LOGIN男が生まれにくい国、龍虎帝国。古代から十二支の守護獣に選ばれた十二家が国を統べてきた。皇太子の蒼龍(ツァロン)は、十八歳。二十歳で後宮を持たなければならないが、父、黒虎(フーヘイ)皇帝の放蕩に嫌悪感を抱いていた。 ある日、蒼龍の侍女の遺体が発見される。まるで蒼龍に見せつけるかのように。宮殿内は騒動となる。誰かが皇太子の、皇帝の命を狙っているのではと。皇帝には隠し子が何人もいると言われていて、その中の誰かが皇太子の、皇帝の地位を狙い暗躍を始めていた。蒼龍の護衛を命じられた騎士団団長、紅雪華(ホ・シュエファ)は犯人捜しを始めるが嘘と野心が渦巻き誰が裏で糸を引いているのか見当もつかない。 再び、皇太子に近い人物が殺され、蒼龍も実際に狙われ始める。そんななか、蒼龍は自分を命をかけて守る雪華に心を寄せ始める。 雪華もまた、皇帝への忠誠と恋の狭間に揺れ動く。雪華は皇帝の寵愛を受けていた。そのため皇帝は皇太子と雪華の関係にいら立ちを覚える。 いったい誰が蒼龍を狙っているのか。何人もいる皇帝の隠し子の中に真相はあるのか。陰謀渦巻く後宮で起きる中華恋愛ファンタジー×ミステリー
View More美しい皇帝のもとで、ひそかに血と陰謀にまみれた事件が起きていた。
ここは、龍虎帝国の宮殿内にある女官たちの寮。 私、殿下の誕生日の祝宴を終え、年末がやってくる。 宮廷内は慌ただしく正月の準備を進めていた。 その後、あのリン、という女官との接触はない。 彼女は皇帝陛下が住まう宮殿を中心に仕事をしているらしくを合わせるような機会がない。 見かけたところで気が付くか、と言われると微妙だが。見た目が特徴的ではないし。 その女官が皇帝陛下に仕えているため、殿下と面識があったから殿下は名前を覚えていたようだが。そうでなければ、印象にも残らないだろう。 私だってもう一度すれ違ったとして気が付くかといわれたらあまり自信はなかった。 祝宴から二週間近くが過ぎたある夜、湯を浴びたあとの習慣となった殿下とのお茶の時間。 隣に座る殿下は私に向かって言った。 「その後、例の女官の接触はないんですか?」「えぇ、とくには。そもそも私は陛下の住まう宮殿に行くことはそうそうないですから」 淡々と答え、私は湯気を上げる湯呑を手にする。 北の国から取り寄せた、というお茶はかぐわしい香りを漂わせている。「というと、父とも顔を合わせていないのですか?」 父、という言葉に一瞬私は手を止めてしまうが、なるべく平静を装い殿下の方を向き答えた。「えぇ、お会いしておりません。呼出もありませんし」 その言葉を聞いた殿下は心底安心した様な顔になる。 そんな顔を見せるのもどうかと思うが、殿下は心底皇帝陛下のことを毛嫌いしているようだ。「それならよかったです。父は……そもそも後宮があるのに方々に浮名を流していて、僕には理解できないです」 顔を歪めて殿下は言い、湯呑を握りしめてぐい、とそれを飲む。 ここ、殿下の私邸にいても皇帝陛下の女遊びの噂は尽きず、しょっちゅう耳にする。 どこの商人のお嬢さんと密会をしているとか、大臣の娘と懇意だとか。人妻を連れ込んでいるだとか。日頃の行いがおこないなので、どの話も本当のことのようにしか聞こえず、噂は広がっていくばかりだ。 私だってそんな女のひとりだった。その事を思うと私は殿下が抱く嫌悪感に何も言葉にできず、ただ黙ってお茶を飲むことしかできなかった。「このまま何も起きなければいいですが」 と言い、殿下は私の膝にそっと、手を置く。 殿下は最近、こういった接触を私にしてくる。 最初は驚いていたが最近は慣れてしまい、私は湯呑を机に置いてその手に自分の手
私の呟きに殿下は肩をすくめて苦笑を浮かべる。「それは難しいかと思います。だってもし犯人に気が付かれたら命が危ないですし。この話だって、時間が経ったから出てきたのだろうと思うので」「そうですよね……そう思うと見つけるのは難しいか。でも、少しずつ話が表に出てくるかもしれませんから噂をたどるのはいいかもしれません。時間が経って、黙っていられなくなってくるでしょうし」 そうなったら敵は何か動き出すかもしれない。 殿下の私邸に忍び込むようなことはしないだろう、とは思う。なぜならこの私邸に出入りできる女官は限られているし、知らない顔があれば目立つからだ。それ以外にここに入れる女性は、殿下の母上くらいだろう。護衛の兵も自由に出入りすることはできないのだから。 そうなると、この中は安全と思って大丈夫だろうか。いや、ここに出入りする女官たちから鍵を奪われたら最後か。直接殿下を手にかけるような、愚かなことはしないと思いたいが。 そう思い、私は湯呑に手を伸ばした。 殿下も湯呑を手にし、不安げに瞳を揺らして言った。「あの、リンさんは事件に関わりがあるんでしょうか」「私を睨み付けていたのは事実です。私と彼女に何の接点もありませんから、あるとすれば殿下との関わりしかないかなと思います」 そう答えて私はお茶を飲む。香ばしい香りのお茶で、身体が温かくなる感じがした。「あの時のお茶、何か仕込まれていたんでしょうか」 呟き、殿下は湯呑の中を見つめている。 それは確かめようがなかったのでわからないが、どうだろう。あの状況で何か仕込んだら彼女は疑われるだろう。誰でも何かを仕込める状況でもあったからそうでもない、だろうか。 殿下の言葉に私は何も答えられず、黙ってお茶をぐい、と飲んだ。 殿下は何かを思いついたのか、ばっと顔を上げて微笑み言った。「もし仕込まれていたら、シュエファさんのお陰で危機を避けられたことになりますよね」「あぁ、そう、なりますね」 仕込まれていたら、の話だが。私は湯呑を置き、殿下が用意してくれたお菓子に手を伸ばす。今日のおやつはいもけんぴだった。甘い香りがわずかにしてくる。 殿下は湯呑を置き、お菓子を摘まんだ私の手を両手でそっと握ってきた。 驚く私に、殿下は頬を赤らめて言った。「ありがとうございます、シュエファさん」「え、あ……いいえ。あの、
朝食の後、殿下は今日一日、私邸の中で過ごすというので私は自室に下がり女官たちの資料に目を通した。 昨日、私を睨んできたあの女官。確か殿下は、リン、と呼んでいた。 年代は多分三十歳前後。同じ名字の名前は何人もいたが、その世代の女官は数人しかいなかった。 そして、巳の家の推薦、となるとひとりだけだ。 林 氷蘭。年齢は三十二歳か。たぶんあの時お茶を運んできたのはこの女性だろう。 二十歳ごろに女官となって一度やめ、二年ほど前に戻ってきたらしい。 学校を卒業した後しばらく働いて、結婚や出産で辞めてまた復帰するのは普通なのでそれは問題ないが。普通は子育てが終わるころに皆戻って来る。三十歳で仕事に復帰するのは少し早いように思う。しかも女官の大半は、宮廷内の寮に住むことになる。小さな子供がいる状況でここで働くことを選ぶのだろうか。 そう思うとなんだか不自然な気がした。「でもまあ、子供を家族に預けて、ということもなくはないが」 そう呟き、私は机の上の湯呑に手を伸ばした。 子供がいるのか、ということまでは書かれていないが、夫はいるらしい。 疑わしい、と思ったら何もかもが怪しく見えてくる。 「昨日の祝宴から、動きがあればいいけれど」 そう呟くが、その動き、というものが誰かの死を伴うとなるとまずい。 私を襲ってくれた方が嬉しいのだが。 そう思ってお茶を飲み、私は資料を見つめる。「なかなか尻尾を出してくれないね」 そう呟き私は資料にある名前を撫でた。 その時、扉を叩く音がした。「シュエファさん、あのお話があるんですが」 殿下の声がして私はびくっと震えてしまい、頭の中に今朝の出来事がよぎる。 話、というのはきっと昨日のことだろう。昨日の今日で何か情報を得たとは思えないが。 いや、女官たちがなにか噂していたような気がするから、彼女たちから何か聞きだしたのかもしれない。 私は慌てて立ち上がり、扉へと近づきそっと、それを開く。 廊下に立つ殿下は、私の顔を見てぱっと、嬉しそうな顔になる。「あの、昨日の女官の事なのですが」 と言い、辺りをちらっと見まわす。 もちろんここには誰もいない。掃除はすでに終わっているし、用がなければ二階に女官たちは上がってこないのだから。「話をしたいのですが女官たちに聞かれたらまずいし、どうしよ
殿下の部屋の前を離れて自室に入り、私は勢いよく寝台に寝転がった。 疲れた。 殿下の誕生日の祝宴。怪しい女官。殿下のおじい様の言葉。陛下の執着。そして―― 私は自分の唇をそっと指先で撫でる。 先ほどの殿下は、普段とは別人のようだった。 まるで肉食獣のような目で私を見つめていたが、あれが殿下の本質なのか? 陛下とはまるで違う、と思っていたがその本質は同じなのかもしれない。 私は、殿下の何を見てきたのだろう。 私は今まで皇帝陛下と何度も身体を重ねてきた。それは私が望んでのことだし、愛人であり遊びであることも理解していた。 なのに私は殿下と過ごすようになってから陛下から心が離れ、以前のようなときめきはなくなってしまった。 そして殿下の行動、言動に心を揺り動かされている。 私は仰向けに寝転がり、天井を見つめる。 「私らしくないだろう」 年下の殿下に振り回されるなんて。 自分で自分の感情がよくわからない。 けれど。殿下に口づけられて、私は拒否できなかった。「嫌では……なかったしな」 そう呟き、私は大きく息を吐く。 皇帝陛下との情事は嫌で仕方なかったのに。私の心はすでに殿下の所にあるのだろうな。そう自覚すると、一気に全身の体温が上がるような気がした。 陛下と関係を持ったうえで殿下とも? いや、それは私の倫理観が許さない。あってはならないだろう。 いくら殿下に皇帝陛下との関係がばれてしまっているとはいえ、ダメだ。そんなのは。 そう自分に言い聞かせて私は寝返りを打ち、扉の方を見つめた。 殿下と同じ屋敷の中。男女が同じ屋根の下、というのは本来ならよくないのだろうが。男が極端に少ないこの国ではありうることだ。そんなことを気にしていたら、護衛などできないのだから。 今、その事が完全に裏目に出ている。 もう私は、この檻から出られることはないのだろうな。 ならば、腹をくくるしかないだろうが。 今私がしなくてはいけないのは犯人探しだ。 恋にうつつを抜かしている場合ではない。 そう自分に言い聞かせて、私は目を閉じた。 疲れていたからだろう。あっという間に私は夢の世界へと旅立った。 翌朝。 朝の見回りをした後私邸へと戻ると、朝食のいい匂いが漂ってきた。 女官が朝食を作ってくれているのだろう。 食堂へと向かうとそこには誰の姿もな
このままではまずい。 そう思い私は口付けの合間に殿下に向かって言った。「お、お戯れは止めてください」「……僕は本気ですよ、シュエファさん」 愛おしそうに目を細めて言い、殿下は触れるだけの口づけを繰り返す。 なんてもどかしいんだろう。 少し前に、皇帝陛下と情事を重ねたあとの私には物足りなさすぎる。 けれどそんなこと口にできるわけがない。 どうやってこの状況を乗り切るのか、その考えで頭の中はいっぱいになっていた。 だが何もまとまらない。私が本気になればこの場から逃げ出すのはたやすい。だがそんなことをしたら殿下を傷つけてしまうだろう。 身体も、心も。 そう思うと動けなかった
湯を浴びて廊下に出ると、案の定殿下が現れ濡れた瞳で私を見つめた。「あの、シュエファさん」 震える声が響き、私の胸に痛みが走る。今、私は殿下の顔をまともに見られない。「はい」 そう短く返事をして私は殿下から視線を外してしまう。 風呂場で確認したが、胸などに陛下の痕がついていた。ということは首にもなにか痕跡が残されているかもしれない。 そう思うと気が気ではなかった。「あの、お茶を用意してあるんですが」 やはりそうなるか。 もちろん断れるはずがなく、私は諦めて顔を上げ、力なく笑った。「ありがとうございます」 礼を告げて私は殿下の後について居間へと入った。 温かな部屋。机の
香の匂いだろう。独特の、甘い匂いが部屋から溢れてくる。 扉を閉めて私は薄暗い室内へと目を向けると、長椅子に腰かけて黒い切子を手にゆったりと座る皇帝陛下の姿が目に入った。 深紅の寝間着を着て胸元がはだけて見える。 室内は暖かく過ごしやすい。 陛下は私の方を見ると、にやりと笑い切子をこちらに向けて言った。「こちらに来い、シュエファ」 私は頷いて答え、外套を脱ぎ陛下が座る長椅子に近づく。 そして外套を腕に抱えたまま、すっと立ち陛下に向かって言った。「お呼び出しに応じ、参上いたしました」 私の言葉を聞き、陛下は声を上げて笑った。「ははは。ずいぶんと硬い挨拶だな、シュエファ。ツァ
この胸の痛みは何だろうか。 そう思いつつ私は気弱そうな顔をしている殿下を見る。 先ほどまで招待客たちの前で凛と対応していた姿からは遠い姿だな。 ずっと気を張っていたのだろうか。 役割を演じなければいけない殿下。そう思うと心がすこしばかり痛くなる。 私が後宮に入る、ということは私は殿下と…… あらぬ想像をしてしまい、私は殿下から目をそらした。まだ後宮に入る、とは決めていないじゃないか。 そもそも私に、殿下の後宮に入る資格などないのだから。 私は皇帝陛下の寵愛を受けてきた。そんな私が殿下に愛されるなんてあってはならないだろう。 そう自分に言い聞かせて、私はゆっくりと立ち上がる