Chapter: 第三章 曰く付きデパートと七不思議のポスター自動ドアを抜けた館内は、思ったより静かだった。かつては子ども連れであふれていた1階フロアも、今は買い物客がまばらに歩いているだけ。秋の終わりとはいえ、まだ日暮れ前。それなのにここまで人が少ないことに、美咲は少し驚いた。(……こんなに静かだったっけ?)小学生の頃の賑やかなデパートが鮮明によみがえる。毎週のように家族で来ては、必ず誰かに会う。誰に会ったかを月曜日に話題にしたり、古いプリクラ機の前に列を作ってワイワイしたり。大人にとってはただのショッピングモールでも、当時の美咲たちにとっては“社交の中心”だった。色の褪せた壁紙を見つめながら、美咲は思う。(……デパートも、私たちが大人になる間に、同じだけ歳を取ったんだな)フードコートへ向かおうと歩き出したとき。美咲の視線が、古い掲示板に吸い寄せられた。端には、色あせた一枚の張り紙。『199X年 館内にて通り魔事件発生 お客様にはご協力いただきありがとうございました』「……あ。そういえば、こんな事件あったな」声に出してみて、ようやく思い出す。あの頃、地元中がざわついた“あの事件”。数メートル先にいた悠が、足を止めた美咲に気付き振り返る。「おーい美咲! 早くフードコート行こうって! 俺トイレ二回済ませてきたから、お腹空きすぎて死にそう!」「もう! そんなの大声で言わなくていいから!!」美咲は呆れながら、小走りで悠に追いついた。美咲は気づいていなかった。この時点で、すでに“七不思議”は美咲を見つけていたことを。⸻フードコートでは、お互い好きなものを注文し、食事をしながら他愛ない会話を楽しんだ。「そういえば美咲って、休日は何して遊んでるの?」「最近は山登ったり、神社巡ったりかな。」「神社巡りかぁ。今流行ってるよな。」「なんかね……落ち着くの。 昔からちょっと“敏感”でさ。 だから神社に行くとスッとするっていうか……」「美咲って、そういう感覚あるよなぁ。 ターボーが言ってたもん。 『美咲って怒ると迫力すごいし、霊とか寄ってこなさそう』って。」「誰よターボー……あぁ、あの足速かった子?」「そうそう。今や俺の腹痛の相談相手。」「どんな友情?」「ターボー言ってたぞ。 『美咲って、委員長っぽい顔してる』って。」「なにそれ! どんな顔よ!?」悠は笑い
Last Updated: 2025-12-26
Chapter: 第二章 地元での再会と、胸に灯る違和感地元の駅に降り立つと、懐かしい空気がふっと肌を撫でた。「うわぁ、帰ってきたって感じする……」商店街の匂い、少し低めの建物。街全体が、昔のまま時間を止めているようだった。背後から肩を軽く叩かれる。「よっ」振り返ると──篠原 悠がいた。少し大人びた雰囲気、整った髪、優しい笑み。見た目だけなら少女漫画の“いい男”そのものだ。「久しぶり、美咲」(えっ……普通にカッコよ……)と思ったのも束の間。「今日腹の調子が朝から最悪でさ。ここ来る前も一回ヤバくて、遅刻するかと思って焦った〜!」カッコいい顔で言う内容じゃない。美咲は一瞬で現実に引き戻されるような、なんとも言えない表情になった。(……あぁ、そうだ。この感じ。“残念イケメン”って呼ばれてたなぁ。)久しぶりに会う同級生女子に二言目でトイレ話題を出すとは……その懐かしさに思わず吹き出してしまった。「? 何笑ってるんだよ、美咲!」「…何でもない! 久しぶり、悠。元気してた?」美咲が微笑むと、悠は一瞬言葉に詰まり、照れたように視線を逸らした。「…あぁ。美咲も元気そうで良かった。 じゃあ、行くか?」耳が赤くなるのを隠すように、髪を直すふりをして。「うん! 地元は夏以来だけど、あのデパートはもっと久しぶりだから…楽しみにしてたんだよ。悠はよく行くの?」「いや、俺も久しぶりだよ。車持つようになってからはアウトレットとかモール行くからさ。」「車あると便利だよね〜。あたしも駐車場さえあれば買うのになぁ。」「美咲は電車で事足りるからいらないだろ。維持費とか大変だぞ。」「ガソリン代も高いもんねぇ。でも好きなとこにパッと行けるのは羨ましいよ〜!」自然と続いていく会話。久しぶりとは思えないほど心地よく、二人は胸を弾ませた。今日は楽しい時間が過ごせる気がする。── 「優しいって……じいちゃん達に言われるのとは違って、美咲に言われるのは……なんか照れるな!」その表情に、美咲もふっと視線を落とした。(こういうところ、昔のままだな……)優しくて、照れ屋で、笑うと無邪気なところ。小学生の頃の記憶が鮮やかに蘇る。やがて、目的地であるデパートが見えてきた。外壁の茶色いタイル、少し古い看板──全てがあの頃のまま、時間が止まっているように見える。「懐かしいなぁ。昔、ここの本屋で立ち読み
Last Updated: 2025-12-26
Chapter: 第一章 再会は偶然か、必然か電車が揺れた瞬間、手の中のスマホが震えた。『あなたと相性度90%の相手をご紹介します』と通知が表示された。仕事帰りの疲れきった体を、ガタンゴトンと小刻みに揺らされ、車内の暖房によって体を温められた美咲は、必死に眠気と戦っていた。眠気交じりにスマホ画面に目をやった美咲は、何も期待する事なく『表示する』をタップする。(ああ、いつもの“ピックアップ表示”ね…)今までも何度か表示されたが、「いいね」を押したくなる男性が出てきた事はない。しかし、今回は違った。美咲はスマホに表示された写真を見た瞬間、固まった。YU.S──29歳。「……え?」車内で自分だけなのに、思わず声が漏れてしまい、誤魔化すように咳払いをした。美咲はもう一度、スマホ画面に目をやった。プロフィール詳細をタップして、更なる情報を確認する。登録写真には夕日を写した風景写真もあった。それは美咲の地元で有名な、夕日スポットだった。名前はイニシャルだけだが、分かった。この横顔、この笑い方。彼とは小学校も中学校も、数回同じクラスだった。“残念イケメン”という称号を持つ、元同級生。——篠原 悠。見た目は昔から整っていたけれど、時々見せる残念な言動が絶妙で、教室をふわっと明るくするタイプだった。アプリの中の悠は、当時のあどけなさを残しつつ、きちんと“大人の顔”になっていた。(悠もこのアプリ使ってたんだ……)懐かしさと気恥ずかしさが入り混じり、美咲は無意識に唇を噛んだ。写真の悠は、笑っているのにどこか影があって、「昔と同じなのに、昔よりかっこいい」そんな矛盾した感情が胸をくすぐる。美咲はスマホを閉じ、窓に映る自分の顔をちらりと見た。マスク越しでも、少し疲れているのが分かる。(……大人になるって、こういう“余裕ない感じ”なんだなぁ)営業職になって六年。仕事は嫌いじゃないけれど、残業の日が続き、帰れば倒れるように眠るだけ。少し早く帰れた日だけが小さなご褒美で、コンビニの缶チューハイとお菓子が、密かな癒やしになった。休日は山に登ったり、神社に行くようになった。自然の空気や鳥居をくぐる瞬間が、胸のざわつきをそっと静めてくれる。(そろそろご朱印帳買いたいんだよな……)そんな日々を過ごすうちに、気づけばもうすぐ三十歳。「結婚しなきゃ」と焦っているわけじゃな
Last Updated: 2025-12-26
Chapter: プロローグ 呼吸するデパート夜のデパートは、人の気配が消えた途端、「静寂」を取り戻す。だがその静けさは、空っぽではなかった。——むしろ、薄闇の奥でゆっくりと息づく、名前のない“気配”完のようだった。その呼吸のような静けさを引き裂くように、美咲は必死に走っていた。床に叩きつけられるブーツの足音だけが、やけに大きく響く。背後では、気配がずるりと形を変えながら迫ってくる。別の通路では鏡の奥がくすりと笑い、天井からは軋むような、終わりの見えない溜息の音が落ちてきた。美咲は喉の奥が震えるのを必死で押し込めた。「……神様。 あたし、ただ—— マッチングアプリで“彼と再会して”、 一緒に買い物してただけなんですけど……?」本当に、ただそれだけ。何年ぶりかに連絡を取り合って、少し浮かれて、久しぶりに“デートみたいな時間”を過ごしていただけなのに——。まさかその数時間後に、“生きているデパート”の中を命がけで走る羽目になるなんて。美咲は、1ミリも思っていなかった。それでも、背後から伸びてくる気配は止まらない。デパートは確かに静まり返っているはずなのに、ここでは“何か”が確実に目を覚まし、美咲の存在を意識し始めていた。逃げなければならない理由は、もう説明できる段階を越えている。ただ本能だけが、ここにいてはいけないと叫んでいた。
Last Updated: 2025-12-26