って互いの素性を隠すので、公平に話せると」「へぇ~面白そう! でも顔隠したらパン食べにくいじゃん!」「そこか」カイラムが呆れ声。——夜。仮面会議の会場に案内される。高い天井にランプが吊るされ、円卓の椅子には仮面の男や女がずらり。王都の有力者、貴族、騎士、学者……でも誰が誰なのかはわからない。「議題は黒い契約と王都の安全保障」進行役の仮面が告げると、ざわざわと声があがった。「囁きは恐ろしい。グランフォードのやり方に頼るのは危険だ」「しかし、あの国のパンには確かに効果があった」「いや、あれは一時的なものに過ぎない。本体を見つけなければ!」私は立ち上がって声を張った。「だからこそ一緒に探そうって言ってるの! 王都もグランフォードも、パンは分け合えば美味しいでしょ?」場が一瞬静まり……次の瞬間、どっと笑いが広がる。「妙な理屈だが、悪くない」「パンを分け合う……確かに心は和む」——しかし。会議の隅で、ひとりだけ動かない影がいた。仮面の奥から冷たい視線が突き刺さる。「……王都を導くのは血筋のみ。外の者が口を出すな」場が凍りついた。リビアが羽を広げる。「こやつ、囁きに染まっているぞ」仮面の下から、黒い煙が漏れ出した。「しまった…&hell
Terakhir Diperbarui: 2025-09-28
Chapter: 第91話:王都潜入と、囁きの宮廷どうも、エリシアです。いよいよ——王都に向かうことになりました!「暴君、ついに王都潜入か」カイラムが腕を組んで険しい顔。「潜入って……観光みたいに言わないでよ」私は苦笑い。馬車に揺られ、王都の城壁が見えてきた時、胸が少しざわざわした。幼い頃に婚約を結ばされ、そして破棄された街。記憶は苦いけど、それでもどこか懐かしい。「王都の空気は重いな……」リビアが羽をすぼめる。「囁きが満ちてるんだ。民衆の不安がそのまま響いてる」ヴァルターが低く言った。——城門前。セリオが兵士に証文を見せると、すんなり通された。「王都は表向き平穏を装っています。しかし中では……」案内されたのは宮廷の一角。かつて私が一度だけ足を踏み入れた、豪奢な回廊だった。煌びやかなシャンデリア、広い赤絨毯。けれど空気はどこかひんやりしていて、壁に映る影が妙に長い。「……やだなぁ」私は小声でつぶやいた。「気を抜くな」カイラムが隣で囁く。そこへ、見慣れた姿が現れた。金髪碧眼、堂々とした微笑み——レオニス。「エリシア……よく来てくれた」一瞬だけ、胸がきゅっとなった。でもすぐに思い出す。私はもう、前に進んでる。「王都の現状、説明するわ」レオニスは真剣な顔に変わった。——玉座の間。王と貴族たちの前で、囁きが議論を乱していた。「誰かが裏切っている!」「いや、契約に従えば救われるのだ!」重厚な空間に、不安と恐怖の声が渦を巻く。私は深呼吸して叫んだ。「パンを食べろーっ!」貴族たちが一斉に振り返る。……シーン。「…&
Terakhir Diperbarui: 2025-09-27
Chapter: 第90話:王都からの報せと、動き出す影どうも、エリシアです。黒い契約の笛吹きを倒した数日後。町はすっかり落ち着いて、帰還祭の余韻でまだ浮かれてる……はずだったんだけど。「エリシア様、急報です!」ユスティアが走ってきた。息を切らして手にしていたのは王都の封蝋で閉じられた書簡。「王都……?」「はい。今朝、王都で“黒い囁き”による混乱が発生しました」私は思わずパンを落としそうになった。「ちょっと!王都でも聞こえるの!?」「ええ。被害は小規模ですが、民衆が一時的に我を失い、広場で暴動寸前に……」カイラムが険しい表情で腕を組む。「やはり……あれは囁きの“試し撃ち”に過ぎなかったか」「本体が動き始めたということだな」リビアが羽を広げる。父は腰台に腰を下ろしながら、「腰は船底。沈む前に補強せねばならん」と真顔。母は「はいはい、まずは食べてから」とパンを配り始めた。……うちの家族は変わらない。——午後。王都から来た使者の話を聞くことになった。馬車から降り立ったのは、淡い紫の外套を纏った騎士だった。「お初にお目にかかります。私は王都直属の調査隊、セリオと申します」彼は礼儀正しく頭を下げ、真剣な眼差しで告げた。「王都は“影の契約者”に狙われています。あの笛吹きは前哨にすぎません。本体は……王都の中枢に潜んでいる可能性が高いのです」ざわつく一同。「つまり、内部に裏切り者が?」「はい。王族、あるいは高位貴族の中に……」エリシア=私の心臓がどきりと跳ねた。「……レオニスは大丈夫なの?」「第一王子殿下は健在です。むしろ“囁き”の被害を防ぐため、民の前に立たれました」
Terakhir Diperbarui: 2025-09-26
Chapter: 第89話:黒い契約の影と、囁きの正体どうも、エリシアです。帰還祭はなんとか最後まで無事に終わったけど……胸の奥にずっと残ってるのよね、あの「囁き」の気配。パン食べても完全には消えない“ざわっ”とする感じ。嫌な予感は大体当たるんだよなぁ……。——翌朝。広場の隅にいた少年は、すっかり元気を取り戻していた。「ありがとう、エリシア様!本当に助けられました!」両手にパンを抱えてぺこぺこ。……元気すぎる。ユスティアはその少年から詳しい話を聞き取り中。「囁きが最初に聞こえたのは、王都から来た旅芸人を見た時……?」「はい。黒い外套をまとった笛吹きでした。曲に合わせて“従え”って声が頭に……」「音楽媒介型の契約か……」リビアが羽をばさり。「普通なら強い魔力が必要だが、笛の旋律で弱い心を捕まえる……厄介な手だ」カイラムは腕を組み、「ならば囁きは、すでに各地で広がっているかもしれない」と唸る。「……もしかして王都も?」と私。「その可能性が高い」ヴァルターが即答する。「だからこそ俺はここに来た。王都の中枢に巣食っている影を直接暴くことはできない。だが、君たちなら……」「またうちに丸投げ?」私は眉をひそめる。「いや……力を借りたいんだ」ヴァルターの声は真剣だった。父が横から登場。「腰は船底。抜いたら沈む。つまり、祭りの腰を守るのは家の役目だ」……要するに協力するってことね。分かりにくいなぁ。母はパン籠を差し出して、「まずは朝ご飯食べてから話しましょう」と笑顔。あいかわらず、この国の合言葉は“パンから”だ。
Terakhir Diperbarui: 2025-09-25
Chapter: 第88話:帰還祭と、黒い契約の囁きどうも、エリシアです。今日はグランフォードで一番にぎやかな日——“帰還祭”!外に出ていた人や旅に出ていた人が戻ってきて、町全体で「おかえり!」を言うお祭りです。広場は花で飾られ、パン屋台がずらり。父は腰台の上で「腰は船底。抜いたら沈む!」と声を張り上げ、母は「はいはい、はいはい」と人の波をさばいている。クレインは「止まって食べる帰還パン」を新作として並べ、リビアは空から旗を振り、子どもたちが「ホイップ!」「パセリ!」と叫び回る。もう、にぎやかなんてもんじゃない。——そんな中。「ただいまー!」ミナトとネフィラが港から戻ってきた。髪に潮風をまとい、土産の貝殻を子どもたちに配る。「帰還パン!帰還パン!」子どもたちの掛け声に、クレインの屋台が一瞬で空っぽになる。……人気、すごいな。その時だ。人混みの中で、黒い外套をまとった人物が立ち止まった。ヴァルターがすぐに反応して、鋭い声を放つ。「……“囁き”だ!」耳を澄ますと、人々の間に奇妙なざわめきが広がっていた。「契約を……」「力を……」「従えば救われる……」それはまるで、どこからともなく流れる呪文のよう。カイラムが前に出る。「黒い契約……もう潜り込んでいるのか!」リビアが羽を広げ、空を旋回。「声の源を探せ!」私は一歩前に出て、深呼吸。「……みんな、落ち着いて!パンを食べれば平気!」子どもたちが一斉にパンをかじる。すると確かに、ざわめきが弱まった。「なるほど、“囁き”は心の隙間に入り込む。パンで満たせば隙間はできない……!」ユスティア
Terakhir Diperbarui: 2025-09-24