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桜庭結愛
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Novels by 桜庭結愛

私は君を守る村の狂人

私は君を守る村の狂人

 中学三年生の月野沙羅は、学校に馴染めず不登校になった。そんなある日、気分転換のために外へ行くと、不思議な雰囲気を纏う深山律に出会う。そんなに律に惹かれ、沙羅は密かに恋心を抱く。  しかし、その先に予想もしない困難が待っていた——。  大切な人を守るため、二人で秘密を背負いながら進む。ドキドキの恋愛ミステリー。
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Chapter: 第十一話——近くにいる君
私たちは昇降口の入り口に張り出されたクラス表を見ていた。先に自分の名前を見つけた私は律の方に視線を向ける。律の視線の先を見て心に雲がかかった。 「律、何組だった?」 「僕は三組だったよ。沙羅は?」 「私、一組」 私は分かりやすく肩を落とした私を慰めるように、そっと肩を叩いていた。少し視線を上げて律を見れば、悲しみを宿した表情で微笑んでいる。ひんやりした春の風が二人の頬を掠めた。 「まぁしょうがないよ」 律の言葉に私は下を向いて頷く。律のいない教室を想像すると、何かが足りない空虚感があった。私は、悲しげな瞳の奥で熱を灯して、はっきりと言葉を告げた。 「絶対休み時間に会いに行くね」 「ふふっ、待ってる」 律の表情から笑みが溢れた。その表情を見て、私も自然と口角を上げる。そして教室へゆっくりと歩き出した。 廊下を歩いていると、私たちに少し視線を向けてコソコソ話している同級生が視界の端に入った。私の耳元に口を寄せて律が呟く。 「やっぱ噂になってるみたいだね」 「ん、なにが?」 私は律に視線を向けて首を傾げる。思ったより顔が近くて心が跳ねた。律は周りの人たちをぐるりと見渡して言葉をこぼす。 「僕たちのこと」 「あー……」 律の言葉を聞いて、私は昨日の光景を思い浮かべた。確か、私たちは手を繋いで帰ろうとしていたはずだ。今思うと、なぜ同級生がいる前で堂々と手を繋いだのだろう。私は自分に対して溜息をついてから言葉をこぼした。 「昨日見られてたのはそういうことだったのか」 「きっとそうだろうね」 律は頷いて顎に手を当てる。そこで律の教室の前に着いたので、扉の前で足を止めた。寂しい気持ちが心を埋めて、足が接着剤でくっついたかのように動かなくなる。律のことを見つめていると、律は首を傾げて口を開いた。 「どうしたの?」 「……寂しいなって」 私が言葉をこぼすと律の目が大きく見開かれた。すぐに先ほどよりも明るい笑顔になって、私の手を優しく掴む。そのまま手を引かれて、人気の少ない場所まで連れて行かれた。 「ここならいっか」 そんな言葉が聞こえると、全身にふわりと温もりが伝わった。動けなくなった体を律に預けて言葉をこぼす。 「律?」 「充電させて」 甘い声が耳に吹きかかり、顔が赤くなってい
Last Updated: 2025-11-21
Chapter: 第二章プロローグ——春の小さな風の中で
 平穏な日常はすぐに流れ過ぎ、気づけば私たちは高校生になっていた。今日から私と律は同じ高校に通う。 入学式の朝、太陽が穏やかな表情で、新しい春を迎える生徒たちを祝福していた。まだ馴染んでいない制服に袖を通して、律の家へ向かう。新しい制服の肩が、やけに重く感じた。動かしづらい腕を一生懸命振って律の家までたどり着く。震える手で扉を叩いた。 すぐに扉が開き、強張った表情の律が顔を覗かせる。 「律、おはよう!」 「おはよう……」 「緊張してるの?」 「……少しだけ」 普段の頼もしい律とは少しだけ違い、触れたら割れてしまいそうなほど繊細な表情をしていた。 私は思わず口から笑みをこぼし、律の手を優しく握った。律の手はかすかに震えている。律の指先から、私の心の奥まで震えが伝わり、全身に広がった。静かに見つめ合い、そっと微笑み合う。一度、律の手を離した。森の香りを乗せた温かい風が、私たちを包んだ。思い出したように律が口を開く。 「あ、カバン持ってくるね」 そう言って律は、部屋の中へ戻っていった。開いたままの扉から律の後ろ姿を眺める。律はカバンを部屋から持ってきて、家の鍵を閉めた。 「私も緊張してきちゃった」 「緊張するよね」 「でも、律がいるから楽しみ!」 「僕も沙羅がいるから安心できるよ」 二人はお互いを引き寄せ合うように手を繋ぐ。いつもより強く握られた手に、不安と期待が滲んでいた。 「律!いつものところ寄ってから行こ!」 「あ、ちょっと……」 私は律の手を強く引き、ある場所へ迷いなく突き進む。やがて、一本の木の前で足を止めた。初めて出会った時、律が寄りかかっていたあの木だ。 「よし!律も手を合わせて」 「分かったから引っ張らないで……」 木の前に二人で並び、目を瞑って手を合わせる。事件が収束した時から、二人の習慣だった。朝、律の家で待ち合わせて、木の前で手を合わせる。――確証はないが、私たちに力をくれているようで、心の奥が震えた。 木に別れを告げて、私たちは歩き出す。毎日来ているのに、なぜか心細さが残った。 この地域には高校も少ないため、家から歩いて一時間ほどかかる高校へ向かう。それでも律と話している高揚感で、疲れなど感じなかった。 「沙羅は、高校で何がしたい?」 「んー……文化
Last Updated: 2025-11-01
Chapter: 第一章エピローグ——私の光
 私は今日も律と並んで登校をしている。秋が近づいているというのに暑さは変わらなかった。夏の名残を感じる暑さに憂鬱な気分になる。「律ー……溶けそう」「暑いもんね……」「あ、いいこと思いついた!」「なに?」 私が声を上げて言うと、爽やかな表情をしている律が私を見て口角を上げる。律の笑顔を見ると何故か涼しい気分になれた。「学校まで走ろうよ!」「余計暑くなるじゃん」「どうせなら早く行って学校で涼もう!」「えー……」「よし!行くよ!」「……やだ」 そう言いながらも律は小走りで私に着いてくる。以前より蝉の鳴き声も少なくなり、事件の終幕を告げているかのようだった。「沙羅、もう疲れたよ……」「えーもう?」「歩こう」「しょうがないなー」 笑い合いながら歩く姿を、後ろから木々が見守ってくれる。木々をすり抜けて冷たい風が私たちの頬を掠めた。 学校の喧騒にも慣れて、私たちもクラスに溶け込んでいた。窓側の席は風が私を包み込んでくれるようで、律の庭を思い出す。私の心が穏やかになった。「律おはよう」「あ、翔真くん」 あれから翔真は、律に懐いている犬のように、常に私たちの近くにいた。翔真は律の肩に腕を回して、豪快な笑みを浮かべている。 私は無意識に唇を尖らせて、翔真を睨んでいた。「沙羅…?」「ん?どうしたの?」「いや、顔が怖いよ……」「え……」 すぐに、頬をつねって表情を和らげる。そんな様子を翔真が笑って見ていた。「お前、嫉妬だろ」「ち、違うもん!」「え、嫉妬してくれたの?」「う、うぅ……」 私は顔を真っ赤にして机に顔を伏せる。律はそんな私の頭を撫でてクスッと笑みをこぼしていた。——こんな幸せが続くといいな あれから律のあの現象は抑えられるようになってきている。どうやら、好きな人の匂いでその衝動を抑えられるようになったらしい。律の言葉を思い出して頰を赤く染める。 机に一筋の光が差していた。私の気持ちも前向きになる。 私たちに希望の光が見えてきた。隣にいる律の笑顔が私の未来を照らす。そんな光を守るために、私は律の影であり続けようと思った。 暗闇から私を導いてくれた律の幸せが、いつまでも続きますように——そう願って私は律の後ろを静かに歩いた。 しかし、穏やかな日々の下には、まだ沈黙の闇が息を潜めていた。 二人はその存在を知
Last Updated: 2025-10-27
Chapter: 第十話——私は狂人
 葉の隙間から差し込む日差しが私を舞台に立たせる。自然の香りを大きく吸って心を落ち着かせた。律はこちらを見て言葉を待っている。私は律ではなく目の前に咲いている花を見て言葉を紡ぎ出した。「まず、私は満月の夜、律の後ろを追っていた。律が何してるのかも見たよ」「そうなんだ……」 隣から聞こえてくる律の声が震えていた。それでも私は一度力強く頷いてから言葉を続ける。「森に行く前に健太の家に手紙を届けにいっていたの。それで毎回森に呼び出していた」「……だからいつも家を出ていたんだね」「嘘ついててごめんね」「いいよ。僕のためなんでしょ?」「うん。それでね、まだあるんだけど……」「分かった。聞くよ、しっかり」 私は心細くなり律に視線を移した。律は真剣な表情で真っ直ぐに私を見つめている。一度大きく息を吸って言葉を紡いだ。「昨日私は、健太の家に行く前に翔真の家に手紙を届けた。健太よりも早い時間を書いて。私は、森へ来た翔真に声をかけて靴を借りたの。それを律がいなくなった森へ置いておいた」「もしかして……」「そう。そこに健太が来て、翔真がいなくなったのがバレたの。まぁ計画通りなんだけどね」「そうなんだ……ていうか、翔真くんにバレてるのまずくない?」「実はね……」 私は、一度空を見上げてから、力強い眼差しを律に戻した。律が息を呑む。私は言葉を風に乗せて囁くように告げた。「連れて行きたいところがあるんだ」「……え?」「来てくれたら全てが分かるよ」 私は無言で立ち上がり、律に背を向けて歩き出した。後ろから慌てて立つ音が聞こえて、足音が私に近づく。そして一つ使われていなかった部屋の前まで来た。 「ここだよ」「……鍵なんてついてたっけ?」「昨日買ってきて付けたの。勝手にごめんね」「それは良いんだけど……それよりここに入れば分かるの?」 私は無言で頷いてから、鍵を開けて部屋に入った。後から入ってきた律が声を漏らす。「……え?」 律は目を点にして部屋にいる人物を見つめた。軽やかな声が部屋に反響する。「おう、律じゃん。もう元気なのか」「え、翔真くん?」「どこからどう見ても。……お前が人狼だったんだな」「……沙羅」「ん、なに?」「……どういうこと?」 律は分からないというように首を横に振っていた。私は頭の中で言葉をまとめてから丁寧に紡ぐ
Last Updated: 2025-10-27
Chapter: 第九話——事件の終幕
 あれから健太に一時的に疑われたものの、翔真が間に入り、律に突っかかることはなくなった。そして四回目の満月の今日、いつもの赤い屋根の家へ行く前に、ある人物を追って、数軒隣の家までやってきた。周りに人がいないことを確認してから、いつも通りに赤い屋根の家へ向かう。律の家に着く頃にはすでに日が落ちていた。「律、ごめん。遅くなった」「大丈夫だよ。お母さんに話せた?」「うん!バッチリ」「それなら良かった」 律には、一度自宅に戻って、泊まることを母に報告すると伝えている。律の笑顔を見て、自分が嘘をついているのに、ぎゅっと胸が締め付けられた。それでも最後まで嘘をつかなければならない。  夜はすぐにやってきて、律がいつも通り外に出た。私はその後を静かに追って一部始終を見届ける。 ——そのはずだった。 律が動物に見境なく攻撃しているところに、別の影が近づいてきた。その影は律の行動をじっと見つめている。私はゆっくりとその人物の背後に回り、彼の手を掴んで力いっぱい引っ張り、ある場所へ走り出した。 今日は律よりも先に家へ戻り、律が無事に帰宅したことを確認すると、私は再び森へ足を踏み入れる。動物の死骸の隣にあるものを置き、木の陰に身を隠していると、先ほどとは別の影が近づいてきた。その惨状を目にした影は、何かを落として走り去っていく。それを確認した私は、再び律の家へと戻った。  次の日の朝、私は律の様子を見るために、庭へ向かった。「律、おはよう」 いつも通りの言葉をかけると、律は睨むように私に視線を向けた。「……律?」 じんわりと私に歩を進めて、近づいてくる。私は本能的に後ずさっていた。そして庭から駆け出し、急いで律の家にある自分の部屋へと向かう。先ほどの視線を思い出して視界が滲んだ。意識がふわりとして、布団に倒れ込むように横になる。お日様の香りが遠のき、真っ黒な世界に引きずり込まれた。  強い日差しで目を覚ました頃には、出発ギリギリの時間で、慌てて家を飛び出した。 学校に着くと何やらざわついて落ち着きのない様子だった。急いで教室へ向かう。扉を開けて目に入った光景に思わず目を丸くした。教室内の視線全てが黒板の前に立っている健太の方を向いている。その視線に応えるように健太が声を出した。「翔真が消えた」 その言葉にクラス中が息を呑む音が聞こえる。緊張感が
Last Updated: 2025-10-27
Chapter: 第八話——絶体絶命
 二回目の満月の夜、私は前回と同じ行動を取っていた。ある人物の影を見届けてから律がいる家へと歩を進める。二回目だというのに、一連の作業に慣れを感じていた。あっという間に次の日を迎え、律の顔を見るために庭へと向かう。「律、おはよう。今日も顔色良さそうだね」「沙羅のおかげかな」「え、私は何もしてないよ」 私は目を丸めて首を傾げた。計画がバレているわけでもないのに、それ以外に何かした覚えはない。「沙羅がいてくれるだけで助かるんだよ」「そうなの?」 律の心の支えになれているという事実が私の胸を躍らせた。そして今日も一緒に学校へと向かう。 変わりない日々を過ごしている中、三回目の満月の次の日に異変が起こった。前回と同様の作戦を完了し、眠りにつく。薄暗い部屋に光が差し込んだ頃、私は胸のざわめきと共に目を覚ました。早足で律のいる庭まで向かう。「律、おはよう」「……沙羅。今日はこっち来ないでほしい」「え?どうしたの?」 前回と違う様子の律に、私の鼓動は速くなる。私の方を見た律の姿に私は思わず目を疑った。 ——目が赤い? 何故だろうと考える前に律が言葉を告げた。「だんだん力が強くなってるみたい。喋るのも結構きついかも」「そっか……急にどうしたんだろうね」「わからない。ごめん。とりあえず今は一人にさせて」「……分かった。また学校終わったら来るね」「うん……」 律と言葉を交わし、私は暗い道を一人で歩いて学校へと向かった。 扉を開けると、いつも騒がしい教室とは裏腹に、一人の声だけが辺りに響いていた。「人狼は律だ」 私はその言葉に思わず動きを止めて耳を傾けた。周りのクラスメイトも静かに健太の次の言葉を待っている。「俺、見たんだ。動物の亡骸が森に転がっているのを。しかも三回。で、そのうち二回は律が欠席する前日だ」 クラス中が息を呑む。私は耳を塞いでしまいたかった。まるで演説をしているかのように健太は言葉を続ける。「だから人狼を律なんじゃないかと思っている」 今まで静かに聞いていたクラスメイトのざわめきが聞こえる。その声が遠のいていくように感じられた。 ——バレ始めてる…… 今までにない緊張感が押し寄せてくる。私の目の前が真っ暗になった頃、別の声が教室のざわめきを制した。「なぁ」 後ろを振り向くと、扉の前に翔真が立っていた。目を細め
Last Updated: 2025-10-27
「おはよう」って云いたい

「おはよう」って云いたい

『おはよう』 それは当たり前の言葉のはずなのに、私にとっては特別な想いが込められた合図だった。  高校2年生の朝倉陽菜は、幼馴染の瑞樹翠に長年恋心を抱いている。しかし、翠が交通事故で記憶を失い、陽菜の存在すら忘れてしまう。  さらに「翠の彼女」を名乗る少女が現れ、陽菜の心は揺れ動く。  支えてくれたのは、翠の双子の弟・蓮。彼と「お試し」で付き合い始めるが――。 すれ違う想い、叶えたい願い。 「おはよう」と笑い合える日々を取り戻すための、切なくて甘い青春恋愛ストーリー。
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Chapter: 第二十五話——映画館デート
心がふわりとした状態で一日を過ごしていたら、あっという間にデートの日の朝が来ていた。優しいピンク色のワンピースにコートを羽織って、インターホンが鳴るのを待つ。ニュースキャスターの声が耳にスッと入ってきて、心を落ち着かせた。 ――ピーンポーン 猫の動画を見て和んでいたところでインターホンが鳴り、思わず体が跳ねる。ソファーから滑り落ちるように、地面に足をつけて立ち上がった。チェーンのついた鞄を肩にかけ、一呼吸置いてから扉を開ける。扉の前には私服姿の蓮が立っていた。モノトーンの襟付きシャツに黒いズボンを身につけていて、大人っぽく見える。 「おはよう」 「蓮、おはよう」 久しぶりの私服姿に思わずじっと蓮のことを見つめてしまう。蓮は不思議そうに首を傾げて、私に一歩近づいてから言葉をこぼした。 「なんで突っ立ってんだよ」 「あ、ごめん」 蓮の言葉で意識を戻され、扉に体を向けた。鍵を閉めて蓮の方へ向き直る。少し視線を下に向け、階段を下りて蓮の前へ行く。首を傾けて微笑みを浮かべた。私と視線を合わせて蓮も微笑む。私はそんな空気に溶け込むような温かい声で呟いた。 「行こっか」 「おう」 引き寄せ合うように手を繋いで、駅前のショッピングモールに向けて足を進める。久しぶりの映画に心が躍って、跳ねるような足取りだった。 「映画なんて久しぶり!」 「俺も、恋愛映画は久しぶりだな」 「恋愛以外のは見たんだ?」 「まぁな」 「えーいいなー」 私は少し唇を尖らせて蓮を見上げる。蓮は温かい表情を向けていたが、ニヤリと片方の口角を上げた。 「陽菜も連れて行けば良かったか?」 「うん、誘ってよ」 「……ホラー映画だけど」 「絶対行かない!」 食い気味に否定して顔をそっぽに向ける。隣で蓮が声を上げて笑っていた。控えめな笑い声
Last Updated: 2025-12-15
Chapter: 第二十四話——あっという間の一週間
靴を履き替えて校庭へ足を踏み出すと、ひんやりした風が頬に触れた。思わず身を縮めて、手のひらを擦り合わせる。そこに蓮の指先が触れて、そっと左手を取られた。ゆっくりと歩き出した蓮に手を引かれ、自然と足が前に動き出した。 「一週間ってあっという間だよな」 「何急に」 突然言葉をかけられて、少し目を細めて蓮の方に視線を向けた。蓮は、空を見上げて穏やかな表情をしている。その表情に翠が重なって見えた。そんな自分にため息が漏れてしまい、乾いた笑みがこぼれた。 蓮が私の方を見る。いつも通りの芯の通った視線が、私を現実に引き戻した。蓮は沈黙を避けるように言葉をこぼした。 「別に、ふと思っただけ」 「変なのー」 一瞬浮かんだ暗い気持ちをかき消すように、明るく言葉を返す。空を見上げると、茜色の空に白い雲が一つ浮かんでいた。この空を見ていると、何故だか寂しい気持ちになる。心から出た言葉は、夏の終わりを感じさせた。 「でも、確かに一日が終わるのって早いよね」 「だよな」 「旅行行ってからすでに二週間経ってるんだもん」 「体育祭まで後少しだしな」 「あ、そうじゃん!」 蓮の言葉を聞いて心が弾む。私は、視線を空から蓮に移して、力強く頷いた。学生の一大行事、体育祭が目前に迫っている。私はもう一度視線を空に移して、言葉をこぼした。 「ここから行事続きだから、あっという間に一年が終わりそう」 「実際そうだろうな」 去年の今頃を思い出し、胸がキュッと縮むような感覚になる。昨日のことのように鮮明に思い出せる記憶は、一年の移ろいの速さを感じさせた。そんな私の手を蓮は固く繋ぎ直す。 「まぁ時間は経つものだし、物思いに耽っても仕方ないだろ」 「そうだね……って蓮から始めたんじゃん!」 「そうだっけ?」 「……もう!」 口角を上げて首を傾げる蓮に、思わずツッ
Last Updated: 2025-12-14
Chapter: 第二十三話——夢の中の靄
翌朝、目覚ましよりも先に目が覚めた。胸の奥がくすぐったくて、じっとしていられない。 ソファに座ったり部屋の中を歩き回ったりしながら、時計の針が進むのを何度も確かめた。 ――ピーンポーン 心の準備をしていたのに、インターホンの音で体が少し跳ねる。ぎこちない足取りで玄関まで行き、扉を開いた。 「おはよう、陽菜」 「蓮、おはよう」 蓮はいつも通りの柔らかい笑みで、扉の少し先に立っていた。その温かい視線に緊張の糸が解けた。 「ん」 「え」 家の鍵を閉めてから蓮の方へ向くと、蓮はこちらに手を差し出していた。私は少し目を見開いて蓮と視線を合わせる。 「恋人同士なんだから普通だろ」 「そうなんだけど……」 蓮の手に視線を向けて、ゆっくりと握る。冷えていた指先にふんわりと温もりが伝わった。心の奥まで熱が広がり、浮いたような心地になる。 蓮の足が前に動き、私は少し遅れて歩を進めた。蓮に視線を向けず、私の横を過ぎる車を目で追った。 「なんか不思議な感じ」 「俺と付き合ってることが?」 「違くて……なんていうか」 私は眉間に皺を寄せて、言葉を探す。この気持ちに名前をつけるとしたら、何と呼ぶのだろう。芯を指す言葉が見つからなかった。少し遠くを見つめながら言葉をこぼす。心が溶けていくみたいに、声までやさしく霞んだ。 「ふわふわするっていうか……夢みたい」 「気持ちは分かるが、夢にされちゃあ困るな」 蓮は掠れるように、笑いながら呟いた。その声に、私は視線を蓮に向ける。蓮は頬を掻きながら、悲しみを含んだ笑みを浮かべていた。その表情を見て、胸に棘が刺さったような痛みが静かに広がる。思わず顔を顰めて、視線を逸らした。遠くを走る車の音が、胸のざわめきと重なって響く。私の心も悲しみで埋め尽くされそうになっていると、
Last Updated: 2025-12-13
Chapter: 第二十二話——心が触れ合う瞬間
 ――ピーンポーン 翌朝、インターホンの音で目を覚まし、重い体を起こして扉を開けた。「はーい」 日差しに目を細めて扉の先を見ると、少しずつ人影が鮮明になってきた。久しぶりの光景に首を傾げる。つい言葉がこぼれた。「あれ?」「おはよう」「おはよう。蓮一人?」「おう。図書委員の仕事で早く行かなきゃいけなくて……お前も行くか?」 蓮は首をかしげて私の返答を待っている。翠のことが気になり眉を顰めたが、ゆっくりと頷いた。 「……行く!」 蓮をリビングに通して、急いで身支度を整える。足を棚にぶつけてしまい、ぎこちない足取りで蓮のもとへと向かった。「お待たせ」「よし、行くか……ってぶつけたのか?」 私の歩き方を見て、蓮は心配そうに眉を寄せた。慌てて首を横に振る私を下から覗き込み、首をかしげる。私が事情を説明すると、苦笑して立ち上がった。 歩き出した蓮の後に続いて外に足を踏み出す。冷たい風が全身を包み、意識がはっきりとする。目を刺すような日差しが、私たちの歩く道を照らしている。そんな朝に、胸の奥がふわりと弾んだ。 「久しぶりに早起きしたー!」「ごめんな。朝早くに……」「全然!」 申し訳なさそうに視線を逸らす蓮に、明るい笑顔を向けて否定した。私は弾むような足取りで蓮の隣を歩く。蓮は表情を変えずに、私と視線を合わせた。「それと、今日放課後も委員の仕事あるんだけど待っててくれるか……?」「もちろん!教室で待ってるね!」 私の言葉を聞いて、蓮は安心したように微笑んだ。蓮の纏う空気の暖かさが私の胸の奥に伝わり、全身に広がった。エネルギーが満ちた気分で軽やかに学校までの道のりを歩いた。 門をくぐり、靴を履き替えて図書室に向かう。委員の人しか入れない場所に足を踏み入れ、その特別感に心が弾んだ。私たちはカウンターの中に入り、椅子に座る。蓮の隣で、仕事の様子を観察していた。 「へー!こんな仕事してるんだ!」 生徒に差し出された本と貸出カードのバーコードを読み取り、返却日の書かれた紙を挟んで、カウンター越しにいる生徒に手渡す。蓮は、
Last Updated: 2025-12-12
Chapter: 第二十一話——未来の輝き
 夕陽の淡い光に包まれながら、私たちは静かにゲームセンターまでの道を歩いていた。「ゲーセン久しぶりー」「高校生になってから行ってないな」 浮き足だって、跳ねるように歩を進める。扉の前で振り返ると、蓮は後ろからゆっくりと歩いてきていた。 ゲームセンターに足を踏み入れた瞬間、外の静けさが一気にかき消された。機械の爆音に体の芯まで震わされる。無数の激しい光が視界を刺し、思わず目を細めた。「音ゲーで勝負しようぜ」「絶対勝てないんだけど……」 蓮から紡がれた言葉は、子どものように軽やかに弾んでいた。蓮の後ろを歩いていく。蓮が足を止めた目の前には、二つの画面が並んでいて、円形にボタンが配置されていた。画面をタッチしてゲームを開始する。 案の定、三ゲーム中三ゲームとも蓮のスコアが上だった。特に悔しい気持ちも芽生えない。「蓮強すぎ」「陽菜も前より出来てたじゃねーか」「無理して褒めなくても……ていうか、あれやりたい!」 私は、カーレースの機械を指さし、飛び跳ねて言葉を紡ぐ。蓮も私が指さした先に視線を向けて強く頷いた。「おう、やろうぜ」「今度は勝つもんねー」 そう言って二人並んで機械の椅子に腰を下ろす。ハンドルを握って画面を操作した。 カーブの時に体を傾けて操作する私に対して、蓮は淡々とハンドルを回していた。序盤は互角だったが、アイテム運が作用し、ギリギリ私が先にゴールテープを切った。「やったー!蓮に勝てた!」「そんなに嬉しいか?」「うん!だって蓮、ゲーム強いんだもん」「帰宅部舐めんなよ」「帰宅部万能すぎでしょ!」 蓮は誇らしげに鼻を鳴らして言葉をこぼす。私は晴れやかな気分で言葉を返した。ふと、蓮が足を止めて、遠くを見つめる。私も足を止めて蓮の顔を覗き込んだ。「ん?蓮、どうしたの?」「あ、いや……」「あ」 蓮の視線の先を見つめると、カラフルなライトが瞬いていた。女子高生やカップルで賑わいを見せている。翠と美咲の姿が頭に浮かんで胸を締め付けられた。 「帰るか」「……こう」「え?
Last Updated: 2025-12-11
Chapter: 第二十話——成長
 翌朝、扉を開けるといつも通り、二人が笑顔で私を出迎えた。「陽菜おはよう」「おはよう、陽菜」 先に蓮が私に挨拶をして、蓮の肩から顔を覗かせている翠がその後に続いた。いつも通りの翠に期待で胸を膨らませる。――そんな期待もすぐに弾かれることとなる。「陽菜、体調大丈夫?」「うん。昨日たくさん寝たから大丈夫だよ」「何かあったらすぐ言えよ」「ありがとう」 昨日、翠には体調が悪くて帰ると電話で伝えていた。翠も帰ると言ってくれたけれど、入院のこともあるし授業は出た方がいいと伝えると、渋々頷いてくれた。 胸を撫で下ろしている様子の翠を見て少し胸が痛んだが、翠の柔らかい表情にその痛みも和らいだ。翠に視線を向けると、翠は思い出したかのように口を開いた。「そういえば、美咲ちゃんの件なんだけど」 心臓がドクン、と鈍い音を立てる。額から汗が流れて頰を伝った。私たち二人は少し視線を細めて翠の言葉を待つ。「付き合うことになったよ。まぁ前から付き合ってたみたいなんだけど……」 私の中でガラスが割れる音がした。このままだと泣いてしまう気がして、二人を祝福してる感情を必死に胸の中に作る。それでも口から出る言葉は震えていた。「そっか。おめでとう」「ありがとう。二人は俺らのことで何か知ってることはあるかな?」「いや、俺らも二人が付き合ってることは知らなかったな」「そうなんだ。じゃあ最近なのかな」 翠は顎に手を当てて眉を寄せている。その頭の中に私がいないことに胸が痛んだ。働かない頭で次の言葉を考える。すると隣から声が聞こえてきた。「それもそうだが……翠はいつから部活復帰するんだ?」「あー明日から復帰する予定だよ」「そうか。それなら俺らは先に帰るか」 蓮が視線を翠から私に移して、微笑みを浮かべる。その笑顔が私の胸に明かりを灯す。胸が温かくなり自然と口角が上がった。私は蓮と視線を交わし、頷く。「うん。そうだね」「最近ずっと一緒にいたから寂しいな」「まぁ部活は青春の一つだ」「蓮の口から出てくるとは思わなかったー」「うるせー」
Last Updated: 2025-12-10
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