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第二十九話——視線が交わらない正午

作者: 桜庭結愛
last update 公開日: 2025-12-23 16:00:00

 体育祭当日、いつもよりも早く起きて、身支度を整える。グラウンドと応援席の準備があるため、三十分登校時間が早いのだ。

 カバンを手に取り、扉を開ける。

「陽菜、おはよう」

 階段の下から蓮の声が聞こえて、思わず体が跳ねた。

「びっくりした……蓮、待ってたの?」

「俺もいるよ」

 蓮の後ろからヒョコッと翠が顔を出す。私は階段の途中で止まり、目を丸くした。穏やかな笑みを浮かべた翠を見て頬が緩む。階段を降り、蓮と視線を合わせる。蓮は優しく微笑んで言葉をこぼした。

「一緒に行こうぜ」

「うん」

 私が頷くと蓮は歩き出す。その後ろを翠と並んで歩いた。後ろから光が差して、私たちの輪郭を照らしている。光が背中を押しているようで、私たちの足取りは軽かった。

 話していると学校の門が近づいて、浮き足だったざわめきが聞こえてきた。翠とは門で分かれて、クラスごとに分かれた応援席に向かう。すでに準備されていた応援席の椅子の上に荷物を置いた。蓮は、委員の仕事でグラウンドの整備に行くらしく、荷物を置いてから背を向けた。
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    ♢♢♢ 俺は今どこにいるのだろう。俺の意識は暗い世界の中に閉じ込められてしまっていた。薄っすらと大切な人の声が聞こえてくる。でも、頭が痛くて目を開けることが出来ない。まるで、頭の中を直接鈍器で殴られているようだ。頭の痛みに耐えていると目の前に光が見えた。それに向かって歩く。光に触れたところで視界が暗転した。次の瞬間、ざわざわとした音が聞こえてくる。 ――なんだ? 「翠!早く行こ!」 ――これは、プール?「翠って案外ビビりだよな」 ――これは、三人でホラーを見てるのかな。「翠!これ食べてみて」 ――あ、陽菜があーんしてくれてる。「翠!ゲームしよ!」 ――これは、夢?「翠!大好き!」 ――っ。違う。これは…… 「翠!」「翠」 ――これは、俺の記憶だ。 事実に気づき、次から次へと映像が流れ込んできた。閉じた瞼の奥に涙が溜まる。温もりが頬を伝った感覚があったが、もう少し思い出に浸っていたかった。そこで、とある思い出が頭の中を流れて、思わず息を飲み込む。心が温かくなり、頬の筋肉が緩んだ。そして、小さい声が頭の中に響く。「私ね、おはようって言葉が一番大切なんだ」「そうなの?」 夜空を見上げた陽菜の横顔をじっと見つめる。どこか憂んだ表情の陽菜から目が離せなくなった。「どんなに憂鬱な朝でも、おはようって聞くだけで、やる気が出てくる気がするの」 少し微笑んだ陽菜の口元からは優しさが滲み出ていた。宝物を触るように大切に言葉を紡ぐ。「おはようって言われるだけで気持ちが晴れる気がするんだ。だからさ――」 そして、陽菜は大きく深呼吸をしてからゆっくりと俺の方を向いた。「これからも一番におはようって言ってくれる?」 そうだ。あの時俺は、これからも一番におはようを伝える存在になるって誓ったんだ。それなのに。それなのに……。  大きく息を吸えば、今度は川辺に腰掛けている陽菜の横顔が頭の中に流れてくる。「いつもありがとう。翠がおはようって言ってくれる

  • 「おはよう」って云いたい   第四十九話——フラッシュバック

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  • 「おはよう」って云いたい   第二十八話——苦い放課後

    今日から体育祭に向けてリレーの練習が始まったようだ。遅くなるから先に帰って良いと言われて、帰ろうと一人で下駄箱に向かう。 靴箱を開けると、久しぶりに丸められた紙が出てきた。大きなため息をついて無造作にそれを開く。目に入った文字に私は思わず声を出してしまった。 「え……」 以前は暴言だけだった紙にはっきりと「男たらし」と書かれている。 ――どういうことだろう? 私が話す男の人といえば

  • 「おはよう」って云いたい   第二十話——成長

     翌朝、扉を開けるといつも通り、二人が笑顔で私を出迎えた。「陽菜おはよう」「おはよう、陽菜」 先に蓮が私に挨拶をして、蓮の肩から顔を覗かせている翠がその後に続いた。いつも通りの翠に期待で胸を膨らませる。――そんな期待もすぐに弾かれることとなる。「陽菜、体調大丈夫?」「うん。昨日たくさん寝たから大丈夫だよ」「何かあったらすぐ言えよ」「ありがとう」 昨日、翠には体調が悪くて帰ると電話で伝えていた。翠も帰ると言ってくれたけれど、入院のこともあるし授業は出た方がいいと伝えると、渋々頷いてくれた。 胸を撫で下

  • 「おはよう」って云いたい   第八話——戻ってきた日常

    次の日の朝、いつも通り準備を終わらせ、インターホンが鳴るのを待っていた。 ピーンポーン。 私を呼ぶ音が家中に響いた。 「はーい」 「よぉ、準備は終わってるな」 「もちろん」 靴を履いてさらに扉を開けると、蓮の後ろに翠が立っていた。 「あ!翠も来てくれたんだね!おはよう」 「うん。おはよう、陽菜」 少し変わってしまった私たちの会話に少し寂しい思いをしたが、翠と朝から話せているという事実が何よりも嬉しかった。 「三人で登校するのは久しぶりだねー」 「そうだな」 歩きながらそう話して、事故の前までは翠と二人で登校していたこと、昨日までは蓮と一緒に登校し

  • 「おはよう」って云いたい   第七話——嬉しい知らせ

    今日も蓮と二人、同じ道を歩いて学校に向かう。最近は学校に行くのが少しだけ憂鬱だった。しかし蓮に悟られないように、いつも通りを装う。 下駄箱は男女で分けられており、女子の下駄箱の裏側が男子になっている。私は自分の下駄箱を開けて思わずため息をついた。 ――まただ。 丸められたプリントの切れ端や、悪口の書かれた白い紙。ここ数日、ゴミが入れられていたり教科書が隠されたりと小さな嫌がらせが続いている。原因はきっと、蓮との距離が近くなったことだ。 元々蓮は顔も良くて勉強もできる。だから人一倍モテるけれど、彼は告白されても冷たく突き放す。そのせいで女子に恨まれることも少なくなかった。そしてそ

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