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美希みなみ
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Novels by 美希みなみ

Once more with you もう一度あなたと

Once more with you もう一度あなたと

訳アリの幼馴染を忘れられない。だから一夜をともにした……。 最低なあなたを諦められない私が、一番愚かなのかもしれない。 この子は大切に一人で産み育てるから……。 すれ違いの恋模様は?
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Chapter: 第三十九話
どれくらいの時間、抱きしめられていたのかはわからない。かなり長かったかもしれないし、一瞬だったかもしれない。日向は小さく息を吐いたあと、そっと私から距離を取ると、少し困ったような表情を浮かべていた。「悪い。いきなり」そう言って、日向は私を見下ろした。「ありがとう。食事、作ってきてくれたんだろ?」いつも通りにふるまっているように見えたけれど、明らかに疲れがにじんでいて、私はただその顔を見つめていた。「これ? もらっていい?」私が持っていたバッグに手を伸ばし、それを受け取ろうとする。「あと、どうやって来た? 送っていこうか?」私が何も言わないままなのに、日向は一方的に話し続けていた。「日向」静かに名前を呼ぶと、私の言いたかったことがわかったのか、日向はゆっくりと首を振った。「ごめん」「どうしたの?」いつもの余裕のある日向なら、スマートに「ありがとう」って言って、私を家に招き入れて、「食べたら送っていくよ」なんて、さらっと言い出す気がしていた。なのに今日は、なんとなく避けるような言い方をしながら、突然抱きしめてきたりして、やってることと言ってることがバラバラだった。でも、本気で私がここに来たことを迷惑に思っていないことは、もう私にもわかっていた。きっと日向は、小さいころからずっと、自分の気持ちを隠して、飄々としたふりをして生きてきたんだと思う。でも今は、そんな彼の心の内を、少しは理解できる気がしていた。「正直、少し疲れてる。このまま家に入れたら、俺はきっとまたさっきみたいに、抱きしめたり、甘えてしまう」まっすぐに伝えられたその言葉に、私は思わず笑ってしまった。「いまさらじゃん。いきなり抱きしめておいて、よく言うよ」そう返すと、日向は少し驚いたように目を見開いた。「……それもそうだな」小さく何度か頷いたあと、日向はようやくいつも通りの表情を浮かべた。「瑠香ちゃんは? 大丈夫なのか?」「お母さんが見てくれてる」そう答えると、日向はひとつ大きく息を吐いた。「少し上がっていってもらっていい? 俺、これ温められるかわからない」本当か嘘かなんて、今の私にはわからなかった。でもたぶん、今の私たちには、お互いにとって何かしらの“理由”が必要だった。「わかった」そう言って、私は日向と一緒に部屋へ向かった。日向がバスルームへ
Last Updated: 2025-04-08
Chapter: 第三十八話
夕飯の時間、私はいつもどおり瑠香にごはんを食べさせていた。今日もよく食べるな、なんて微笑みながらスプーンを口に運ぶ。「もっとー」「はいはい。ちゃんともぐもぐしてね」お風呂に入れて、髪を乾かして、絵本を一冊読んで――瑠香がすやすやと寝息を立てるころには、夜の10時を回っていた。ベッドのそばに静かに腰を下ろし、小さくため息をついた瞬間、ふと日向の顔が頭をよぎった。ちゃんと食事はとれているのか、夜はちゃんと眠れているのか。そんなことばかりが次々と浮かんできて、どれだけ「信じてる」なんて言葉を口にしても、不安はなかなか消えてくれなかった。気がつけば、私はいつのまにかキッチンに立っていて、日向が食べられそうなもの、体力が落ちていても胃にやさしいものを思い浮かべながら、煮物を小さな仕切りに入れ、お弁当箱にそっと詰めていた。なんとなく色どりも欲しくなって、卵焼きを焼き、冷ましてから隣に添える。気がつけば、お弁当が出来上がっていて、私はそれをそっと保冷バッグに入れた。そのまま母の部屋へ向かい、扉の前で小さく声をかける。「ちょっとだけ、出てきてもいいかな」「……日向くんのところ?」母はすべてを見透かすようなまなざしで私を見つめたが、反対の言葉はひとつもなく、静かに頷いてくれた。「瑠香のことは心配しないで」「ありがとう、お母さん」私は小さく頭を下げると、バッグを手にして家を出た。夜の都心に足を踏み入れると、空気は静かで張りつめており、高級住宅街の一角にひっそりと建つ、あのスタイリッシュな低層マンションが視界に入った。そこを訪れるのは、あの夜以来のことだった。建物の入り口にたどり着いた瞬間、ふと以前のことを思い出した。このマンションは、コンシェルジュやセキュリティが非常に厳しく、たとえ宅配業者であっても、住人の許可がなければ中へ入ることはできない。誰にも会わずに玄関先に置いて帰るといったことは、この場所では通用しなかった。何をやってるんだろう、私。家に押しかけるわけにはいかず、勝手に料理を作り、勝手に来て、さらには勝手に置いて帰ろうとしている自分の行動が、思っていた以上に身勝手なものに思えてきた。「はぁ……」深いため息をつき、仕方なく踵を返そうとした、そのときだった。「……彩華?」不意に背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、マン
Last Updated: 2025-04-07
Chapter: 第三十七話
最近の日向――副社長の姿を見ることが、めっきり減った。本来であれば、週に何度も顔を合わせていたはずのプロジェクトの定例会議にも姿を見せなくなり、確認事項や指示もすべて、別の担当者や管理職経由で降りてくるようになった。私はそれに従って淡々と仕事をこなしていたが、心のどこかでずっと引っかかっていた。――忙しいだけ。そう言い聞かせていた。何かあったとしても、私には聞けない。日向はあの夜「すべてが片付いたら」と言った。だから、私は待つと決めたのだ。どんな形であっても、彼を信じると。だけど――。「東雲さん、これ確認お願いします」「はい、ありがとうございます」営業資料を受け取りながらも、集中しきれない自分がいた。PC画面に目を向けても、文字が頭に入ってこない。ぼんやりと、あの夜のことを思い出す。 日向の腕の中で、あたたかさに包まれて眠った夜。 夢みたいな時間だった。だからこそ、今は怖くもある。まるで、あれが現実じゃなかったような気がしてしまう。ふと耳にした同僚たちの小声が、聞こえてきてドクンと大きく心臓がはねた。「副社長、会議全部外されてるらしいよ」 「高木家との縁談、断ったって噂も……」 「なんか揉めてるみたいよ。なんか誰かわからないけど、不倫してるとかもきいたな」名前は出されていなかったけれど、その言い方に背筋がぞわりとした。まさか、私のことだろうか……。後ろめたいことなどなにもないが、噂はいろいろ尾ひれがついていく。日向が会社で何を抱えているのか、何と戦っているのかわからない。隣にいると伝えたが、何もできていない。それ以上に、やはり自分が魔をしているのではないか――。 あの時、高木さんに言われた言葉が、今も頭の中で繰り返される。「あなたのせいで、彼の未来が壊れる」資料のページをめくる手が、いつの間にか止まっていた。「東雲」名前を呼ばれて、はっと顔を上げると、神代さんがすぐそばに立っていた。「顔色、悪いぞ。大丈夫か?」「……あっ、はい。すみません、ちょっと考え事をしていて……」無理に笑ってごまかしたが、神代さんは目を細めて、じっと私を見てくる。「最近、なんか元気ないよな。何かあった?」「……いえ。なんでもないです」本当は、いろいろある。でも、それを話せるわけがない。「今日、飯でもどうだ?」その誘いに、私
Last Updated: 2025-03-24
Chapter: 第三十六話
父との対峙から数日。俺は社内で孤立しつつあった。副社長の肩書きこそ残っているが、経営会議には参加できず、決定権もない。会議室の扉が閉ざされるたびに、自分が組織の中で徐々に排除されていくのを感じる。だが、このまま指をくわえているつもりはない。俺はスマホを取り出し、ある人物の連絡先を開いた。専務である藤堂英彦。かつては父の右腕として経営を支えてきたが、最近では意見の対立が増えていると聞く。もし彼がまだこの会社の未来を案じているのなら……俺の話を聞くはずだ。躊躇なく、発信ボタンを押した。数コールの後、低く落ち着いた声が応じる。「……珍しいな。お前から連絡をもらうとは」「専務、少しお時間をいただけませんか? 直接お話ししたいことがあります」「話? お前と?」専務の声色には警戒が滲んでいた。当然だ。俺は社長の息子であり、彼にとっては父と同じ側の人間だと思われているはず。「ええ。専務にしか相談できないことです」俺の真剣な口調に、専務はしばし沈黙する。そして数秒後、静かに言った。「……今夜20時、ホテル・グランヴィアのラウンジに来い。そこなら話せる」「ありがとうございます」通話が切れた後、俺はスマホを握りしめた。これが最初の一歩だ。指定された時間にラウンジへ向かうと、すでに専務は席についていた。落ち着いた雰囲気の中、彼はウイスキーグラスを手にしながら、俺をじっと見つめている。「座れ」言われるままに対面に腰を下ろすと、専務は静かに切り出した。「さて、話とは何だ?」俺は息を整え、まっすぐに専務を見据えた。「専務。俺は父を退陣させるつもりです」一瞬、専務の表情が動いた。「……随分と大胆なことを言うな」「父は独裁的になりすぎている。高木家との婚約話も、俺の意志を無視した独断でした。ですが、それだけじゃない。最近の会社の動き……投資の方向性、人事の決定、どれを見ても危うい。社内でも不満の声は出ているはずです」「……まあな」専務はグラスを置き、腕を組んだ。「お前がそのことに気づいているとは驚きだ。確かに、社長のやり方に疑問を抱いている者はいる。だが、だからといって、お前に何ができる?」「俺は社長ではありません。でも、会社を守るために動くことはできます」俺は拳を握りしめ、強く言った。「専務、力を貸してください。父に不満を持つ人
Last Updated: 2025-03-18
Chapter: 第三十五話
高木が部屋を出て行ったあとも、父はしばらく無言のままだった。机に肘をつき、指先で軽くこめかみを押さえている。その仕草からは苛立ちとも疲労ともつかない感情が滲んでいた。重苦しい沈黙が社長室に漂う。重厚な木製のデスクと革張りのソファ、壁に飾られた額縁――どこを見ても、この部屋の空気は冷たく、威圧感があった。俺は椅子に深く腰を下ろし、静かに父の言葉を待った。「……お前、何か勘違いをしているようだな」やがて、父が低く呟く。その声音は先ほどよりも抑えられていたが、言葉の奥には確かな圧力が潜んでいた。「勘違い?」「お前が一人で勝手に動いたところで、この話が終わるとでも思っているのか?」父の冷ややかな視線が俺を射抜く。まるで、手に乗った駒を見下ろすような目だ。その眼差しにわずかな苛立ちが混じったのを、俺は見逃さなかった。「この結婚は、すでに高木家と正式に進めると決まっている。お前の意思ごときで覆る話ではない」「俺は高木家にはっきりと断りを入れました。それでもあなたは、まだこの話を続けるつもりですか?」「当然だ」父はあっさりと言い切った。その表情に迷いは微塵もない。俺の反発など初めから織り込み済みだとでも言うように、淡々とした口調だった。「お前の勝手な判断が、どれほどの影響を及ぼすのか理解しているのか? 高木家の後ろ盾を失えば、我が社は経営基盤を大きく揺るがすことになる。その責任を取る覚悟があるのか?」「その責任を取るのが副社長の仕事なら、俺は正々堂々とやるまでです」言い放つと、父の表情がわずかに変わった。「ほう……?」鼻で笑いながら椅子にもたれかかる。その仕草には余裕が漂っていたが、僅かに目を細めたのを俺は見逃さなかった。俺の言葉が、多少なりとも彼の意識に引っかかったことは確かだ。父は鼻で笑い、椅子にもたれかかる。「ならば、お前の力だけでやってみろ」その言葉に、嫌な予感がした「どういう意味ですか?」「お前を、今日付けですべての経営会議から外す」「……は?」父は淡々と続ける。「副社長という立場は残してやるが、意思決定には一切関与させない。今後、経営に関わる重要案件は、すべて私と取締役会で決める」「そんな……」息を呑む。これは単なる権限の剥奪ではない。「これは私の命令だ」父の言葉は絶対だった。副社長という肩書きを持っていても、
Last Updated: 2025-03-12
Chapter: 第三十四話
Side 日向彩華の「隣にいる」と言ってくれた言葉が、頭の中で何度も反響していた。すべてを片付けるまで――そう言ってくれた。俺にとって、それはどんな言葉よりも救いだった。彼女の温もりを腕の中に感じながら、俺はようやく一歩踏み出す覚悟を決めた。もう、迷うつもりはない。このまま、曖昧な状態を続けるわけにはいかない。父親の言いなりになり、会社の未来のために「必要な選択」をしろと言われ続ける人生は、もう終わらせる。高木家との政略結婚も、親の都合で決められた跡継ぎのレールも、すべて――。俺はあの日、すぐに行動に移した。高木家にはっきりと断りの連絡を入れたのだ。だが、その決意がどれほど大きな障害を生むのかは、すぐに思い知らされることになった。翌朝、いつも通りオフィスに出社すると、すぐに秘書が俺の元へ駆け寄ってきた。「副社長、社長がお呼びです」何も言わなくても、すでに動きを察知されていることぐらい想像はつく。「わかった」俺は無言で立ち上がり、社長室へ向かった。扉を開けると、すでに父がソファに座って待っていた。その隣には、高木絵梨奈の姿もある。想像通りすぎていらだちが募るが顔には出せない。「日向、お前、何を考えている?」父の声は低く冷たい。まさか俺が父や彼女を通り越して、正式に断るとは思っていなかったのだろう。それが、この会社に与える影響も父はもちろん、俺だってわかっている。この結婚によって父はこの業界の確固たる地位を築きたいのだ。だが、それは彩華や瑠香を犠牲にしてやることではない。兄もきっとそれはわかってくれるはずだ。それに俺だってただずっとぼんやりと会社にいたわけではない。絶対にいつか、この父を今の地位から引きずり降ろしてみせる。「日向さん、こんにちは」高木が父の隣で微かに笑みを浮かべながら、俺に頭を下げた。「絵梨奈さん、お久しぶりですね」俺もにっこりと笑いつつ、そう答える。とんだ茶番でしかない。そんな俺たちを見て、父が苛立ったように声を荒げる。「とぼけるな。お前が最近、妙な動きをしていることは知っている。会社の将来のためにお前を副社長に据えたというのに、余計なことを考えるな!!」「余計なこと、とは?」「彼女との婚約の件だ」だろうな。それ以外この状況でありえない。しかし、俺も今回は引くつもりはない。「……その話なら
Last Updated: 2025-03-10
I Still Love You ーまだ愛してるー

I Still Love You ーまだ愛してるー

長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。
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Chapter: 第三十五話
「どこって……。仕事の件はなんでしたか?」口を手で覆い、息を吐きだしながら答えた日葵に、少しの無言のあと壮一から仕事のファイルの場所を尋ねられ、日葵は端的に答えた。「おつかれさまでした」こんな状況がバレたくなくて、今すぐに電話を切ろうとした日葵だったが、壮一がそれを許すわけもなかった。『ひま、お前今何してる? 誰かと一緒か?』「違います。一人です」馬鹿正直に答えてしまったことを後悔するも、昔から〝ひま”そう呼ばれると怒られている気がしてしまう。『じゃあ、場所はどこ?』「え?」答えたくないわけではなく、日葵自身どこにいるのかわからず、周りを見渡す。見慣れない景色にキョロキョロとしていると、受話器の向こうからため息が聞こえた。『すぐに位置情報送信しろ』命令されるように言われ、日葵自身自分の場所を確認する必要もあり、位置情報をあらわす。どうやら、駅とは真逆の方へと歩いていたようだった。「大丈夫です。わかりました」きっと迎えにくるというだろう。そんな壮一に日葵は静かに言葉を発して、電話を切ろうとした。今壮一に会えば、ぐちゃぐちゃな気持ちがさらに加速しそうだった。『ひま、いい加減にしろ』かなり怒った様子の壮一に、なぜか日葵は涙がポタリと頬を伝う。仕事も忙しく、崎本の事も、壮一のことも、何もかもがわからない。「だって、だって……」『もういい、こっちで確認する』え?日葵のスマホの位置情報など、きっと壮一にかかればすぐにわかるだろう。『なんでそんなところに、カフェも何もないな……くそ』呟くように聞こえた後、電話の向こうでガサガサという音だけが聞こえる。『絶対に動くな!』その言葉を最後に、日葵の耳に無機質な音が聞こえた。ぼんやりとしながらもうどうしようもないと、日葵はその場に立ち尽くしていた。ようやく寒い、そんな感覚が襲いコートの胸元をキュッと手で閉じる。それから数分後、車ならそれほどの距離でないことが、壮一の車が目の前に止まったことでわかった。バンという大きな音を立てて、壮一が走って来るのが見えた。「日葵!」慌てたように壮一が目の前に現れ、なぜかほっとしてしまった自分に驚いた。会いたくない、そう思っていたのに。「お前なにやってるんだ! こんな寒いのに行くぞ」壮一も慌てていたのだろう、昔のように日葵の手を掴み車へと
Last Updated: 2025-05-02
Chapter: 第三十四話
「お疲れさま」あの日以来、もちろん社内で姿をみることはあったが、会話らしい会話を日葵はしていない。もちろん仕事が忙しかったこともあるが、なんとなく気まずかったのも事実だ。「お疲れ様です」複雑な気持ちのまま日葵は小さく微笑んだ。「少しだけいい?」「はい」この状況で嫌ですと言えるわけもなく、日葵は小さく頷くと駅には入らず崎本と歩き出した。「疲れた顔をしているね。体調は大丈夫?」「はい。仕事も大詰めですし」当たり障りのない答えを返しながら、崎本の表情を見ればいつも通りの崎本で、日葵はホッとする。「完成パーティー、結構派手にやるみたいだね」よほど社長である誠は、壮一が手掛けた仕事を労いたい様で、大規模なパーティーを企画していた。「そうですね」日葵は少し苦笑しつつ、崎本に答える。街中がクリスマスムード一色で、きらきらとイルミネーションが輝いている。そんな景色をぼんやりと見つめていた日葵の耳に驚く言葉が降って来る。「一緒に行かないか?」「え?」家族なども連れてくパーティーの為、もちろん妻や恋人を連れてくるだろうし、パートナー同伴という人は珍しくはない。つい聞きかえした日葵の目に、崎本の真剣な瞳があった。もちろん父である社長はもちろん、母や弟も来る場で崎本と一緒にいるということは、そういうことだと理解されるだろう。それがいけないことなのか?日葵はグッと唇をかみしめて自分の気持ちを考える。ずっと自分のことを甘やかし、見つめてくれた崎本。頑な自分をずっと見守ってくれた。しかし、日葵の頭に不意に『もう昔には戻れない』そう言った壮一の表情が思い浮かぶ。ぐちゃぐちゃな自分の気持ちがわからず、日葵は俯いて自分の手をギュッと握りしめた。きっと崎本はそんな日葵の気持ちなどお見通しなのだろう。「迷っているという事は肯定と受け取るよ」珍しく日葵の気持ちを聞くことなく、言い切った崎本に日葵は驚いて顔を上げた。「当日は一緒にいってもらうから。時間を取らせてごめん。気を付けて」それだけを言うと、崎本は静かに歩いて行ってしまった。(どうすればいいの?)ただ自分の気持ちがわからず、日葵は当てもなく街を歩いていた。さっきまで綺麗だと思っていたイルミネーションも目には入らない。崎本のことはもちろん尊敬してるし、好きか嫌いかと聞かれればもちろん好
Last Updated: 2025-05-01
Chapter: 第三十三話
「おはようございます」会社のエントランスに入ったところで、柚希に声を掛けられ、日葵は笑顔を張り付ける。あの後、まったく頭を整理できるわけもなく、眠れない週末を過ごした。壮一のことも、自分のことも日葵は整理することなどできはしなかった。自分は今、壮一にどういった感情を持っているのだろう。そして、壮一はどう思っているのか?そんなことを考えてももちろん答えなど出る訳もない。日葵の顔はむくみがひどく、なんとか化粧でごまかし週明けの月曜日出社していた。「おはよう、柚希ちゃん」「調子悪いですか?」柚希にもわかるほどの顔なのか、そう思うと日葵は心の中で小さくため息を付く。「大丈夫。それよりもうすぐだから頑張らなきゃね」自分のミスでいろいろな人に迷惑をかけたのだ。当たり前だが今は壮一のことより、仕事を優先すべきだと日葵は自分を叱咤する。「そうですよね。もうすぐですね。プレスリリース。その後は完成パーティーもありますよね」柚希の嬉しそうな声に反して、日葵は憂鬱になって行く。あっという間の師走を迎え、クリスマスにプレスリリース。もちろん王晦日のカウントダウンに合わせての発表の方がインパクトはあったはずだ。それでも、何も言わず社内はクリスマスに合わせてと色々各所調整してくれた。感謝しかない。日葵はそう思いつつ、頭の中でやるべきことを整理していた。「長谷川!」フロアに入ると一番に壮一の呼び声に、日葵はビクリと肩を揺らした。週末のあの日以来、壮一とは顔を合わせてはいない。どういうつもりで言ったのか聞きたかったが、どの答えを聞いても自分がグチャグチャになるだけのような気がして、何も聞くことはできなかった。「すぐにこのSテックに連絡を入れてくれ。後、パーティーの人数も変更になっているみたいだから確認して、手配してくれ」資料を日葵の目を見ることなく壮一は渡すと、すぐに違う連絡を始めた。今日は何か大切な打ち合わせがあるのだろう、いつもよりピシッと整えられた髪に、スリーピースの濃紺のスーツ。それを完璧に着こなし、片手にパソコン、もう片方にスマホで話をする壮一に、日葵は小さく返事をする。何もかもあの日のことなどなかったように、いつも通りだ。デスクに戻り、すぐに受話器を取ると電話を入れる。確認事項を終え、ボールペンを走らせていると、柚希が壮一のところ
Last Updated: 2025-04-30
Chapter: 第三十二話
『昔に戻ろう』その言葉のままなら、この距離なんて普通のはずだ。 小さい頃は一緒に眠ったことだって何度とあるし、いつもこの距離で会話をしていた。しかし……。やっぱり今は違う! 日葵の中で感じた感情はそれ以外の何物でもなかった。 離れてた時間のせいか、再会してからの上司としての壮一を見たせいか、理由など考える余裕はなかったが、日葵の心臓は煩いぐらいにドキドキと音を立てる。高校に入ってまったく話さなくなった冷たい壮一とも、小さい頃の優しい壮一でもない。今ここにいるのは今の等身大の壮一だ。 そのことが日葵を混乱させる。 知らない人のように感じる壮一に、ザワザワとするこの感情が何か考えたくなかった。「あっ、えっと」 そんな気持ちを悟られないように、日葵が話を続けようとしたのに壮一は目を逸らすことなく、日葵の瞳を覗き込んだ。そのままどれほど見つめ合っていたのだろう。きっとほんの数秒だがとてつも長く感じる。「日葵……」呟くような声とともに、更に壮一の顔が近くなる。え? 唇が本当に触れそうな距離まで壮一が近づき、日葵は動けなくなる。初めて見るかもしれない。熱を持ったような壮一に、この人は誰?そんな気さえする。しかしそんな日葵に気づいたのか、壮一はハッとしたように動きを止めた。「悪い」 何に対して謝られたのか全く分からない。 今ままでとは確実に違う、二人の距離感を意識しないわけにはいかなかった。 破裂してしまうのではないかと思うほど、心臓が煩く音を立てる。何……今の。 日葵の中で『生身の男』と言った崎本の言葉が不意に頭をよぎる。 冷たいぐらいだった身体が一気に熱を持つのがわかった。どうしていいかわからない日葵を他所に、壮一を見れば涼しい顔をして文字を直している。 「日葵、ここだろ?」 至って普通の壮一に、日葵は唖然としつつ、自分だけ動揺しているようでそれを隠したくて、表情を引き締めた。「そう。そこ。直したらご飯だから片付けてね。お茶持ってくる」 自分に対しての言い訳のように、日葵は言うとキッチンへと急いだ。 その後二人で食事をする間も、仕事の話ばかりしていた。 あえて日葵がその話題をしていたのか、壮一がそれ以外の話をしないのかわからない。しかし、ふと話が途切れて無言の時間が出来る。その静寂
Last Updated: 2025-04-29
Chapter: 第三十一話
あの日以来、少しずつ壮一との関係は変わって行った。日葵が望んだとおり、兄として家族としての関わりになってきたかもしれない。あの名古屋からの帰り、二人でクタクタになり家へと戻りお互いの家の前で、日葵は壮一に呼び止められた。『日葵、もう一度昔の関係に戻りたい。仲が良かったころに。それは無理?』その壮一の言葉に、日葵は無意識に言葉を発していた。『私も戻りたい』きちんと謝ってくれたのだから、これ以上意地を張る必要もなければ、ここからは壮一の負担になるようなことは避けたかった。自分の幼さから壮一を苦しめてしまったことも、日葵の中で後悔の念があったのかもしれない。週末の金曜日、名古屋から帰ってきてからもハードワークで疲れ切った顔をしていた壮一に、みかねて日葵は食事を食べに来るようにメッセージを送った。もしかしたら断られるかもと思ったが、すぐに壮一からは終わったら行くと返事がきた。安堵しつつ日葵は、壮一より早く会社を出ると、スーパーでメニューを思案する。長い年月、壮一の食の好みがどうかわったかわからない。悩んだ末に日葵は、子供の頃壮一が好きだった煮込みハンバーグを作ることにした。時間の都合もあり、それにサラダという簡単なメニューだが、デミグラスソースに玉ねぎやニンジン、ブロッコリーなど、野菜がたくさんとれるようにしようと考えた。家へ帰ると、さっとハンバーグを作りきれいに焼き色を付けた後、たくさんの野菜とデミグラスソースで煮込む。その間に、レタスとトマトを中心にサラダを作り冷蔵庫で冷やしておいた。時計を見れば、もうすぐ21時になろうとしている。まだかかるかな。そう思ってソファに座りテレビをつけたところで、メッセージが来たことを知らせる音が聞こえた。【もうすぐ行く】意外と早かったな。そう思いながら冷蔵庫からサラダを出したところで、家のインターフォンが鳴った。え?もうすぐって、本当にすぐじゃない。そう思いながら、パタパタと玄関に走って行くと、ドアを開けた。そこにはすでにシャワーも浴びたのだろう。スウェット姿で髪がまだ少し濡れた壮一がいた。「お疲れ様」「誰か確認しろよ」そう言いながらも、ポンと壮一は日葵の髪に触れると自分の家のように先に中へと入って行く。そんな壮一に、小さく息を吐くと日葵は後を追った。「おっ、うまそう。俺の好きな物
Last Updated: 2025-04-25
Chapter: 第三十話
その後、運転を変わるという壮一の言葉に、日葵は素直に従うと助手席へと移動した。コーヒーを飲みながら、ぼんやりと外の風景に目を向けた。そして、初めのころの壮一の態度を思い出した。「ねえ? どうして謝る気になったの?」すっかりさっきのままため口になっていたが、日葵はそれに気づかず、胸の中の棘が抜けたような気持ちだった。そして少し意地の悪い質問だと思ったが、日葵は初めのころの態度とは違う壮一に問いかけた。「ああ……」壮一は少し考えるような表情をしたあと言葉を発した。「戻ったばかりのときは、日葵をこんなに傷つけてるなんて思ってなかったんだよ。大人になった日葵は、もしかしたらあの時のことなんてこれっぽっちも気にしてない。その可能性だってゼロではないだろ?」確かに、この離れていた時間のお互いのことはわからない。その可能性だってなかったわけではない。日葵はそう思うと小さく頷いた。「じゃあどうして?」「もちろん、日葵の態度でも気づいた。極めつけは誠真だな」意外な言葉に日葵は驚いて目を見開いた。「誠真? どうして誠真?」いきなり出てきた弟の名前に、日葵は声を上げた。「こないだ久しぶりに飲んだんだよ。あいつ日本に帰ってきただろ?」弟の誠真は大学を卒業後、壮一の父親である会社に入社し一年間アメリカへと行っていた。「そういえば帰ってきたわね。あの子」「あの子ってお前。誠真だって大人だろ」壮一が少し笑って言ったのを聞いて、日葵も少し笑みを漏らした。「それで?」「親父の会社に入ったけど良かったかって。俺だって誠さんの会社に入ったわけだし、全く問題ないって答えたよ。本来、やりたいことが逆だったらよかったなって話をした」確かに壮一も誠真も、自分の父親の仕事を継ぐのがよかったのかもしれない。でも、今はまだお互いのやりたいことが逆だ。「そうだね」そう答えた日葵は、チラリと壮一に視線を向けると、瞳がぶつかる。どちらからともなく視線を逸らすと、壮一が静かに言葉を発した。「その時聞いた。どれだけ日葵が傷ついて、目も当てられないほどだったかって……」(誠真……)確かにあのことは、誠真の優しさもすべて無視して、一人の世界にこもっていて心配をかけたのだろう。「めちゃめちゃ怒られた。あの誠真に。大人になったな」「そうだね」怒ってくれた誠真の気持ちが
Last Updated: 2025-04-21
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