Chapter: 【後日譚】一蓮托生「ママ〜、ゆうとくん家行く〜」「またぁ⁉︎ 奏、昨日も遊びに行ったじゃない。ご迷惑になるわよ」「ゆうとくん家に行く〜!」 3歳になった奏は暇さえあれはいつも山橋家に向かうと駄々こねる。生まれたばかりの悠人を1人で世話するのは大変なので私たちもよく家を尋ねてはいるのだが……昨日の今日では悠輔もゆっくり出来ないだろう。「奏、パパと手漉き和紙作ってみないか?」「ゆうとくん家行くもん〜!」 私の提案はあっさり無視され少し打ちのめされる。全然和紙に興味無さそうだ。3歳児の駄々をどうしたものか……と夫婦で困っていれば、インターホンが鳴りなんと悠人を抱えた悠輔が玄関の前にいた。「海都さん、楓さん、ごめんなさい……俺をちょっと1人にさせてくれませんか」 * 芦屋家に悠人が来たことで奏は大喜びだった。山橋家に向かうことではなく悠人に会うことが目的だったのだろう。「ゆうとくん、かわいーねえー」 ベッドの上で静かに眠っている悠人の手をそっと握りながら奏は隣にいる。兄にでもなった気分なのだろうか。 悠輔は悠人を預けたきり外出してしまいどこに向かったのかわからなかった。「あなた……もう一度一緒に暮らさない? 生まれたばかりの子供を育てながら働くのは大変よ。わたしが奏を産んだ時だって……結人さんがよく面倒を見てくれていたもの」 楓がぼそっと私に言う。 芦屋家的には反対することなど何もない。あとは悠輔の気持ち次第なのだが……彼はいつも「大丈夫ですから!」と明るく言って断っていた。 しかしそろそろ限界なのではないだろうか。「結人くんはもういないからな……」 昼間から夕方、そして日が暮れても悠輔が戻ってくる気配は無い。心配に
Last Updated: 2026-10-30
Chapter: 【番外編】15悠輔と結人 温かな日差し。 手を握られている感覚。 赤子の泣き声。 そっと目を開けると、悠輔が顔を覗き込んでいる。僕は……?「お疲れ様、結人。赤ちゃん無事に産まれたよ。元気な男の子だ」 隣の泣き声は僕の赤ちゃん――息子だったか。体は動かず、何とか首だけを動かす。おぎゃあおぎゃあと大きな声で泣いては小さな手を彷徨わせている。「悠輔……赤ちゃん、僕の腕に抱かせてくれる……?」「ああ」 悠輔が一度抱えたことでこれまた大きく泣き出し「わ、わー。嫌なのかな⁉︎ ほ、ほら! ママだよ〜」とおどおどしながら手渡される。そうか。僕がママか。 腕の中に感じるずっしりした重み。とても温かい。あんなに泣いていたのに僕が抱くとうとうとと目を閉じて眠っていく。「ママの方が落ち着くのかな」「これからパパが抱いていくんだから」「……そんなこと言わずにさ? もっと俺たちと過ごしていこうよ」 これからも家族3人で。 とても魅力的だった。 答えようとしたけれど、なんだか僕も猛烈に眠くなってしまい瞼を閉じる。「……結人?」「……うん」「結人。……ゆいと、まだ寝るなって」「んー……」 どうしても瞼を開けることが出来ない。腕の中にいる赤ちゃんの温もりを感じながら。意識が遠くなっていく。でも、これは伝えなきゃ。「この子の、名前は……〝|悠人《ゆうと》〟でお願いね……」 悠輔と結人から。悠人。 素敵な名前でしょ? 妊娠している時に、2人で考えていたんだ。男の子が生まれたら悠人にしようって。「うん、うん、わかった……ちゃんと申請しておく、から…&hel
Last Updated: 2026-10-30
Chapter: 【番外編】14見つかる前に 母親は九条たちに何も告げ口しなかったのは本当のようで、しばらく経っても誰かが家に訪ねてくることはなかった。 母親はただ本当に僕の様子を見に来ただけだった。……そういうものなのだろうか、母というものは。 しかし万が一のためにも「妊娠した」という報告は芦屋家以外には誰にも言わなかった。この期に及んで押しかけられたりでもしたら、尚更逃げるなんて困難だ。 僕たちは幸運に恵まれたのかあの日の一度の出来事で子供を体内に宿した。日が経つにつれて大きくなるお腹。様子を見に来てくれた楓に連れられた奏が不思議そうに膨らんだお腹を見ている。「お腹の中に赤ちゃんがいるんだよ」 伝わるかわからないけど。奏の手を僕のお腹に触れさせると、目をキラキラさせて僕のお腹を撫でていく。奏は2歳半。この中に命が宿っていること。何となくわかるかな。「あ、動いた。……奏くんに反応してるのかも」 絶対元気に、健康に産んでみせるから。今はまだ僕のお腹の中で待っていて。 * 臨月になり、家から病院へ移動し入院することになった。陣痛にかなり苦しみ気が遠くなるも、絶対にこの子を無事に産むという気持ちだけで痛みに耐える。 ……この時、とうとう九条が家を突き止めたらしい。しかし家には悠輔しかおらず、僕は入院中だったためシラを切ることが出来たようだった。悠輔が九条を知っていても、九条は悠輔が僕を連れ出してくれた人だと知らないから出来たことだった。それでも「結人はどこだ」と詰め寄る九条の姿は海都も見つけて追い払ってくれたらしい。 本当に、僕たちは芦屋家に助けられている。いつか恩返し出来たらいいな。「ぐ……、そろそろ、産まれる、のかな?」 痛みと、体の弱さと。けほけほ咳き込んでしまえば骨が折れそうだった。子供だけは守らないと。 両手をお腹に添え、撫でていく。 元気に産ま
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 【番外編】13僕がいなくなっても「――ぃと……結人!」 日は暮れて部屋の中はすっかり暗くなっていた。体を揺すられる感覚にそっと目を開くと、悠輔がいた。悠輔の服で作った巣。「……遅くなってごめん。発情期治らない感じ?」「うん……抑制剤も飲んだけど……効果ないみたい」「そう……」 服の山を掻き分け上半身を起こす。悠輔は、僕と服の山をまじまじと見ながら「これが、巣作り……」と呟いてポッと顔を赤く染める。「え、どうしたの」「いや……結人が。俺を待ってくれていたんだって思うと。嬉しくなっちゃって」「……ふふ」 両手を広げたら悠輔の大きな体の中にすっぽり埋められる。温かくて力強くて良い匂い。 この町に住んでからも、しばらくは芦屋家にいたから。2人だけの時間というのはお預けだった。やっと、出来る。愛し合う時間。「結人」と呟く悠輔の優しい低音ボイスが耳元で囁かれるだけで、僕の体温は一気に急上昇した。 このまま欲に流されてもいい。 でも。同時に悠輔に頼みたいことがあった。「悠輔……お願いがあるんだ」「なに?」「……僕。子供が欲しいんだ」 目を見て伝えれば、熱を帯びていた彼の瞳は一気に覚醒したように見開く。「何を言って――」と反対されそうになった口を人差し指で塞ぐ。僕の話、聞いてくれる?「……今日、昼間に僕の母さんがこの家を尋ねて来たんだ」「え……住んでる場所がバレたってこと⁉︎」「それはいいんだ。母さん1人で様子を見に来ただけだったし、誰にも言わないって約束してくれたし。ただ……父さんや九条は、まだ僕を探しているみたいで」「……」「捕まっ
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 【番外編】12母と僕 心臓がドクドクと脈立っている。呼吸も荒くなる。どうしてここに母親が。 サッと周りを見渡すも他の人がいる気配はない。母親だけ。「……少しだけ、話してもいいかしら」 静かに。目を伏せて。申し訳なさそうに母親は言う。「……。……どうぞ」 玄関を通す。鍵を閉めて、居間に通す。 テーブルを挟んで向かい合って座る。「九条は?」「いないわ。わたし1人だけで来たの」「……何の目的で」「息子の様子を見に来ただけよ」 何を今更。母親面しているんだ。「αとはもう関わらないって決めてるから。帰ってよ」「結人。母さんは――」「今更ッ! 心配されたところで遅いんだよ! 気にかけてくれるならどうして家にいる時Ωになった僕を庇ってくれなかったのッ!」 思わず怒りに任せて叫んでしまう。突然に肺が驚いたように痙攣して咳き込む。「ひゅっ、かはっ」と過呼吸のように苦しむ僕に対して母親は「東雲家の質を落とすわけにはいかなかったのよ」と言う。「じゃあ、やっぱり僕は出来損ないだったんだ。僕が家出して清々した?」「逆よ。東雲家はもうめちゃくちゃよ」「……どうして? 出来損ないはもういないのに?」「……東雲家や九条家とか関係なく、Ωの奪い合いになったのよ」「……え? は? ……どういうこと?」「……まだ結人が家出したと気づいてなかった父や兄は土壇場でΩの結人を手放すのは惜しいとごねて、でも婚約していた九条は結人が欲しいと争いになって……酷いものだったわ」「……父さんや兄さんまで、僕を自分のものにしようとしてたって言うの……?」
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 【番外編】11訪問者「結人、俺工房行ってくるけど……体調はどう?」「けほっ……大丈夫、横になっていれば平気だよ」「……そう?」「うん。行ってらっしゃい」 僕の体調は悪くなる一方だった。 一度病院に向かい原因を調べたけれど医者には「原因不明」と言われてしまった。入院する選択もあったけれど……お金が当然かかってしまうし、悠輔と会う時間が減ってしまうなら……と断った。通院して、気休め程度にお薬を貰う日々。 悠輔には全てを任せてしまっている。僕はやっぱり何も出来なくて謝ってしまえば「謝るのは禁止!」と言われてしまう。「俺は家で結人が待っているだけで働く原動力になるのに」「本当に?」「そりゃそう! 前に工場で働いていた時はしんどかったけど、今は工房で海都さんも優しく指導してくれるし、楽しい毎日なんだ。だから、結人は安心してこの家にいて」 そう言われてしまったら何も言えなくなる……というのを2ヶ月に1回は繰り返している。悠輔は何も心配することはないと言ってくれるけど。僕はやっぱり気掛かりだった。何も出来ていないって。「結人は……今の生活が不満?」「不満じゃないよ。ただ……僕は悠輔に何も返せていないって思う……」 体が弱いから。出来ないのは仕方がない。わかってはいるけれど。割り切るしかないというのも頭ではわかっているけれど。 いつか捨てられてしまうんじゃないかって。 優しい悠輔がそんなことするはずないと知っているはずなのに。そんな不安がチラついてしまう時がある。「うーん」 悠輔は何と言えば僕が安心出来るかを考えてくれている。……そろそろ出勤する時間だよ。「遅刻するよ」「ヤバい! 行かないと! 行ってきます! 何かあったら連絡してね!」
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 2-2倫理もクソもねぇぜ委員長!「おや、もう抵抗しないのですか」「どうせ、今のオレは抵抗出来ない……好きにしろよ、オレで遊べばいい」「……もっと暴れるかと思いましたが……まあ、それは《《また今度》》にとっておきましょうか。今、楽にしてあげますから」 何が楽だ。オレは今屈辱でいっぱいだ。 ジジ……とズボンのチャックを下され中に手が入り込む。身動げば「力抜いて」と囁かれゆっくり扱かれていく。 初めての経験が男だなんて。密かに描いていた可愛い彼女との初えっちの夢はもう来ない。 くちゅくちゅ、と教室には合わない卑猥な音が響いていく。襲われてるだけならまだしも、TPOを弁えてない場所でこういうことをしているという事実にも打ちのめされていた。チャラ男のオレがそうなのに、橘は何も考えていないのだろうか。風紀委員長なのに、倫理観とか無いのだろうか。 弄られ続けていくとどれだけ絶望していても素直には下半身は反応していく。呼吸が乱れていくオレに、橘が声をかける。「手、退けてもらえますか。日向の感じている顔見たいです」「何でだよ。野郎の顔なんて見たくないだろ」「見せてください」 シュル、と。 顔を隠している両手首がギュッと縛られる感覚。慌てて手と顔を離せばオレのネクタイで拘束されていた。「……や、やっていいことと悪いことがあるだろ……」「日向を襲うことはやっていいことでしたか?」「人の意志無視してやること全部ダメだろ! 襲うのは百歩譲ってとして……縛るのは、もっとダメだろ……っ」「何故ですか?」「……身動き取れねえの、怖いじゃん」 俯いて、正直に言う。この怖さ、多分当事者にならないとわからない。力で敵わないというのに、縛られたら尚更。 クス、と笑われた。振り返る前にドン、と背中を押されて床にうつ伏せに押し倒
Last Updated: 2026-11-01
Chapter: 2-1倫理もクソもねぇぜ委員長!「おはようございます。日向、また制服を崩して着ていますね」「……」「日向。返事をしなさい」「……」 するかよ。昨日は結局一限目遅刻になってしまったし、オレはまあまあ腹が立ってるというのに。何も無かったかのように声をかけてくる黒髪眼鏡野郎をジト、と睨み無視して通り過ぎようとする。「日向」 手首を掴まれる。これまた半端ない握力。「痛いッ」と顔を歪めれば「やっとこっちを見ましたね」と橘は淡々と言う。「なんだよ! 構ってちゃんかよ! いつも通りに声かけてほしいならお前から謝れよな!」「謝る?」 首をコテンと傾げられる。コイツ、昨日オレが何故怒ったのか理解してないというのか……!「あのなあっ! 昨日代わりにチェックして――」「ちゃんと第一ボタンまで留めるように」 また勝手に手が伸びてボタンを留められ、ネクタイもキツく締められる。苦しさに顔を顰めれば「お似合いですよ」なんて言われる。皮肉か。「マジ萎え……」「萎え?」「委員長といると気が滅入るってこと!」 背を向けて早々にネクタイを緩める。第一ボタンを外したところで「そうか、自ら留めさせるようにすればいいのか」と橘は呟いている。「明日には規則正しくしてもらいますよ」「勝手に言ってろ」 なんて事があったのが午前中だったのに。 放課後、オレも美化委員の仕事があって学校に居残って掃除していた。オレが美化って意外? でも掃除するのは案外好き。綺麗になっていく過程が気持ちいいから。やっぱ汚いよりは綺麗の方がいいだろうし。 今日決められた教室を掃除し終え、一人で廊下を歩いていた時。真横の教室のドアが開いて手を掴まれ、中に連れ込まれる。あまりにも強い力で引っ張られ相手にぶつかる。抱き止められ、見上げれば無表情の橘がいる。「……んだよ」「日向には明日から風紀を守ってもらいますから」「良いだろオレがどんな見た目でも。風紀委員以外には迷惑かかってないんだから――」「強引ですが、失礼します」 胸元に手が伸びまたボタン留められる……と思っていたのに。ぷち、ぷち、とボタンを外していく。何をしているんだ? と呆然と手元を見つめていれば今度は勢いよくバッと肌蹴られ上半身が露わになる。 え? 何? 訳わからずに橘を見上げれば、変わらず無表情でも、舌舐めずりしていて……慌てて距離を取ろうとするがしっかり制
Last Updated: 2026-10-12
Chapter: 1好かないアイツは委員長! 髪型良し。爪の手入れ良し。昨日ギャル友の女子から貰ったピアスを耳に付け、鏡の前で微笑んでみる。「うん、今日のオレもイイ感じ!」 流石オレ、ビジュ良〜! 鏡の自分に向かって親指立てて、まだ眠っている愛犬に「行ってきま〜す!」とだけ声かけて学校に向かう。 オレ、|日向《ひなた》 |真《まこと》。高校二年生。みんなからは通称ヒナって呼ばれてる。真って呼ぶのは家族くらい。髪を染めて制服を崩して着ていても「まあ無遅刻無欠席なら」と片目を瞑ってくれている。だってせっかくの高校ライフ、地味に過ごすなんて勿体ない。友達たくさん作りたいし遊びたい! となったら話しかけてくれる友人達の影響もあってこんな見た目になった。まあ、通ってる高校がバチクソに拘束厳しいってわけでもないのが幸いだった。 チャラ男だけど一応テスト勉強はしてるし赤点は今の所取ったことがない。だって勉強出来ないかあからさまな派手なヤツって、ちょっとダサいじゃん。だから一般良識はしっかり頭に叩き込んでいるつもりなんだけど……。「日向。また襟足伸ばしっぱなしですか」 校門前、風紀チェックをしている委員長──|橘《たちばな》 |律《りつ》に今日も睨まれる。ていうか、他にも規則守ってない生徒はいるはずなのに! なんで委員長はいつも目敏くオレを見つけるんだ。「おはよーございまーっす! 委員長、今日も朝から機嫌悪いですね! そんなに眉間に皺寄せちゃったら、みーんな怖がって逃げちゃいますよ!」 皆から恐れられる橘とのやり取りも数えきれない。もう今のオレにとっては朝飯前だ。皺が寄っている眉間に手を伸ばし指でなぞる。「日向……!」「せっかくイイ男なんだから、モテ期逃しちゃダメだって!」 何を隠そう、この男――橘は男前だった。体は鍛えているのか体格は良く、風紀委員長というだけあって制服は崩して来た事はないし、頭髪も引っかかったことがない。あーあ、この男がチャラ男になったらオレと今仲イイギャル友も橘に一直線になるんだろうな〜……と謎の敗北を感じながら眉間をツンツンしていれば手をバッと取られる。やべ、調子乗りすぎたか。「……に、しろ」「え? なんて?」 いつも発音良いのに今日は小さな声で聞こえなかった。オレよりも身長は高くないから俯かれると表情は見えない。少し屈んで下から顔を覗き込めば、ヌッと手が伸び勢いよく第
Last Updated: 2026-10-12
Chapter: 18阿鼻叫喚 作戦を実行する以前の問題。 既に目の前に怪異がいる。 皆が呆然と怪異を見上げる中、グォオ! と大きな鳴き声を上げて……怪異は大きな口を開ける。「恨むなよ」 1番前にいた田沼は後ろにいた男子生徒に言うと、前に差し出した。男子生徒が何か言い返す前に上半身は怪異の口の中に入り込み……背骨がバキバキ、と教室に響き渡る音を出して折れていく。 だらん、と暴れていた両腕が揺れる。 ムシャァ……ムシャァ……と男子生徒の体は怪異の中に取り込まれていく。 ゲップをした怪異は、体に付いている複数の形の違う人間の目で周りをキョロキョロし次のターゲットを探す。 ここからが地獄絵図だった。 皆が悲鳴を上げ散り散りになる。 怪異は中にいる生徒たちを食べ尽くそうと狭い入り口をどうにか潜り抜けようとしている。 教室の隅に縮こまって泣いている者。 机を移動させて怪異が入って来れないようにしている者。 反対側の扉から廊下に飛び出して逃げる者。(……あれ? 怪異の頭にいるのは――) 今まで見た怪異と違うのは、頭の上に狐と狸がいたことだ。その2匹は……怪異に呑み込まれた剥き出しの腕を咥えて取り出そうとしている、のだろうか。 皆が逃げ惑い、心臓も強く脈立ち苦しいくらいなのに頭はどこか冷静でカメラを構えて狐と狸にピントを合わせてシャッターを切る。 その後、慧護に手を引かれて教壇の中に隠れる。 教室にすぐ入ることが出来ないと悟った怪異は目玉をギョロッと廊下に向け一目散に駆けて行く。 数秒後、数人の悲鳴とバキッと骨が折れる音がした。 静寂。「もう、大丈夫みたい」 慧護が教室を見渡して僕に言う。僕も立ち上がり、怯えている生徒たちを見……廊下を少し見つめる。もう狐と狸の姿は無い。
Last Updated: 2026-11-01
Chapter: 17話し合い 改めて皆に情報を共有する。 あの恐ろしいナニカ――怪異は、人間を丸呑みにするということ。見つけたらずっと追いかけてくるということ。移動速度はゆっくりなのに、追いかけてくる時はとても早いこと。 授業中でも見ない真剣な顔で慧護の話を皆は聞いていく。「あと、皆にも見てほしいんだけど……」 慧護が僕を見る。写真のことだろうと駆け寄り慧護に渡せば、皆に写真を見せていく。 血みどろの校舎。 腸の中にいるような廊下。 怪異を撮ると、中には呑み込まれた生徒たちがぎゅうぎゅう詰めで気を失っているということ。 そのどれもを見せても他の人には伝わらず「ミヤマの頭がおかしくなったのではないか?」と疑問に思われていた。 写真でわかることは僕と慧護にしか本当にわからないようだった。「それで、どうする? 俺こんなところさっさと出たいんだけど」 田沼が言うと皆も口々に「帰りたい〜」「お腹空いた〜」と呟く。 慧護も先程までは逃げ回っていた。解決策などすぐに見つからない……と思っていたが。「この異空間から逃げられないなら。あの怪異を学校の外に追い出す……という案は、どう?」 1つ考えていたようだった。いつの間に思いついたのだろう。「出来るの? そんなこと」 尋ねる1人の生徒に、慧護は口角を上げる。「やってみなきゃわからないだろ?」 * 慧護の思いついた作戦は以下の通りだ。 生徒たちは他の場所へ避難し、怪異を教室に誘き寄せる。 誘発する人は窓際に寄る。 そして真っ直ぐ走ってきたところを瞬時に避けて、窓に激突させるというものだった。 かなり危険だと思う。判断が遅れたら呑み込まれてしまうから。「でも、何もやらないよりはいいはずだ。囮は俺がやる」
Last Updated: 2026-10-31
Chapter: 16合流 頭の中で色々考えている間にまたぬちょ……ぐちょ……と音を出してナニカが廊下を歩いて来る気配。 田沼には静かにしてもらい、もう一度死角になる場所からシャッターを切る。今度は迂闊に見つめずにすぐに隠れることが出来た。 ナニカが遠のいてから画面を確認する。自然と慧護も覗き込む形になって見えるようにカメラを差し出した。 そんな僕たちの一部始終を見て「なんだよ、バディかよ……」と田沼が呟いた――ことにも、僕たちは気付かない。「……ほら、これ」「ああ。……青木たちが中で気を失っている。俺たちには写真を撮るとそう見えるんだが……田沼には何も見えないか?」 慧護がもう一度田沼に写真を見せるも、田沼は気持ち悪いものを見たように顔を顰め「あのキモいやつのまんまだよ」と言う。「やっぱり僕たちにしか見えないんだ……どうしてだろう」「うーん。それはまあ、追々考えるとして。ここからどうやって抜け出すか……ずっとここにいるわけにもいかないだろう」「とりあえずまだ残ってる奴らを見つけようぜ」 田沼の提案に、教室を覗きながら人が隠れていないかを確認していく。 しかし不気味な程に静かで人間はこの3人しかいないのではないかと錯覚してしまう程だった。「もうみんな食われてたりしてな……」 田沼の呟きに、写真を思い返す。どういうからくりかわからないけど、まだ死んではいないと思いたい。「肝試しは結構な人数が参加してたから、こんな短時間に全滅……なんてことはないと思うけど」「僕らは時間が経ってナニカの情報があるけど、いきなり目の前にしたら何も出来ないで呑み込まれてしまったかもね」 静かに移動していると、3階の教室でガタ、と音がした。 人間がいるか、化け物がいるか。 慧
Last Updated: 2026-10-30
Chapter: 15見える人、見えない人 下手に歩き回るよりは、教室に隠れてじっとしている方が無難。ナニカも教室の中までは入って来ない。 扉の近くで足音がしないか確認してる慧護と、カメラを常に構えている僕。「……なんだか少し、張り込みしてる記者みたい」 静かな空間で、ぽつりと呟く。「確かに、記者って辛抱強さが大事だったりするよな」 慧護も声のトーンを落として言葉を返して来る。 自身の心臓の音がこんなに伝わるのは初めて。だけど、これは恐怖心とかではなく。生きている、という証拠だった。 と、遠くでバキッ! と何かが折れる音と鼓膜が破れそうな程の高い悲鳴が聞こえた。それから、ドタドタと走って来る音。 走る速さからナニカではない。逃げている生徒なはずだ。 慧護はタイミングを図って扉を開け真横を通り過ぎる人物を教室に引き込む。「うわあ!」「やっぱり田沼だ。よかった、合流出来た」「……あれ。ミヤマと……陰キャくんじゃん」 逃げていた最中だったからか床に倒れ込んで荒い呼吸をしている。僕を見て残念そうにはしていたが……それでもナニカ以外と遭遇したことで「助かった……」と呟いていた。「休憩しながら教えて欲しい。田沼、一緒にいた人たちは?」「……食われたよ」「それは、あのよくわからないナニカ……だよな」「ああ。さっきの悲鳴聞こえたか? あれは……さっきまで一緒に逃げていた青木だったよ」 クラスメイトが。|酷《むご》い死に方をしている。僕が身震いしてる間、慧護は淡々と田沼に聞いていく。「……あのナニカの移動速度は?」「基本ゆっくり。でも……一度見つかってしまうと逃げるのでやっとだ。隣にいる人を助ける余裕なんてない。アイツに見つかったら最後だと思え」
Last Updated: 2026-10-29
Chapter: 14ターゲットの確認 近づいてきたナニカに緩んでいた空気は一気に緊張感が走る。僕と慧護は一度目を見合わせ、そして隠れてカメラを構える。 ただでさえ心霊系が苦手な僕なのに。 心臓バックバクなのに逃げずに待ち構えていられるのは。 背後で慧護が僕の背中に手を添えてくれているからだろう。 ぐちょ……ぬちょ……。 グォオ……と怪物のような呻き声も聞こえる。 近づいた分また強くなる腐敗臭。 吐き気に堪えながら、一瞬を狙う。 教室の真横に来た。月明かりに照らされるナニカを、ファインダー越しに見つめる。 慧護が教えてくれた通り、小さな集まりの1つは人間の目玉で。バチリと目が合った。(う、わ) 心臓は煩いくらいに脈立ち苦しいほどなのに、頭は冷静で静かにシャッターを切る。カシャ、と音がした時ナニカは勢いよくこちらを向く――が、下に勢いよく引き込まれて見つかることは避けられたらしい。 キョロキョロと見渡したあと、ナニカはまた廊下を歩いて教室から離れていく。「……助かった、よ……慧護くん」 僕を下に引き込んだ慧護だったが、バランスを崩して僕が馬乗りみたいになってしまった。慌てて離れると「縁、案外肝が据わってるんだね」とゆっくり起き上がる。「そうかな」「そうだよ。フィルター越しでもヤバい奴を目にしてるのに動揺した気配なかったし、冷静にシャッター切ってたし」「それは、事前に慧護くんから情報を貰っていたからだよ。慧護くんが詳しく教えてくれたから案外……正気度は大丈夫だったのかも。僕だって心臓飛び出しそうだったんだから」 ナニカに見つからなかったことに安堵し、そして2人でカメラを覗き込む。 目の前で見た得体の知れないナニカ。 カメラ越しに見たモノは。「……これは」「やっぱりみんな、巻き込まれて
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 13誘いに乗った理由 ナニカに見つからないように、ゆっくりと進んでいく。静かにしていればぬちょ、ぐちょ……という足音は聞こえて来るはずだ。 しかし1階から2階、3階を端から端まで歩いてもナニカに出会うことはなかった。すれ違っているのだろうか。「ずっと息を詰めているのも、疲れる……」「そうだな。無闇に歩き回っても体力消耗するだけだし。教室に入って休憩するか」 慧護が教室に入り廊下側の席に座る。僕も続けて入ってその後ろの席に座った。 廊下の窓から見える月をぼんやり眺める。(とんでもないことになっちゃったな)「ごめんな、縁を巻き込むことになった」 体を横向きにさせて慧護は僕を見つめて謝る。「……え?」「縁を誘ったのは俺だ。乗り気じゃなかった縁だったのに、こんなことになって。早く帰してやりたいけど、俺も手探りなんだ」 ごめん、と頭を下げられる。 呆然と見つめ、慌てて首を振る。「た、確かに肝試しは乗り気じゃなかったけど……僕がここに来たのは、慧護くんの誘いを断る勇気が出なかっただけで……」「嫌だったんだろ?」 そうだけど、少し違う。 首を振りながら、僕の気持ちを考えながら言葉で伝えてみる。「楽しみにしてた慧護くんをがっかりさせたくないなって、思って……」「……」「あ、なんか、変かな。気持ち悪いかも。いや、あのね。僕の言葉をちゃんと聞いてくれるのって慧護くんしかいなくて……だから、慧護くんの楽しみにしてる気持ちを、無駄にはしたくないなって……」 狐と狸を記事にはしない方がいいと伝えたら「そうかもしれない」と言ってくれたことも。 記事を破った犯人にされても無実だと信じてくれて、クラスメイトから嫌味を言われないように隣にいてくれるようになったことも。
Last Updated: 2026-10-27