「うん、わかった」

「うん、わかった」

last updateDernière mise à jour : 2025-07-10
Par:  松坂 美枝Complété
Langue: Japanese
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財閥の御曹司・藤原辰巳は、素性を隠して7人の女子学生を恋人に仕立て上げ、監視と命令による支配を築く。彼女たちは何をされても「うん、わかった」とだけ答えたが、その静寂の奥には確かな意思が潜んでいた。燃え盛る炎と狂気の果てに迎えた死。幽体となって過去を俯瞰する辰巳の前に、指を失い、命を奪われた者たちの怨嗟が現れる。最後に彼が聞いた「うん、わかった」は、かつて誰よりも軽んじた言葉の重みだった。これは、支配の果てに訪れた審判の話。

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Chapitre 1

クズ男

藤原辰巳という男は、どうしようもない男だった。 御曹司の家に生まれたというだけでその幸運を余すことなく享受し、世界で一番自分がえらいとまで思っていた。 実際藤原家が及ぼす影響は大きく、辰巳が道を歩けば周囲の人間は目線を下げて場所を譲り、彼が何をしようが子供から大人までがそれを受け入れ、形作ったような笑みを浮かべてへこへことひれ伏した。 人を殺めたこともあるが、親がそれをもみ消した。警察も藤原家の影響を受けていたので何もできなかった。 女関係も派手で、目をつけた女はすべて彼の手中に収まった。 もちろん人を大事にするような男ではないから女性への扱いもひどい。 崖から蹴り飛ばされて頸椎を損傷した者、酒を飲ませすぎてアルコール中毒で入院させられた者、焼けた鉄板の上に顔面を押し付けられて顔を潰された者もいた。 それでも彼の恩恵にあやかろうとする女たちは後を絶たないのだから、彼が反省するわけもなく、金と権力の鎧をまとい、辰巳は人生を謳歌していた。

「ああ、いいことを考えた」

注がれた酒を数的こぼしたという理由で先ほどまで寵愛していた女の手首を折った辰巳は、女の悲鳴がうるさいと女を叩き出した後、ふと笑みを浮かべて周囲に目を輝かせて話し始めた。

「辰巳様はいつも壮大なことを考えなさるからな、楽しみです!」

バーを借り切り、周囲には若い男女がいたが、気の弱い者は手の震えをなんとかこらえようと両手を後ろに組んで、愛想笑いを浮かべた。 藤原辰巳という男はそういう光景に慣れており、人の喜怒哀楽がわからない。だから相手の笑みが本物かどうかまでの見分けがつかない。 放し飼いにされた狂犬は、機嫌次第でなんでもやる。 先ほどの女などはまだいいほうだ。手首だけですんだのだから。 辰巳は酒臭い息をまき散らしながら高慢に言った。

「女を7匹飼って、度胸試しをする」

誰も彼の言った意味がわからず、愛想笑いを貼り付けて返答できなかった。

「この間の殺しで親父に散々殴られて、もう殺すのはやめろと言われたんだ。で、さっきの女でとりあえず打ち止め。しばらくおとなしくするつもりだ」

辰巳は端正な顔にできた青あざを忌々しそうに撫でた。 彼がこの世で唯一逆らえないのは父親だった。 父親も息子の問題には少なからず頭を抱えており、幼少時から折檻で押さえつけようと彼なりに努力はしたが、息子は結局こんな風に育った。 自分の恵まれた環境が親からのものであることを知っている辰巳は、その素晴らしい思い付きを周囲に話した。

「俺のことを知らない女を7人用意して、それぞれに家を与える。そこから俺の指令を忠実に行うさまを、皆で見物するんだ。きっと楽しいぞ」

何が楽しいのかわからなかったが、周囲はとりあえず歓声を上げた。

「さすがです、辰巳様!」

「そうだろうそうだろう」

辰巳はその当たり前の声を寛大に受け止めた。

「親父の目をごまかすためにおとなしくしている間、大いに笑わせてくれる舞台を整えよう」

下手に口を挟めば何をされるかわからないので、周囲はただ声を上げて喝采した。 彼が望むのはただの肯定のみ。 父親以外の意見など、全くの無意味なのだ。 周囲は彼の言いたいことがわからなかったので、辰巳が帰った後でひそひそと各々が推測を始めた。

「女を7人て?」

「辰巳様のことを存じない女を7人。そいつらに別荘を用意して…監禁ってこと?」

「辰巳様のことを知らないのに監禁なんかされたら逃げ出すだろ?」

「じゃあ逃げ出さないようにして、指令を……どういうこと?」 「つまりだ」 ひとりの男が神妙に言った。彼は辰巳のそばにいて長く、辰巳の支離滅裂な言い分をなんとなく説明した。

「7人の女に自分を恋人だと思わせて、家を用意し、頼みごとをする。料理を作ってくれでも、インテリアを変えてくれでも。それを監視カメラで映して、自分をひたすら待つ女の姿をみんなで鑑賞しようってことじゃないか?」

「えー!」 周囲は驚いた。

辰巳という男の残忍さを皆はよく知っていたからだ。 そんな「普通」のことを、辰巳がするか? 7人も?

「辰巳様はこの間、男女が数人で恋人同士になるかならないかをリアルタイムで見る番組をご視聴なさって、楽しんでおられた。その影響かもしれない」

それにしても女7人に対して男は自分ひとりだけというのが辰巳らしいが…

「それって面白いの?」 ひとりが声を潜めて言った。

辰巳が聞いていたらおそらく命はないだろう。

「辰巳様が与える指令だ。常人ではない内容なのかもしれない」 それを口にした瞬間、言った本人と周囲はぞくりと寒気がした。 スプラッター映画のようなものを、見せられるのかもしれない。 彼らは辰巳にへつらっている集団ではあるが、辰巳ほど残忍にはなれない。彼に命じられて絶叫しながら指を切り落とした男のことを思い出した。 あれを7人分見せられると? もう今から嫌だ。

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7人の彼女
辰巳は藤原家の影響を受けない町に来た。 そこで身分を変え、人の大勢いる場所、大学に足を踏み入れた。 幼少期からずるがしこく、演技力に長けていた辰巳は、おのれの目的のためなら相手に低姿勢で接することもできる。 おとなしくて従順そうで、名前に数字がついている女学生を調べ、さりげなく近づいて行った。 一美(ひとみ) 二葉(ふたば) 三枝(みえ) 四つ葉(よつは) 五実(いつみ) 六子(むつこ) 七湖(ななこ) それぞれに接触し、デートを重ね、告白し、恋人になった。 器用なことに、辰巳は彼女たちの前に出るときは変装し、間違えることはなかった。 何しろ彼女たちのことを数字で覚えていて、一番にはカジュアル、二番には黒縁眼鏡のインテリと役割も決めていたので、手下たちにも情報を共有し、デート前の服装チェック、言葉遣い、何を話したのかまで記録させ、会う前には簡単なおさらいをして彼女の前に立った。 彼女たちは純粋無垢で、多少の戸惑いは見られたが、すぐに辰巳の告白を受け入れて恋人になった。 辰巳は身分を明かさなかったため、彼女たちは辰巳が大金持ちであることも知らない。 なので質素なデートにも何も文句は言わず、ただおとなしく辰巳に従っていた。 7人もいるというのに、彼女たちは似たような性格であり、辰巳のことを知らないはずなのに、口数も少なく、ただただ辰巳の言うことを従順に聞くだけなので、辰巳は満足するとともに退屈を感じた。 辰巳が女たちを手荒く扱うときは、大抵女側が何かをねだったり、わがままを言ったり、気に入らないことをするときなのだが、7人いる彼女たちにはそれが全くない。 一週間、毎日違う女と会っているのに、あまりにも彼女たちは無個性だった。 血のつながりがあるのではと邪推して、部下に調べさせるほどであった。 だが彼女たちは学部も違うし、顔も全く違う。 いつも辰巳の言うことに、 「うん、わかった」 と答えて辰巳の言葉通りに動いた。 誕生日にもらったと嬉しそうに話す一美の手から「うっかり」それを奪って「うっかり」床に叩きつけても怒ることはせず、悲しげに見つめるだけ。 「ごめん」と謝れば、こくんとうなずいた。 「うん、わかった」 二葉と美術館へデートへ行ったとき、二葉は好きな画家のグッズが売られている販売所へ行き、ポストカードを買った
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