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第113話:白骨鍵の最後の役目

作者: fuu
last update 最終更新日: 2025-12-24 23:00:05

白骨の鍵は、王子の掌で体温を帯びていた。冷えた納骨堂の空気に、骨だけがかすかに温かい。大聖堂の真下。骨壺の列と、炎の少ない燭台。埃に混じる鉄とミルラの匂い。足音はよく響く。

「深呼吸を」王子が囁いた。「君が前に立つ。合図は首筋。三度触れたら交代だ」

皇子は頷いた。のどがきゅっと鳴る。彼はいつも、合意の言葉から始めた。「不可の確認を」皇子の声は低かった。「公開の拘束はしない。跪拝の強要をしない。羞恥を目的化しない」

「可は」王子は指で骨鍵の柄をなぞった。「私室での拘束、声の誘導、肯定の言葉。今日のセーフワードは藍。君が藍と言えば、すべて止める。これは儀礼でも同じ」

皇子は短く「了解」とだけ返した。週に一度のスイッチ・デーは、火の八日。王子と皇子は必ず役目を入れ替える。そういう条項が、婚姻契約の一条として登記されている。書記官がそこに小さく咳をして朱を入れた日を、王子は未だに笑って思い出す。

「行こう」皇子が前に出た。

納骨堂の奥、石棺を模した鉄の箱。正面の錠前は、骨を受ける器の形をしている。王子が骨鍵を渡すと、皇子は掌を落ち着け、息を吐いた。鍵の歯が触れる。青白い魔紋が、鉄の表面に薄く浮かんだ。筋のように伸びる線が、古い文言を縫合していく。

「違う鍵穴だよ」と地下街の入口に立っていた古参の従者がぼそり。王子はそちらを見て、「黙って」と唇だけ動かし、皇子の首筋に一度、軽く触れた。大丈夫の合図。

「合う」皇子は言った。鍵は滑り、錠が低い音で外れた。蓋の内側から、乾いた羊皮紙の匂い。蝋封が一つ。封蝋にも白骨の印章。王子が手を伸ばしかけ、止めた。これは君の役目だと目で促す。

皇子は骨鍵を封蝋に近づけた。骨が一瞬、黒くひび割れ、封蝋がほどける。蓋を開くと、一通の封書。表に記された偽りのない手。初代皇の筆跡。王子は息を飲んだ。

読め、と王子の目が告げる。皇子は封を切った。声は、納骨堂の壁の灰に吸い込まれながら、確かに響いた。

「我、初代皇は、血の力ひとつに依らず、盟約による統治を選ぶ。帝の座は婚姻の伴侶と共に執り、戦と法、祭と税を、二つの手で支えよ。共に治め、争いを減じ、民の口を塞ぐな。これを破る時、王権は自らを失う」

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