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第837話

Author: 宮サトリ
ソファはかなり大きく、弥生が横になってもまだ余裕はあった。

でも、見た目にはかなりスペースが埋まったように見えた。

瑛介はまだその場に座ったまま、背後に寝転んだ弥生を見つめていた。

彼女はすぐにスペースの大半を占領してしまった。

彼は唇を引き結び、しばらく黙っていたが、結局その疑問を口にせずにはいられなかった。

「......僕のために持ってきたんじゃないのか?」

弥生はその場で横になったまま、彼と視線を合わせた。

「そうよ」

「じゃあ......」

瑛介は戸惑った。

もしそれが自分のためなら、なぜ彼女もそこに寝転がっているのか?

もし自分のためでないのなら、なぜ「そう」と答えたのか?

彼の頭の中は疑問でいっぱいだった。

そんな彼の混乱をよそに、弥生は静かに言った。

「......君のそばにいようと思って」

その一言に、瑛介の動きが止まった。

しばしの沈黙の後、彼の目の奥の光が微妙に変わった。

先ほどまでの澄んだ光が、今では暗く沈み、まるで獲物を捕らえる直前の獣のように、じっと彼女を見つめるようになった。

痛みがあるのは分かっていても、瑛介は身をかがめ、彼女にぐっと近づいた。

「......そばにいてくれるのか?本気で?」

急に近づいた彼の熱い吐息に、弥生の体がわずかに震えた。

心臓がどくんと跳ねるのが自分でも分かっていた。

彼の唇が自分のすぐ近くにあることに気づいた瞬間、弥生はとっさに布団を自分の前に引き上げ、そのまま口元まで隠した。

いきなりキスされるかもしれないという予感に備えた、反射的な防御だった。

案の定、その仕草は瑛介の注意を引いた。

彼は目を細めて、からかうように微笑んだ。

「わざわざ僕のそばに来てくれたんだろ?それなのに何を怖がってる?」

その言葉に、弥生は不満げに反論した。

「私は、君が夜中に熱出したり、具合悪くなったりしないか心配だから一緒にいるのよ。それ以外何の意味もないからね。もし君が変なこと考えてるなら、今すぐここから出てくわよ」

そう言って、本当に布団を掴んで立ち上がろうとした。

「もういい、もういい、行かないで」

瑛介は彼女を止めようと手を伸ばした。

だが、その動きがあまりに急だったせいで、傷口に触れてしまい、彼は深くうめき声を漏らした。

その苦しそうな声に、弥生の表情が
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