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第二十八話——苦い放課後

Author: 桜庭結愛
last update Last Updated: 2025-12-20 16:00:00

今日から体育祭に向けてリレーの練習が始まったようだ。遅くなるから先に帰って良いと言われて、帰ろうと一人で下駄箱に向かう。

靴箱を開けると、久しぶりに丸められた紙が出てきた。大きなため息をついて無造作にそれを開く。目に入った文字に私は思わず声を出してしまった。

「え……」

以前は暴言だけだった紙にはっきりと「男たらし」と書かれている。

――どういうことだろう?

私が話す男の人といえば、蓮と翠だけだった。全く心当たりがないため、疑問に思いつつも紙をリュックにしまう。笑いかけてくれる人が隣にいないため、沈んだ気持ちで帰路についた。

翌朝、私は窓から外を眺めていた。下駄箱に入っていた紙のことが忘れられない。そう考えていると志織の声が聞こえた。

「陽菜」

「ん?」

「ぼーっとしてたけど大丈夫?」

「あ、ごめん」

そう言って私は志織に視線を向ける。ぎこちなく口角を上げて頷いた。志織は眉を下げて目を細める。わたしはそんな表情に胸が締め付けられた。そこで志織が言葉をこぼす。

「そうだ。今日一緒に帰らない?」

「いいよ。久しぶりだね」

志織が柔らかく微笑む。私の心もその表情に絆されるようだった。

「志織、帰ろー」

「ちょっと待って」

放課後、私は志織に声をかけた。志織は急いでカバンに教科書を詰め込んでいる。思わずクスッと笑ってしまい、口をキュッと結んだ。志織は一瞬目を細めたが、すぐに笑みを向けてくれる。カバンを手に取って立ち上がった。歩き
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  • 「おはよう」って云いたい   おまけ3——二人を見守る太陽

    今日は翠と蓮、二人でショッピングモールに行く。見上げれば、黒い雲が空を覆っていて、心なしか気持ちが沈んだ。 「雨降りそうだな」 「じゃあ蓮の勝ちかな」 「どういう意味だよ」 蓮は拗ねたような表情で翠に視線を向ける。翠はクスッと笑ってから言葉をこぼした。 「だって蓮は雨男じゃん。蓮が出かけるとよく雨降る」 そして、翠は視線を空に移した。暗い空に白い肌の横顔が映えて、翠の存在を強調している。 「いや、実は翠が雨男なのかもしれないだろ。俺らよく一緒にいるし」 「それはそうかも」 蓮の言葉に翠は頷く。それを見て蓮は得意げな表情をしていた。 「それで言うと陽菜は晴れ女だね」 「そうか?」 「うん」 蓮は翠を見つめて言葉を待つ。二人の間に柔らかい沈黙が落ちた。 やがて一泊を置いて翠が言葉をこぼす。 「だって陽菜がいるだけで、場が明るくなるもん」 翠の言葉に蓮は目を見開いたが、すぐに優しい笑顔を浮かべる。 「そうだな」 その時、雲の合間から少しの光がさし、二人を照らす。二人は視線を上げて目を細める。そして、お互いに視線を合わせて微笑んだ。ショッピングモールに向かう足が軽くなる。二人の様子を見守るかのように、雲の上で太陽が静かに息をしていた。

  • 「おはよう」って云いたい   第二十八話——苦い放課後

    今日から体育祭に向けてリレーの練習が始まったようだ。遅くなるから先に帰って良いと言われて、帰ろうと一人で下駄箱に向かう。 靴箱を開けると、久しぶりに丸められた紙が出てきた。大きなため息をついて無造作にそれを開く。目に入った文字に私は思わず声を出してしまった。 「え……」 以前は暴言だけだった紙にはっきりと「男たらし」と書かれている。 ――どういうことだろう? 私が話す男の人といえば、蓮と翠だけだった。全く心当たりがないため、疑問に思いつつも紙をリュックにしまう。笑いかけてくれる人が隣にいないため、沈んだ気持ちで帰路についた。 翌朝、私は窓から外を眺めていた。下駄箱に入っていた紙のことが忘れられない。そう考えていると志織の声が聞こえた。 「陽菜」 「ん?」 「ぼーっとしてたけど大丈夫?」 「あ、ごめん」 そう言って私は志織に視線を向ける。ぎこちなく口角を上げて頷いた。志織は眉を下げて目を細める。わたしはそんな表情に胸が締め付けられた。そこで志織が言葉をこぼす。 「そうだ。今日一緒に帰らない?」 「いいよ。久しぶりだね」 志織が柔らかく微笑む。私の心もその表情に絆されるようだった。 「志織、帰ろー」 「ちょっと待って」 放課後、私は志織に声をかけた。志織は急いでカバンに教科書を詰め込んでいる。思わずクスッと笑ってしまい、口をキュッと結んだ。志織は一瞬目を細めたが、すぐに笑みを向けてくれる。カバンを手に取って立ち上がった。歩き

  • 「おはよう」って云いたい   おまけ2——幸せは永遠に

    「温泉気持ちいいな」 「体の芯まで温まるね」 蓮の言葉に、翠は微笑んで頷いた。そして小さく言葉をこぼす。 「ずっとこんな日が続けばいいのに」 「……そうだな」 二人は大浴場で並んで座り、真っ暗な空を見つめる。小さな光が瞬いていて、今にも消えてしまいそうだった。咄嗟に翠は右手を空に伸ばす。 静かな空に溶けていくかのような声で蓮は呟いた。 「また来れるよ」 「え?」 蓮の口角は微かに上がっていた。翠はゆっくりと蓮に視線を向ける。蓮は昔を思い出すように、遠くを見つめて言葉を続けた。 「翠は覚えてないんだろうけど、俺らはずっと昔から一緒にいるんだ」 そこで蓮は視線を翠に向ける。翠は息を呑んで蓮の言葉を待った。短い呼吸の間に柔らかい沈黙が流れる。やがて、蓮の真っ直ぐな声で告げた。 「だから来年も来れる。これは絶対だ」 蓮は真剣な目をして言った。翠はその表情を見て、そっと胸を撫で下ろす。 「ふふっ、蓮が言うならそうなんだね」 「あぁ」 蓮の目の奥では、力強く光が輝いている気がした。翠は伸ばしていた腕をゆっくりと下ろす。そして、強く手のひらを握った。 絶対に今の幸せを離さない。――誓った想いを叶えるように、空では星が息をするように輝いていた。

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    翌週の月曜日、教室はある話題で持ちきりだった。黒板には、「種目決め」と中央に大きく書かれている。私は黒板の前に集まっている人たちの後ろを通り過ぎて自分の席に向かった。カバンを机の横にかけていると上から声が降ってきた。 「陽菜」 顔を上げると蓮が優しい笑顔を浮かべて私を見ていた。自然と口角が緩み、笑顔で挨拶をする。 「蓮おはよう」 「おはよう」 私は黒板を指さす。蓮は私の指の先に視線を向けて何度か頷く。私も頷き返して言葉をこぼした。 「種目決めだって」 「どうせリレーだろうな」 そう言う蓮は、つまらなさそうな顔をしていた。それでも私は、頼られている蓮を誇らしく思う。心の奥から言葉がこぼれた。 「かっこいいからいいじゃん」 「陽菜がそう言ってくれるならいいや」 「なにそれ」 蓮は晴れやかな笑顔で頷く。私は思わず笑いをこぼしてしまった。 そんな私に優しい視線を向けて蓮は首を

  • 「おはよう」って云いたい   第二十六話——エンドロール

    お会計を済ませ、カフェを後にする。駅の中にあるレンタルショップへ入ると、たくさんのDVDに出迎えられた。 「何にしよっか!」 心を弾ませて店内を歩く。私は弾んだ心でDVDを次々に手に取ってあらすじを確認する。すると、蓮が一つのDVDを持って表紙を見せて来た。 「これは?」 「え……」 蓮が手に持っていたのはホラー映画だった。表紙が赤色に染められて不気味さを感じさせる。見ていないのに体の芯が冷えるような感覚がした。 「そんなにホラー好き?」 「ホラーがっていうより、この原作の著者が好きだな」 「確かに、いつもその人の小説読んでるよね」 「構成がおもろいんだよ」 「そう言われると少し気になる……」 もう一度薄目で表紙を見ると、先ほどよりは恐怖感が減っていることに気づいた。同時に、一緒にホラー映画を見た時のことを思い出す。少し眉を顰めながら蓮に視線を向けた。 「じゃあ一つはこれにしようぜ」 「いいけど……」 ぎこちない動きで首を縦に振り、DVDがかごに入るところを目で追う。私は緊張を振り払うように、DVD探しに集中した。私が見ている恋愛コーナーでは、優しい色をベースに男女が微笑み合っている表紙がよく目に入る。それを見て私の頬も緩んだ。一つ気になるDVDを手に取って蓮に見せる。蓮は優しく微笑んで頷いた。 DVDをレンタルし終えた私たちは、蓮の家に向かって並んで歩く。温かい空気が私たちを包み込んでいた。ふと疑問に思ったことをつぶやく。 「ていうか急に行ったら迷惑じゃない?」 「大丈夫。母さんたち遅くなるらしいから」 「そうなんだ」 「翠も出かけてるみたいだから安心しろ」 「別に心配してないよ?」 「そうか、まぁ一応な」 蓮の言葉を聞いて心が軽くなったのは事実だった。ただ、家に蓮と二人というのも緊張する。心臓から時計

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