Chapter: 86 お酒を飲んで ワインを三杯飲んで、チーズも食べて。いい感じに酔ってきた。 俺は空になったグラスをテーブルに置いて、エドにしがみ付いた。「エドー」「おっと」 エドがちょっと驚いたような声を上げたあと、俺の肩をそっと抱いてくれる。 俺はエドの顔を見上げて言った。「一緒にいてくれてありがとー」 そして俺は顔を近づけて唇を重ねた。 触れるだけのキスをして、俺は彼の胸に顔を埋める。「酔っぱらうともっと可愛いね、ルカ」 面白そうに言いながらエドは俺の頭をゆっくりと撫でた。 その手つきが気持ちよくって思わず声が漏れてしまう。「んー……」「ルカ」 うっとりとした声で俺を呼んだエドは、俺の顎をとって上向かせるとキスをしてきた。「ん……」 すぐに俺の口の中に舌が入ってきて、ぴちゃぴちゃと唾液が絡まる音がする。 ちょっとお酒の味がしておいしい。「エド……」 俺はエドの首に腕を絡めて自分からもキスを求めた。 エドの手が俺の背中に回って、服を捲り上げて背中を直に撫でまわす。「んン……あ……」 キスの合間に声を漏らすと、エドは喉の奥でくつくつと笑い唇を離して俺を見つめた。「ルカ……もしかしてしたくなってる?」「う、あ……」 エドの、絡みつくような目で見つめられてそれだけで俺の中心に熱が溜まっていくのがわかる。 やべえ……漏れ出る息はすっげー熱い気がするし、体温も上がってきているっぽい。 シたい。でもまだ風呂、入ってねえし。できればもっとこうしていちゃいちゃしていたい。 だから俺はエドの目を見て言った。「ねえ、もっと気持ちいい事したい」「うんじゃあ……ワイン、飲ませてあげる」 と言い、エドはグラスへと手を伸ばすとそれを口に含み、そのまま俺に口づけてきた。「ん……」 エドの唇の隙間から俺の口の中にワインが流れ込んできて、俺はそれをがんばって飲み込む。だけど口の端から漏れ出てしまい、それが顎へと伝っていくのがわかった。「あーあ、漏れちゃった」 面白そうに言い、エドは俺の口からも漏れたワインをぺろぺろ、と舐める。「あ……あぁ……」 ざらり、とした舌が俺の唇を、顎を舐め回し、首にまで下りていく。「え、あ……あン」 俺の声が漏れるのもお構いなしに、エドは俺の首を舐めた。「ひ、あ……あぁ」「ん……おいしいよ、ルカ」 うっとりと言い、エ
Terakhir Diperbarui: 2026-02-23
Chapter: 85 船とホテル 真っ白な帆に風を受けて船が海の上をゆっくりと移動していく。 スタッフさんが言った通り、船が動き出した時はけっこう揺れた。 ギシギシ、って音がしてちょっと怖かった。陸がどんどん遠くなっていくのが見える。 陸にはさっき俺たちがシーグラスを探した砂浜やホテル、それに町が見える。 すげえ、海から町をこうやって見るの初めてかも。 どんどん遠くなる町から俺は首を動かしておきの方へと目を向けた。 どこまでも続く海と、島が点在している。「小さい島、いっぱいあるんだな」 俺が呟くとエドが言った。「うん。昔はもっと大きかったらしいけど波で削れちゃったらしいよ」「へえ」 なんだろう、この光景どこかに似てる。日本三景だっけ。それにあったような。 船はその小さな島の間を縫うようにして海を渡っていく。 そこまで来ると揺れはだいぶおさまり、俺たちは甲板を移動して船の後ろの方へと行く。 そこには小さなお店があって、飲み物やお菓子を販売していた。 メニューを見るとクッキーとかコーヒーなどの文字が見える。「お店あるんだ」「ね。何か買おうか」「うん」 せっかくだし、と思って俺たちはその店に近づいて冷たいカフェオレとドーナッツを購入した。 そして甲板にある椅子に腰かけて海を見ながらそれを食べる。 酔うんじゃないかって不安だったけど大丈夫だった。デカイ船だからかな。 頭の上を白い鳥が旋回している。なんか狙ってんのかな。って思ってると海へと飛び込んでいくのが見えた。 「おおー」 っていう、乗客の歓声が上がる。なにがあったんだろ。 するとエドがカフェオレを飲んで言った。「鳥が魚掴んで出てきたのかな」「あ、ほんとだ。あの鳥口に魚くわえてる」 俺は頭の上を飛んでいる鳥を見つめて言った。 鳥は魚を飲み込むとまた旋回して海へと飛び込んでいく。 すげえ。こんなの見たの初めてだ。「夕食で魚料理がでるよ。海沿いだし、きっとすごくおいしいよ」「あ、そっか。すっげー楽しみ!」 ここに来て山いったり海に来たりして楽しい事、多いなぁ。 約一時間近くの航海をして、陸へと戻る。 帰りにシーグラスを加工してアクセサリーを売ってる店によって、日が暮れてくる。 太陽が海の向こうに沈んでいくのが見えて、俺はじっとその様子を見つめた。 夜空に星が輝いているのが見える。
Terakhir Diperbarui: 2026-02-22
Chapter: 84 砂浜 ホテルを出て俺たちは砂浜へとおりる。 夏の始まりとあって日差しはちょっと強いけど海からの風が半端なく強い。「風やばいっ」 言いながら俺は思わず隣を歩くエドの腕を掴んだ。 辺りにはちらほらと人の姿があって、波打ち際に立ったり砂遊びをしている姿が見える。「きらきらあったー!」 そう声を上げた子供が、拾ったものを太陽にかざしているのが見える。 なんだろうあれ。きれいな、緑色をした丸い石みたいだった。宝石みたいにキラキラしてる。「なんだあれ」 宝石なんて落ちてるんかな、こんなところに。「シーグラスかな」 エドの呟きに俺は不思議に思ってエドの方を見た。 彼は俺の方を見て説明してくれる。「シーグラス。ガラスが波で削れて丸くなったものだよ。長い時間、長い距離を旅してここにたどり着いたんじゃないかな」「へえ、まじで? 知らなかった」「まあそんなにたくさん落ちてるわけじゃないけど、子供には宝物だよね」 と言い、エドは笑う。 確かにあんなキラキラしたやつ見つけたら宝石みたいに思うよな。実際あの子はめちゃくちゃうれしそうにお母さんに見せてるし。 「宝探しみたい!」「あはは、そうだね。せっかくだから探してみる?」 その提案に俺は心を弾ませて大きく頷いた。 砂浜にはちらほらと石が落ちている。でもキラキラ光る石はなかなか見えない。「あ、貝」 虹色に光る貝を見つけて、俺はその場にしゃがんでそれを手に取った。 手のひらに乗る小さな貝だ。何の貝かはわかんねえけど。「そういう貝も見つかるよね。何だっけ。潮干狩りっていうんだっけ。砂の中から貝を見つけるやつ」 言いながらエドが俺のそばにしゃがみ込んだ。「潮干狩りは知ってる!」 一回だけやったことある。それは日本人の、春野京佑としての記憶だけど。「小さい頃一度だけ連れてこられたことがあるよ」 そう言い、エドは砂を手ですくった。「へえ、俺も小さいとこに一回だけやったことあるよ、潮干狩り。それも宝探しみたいで面白かった」「そうなんだ。じゃあその時期に海、来てみようか」 「俺はエドと一緒にいれば何でも楽しいよ!」 俺は貝を握りしめて砂の中を探した。 さらさらの砂で掘っても掘っても延々と砂が穴を埋めてしまう。 「俺も、ルカと一緒にいると楽しいよ。楽しそうに砂の中探してるのも可愛らしい
Terakhir Diperbarui: 2026-02-21
Chapter: 83 誕生日のお祝いに マリアの見合い相手はマリアを気に入ったみたいで、また会う約束をしたらしい。 マリアが何人と付き合ってるのかわかんねえけど、誰とエンディングを迎えるのか楽しみなような怖いような気がする。 つうか何人いるんだ、キャラ。 俺の見合いも近づく中、その前にイベントがある。 それは俺の誕生日だ。俺の誕生日は六月の終わりだ。見合いはその直後に予定されている。 だからその前に俺はエドと会う約束をしていた。 エドには土日、泊まるからあけるように言われただけで詳しいことは聞かされていない。 何するんだろうなぁ。どこに泊まるのかも教えてくれねえし。 そして楽しみにしていた週末がやってきた。 旅行用のカバンに服を詰めた俺は、迎えに来たエドの家の車に乗り込んだ。 エドは俺を見るなり微笑んで言った。「ルカ、おはよう」 黒地の半袖シャツを着たエドが俺に手を振る。「おはよう、エド。なあどこに行くんだ?」 車に揺られながら俺はエドに尋ねた。 彼は俺の太ももに手を置き、言った。「海辺にあるホテルに泊まろうと思って」「ホテル?」「うん。家じゃゆっくりできないし、別荘は夏に行きたいし。だから今日は海のホテルに泊まるんだ。ルカは船、大丈夫だよね?」「たぶん」 大丈夫、って言えるほど船に乗ったことがないけど。だって俺が住んでいた地域に海、なかったから。 ちょっと不安な色が浮かんだんだろう、エドが膝に置いた俺の手に自分の手をそっと重ねる。「無理はしないでね。乗れたらな、位だし。大きい船だから大丈夫だと思うけど」 そういうもんなのかな、ちょっと心配だけどでもエドと一緒だもんな。 俺は重ねられた手とエドノ顔を見比べて言った。「そうだな、うん。楽しみにしてる」 そう答えると、エドは頷き俺から手を離した。 車に揺られること一時間以上だろうか。 一回休憩をはさんだとはいえ、けっこうな距離だった。 車がついた先、それは海沿いのホテルだった。 二階建ての大きな洋館。深い海みたいな濃い青い屋根が特徴的だった。「すげえ……」 なんか高そう。っていうのが正直な印象だった。 ドアマン、っていうのかな。帽子をかぶったホテルのスタッフが荷物を運んでくれる。 受付で俺たちを出迎えた年配の男性は、にこやかに笑い言った。「カルファーニャ様お待ちしておりました」 そ
Terakhir Diperbarui: 2026-02-20
Chapter: 82 マリアの見合い 六月に入って、夏の始まりを感じるようになった。 ちょっと話せる同じゼミの子たちに聞いたら、皆見合いの話はあるらしい。中には結婚が決まっているやつもいて驚いた。 だってまだ、二十一歳だぞ? それでもう結婚なんて……いやでも、俺の父親、十八歳で駆け落ちしたんだっけ。それを思い出すとなんか変な気分だった。 よく十八で駆け落ちしたな。しかも王子なのに。世間のことなんてろくに知らなかっただろうに。 普通に仕事して俺たち育てて。すげえなほんとうに。 そして迎えたマリアの見合いの日。 なぜか俺と国王陛下が同行することになった。 着慣れないスーツを着て、ドレス姿のマリアと共に王宮の一室でその時間を待っていた。 俺の隣に座る、淡いピンク色のドレスを着たマリアは緊張しているみたいで、膝の上で両手をぎゅっと握って微動だにしない。大丈夫か、これ。 用意されたお茶に全然手をつけてねえぞ。 俺は心配になって、お茶の入ったカップを手に持ち言った。「……マリア?」 すると、マリアは大げさにびくん、と震えて驚いた表情で俺を見る。「な、な、な、何?」 すげえ上ずった声でマリアは言った。 そんな様子を見て俺は尚更心配になってくる。「大丈夫? なんか緊張してる?」 俺の問いかけに、マリアは不安の色を浮かべて大きく頷いた。「だって、お見合いだよ? 緊張するよぉ。おトイレ行きたくなったら嫌だから、飲み物飲むのも怖いし」 と言い、泣きそうな顔になる。そんなにか。 まあ俺も本番になったらたぶん緊張するだろうけどさ。 俺はちょっと悩んでカップをテーブルに置き、マリアの方を向いて震える肩に触れた。 すると大げさにまた、びくびくっと震えてじっと俺の方を見る。「大丈夫だって。会って話するだけなんだから」「でも国王陛下が一緒なんだよ? 大丈夫なわけないじゃないの」 それは確かに普通の見合いと違うなぁ。そう言われると俺、何も言い返せなくなる。「だい、じょうぶだって。うん、大丈夫。国王陛下が一緒っていったってずっと一緒にいるわけじゃねえんだし。公務だってあるんだからさ。だから大丈夫!」「でもぉ」 と、マリアは不安げに瞳を揺らす。 そんなやり取りをしていた時だった。 扉を叩く音がして、俺たちは大げさにびくついた。 中に入ってきたのは王宮の執事だった。 「お時間
Terakhir Diperbarui: 2026-02-19
Chapter: 81 言えてよかったけど とりあえずエドに見合いの事を言えてよかった。 でも心配は消えない。 屋敷に帰って明日提出予定のレポートの用意をしていると、扉を叩く音がした。 来たのはメイドで、マリアがお茶を一緒に、と言ってるらしい。 俺はレポートを持って妹の所に向かった。 一階の、いつも俺とマリアがお茶を飲む部屋。 床に座りこんで何かを書いているマリアの姿がそこにあった。 マリアは俺の姿を見ると、大きく手を振った。「あ、お兄ちゃん!」「マリアお帰り」「うん、ただいま。今お茶とケーキ、用意してくれてるからもう少し待ってね」 と言い、マリアはニコニコと笑う。 この様子だと、マリアは俺の見合い相手のこと知らねえんだろうなぁ。 だまっとこう。 俺はマリアの向かいに座り、テーブルにレポートを置いて続きを書き始めた。「お兄ちゃん、宿題?」「うん、まあそんなもん。マリアは何書いてるんだ?」 そこで初めて俺はマリアが書いている物を見る。 それはスケッチみたいだった。 人形の服かな。 ドレスの絵がいくつか書いてある。わりとうまい。「これはねー、お人形のお洋服なんだー。部活で作るんだけど、どんなデザインにしようかなって思って」 言いながらマリアは紙に絵を描き始める。「へえ、そう言うのも考えるんだ」「うん、そうだよ。芸術祭に出品するから」「芸術祭なんてあるんだ」 マリアの顔を見ると、彼女は大きく頷く。「うん。夏にあるんだー。去年は一年生だったから出してないけど今年は出すんだー」 マリアはスケッチを見つめてどうしよう、って呟く。 そんな妹の姿を見て、ちょっと安心する。とりあえず充実してるんだなぁ。 マリアにも見合いの話があったと思うんだけど、どうしたんだろう。「マリアは見合いするの?」 俺の言葉に、マリアはピタッと手を止める。 そして、うーん、と呻った後顔を上げて苦笑した。「そうねぇ。国王陛下の紹介だし断るのはちょっと……」「だよなぁ……」 やっぱりそう思うよな。俺もそう思うもん。 マリアはうんうん、と頷いて言った。「だからとりあえず会おうとは思ってて。来月にはお相手と会うことになったみたい」「来月かぁ……俺、まだ何にも言われてねえぞ」 いつ会うか、なんて話はしてない。たぶん。 するとマリアはちょっと驚いた顔になる。「あれそうなの?
Terakhir Diperbarui: 2026-02-18
Chapter: 45 皇帝の元へ この胸の痛みは何だろうか。 そう思いつつ私は気弱そうな顔をしている殿下を見る。 先ほどまで招待客たちの前で凛と対応していた姿からは遠い姿だな。 ずっと気を張っていたのだろうか。 役割を演じなければいけない殿下。そう思うと心がすこしばかり痛くなる。 私が後宮に入る、ということは私は殿下と…… あらぬ想像をしてしまい、私は殿下から目をそらした。まだ後宮に入る、とは決めていないじゃないか。 そもそも私に、殿下の後宮に入る資格などないのだから。 私は皇帝陛下の寵愛を受けてきた。そんな私が殿下に愛されるなんてあってはならないだろう。 そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと立ち上がる。「シュエファさん」「は、はい、何でしょうか」 殿下は私を見上げ、ふっと笑い言った。「あの……その着物、本当に似合っています。貴方に贈ってよかったです」「あ……ありがとうございます」 言いながら私は自分の姿を改めて見る。 殿下に送っていただいた紺地の着物。陛下の前に行くならこれを着替えなければ。 汚されたくはないし。 私は殿下の前にひざまずき、その手を取って言った。「殿下、お誕生日おめでとうございます。あと一年、無事過ごせますように」 すると殿下は一瞬驚いた顔をした後複雑な表情を見せる。 そのあとぎこちなく笑い、「ありがとうございます、シュエファさん」 そう告げて、殿下は私の手をそっと握った。 私は立ち上がり、外へと目を向ける。「殿下、私は着替えをして外の見回りをしてまいりますので……お早めにお休みください」「そう、ですね。疲れましたし」 そう答えて殿下はすっと立ち上がる。 その時、殿下の身体がふらっと揺れ、私はとっさに手を出した。「あ……」 がしり、と身体を抱き留めると、殿下は苦笑して私を見上げた。「すみません。やはりお酒はほどほどにすべきですね」 と言い、私の身体にしがみ付く。 あまり酔っているようなら湯を浴びない方がいいかもしれないが、大丈夫だろうか。 私は殿下を抱き締めて尋ねた。「そのまま部屋に戻られますか?」「いいや、大丈夫。お風呂に入らないとちょっと気持ちが悪いし」 そう答えて笑う。 ならばこのまま風呂場まで送っていくか。「では参りましょう」「すみません、お手間ばかりかけてしまい」 そう情けなさそうに言
Terakhir Diperbarui: 2026-02-23
Chapter: 44 祝宴の場に戻って 胸に重い物を抱えながら私は祝宴が行われている広間に戻った。 するとすかさず殿下が私の所に近づいてきて、表情を曇らせ声を潜めて言った。「大丈夫ですか、シュエファさん」 そして彼は手を上げて私の腕に触れようとして止める。迷うように空に浮いた手をそっとおろし、殿下はその手を太ももの横で握りしめた。 その様子を見て私は心が痛む。 殿下に心配をかけてしまった。 だが、殿下は私と皇帝陛下の関係を知らないはずだ。 だから私は笑顔を作り、極力冷静に答えた。「大丈夫です。例の件について聞かれただけですので」 それだけできっと伝わるだろう。そして、それをここで口にすることができない、ということもきっと、殿下には伝わるはずだ。 殿下は、あ、という顔をして苦しげな顔になる。「そう、ですか」「だから大丈夫です。祝宴が終わりましたら話しましょう」「わかりました」 それでも殿下の顔から、心配げな色は消えることはなかった。 そして祝宴が終わり、私たちは殿下の私邸へと下がる。 何も起きなかった。 だが収穫はあった。 はやく女官の資料に目を通したいが、厄介なことに私は皇帝陛下に呼ばれてしまっている。 行かない、という選択肢は存在しなかった。なにせ相手は皇帝陛下。 この国の頂点であり絶対的な存在だからだ。 私邸に戻り、疲れた様子で長椅子に座る殿下に、私は暖かいお茶を用意する。 「殿下、お茶をお持ちしました」 下を俯き動かない殿下にそう声をかけると、彼はゆっくりと顔を上げて突かれた顔で微笑んだ。「あぁ、ありがとうございます」 そんな彼の前に湯呑を置こうとすると、直接受け取ろうと殿下は手を伸ばしてくる。 そしてその指が私の手に、わずかに触れた。 ドキリ、として私は思わず手をひいてしまう。 まずい、と思ったものの殿下は気にする様子もなく湯呑を両手で持ち、その中を見つめて言った。「ちょうだいします」 湯呑に口をつけるのを見ながら私は、先ほど触れてしまった手を見つめる。 何を驚いているんだ私は。相手は殿下だぞ。護衛対象だ。 そう言い聞かせつつ、私は殿下の向かい側に腰かけ、湯呑のお茶をひと口飲んだ。 少し熱い、苦みのあるお茶が中から身体を温めてくれるようだった。 「お酒を飲まされてしまったので、助かります」 そう殿下は笑う。 十八から飲
Terakhir Diperbarui: 2026-02-22
Chapter: 43 別室にて 祝宴のざわめきを背中にして、私は別室へと通される。 そこは陛下の為の控室だろう。 装飾は少なく、ふかふかそうな黒い皮の長椅子と机、それに絵画が飾られているだけの部屋。 その部屋に入るなり、陛下は私の方をむいて言った。「未だ犯人捜しをしているそうだな」 その声にどんな感情が隠されているのか瞬時に考える。以前会話を交わした時、陛下は直接捜査を止めてこなかった。 だが宮廷で起きた殺人事件はなかったことにされていて、捜査はされずそのままだ。私や殿下の動きを快く思ってはいないだろう。 私は陛下の様子を伺いつつ、頷き言った。「はい。その通りでございます」「それで目星はついたのか?」 挑発するような声音に嫌悪感を抱いてしまう。あんなに憧れ、おそばに仕えることに喜びを抱いていたはずなのに、今の私には皇帝陛下が何か異質なものに思えた。 私は首を横に振り、「まだです」 と、嘘をつく。 事件の背景にあるのは確実に皇帝陛下の女遊びだろう。 後宮で生まれた子供以外は陛下の子供ではない。その論理の元、陛下は外に女性を作り何人もの子供の産ませている。 その中に男子がいるから今回の事件が起きている可能性が高い。 事件について今わかっていることを口にすればそれはすなわち、皇帝陛下の行動に異議を唱える形になる。だから私はそれを言葉にできなかった。 陛下はすっと目を細めて言った。「だろうな。無駄なことは止めて大人しくしていろ、シュエファ」 無駄なことを、と言われると反発したくなってしまうが、私は手を握りしめてぐっとこらえる。 「……陛下、そのようなことをわざわざ言うために呼んだのですか?」 あえて陛下の言葉には何も答えず、でも何か言いかえさないと気が済まず私はここに呼んだ理由を尋ねた。 すると陛下は私の目の前にまで近付き言った。「それはあるが、シュエファ、ずいぶんとツァロンに気に入られたようだな」 そして陛下は私の顎を掴んだ。 陛下がまとう甘い匂いが絡まってくるようで、私は嫌悪感を抱いてしまう。 顔を背けたくなるのをこらえて私は言った。「そうでしょうか」「着物だけではなく、その首飾りや耳飾りもツァロンが選んだものだろう」 その言葉に私は、はい、とだけ答える。 皇帝陛下の顔が私の目の前にある。以前は憧れ、恋焦がれた相手なのに。以前なら、す
Terakhir Diperbarui: 2026-02-21
Chapter: 42 皇帝陛下 そのあと、殿下は十二支族の家長を見つけて自分から声をかけにいった。 巳の家の家長と子の家の家長にだけ話しかけるわけにはいかないと思ったようで、私の父を含めて全員と会話を交わした。 私はそばでずっと様子を伺っていたが、特に変わったところは見受けられなかったと思う。 ただそばで聞いていて、殿下は少しひやひやするような言葉を投げかけられていた。 子の家の家長は酒でずいぶんと酔っているのか、顔がだいぶ紅く見える。「殿下は誠実そうで、外で遊ぶなどは出来なさそうですね」 と、軽口をたたくと殿下は苦笑を浮かべて首を傾げた。「そうですね、僕はあまり外には出ませんから」 その言葉に子の家の家長は、うんうん、と頷く。「そうですなぁ……因果が巡らなければいいですが」 そう、子の家の家長は目を細めて呟き、お酒をぐい、と飲み込んだ。 陛下の女遊びは有名なことだ。だからこの家長の言葉は普通のものではあるが。 私は辺りを気にしつつ家長の方へと目を向けると、目があった。 射るような目で私を見たあと、彼はすぐに私から目をそらしてまたお酒を飲み息をつく。「あぁ、年寄りの戯言は置いておいて、今宵はお祝い。楽しい時間を」 そう告げて子の家の家長は去って行った。 巳の家の家長からは孫の話を聞きだしていた。「あぁ、男の子が五人もいらっしゃるんですか?」 そう殿下が問いかけると、巳の家の家長はうんうん、と嬉しそうに頷く。「えぇ、嬉しいことに孫のうち五人が男の子で、とても賑やかなのですよ」 とそれはすごく珍しい。 十人生まれてその内三人くらいしか生まれないと言われている男子。ひとりしか生まれないもの珍しくないのに、五人も男子に恵まれるとは。 いったいどうやっているのかとちょっと気になってしまう。 それほどこの国で、男子の価値は高かった。「あはは、それは素敵なことですね」「えぇ……皆、私の孫です」 そう呟き、巳の家の家長は目をすっと細めて殿下を見た。 なんだろう、その目に何か違和感があるのだが。けれどそれは一瞬のことですぐに孫の可愛さについての話になってしまう。 一通り家長たちと話をしたときだった。「ツァロン」 低く響く男の声に、殿下はびくん、と震えたような気がした。 真っ黒な生地に金や銀で龍と虎の刺繍が施された着物をまとった皇帝陛下が、そこにいた。
Terakhir Diperbarui: 2026-02-20
Chapter: 41 おじい様 ただ手を握られているだけなのに、心臓が早鐘をうっているのがわかる。 もしかしたら顔が紅いかもしれない。 自分から殿下のそばに座ったとはいえ、この状況は何だ。 殿下のこの距離感はおかしいんじゃないだろうか。 そう思うのに私は全然動けなかった。 殿下のまとう柔らかい匂いが私の鼻孔に絡まってくる。そして微笑み私の顔をじっと見つめる殿下の瞳に、私は動揺していた。 その視線はまるで恋をする乙女のような、熱を帯びたものに見えた。 私の動揺した顔が、殿下の深い青の瞳に映っている。 殿下はずい、と私に顔を近づけてくると、「シュエファさんがいるから僕はまだこうしてここにいられます。じゃなかったらきっと、僕はとっくに潰れていたと思うから」 と、笑顔を作る。 そして真面目な顔になり扉の方へと目を向けた。「先ほどの女官、何か事件と関わりがあるのでしょうか」「わかりませんが、どういう人物なのか調べてみようと思います」 私を睨み付けていた、という言葉は飲み込む。そんな話をしたらきっと、殿下は心を痛めてしまうだろうから。 私の言葉に殿下は眉間にしわを寄せて、物悲しげな顔になる。 そんな顔をされたら余計に私の心が乱されてしまう。 殿下は私の手を握りしめたまま言った。「すみません、僕ができることが少なくて」「いいえ、貴方が動いたら大ごとになってしまいますから。資料を手配していただけるだけで充分です」 と言い、私は笑って見せる。 すると彼は苦笑を浮かべて、すみませんと言ったあと、何か思いついたような顔になる。「あの、僕は十二支族のことあまり知らないので、せっかく今日皆集まっていますから話を聞いてみようと思います」「え……」 確かに今日は、十二支族の家長たちが全員集まっている。だが彼らがなにかぼろを出すだろうか? 危険ではないか? だが彼らの情報は欲しい。 少し考えてから私は言った。「無理はなさらないでください」 そういうのが精いっぱいだ。殿下に直接危害を加えるほど愚かではないとは思うが。万一、ということもある。殺すまではしないまでも、傷つけることくらいはするかもしれないから。 すると殿下は神妙な顔になり、「はい、気をつけます。それにシュエファさんが一緒にいますから」 と言い、彼は私の手を撫でた。 結局茶には手をつけず、私たちは部屋を出
Terakhir Diperbarui: 2026-02-19
Chapter: 40 ふたりきりの部屋で 私は湯呑をじっと見つめる。 先ほど睨み付けられたのが気になるが、この状況で飲み物に何か仕込まれたとしたらあの女が疑われるだけだ。 大丈夫だろうか。 心臓が、バクバクと大きな音を立てているのがわかる。 これは私が飲み物を取りに行った方がいいか? それとも考え過ぎか。 「シュエファさん、どうかされましたか?」 不安げな声で言われ私はドキリ、として殿下の方を見た。 殿下は湯呑に手を伸ばそうともせず、私を見上げていた。 これはちゃんと伝えた方がいいだろうか。 一瞬悩み、私は殿下に感じている違和感について話すことにした。「先ほどの女官、あまり見かけない年代だったので」 そう私が言うと、殿下はあぁ、と呟き女官が出ていった扉の方を見た。「彼女は確か、|林《りん》さんだったかと思います。巳の方の紹介で入ったかと。もう何年か経ちますよ」 と言い、私の方へと視線を向ける。 林という名前の巳の家が後見人の女性か。帰ったら資料を確認しなければ。 私が神妙な顔をしているせいか、殿下はずと不安な顔を見せている。「あの、彼女が怪しいのでしょうか。巳の家が僕を……?」 そして殿下はぶるり、と震えて俯いてしまう。 私は考えるよりも早く身体が動き、彼の隣に座りその震える身体にそっと手を触れた。「大丈夫ですよ。ただちょっと気になっただけです。そうですね、私の方でお茶を淹れ変えてきましょう」 そう伝えて私が立ちあがろうとしたときだった。 がしり、と腕が掴まれてしまう。 殿下は必死な様子で私を見つめ、首を横に振った。「すみません、そばに、いてください」 泣きそうな顔で言われてしまい、私は浮かせた腰をゆっくりと椅子に戻した。 なんだろう、胸がわずかに痛む。 誰が敵で誰が味方なのかわからない。いつか自分が殺されるかもしれない。そんな緊張感の中で過ごす重圧はどれほどのものだろうか。 私を睨み付けていたように思うから、この状況だと私の方が危ない、とも思うが。何せ殿下は男子。男を殺すことがどれだけの重罪かはわかるだろうから。「大丈夫ですよ、殿下を狙うほど、愚かではないでしょうから」 すると殿下は私の方を見つめて首を振った。「違います。僕が心配なのは……」 そこで言葉を切り、目を大きく見開いて黙り込んでしまう。 殿下は迷うように視線を動かした。「…
Terakhir Diperbarui: 2026-02-18