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美希みなみ
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Nobela ni 美希みなみ

I Still Love You ーまだ愛してるー

I Still Love You ーまだ愛してるー

長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。
Basahin
Chapter: 第四十六話
「日葵、おい、日葵」 少し身体を揺すられ、重たい身体を感じながら目を開けると、目の前に壮一の顔があり、日葵は思わず驚いて目を見開いた。「何、そんなに驚いてるんだよ」 くすりと笑った壮一に、日葵は昨夜のことを思い出して顔が熱くなる。「お前、思い出してるな?」 何もかもお見通しのように言われ、日葵はムッとして睨みつけるように壮一を見返す。「そんな顔も俺には煽りでしかない。可愛い」 その言葉と同時に、シーツの中で壮一の手が不埒な動きを始め、日葵はビクリと身体を震わせる。「って、違う違う!」 自分を律するように言いながら起き上がった壮一の動きで、日葵の裸の身体が露わになり、慌ててシーツを引き寄せた。「ああ、もっと日葵とベッドにいたいけど……年が明けるな」 「えっ!」 その一言で、今日は大晦日だったことを思い出す。さすがにこのままの姿で年を越すのは……と、日葵も急いで身体を起こす。ベッドの下に落ちた下着に手を伸ばしたそのとき、背後から壮一が覆いかぶさってきた。「やっぱり、年越しはやめて、ベッドで過ごそう?」 甘く艶っぽい声に、日葵も一瞬だけ心が揺れるが、グイッと壮一を押し返して真剣に見つめる。「来年は、ずっと一緒にいられるんでしょ?」 自分でも恥ずかしいセリフに思いながらも、しっかりと伝えると、また壮一のため息が聞こえる。「お前って、ほんと昔から変わらないな。俺を振り回す天才……」 そう言いながらキスを落とされ、唇が離れる頃には、日葵の呼吸はすっかり乱れていた。そんな日葵を満足そうに見つめると、壮一は「この続きは、また来年」と言って、ベッドから立ち上がった。「そうちゃん! 服、着てよ!」 「年を越す前に、シャワー浴びてくるよ」 その言葉に、日葵も急いで服を引っかけると、壮一に言葉をかけた。「私も、いったん部屋に戻ってシャワー浴びてくる」 「一緒に入る?」 悪びれもなく返ってくる言葉に、日葵はぶんぶんと首を振って否定する。さすがにそれは、まだハードルが高い。「私の部屋の方が色々あるから、後で来てくれる?」 年越しそばのことや、母が持たせてくれた料理のことを思い出しながらそう言うと、浴室から「わかった」と返事が返ってきた。部屋に戻った日葵は、大きく息を吐く。 さっきまでの甘い余韻が身体に残っていて、ようやく壮一とひとつに
Huling Na-update: 2025-05-17
Chapter: 第四十五話
「日葵だけが俺には特別だ。愛してるよ」その言葉にとうとう日葵の瞳から涙が零れ落ちる。この言葉がどれほど自分が嬉しいか言われてわかった。「私もそうちゃんだけだよ」泣き笑いで言うと日葵はそっと壮一の頬に触れた。その手を壮一が自分の手で握りしめる。「日葵のこと、大切にしたい。今の余裕のない俺じゃないときにしないとな」そう言うと、壮一は日葵の上から降りようとするのがわかった。「ダメ!」つい無意識に言葉が零れ落ちていて、日葵は自分に驚いて手で口を覆う。「日葵……?」(でも、でも、ここで勇気を出さなければ、また次の機会ははずかしくなっちゃう)日葵はそう思うと、壮一にゆっくりと語り掛ける。「そうちゃんのものになりたい……」自分の顔が真っ赤なのも、心臓の音がうるさいのもわかっていたが、これだけはきちんと伝えたかった。壮一が自分のことを考えてくれているのが分かったからこそ、もうこれ以上遠回りをしたくなかった。驚いたような表情の壮一の瞳がそっと閉じられたと思えば、次に見たその瞳は妖艶で熱を孕んだ初めて見るものだった。しばらく動きが止まっていた壮一だったが、何か覚悟を決めたような表情で日葵を見た後、無言で子供の頃のように日葵を抱き上げる、そのことに驚いて日葵は声を上げた。「ちょ……そうちゃん!」急にどうしたかと思えば、そのまま壮一の寝室へと向かうのがわかった。自ら誘う形になってしまった日葵だったが、ドキドキしてどうしていいのかわからない。そっと優しく真っ白なシーツに降ろされたときに、今から自分に起こることが知識として頭をグルグル回る。そんな日葵の瞳に、真面目な表情の壮一が映る。「日葵……俺が初めて?」その問いに、少し悔しくなりつつ日葵はうなずく。きっと勝ち誇った顔をしているのかと、日葵はチラリと壮一を見れば、そこには日葵の思う壮一ではなかった。「よかった……。間に合った……」心から安堵しているような壮一に、日葵は柔らかく微笑むと言葉を重ねる。「キスも全部そうちゃんしか知らないんだから責任取ってよね」その言葉にきょとんとした後、壮一は日葵の大好きな笑顔を見せた。「当たり前だ。日葵は何も考えなくていい。ただ俺を見てろ」言葉はそんな命令口調だが、日葵に触れる手はこれでもかというぐらい優しい。そのことが日葵は嬉しくて、キュッと心が締め付けられ
Huling Na-update: 2025-05-17
Chapter: 第四十四話
遠くない二人のマンションに着くと、壮一は無言のまま日葵の手を引いて自分の部屋の鍵を開けた。こんなに近くにいたのに、壮一の部屋に入るのは初めて。日葵は思わず緊張し、胸が高鳴る。「入って。特に何もないけど」「おじゃまします……」日葵の部屋には何度か壮一が来たことがある。でも、自分が彼の部屋に入るのは、それだけで特別なことのように感じてしまう。間取りはまったく同じなのに、部屋の雰囲気はまるで違っていた。整然としていて、ものが少なく、生活感がほとんどない。「何もないだろ? 寝るだけの部屋だから」ソファー、テーブル、テレビ……最低限の家具があるだけの空間に、日葵はなぜか落ち着かない気持ちになる。同じ空間にいながら、これまでとはまったく違う意味で“二人きり”でいることに、息が詰まりそうだった。「そうちゃん、忙しかったもんね」少しでも平静を保ちたくて明るく声を出し、部屋の中をぐるりと見渡していた日葵は、ふとソファに座る壮一の視線に気づく。「日葵」やさしく甘やかなその声に、思わずビクッと肩が跳ねた。ただ見つめられているだけなのに、何も言われていないのに、なぜか足が勝手に動く。ゆっくりと、日葵は壮一の座るソファへと歩を進める。すぐ目の前まで来たとき、壮一が何も言わずに手を広げた。(来いって、こと……?)ごくりと唾を飲み込んだ日葵は、悔し紛れのように言う。「そうちゃんってやっぱりイジワル」でも、そのとき向けられた壮一の笑顔が、あまりにも優しくて、懐かしくて――日葵は胸がいっぱいになる。「だって俺、ずっと我慢してたんだよ? 日葵に触れるのを。 でも今、急に変わった関係に戸惑ってるだろ?」図星を突かれ、日葵は言葉に詰まる。でも――「それ、違うよ」「え?」そのまま、日葵は勢いよく壮一の腕に飛び込んだ。予想外の行動に、壮一の腕は宙に浮いたまま動かない。「急に変わった関係に戸惑ってるんじゃない。 もっとそうちゃんに近づきたい。抱きしめてほしい―― そんな気持ちが自分の中にあることに、驚いてるだけなの」首に腕を回し、顔を隠すように埋めると、そっと耳元で囁いた。「……初めてなの。こんな気持ち」少し息を詰めるような壮一の声が返る。「初めてって……崎本部長は?」「付き合ってなんかないよ。ずっと好きって言ってくれてたけど、どうしても無
Huling Na-update: 2025-05-17
Chapter: 第四十三話
会社を出て、壮一の車で実家へ向かう途中。車内は温かく、静かで、どこか落ち着かない空気が流れていた。壮一は黙ったまま、日葵の手を弄ぶように優しく指先を触れてくる。今までとは明らかに違う。日葵の中に、得体の知れないドキドキが広がっていく。「……日葵、ドキドキしてる?」「なっ……別にしてません!」つい、嘘をついたことがすぐにバレる。「俺はしてるよ。小さいころとは違う“女”の日葵に」「なっ……!」言葉にならず、パクパクと口を動かすだけの自分が情けない。ちょうど赤信号で車が止まったところで、壮一がそっと手を握りしめ、身を乗り出してくる。「壮……」「もっとこの関係に慣れろよ」妖艶で綺麗すぎる顔が、今、自分だけを見ている――それだけで、鼓動は爆発しそうなほど跳ね上がる。目を見開いたままの自分に、そっと優しいキスが落とされる。そして唇が離れたあと、まっすぐに見つめてくる壮一の瞳に、日葵は息を呑んだ。(もうダメ……嬉しすぎて、苦しい……)信号が青に変わると、壮一は何事もなかったかのように車を走らせる。その横顔を見つめられずに、日葵は視線を窓の外へ向けた。煌びやかな街の灯りが、年の瀬を静かに彩っている。(この年で……本当の恋を知るなんて)心の奥で、静かに大きなため息をついた――それは、戸惑いと幸せが入り混じった音だった。「全員揃うのは何年ぶりだろうな」誠と弘樹の会話で始まったその会は、莉乃の手料理を囲みながら、和やかに進んでいた。久しぶりの年末の年越しはとても賑やかで、壮一も、誠真たちと久しぶりの再会を楽しそうに過ごしていた。その様子を見ているだけで、日葵は胸がいっぱいになるほど幸せだった。「そういえば咲良ちゃん、誠真がいろいろ待たせて不安にさせたんだって?」彼女の咲良とは今日が初対面。隣で控えめに笑う咲良に日葵が声をかけると、彼女は小さく頷いた。「そうですね。初めは何も言ってくれなかったので……」「ほんと、ひどい奴よね。ごめんね」笑いながら話していると、どこか慌てたように誠真がこちらに駆け寄ってきた。「姉貴、変なこと言ってないよな?」普段は余裕たっぷりで軽薄な印象さえある誠真の、焦った表情が珍しくて、日葵はついクスッと笑ってしまう。「こんな誠真、初めて見たかも」「うるさいよ」言い返す誠真がムッとした顔で日葵を見
Huling Na-update: 2025-05-15
Chapter: 第四十二話
あの日から年末まで、怒涛のように予約や問い合わせが入り、事業部は“嬉しい悲鳴”を上げ続けていた。本来ならもう年末年始の休暇に入っているはずだったが、日葵たちの部署だけは、年の瀬ギリギリまで出勤していた。「本当にお疲れ様。こんな最終日まで出てくれて、感謝しかない」すっかり元気を取り戻した壮一の言葉に、チームのメンバーたちは笑顔で首を振る。それほどの達成感があった。「年始は少し長めに休んでいいから。ゆっくりしてくれ」「はい!」活気に包まれたオフィスで、帰り支度を進める中、日葵はそっと壮一を盗み見る。あの日以来、ろくに会話もできていないまま忙しさに追われ、「気持ちが通じた」と言える確信もない。それにもう一つ、気がかりな存在があった。「長谷川さん、今年は本当にお世話になりました」可愛らしい笑顔を浮かべて柚希が声をかけてくる。日葵も笑顔で返した。「柚希ちゃん、あのね……」「あ、大丈夫ですよ。私は何も言ってません」「え……?」日葵が聞き返すと、柚希はふわりとした微笑みを浮かべた。「私がチーフに抱いていたのは、ただの尊敬です。なので、それ以上は言わなくて大丈夫です」きっとパーティー以降、社内では色々と噂になっていたのだろう。それでも先に自分を気遣うような言葉をくれる柚希に、日葵は心から感謝した。「柚希ちゃん、お疲れさま」静かに言葉を返すと、柚希はぺこりと頭を下げてフロアを後にした。その背中を見送りながら、日葵は小さくため息をつく。(柚希ちゃんの方が大人だな……ありがとう)自分の気持ちがわからず、たくさんの人を傷つけた。それでも譲れない想いがあった。もう、二度と迷いたくない。そう決意しかけたその時、背後に気配を感じて振り返る。「チーフ……」気づけば、フロアには誰もいない。壮一とふたりきりになっていた。ただそれだけの状況に、胸がドキンと跳ねる。何度も一緒に過ごしてきた空間なのに、前とは違う――恋人になった今、日葵の中の感覚はすっかり変わっていた。「終わった?」「……はい」視線を交わすと、壮一の瞳に自分が映っていて、照れくささから思わず目を逸らす。しかし、その視線を逃すまいと、壮一の瞳が日葵を追う。「あの日からゆっくり話せてなかったから。今日は……一緒にいよう」その一言に、日葵の鼓動はさらに早くなる。「うん……」
Huling Na-update: 2025-05-12
Chapter: 第四十一話
「部長がいるからって諦められるぐらいの気持ちなんでしょ!」叫ぶように言った日葵を、真剣すぎるほどの壮一の瞳が射抜いた。「そんなわけあるか!」声を張り上げた壮一の言葉には、これまでの葛藤が滲んでいた。「お前といるのが苦しくて……でも、会いたくて。そんな気持ち、お前にわかるか? 俺はずっと、自分の強引さで日葵を傷つけてきた。もう二度と……俺の勝手で、お前の幸せを壊すわけにはいかないんだ。だから俺は……」振り絞るように言ったあと、壮一は掴んでいた日葵の腕を離し、自分の手を爪が食い込むほど強く握りしめた。そんな壮一の姿に、もう耐え切れなくなった日葵は、その腕の中に飛び込んだ。一瞬、壮一の腕が反射的に日葵を抱きしめようとするも、どこか躊躇うように、その手は中空に戻る。しかし、それでも日葵は胸のうちを言葉に乗せて、必死に語った。「じゃあ……ずっと捕まえててよ。もう、私が不安にならないように。崎本部長には、ちゃんと謝ってきたの……あんなに素敵で優しい人なのに」子どもの頃のように泣きじゃくる日葵を、壮一は困ったように見つめた。「ひま……俺、本当はこんなに情けない男なんだよ。いつもカッコつけてただけでさ」弱く、探るようなその声に、日葵はキッと睨んだ。「そんなの、もう知ってる!」「それでも、俺がいいのか? お前を、何度も泣かせたのに」「それでも……それでも、そうちゃんがいいって思っちゃったんだから、仕方ないでしょ!」その言葉に、壮一は小さく苦笑する。「……やっぱりバカだな、日葵は」言いながら、そっと視線を逸らす日葵を、ついに壮一の腕が強く抱き寄せる。息が詰まりそうなほどの力に、日葵は思わず胸を叩いた。「ちょっと、そうちゃん……苦しい……」それでも、その腕の温もりが嬉しくて、恥ずかしくて、視線を逸らそうとする日葵の頬を、壮一の指がそっと掬い上げた。「……やばい。嬉しい。もう一生、泣かせない」そう言って、これまでどんな時よりも近い距離で——日葵の唇が優しく塞がれた。「んっ……!」初めてのキスに戸惑いながらも、壮一は迷いなく、その想いを深く刻み込むように日葵を包み込んでいく。「そうちゃん……もう……無理」切れ切れに声を漏らした日葵を、壮一はさらに抱き寄せ、耳元でささやいた。「絶対にもう二度と、お前を泣かせない。……大好きだよ」その言葉に
Huling Na-update: 2025-05-11
Once more with you もう一度あなたと

Once more with you もう一度あなたと

訳アリの幼馴染を忘れられない。だから一夜をともにした……。 最低なあなたを諦められない私が、一番愚かなのかもしれない。 この子は大切に一人で産み育てるから……。 すれ違いの恋模様は?
Basahin
Chapter: 第四十三話
昼下がり、いつもより人の少ない社員食堂の一角。俺は宮島人事部長に時間をもらい、向かい合っていた。彼は50代半ば。几帳面で冷静、誰に対しても一定の距離を保つ人物として社内では知られている。ただその一方で、現場社員の声に耳を傾け、理不尽な異動や評価には必ず疑問を呈する、硬派な“現場肌”の人間でもある。「副社長がこうやって人事の私に話を持ちかけてくるとはな。何かあったんだろうなとは思っていたよ」「正直に言えば……俺は社長と戦おうとしています。組織の流れを変えたい。そのために、宮島さんの力が必要です」単刀直入に切り出すと、宮島は眉間に軽くしわを寄せた。「戦う、か……。それはまたずいぶんと思い切ったことを」「宮島さんも気づいているはずです。ここ数年、会社の方針は現場を無視して突き進んでいる。社員の声は届かず、不満だけが溜まっている。でも、誰も声を上げられない」「それは、“お前の父親”が社長だからだ」宮島は静かに言った。「君自身が長年その“傘”の中にいた。その君が今さら“改革”を言い出したところで……本気だと、誰が信じる?」その指摘は、痛いほど正しかった。俺は今まで、父の庇護のもとで副社長という肩書きをもらってきた。それが現場にどう映っていたか、考えなかったわけじゃない。だからこそ、今、自分の足で立たなければ意味がない。「信じてもらうには、“行動”しかありません。社長が進めてきた無謀な人事や、実態のない外注プロジェクト。調査を進めて形にします。現場の声が、それを支える後ろ盾になる」「……具体的には?」「まず、“営業二課の統廃合”と、“関東支店の一部業務外注化”の件。あれは現場を混乱させただけで、何の改善にもなっていないと聞いています。社長直轄で進められた案件ですが、裏で高木家の関連会社が絡んでいるという情報もある」宮島の表情が変わった。「そこまで調べているのか」「ええ。ただ、俺一人では証明できません。宮島さん、あなたの立場で見えている“実際の社員の声”を、俺に貸してもらえませんか?」しばらく沈黙が続いた。そして――。「……お前、本気でこの会社を変える覚悟があるのか?」問われて、俺は迷いなく頷いた。「この会社で働いていることを、胸を張って言えるようにしたい。それができない会社なら、変えるしかないんです」宮島はじっと俺を見つめ、最後
Huling Na-update: 2025-06-16
Chapter: 第四十二話
今朝、彩華は早くに帰っていた。それでも、彼女と入れた時間は俺に気力を与えてくれた。副社長という肩書きは残っていても、もう何の意味も持たない。経営会議から外され、重要な案件の決定権も取り上げられた今、俺は社内で“お飾り”のような存在だ。それでも、まだ終わりだとは思っていない。社内には、父のやり方に不満を持つ人間がいる。数は少ないが、その中で一番のキーマン――坂本部長。かつては経営戦略を担い、社長とも対等に意見を交わせる存在だった。今では意図的に部署から外され、冷遇されている。夜の9時を回った社内。人気の少ない小会議室に、坂本部長と俺、ふたりだけ。「久しぶりですね、副社長」「会議に呼ばれなくなったから、名前を呼ばれることも減りましたよ」皮肉っぽく言ってみせると、坂本部長は薄く笑った。「……まあ、今の会議は聞くだけ無駄だ。社長とその腰巾着連中で、全部決まってる」それには同感だった。俺は黙ってカバンから一枚の資料を取り出し、テーブルの上に置いた。「これ、見てください。社長が極秘で進めている来季の組織案です」坂本部長の表情が変わる。資料に目を落とし、読み進めるにつれて、彼の眉間に皺が寄っていく。「……これは……“戦略室”を直属に? しかも、全権を委ねる構造? つまり、取締役会すら形だけにする気か」「はい。このまま進めば、社長の独裁体制が完成します。反対意見はすべて排除され、組織は完全に息のかかった人間だけで構成される」坂本部長がゆっくりと顔を上げた。「俺のチームがバラバラに異動されたのも……この布石か」「あなたの存在が、父にとっては目障りだったんです」それを伝えるのは少し心苦しかったが、事実だ。「だから、お願いがあります。……俺に力を貸してくれませんか?」一拍、間を置いてから、俺はまっすぐに言った。「社長を取締役会で退陣させます。そのための動議を起こす。証拠も、必要な根回しも始めています。……けど、俺ひとりでは難しい。だから、あなたの力が必要です」重い沈黙が落ちた。けれど、逃げるつもりはない。もしここで退いたら、それこそ全部無駄になる。彩華との未来も、瑠香を守る覚悟も――そのための戦いを、投げ出すわけにはいかない。「……本気なんだな?」坂本部長が低く言った。「はい。俺はもう、父のやり方には従いません」坂本部長が立ち
Huling Na-update: 2025-06-08
Chapter: 四十一話
「帰らないでほしい」――初めて聞いた日向の弱い部分に触れ、思わず頷いてしまったけれど――。今からどうしていいのか、正直よくわからなかった。日向と私は、恋人でも夫婦でもない。けれど、まったくの他人……そういうわけでもない。そんな曖昧な関係の私たち。何かを話さなければ。そう思いつつも、結局リビングのソファに座り、日向が何気なく再生した映画を見つめるしかなかった。けれど、ストーリーはまったく頭に入ってこなかった。日向の気持ちは、こないだ少し聞くことができた。私のことが大切だったということもわかったし、彼にも事情があって姿を消すしかなかったこと。そして今、その原因を取り除こうとして、忙しい日々を送っていること。そんな彼に、私は何ができるのだろう。そう思う反面――泊まるということは、もしかしたら何かあるのかもしれない……そんなことも思ってしまう。……ダメだ、考えるのはやめよう。そう思って、私は映像に集中しようとした。日向も映画に集中しているのか、黙ったまま、目線だけを画面に向けていた。しばらく映像に意識を向けようと頑張ってみたものの――やっぱり無理。触れそうで触れないこの距離が、余計に緊張する気がする。『私はソファで眠るから、日向はベッドで休んで』そう言おうとした。けれど、そのとき――ふっと、右の肩に重みを感じた。「……日向?」思わず小さな声で呼びかけてみるが、返事はない。そしてその代わり、かすかな寝息だけが耳に届く。「寝てる……?」息をのむようにして、私は日向の方を見た。穏やかな表情を浮かべて、今、自分の肩にもたれかかって眠っている。心臓がどくん、と大きく跳ねる。見てはいけないものを覗き込むような気持ちで、私は彼の横顔をじっと見つめていた。長く伸びた睫毛。眠っているときだけが見せる、無防備な表情。昔から大好きだった彼――不意に、胸の奥がきゅう、と苦しくなった。いつも完璧で、誰からも尊敬される日向の、少し垣間見える弱さを知ってしまった今、どうしても彼の隣にいたい。少しでも支えたい。そんな気持ちになる。いなくなってしまった日向を信じるのは、やっぱり怖い。でも、だからといって日向から離れたいとは思わない。「日向のバカ……」そう呟いても、日向は夢の中だ。これで今までのことは許してあげるから、どうか頑張って。そう思
Huling Na-update: 2025-06-07
Chapter: 第四十話
私は冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出して、テーブルに置いたグラスと一緒に彼の前へ差し出した。そのとき――ほんの一瞬、指先と指先がふれた。ぴたりと、時間が止まる。一瞬の接触だったのに、体の奥がふわっと熱くなって、思わず視線をそらした。日向は何も言わず、ビールを受け取って、缶を開ける。「……いい匂いだな」温めたおかずから立ちのぼる湯気に、彼がそう呟いた。「冷蔵庫にあるものだけだから、たいしたものじゃないよ」照れくさくて目を合わせずにそう言うと、日向は苦笑しながら箸を手に取った。「そういうのが、いちばんうれしいんだよ」そう言って、一口、煮物を口に運んだ。「……うまい」その一言が妙にあたたかくて、私は思わず口元を緩めた。それからしばらく、食事の音とビールの缶が開く音だけが部屋に響いていた。日向が黙って、でも丁寧にごはんを食べている姿を見るだけで、なんだか安心する。「ちゃんと食べてなかったでしょ?」ふいに口をついて出た言葉に、日向は少し驚いたように箸を止めた。「……バレてたか」「見ればわかるよ。顔に“野菜不足です”って書いてあるもん」少しふざけたように言うと、日向ははにかんだように笑った。「やっぱり、彩華にはかなわないな」その笑顔は、ほんの一瞬だけ――心の奥に張りつめていたものが緩んだように見えた。そして次の瞬間、ふと真剣な表情に変わる。「……なあ」ビールの缶をテーブルに置きながら、日向がぽつりと口を開いた。「今、会社の中でいろんなことが動いてる。俺は、自分で選ぶって決めた。でも、その代わりに――失うかもしれないものもある」彩華、と彼は名前を呼ばなかった。でも、目がまっすぐに私を見ていた。「何かを選ぶって、何かを捨てることかもしれない。だけど……本当に捨てたくないものって、あるんだなって今さら気づいた」私は何も言わずに、ただ黙って彼の言葉を聞いていた。「俺、会社のこと、ちゃんと片付ける。終わらせる。そしたら、ちゃんと話したいことがある」その言葉が何を指しているのか、私はわかっていた。きっと、瑠香のことだ。私たちの未来のことだ。だけど、今はまだ、それを言葉にしなくていい。「……うん。待ってるよ」そう返すと、日向はゆっくりと頷いた。その瞬間、どこか張り詰めていた空気が、少しだけあたたかく溶けていった気がした。
Huling Na-update: 2025-06-06
Chapter: 第三十九話
どれくらいの時間、抱きしめられていたのかはわからない。かなり長かったかもしれないし、一瞬だったかもしれない。日向は小さく息を吐いたあと、そっと私から距離を取ると、少し困ったような表情を浮かべていた。「悪い。いきなり」そう言って、日向は私を見下ろした。「ありがとう。食事、作ってきてくれたんだろ?」いつも通りにふるまっているように見えたけれど、明らかに疲れがにじんでいて、私はただその顔を見つめていた。「これ? もらっていい?」私が持っていたバッグに手を伸ばし、それを受け取ろうとする。「あと、どうやって来た? 送っていこうか?」私が何も言わないままなのに、日向は一方的に話し続けていた。「日向」静かに名前を呼ぶと、私の言いたかったことがわかったのか、日向はゆっくりと首を振った。「ごめん」「どうしたの?」いつもの余裕のある日向なら、スマートに「ありがとう」って言って、私を家に招き入れて、「食べたら送っていくよ」なんて、さらっと言い出す気がしていた。なのに今日は、なんとなく避けるような言い方をしながら、突然抱きしめてきたりして、やってることと言ってることがバラバラだった。でも、本気で私がここに来たことを迷惑に思っていないことは、もう私にもわかっていた。きっと日向は、小さいころからずっと、自分の気持ちを隠して、飄々としたふりをして生きてきたんだと思う。でも今は、そんな彼の心の内を、少しは理解できる気がしていた。「正直、少し疲れてる。このまま家に入れたら、俺はきっとまたさっきみたいに、抱きしめたり、甘えてしまう」まっすぐに伝えられたその言葉に、私は思わず笑ってしまった。「いまさらじゃん。いきなり抱きしめておいて、よく言うよ」そう返すと、日向は少し驚いたように目を見開いた。「……それもそうだな」小さく何度か頷いたあと、日向はようやくいつも通りの表情を浮かべた。「瑠香ちゃんは? 大丈夫なのか?」「お母さんが見てくれてる」そう答えると、日向はひとつ大きく息を吐いた。「少し上がっていってもらっていい? 俺、これ温められるかわからない」本当か嘘かなんて、今の私にはわからなかった。でもたぶん、今の私たちには、お互いにとって何かしらの“理由”が必要だった。「わかった」そう言って、私は日向と一緒に部屋へ向かった。日向がバスルームへ
Huling Na-update: 2025-04-08
Chapter: 第三十八話
夕飯の時間、私はいつもどおり瑠香にごはんを食べさせていた。今日もよく食べるな、なんて微笑みながらスプーンを口に運ぶ。「もっとー」「はいはい。ちゃんともぐもぐしてね」お風呂に入れて、髪を乾かして、絵本を一冊読んで――瑠香がすやすやと寝息を立てるころには、夜の10時を回っていた。ベッドのそばに静かに腰を下ろし、小さくため息をついた瞬間、ふと日向の顔が頭をよぎった。ちゃんと食事はとれているのか、夜はちゃんと眠れているのか。そんなことばかりが次々と浮かんできて、どれだけ「信じてる」なんて言葉を口にしても、不安はなかなか消えてくれなかった。気がつけば、私はいつのまにかキッチンに立っていて、日向が食べられそうなもの、体力が落ちていても胃にやさしいものを思い浮かべながら、煮物を小さな仕切りに入れ、お弁当箱にそっと詰めていた。なんとなく色どりも欲しくなって、卵焼きを焼き、冷ましてから隣に添える。気がつけば、お弁当が出来上がっていて、私はそれをそっと保冷バッグに入れた。そのまま母の部屋へ向かい、扉の前で小さく声をかける。「ちょっとだけ、出てきてもいいかな」「……日向くんのところ?」母はすべてを見透かすようなまなざしで私を見つめたが、反対の言葉はひとつもなく、静かに頷いてくれた。「瑠香のことは心配しないで」「ありがとう、お母さん」私は小さく頭を下げると、バッグを手にして家を出た。夜の都心に足を踏み入れると、空気は静かで張りつめており、高級住宅街の一角にひっそりと建つ、あのスタイリッシュな低層マンションが視界に入った。そこを訪れるのは、あの夜以来のことだった。建物の入り口にたどり着いた瞬間、ふと以前のことを思い出した。このマンションは、コンシェルジュやセキュリティが非常に厳しく、たとえ宅配業者であっても、住人の許可がなければ中へ入ることはできない。誰にも会わずに玄関先に置いて帰るといったことは、この場所では通用しなかった。何をやってるんだろう、私。家に押しかけるわけにはいかず、勝手に料理を作り、勝手に来て、さらには勝手に置いて帰ろうとしている自分の行動が、思っていた以上に身勝手なものに思えてきた。「はぁ……」深いため息をつき、仕方なく踵を返そうとした、そのときだった。「……彩華?」不意に背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、マン
Huling Na-update: 2025-04-07
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