LOGIN綾辻月子(あやつじ つきこ)が流産した時、入江静真(いりえ しずま)は初恋の人の帰国を祝っていた。 三年もの間、尽くして寄り添った月子を、彼はただの家政婦か料理人くらいにしか思っていなかったのだ。 月子はすっかり心が冷え切り、離婚を決意した。 友人たちは皆、月子が静真にベッタリで、絶対に別れられないと知っていた。 「賭けてもいいぜ。一日で月子は大人しく戻ってくるさ」 「一日? 長すぎだろ。半日もあれば十分だ」と静真は言った。 月子は離婚した瞬間、もう後戻りはしないと決め、新しい生活に奔走し、かつて諦めた仕事に打ち込み、新しい人との出会いにも積極的になった。 日が経つにつれ、静真は家の中で月子の姿を見かけなくなった。 急に焦り始めた静真は、ある業界のサミットで、ついに人々に囲まれた月子を見つけた。 彼は我を忘れて駆け寄り、「月子、まだ懲りてないのか?!」 鷹司隼人(たかつかさ はやと)は突然月子の前に立ちはだかり、片手で彼を突き飛ばし、冷たく鋭いオーラを放った。「お前の兄嫁に手を出すな」 静真は月子を愛したことは一度もなかった。しかし、彼女を愛するようになった時には、彼女の傍には、もう彼の居場所はなかった。
View More洵は竜紀をちらりと見て言った。「二人で決めたことだ」竜紀はひどく驚いた。洵という男は本当に底知れない。てっきり臆病で傷つくのを恐れているのかと思いきや、本人は微塵も気にしていないようだ。「じゃあ、いつ公開するつもり?」洵は言った。「自然の成り行きに任せる」天音も同調した。「そのうち自然に伝わるわよ。わざと発表するなんて、私らしくないし」竜紀は心の中でツッコミを入れた。まさか結婚する時になって初めて家族に打ち明けるつもりじゃないだろうな?もちろん、それもあり得ない話ではない。ただ、それは天音が血迷って結婚したくなる場合の話だ。二人ともまだ若いし、今はただ恋人同士でいるくらいがちょうどいい。そんな先のことまで考えたって仕方がない。これから先どうなるかなんて、誰にもわからないのだから。食事会が終わったあと、竜紀は天音を捕まえて、二人きりで話をした。「さっきなんで急にちゃんとしろって言ったんだ?」「私が落ち着いて恋愛できるようになったんだから、あなたも少しは大人になって、ちゃんとしなさいってこと」と天音は答えた。「チっ、俺は昔からずっと大人だっつーの」竜紀は呆れたように目を剥いた。彼はただ少し怠け癖があるだけで、接待のノウハウなどとうの昔に知り尽くしているし、ビジネスや契約交渉に関しても子どもの頃から見聞きして育ってきた。物事を成し遂げられるかどうかは彼が本気を出すかどうかにかかっており、今はただ遊ぶのが好きなだけだ。天音がそんなことをわからないはずがない。だからこそ、その言い方が妙に引っかかった。「正直に言えよ。何か俺に隠してることあるだろ?」天音も竜紀相手に、話をはぐらかすような真似はしない。「確かにね。でも、まだ確かな話じゃないわ」竜紀は真面目な顔つきになった。「それ、俺に関わる話ってことか?」「当たり前でしょ」天音は言った。「不確かな情報だから、詳しくは言わないでおくわ」竜紀を傷つけ、余計な心配をかけないためだ。「わかった。じゃあ、今の段階で俺はどうすればいい?」竜紀は意外と現実主義だ。まだ起きていないことを、あれこれ気に病むようなタイプではない。「とりあえず、真面目に努力しているふりをして、お父さんの前でアピールすることね。なんなら、一つのことに熱心に取
その言葉を聞いた瞬間、竜紀と陽介は今すぐその場でテーブルをひっくり返して帰ってやろうかと思った。一方の桜はというと、完全に「甘すぎる」という表情だ。天音は振り返って洵を見た。彼はすぐ後ろにいるため、振り返ると顔がひどく近い。洵は無意識に片眉を上げ、真顔のまま続けた。「本当だ」洵はとても整った顔立ちをしているが、いかにも自分に酔っているような嫌味はまったくなくて、竜紀みたいに鼻につく感じもしない。しかし、ふとした瞬間の何気ない仕草でハッとさせるような色気がある。天音はこういうタイプにめっぽう弱い。天音が何も言わないのを見て、洵は聞いた。「俺を信じないのか?」天音は惜しみなく称賛の言葉を口にした。「ううん、かっこよすぎて見惚れちゃっただけ」洵「?」陽介はまともにダメージを受けたような顔をしている。「おいおい、まじかよ?」そして竜紀の腕を引いて言った。「なぁ、見てらんないだろ!」「俺には、恋愛経験ゼロの奴がここで拗ねてるようにしか見えないけど」と竜紀は答えた。「お前外出ろ」竜紀は図太く言い返した。「出るかよ。でも気持ちはわかる。こんなの見せつけられちゃ、確かに耐えられねえよな」そして今度は天音に向かって言った。「恋してる人間ってのは、やっぱ全然違うもんだな」竜紀は天音があそこまで男にメロメロになっているのを見たことがない。洵と一緒にいる彼女は、これまでの恋愛とは明らかに違う。もしかすると、今回は本当に長続きするかもしれないと彼は思った。年を重ねると、人って変わるものなのだろうか。そう思いはしたが、竜紀自身は今の自分が昔とそこまで変わったとも思っていない。父にあれこれ仕事を押しつけられて前より忙しくなった、そのくらいだ。中身まで急に大人になった気はしない。だからこそ、天音の変化にはどうしても少し戸惑ってしまう。もちろん、竜紀たちはもともと視野の狭い人間ではない。自分ではまだ未熟だと思っていても、世間の大半よりはよほど場数を踏んでいる。ただ、それでも比較対象が常に自分自身だから、こういう変化には敏感になってしまう。願い事をしようと言い出したのは竜紀だったので、彼は自らこう締めくくった。「俺たちの願いが、全部叶いますように」皆もノリ良く、次々とそれに賛同した。若い者同士、食事
天音はツッコミを入れた。「自分でも分かってるんじゃない」竜紀はすねたように言った。「俺たち一応友達なんだろ。そこに追い打ちかけるのやめろよ」「本当のことを言っただけよ」天音は、洵のああいう落ち着いたところが好きだ。きちんと地に足をつけて生きていて、一緒にいると不思議と安心できる。恋人としても申し分ないし、きっと結婚相手としてだって申し分ない。洵は天音が自分のために口を開いてくれたのを聞いて、当然とても嬉しい。彼はテーブルの下で、珍しく自分から彼女の手を握り、その手のひらを優しく撫でた。その仕草にいやらしさはなく、ただ恋人同士らしい親密さだけがある。天音は振り返って洵と視線を交わした。それを見て、竜紀は耐えれない様子で言った。「もういい加減にしろよ。こんなところでイチャつくのはやめてくれ。こっちは飯がまずくなる」陽介も今回ばかりは珍しく竜紀に同調した。「そうだ。こっちはまだ食事中なんだぞ」桜は竜紀と陽介のことをひどく子どもっぽいと思う。他人がどうイチャつこうが勝手だし、何の問題もないじゃないか。美男美女の恋愛模様なんて誰もが見たいものだ。桜からすれば、天音と洵は並んでいるだけで絵になるほどお似合いだ。天音はこれまで、あからさまに口説かれることなど腐るほど経験してきた。気を引こうとする下心が見え見えだと、逆にスッと冷めてしまい、ちっともドキドキしない。それに比べて洵の振る舞いは、まるで出汁の効いた上品な和食のようだ。たまに味わうと、言葉にできないほど心に染み渡る。人前で手を繋ぐなんて、他の男がやればただの軽い行動に思えるが、洵がするからこそ、天音は甘いときめきを感じる。「私の願い事はね」天音は自分から目を離さない洵とふっと視線を交わし、それから皆の方を見回して言った。「絶対に当てられないと思うよ」「じゃあ、早く教えてよ」と竜紀は促した。洵も静かに言った。「俺も聞きたい」陽介と桜は急かすことなく、彼女が口を開くのを待っている。天音はチっと舌打ちをして、急になんだか照れくさくなったものの、思い切って口にした。「私の願いはね、洵にちゃんと私のワガママをたしなめてほしいってこと。ダメな時は、本気で私を怒ってほしいの」天音の願いは、案の定誰一人として予想できなかった。洵でさえも思いつかなか
皆が特に異議なさそうなのを見て、竜紀は言った。「じゃあ、俺からいくか?」天音は彼をちらりと見て言った。「言ってみて」「早く引退したい。もう親父のところで働くのはごめんだ。毎日あちこち飛び回って、接待だの飲み会だのって、死ぬほど疲れる。ビール腹でもなったら、俺の自由で華やかな人生は完全に終わりだからな」竜紀は最近父親にこき使われており、海外出張にも行かされている。出張先での食事も口に合わず、すっかりウンザリしていた。父親は彼を鍛え直すつもりなのか秘書を一人しか同行させなかった。竜紀にしてみれば、専属のシェフでも連れて行きたいくらいだ。天音は竜紀の情けない様子を見て言った。「その程度でも耐えられないの?」「その程度ってなんだよ。死ぬほどキツいんだぜ。もう限界だっての」天音は最近、少しばかり良からぬ噂を耳にしていた。竜紀の父には隠し子がいて、その隠し子がなかなかの切れ者らしい。竜紀の父が急に仕事をたくさん彼に任せたのは、実は彼を試すためであり、ふさわしい後継者を選ぶことが目的なのだ。もっとも、その情報はかなり内々のものだ。天音も静真の見舞いに行った際、兄が何気なく口にしたのを聞いただけで、確証があるわけではない。「今のうちにちゃんと踏ん張っとかないと、あとで本当に痛い目見るよ」天音は、竜紀と父親の仲は悪くないことを知っている。しかし、もし隠し子の話が本当なら、竜紀は精神的なショックを受けるだろう。それに、自分自身が努力を怠っていれば、いざ跡継ぎ争いになった時、プレッシャーに押しつぶされてボロボロになっちゃうに決まってるだろう。天音は竜紀のことをそこまで心配していない。彼は子供の頃から頭の回転が速い。天音は何かあるといつも彼に頼み事をしており、そのおかげで彼の実務能力も鍛えられた。唯一の欠点は怠けすぎることだ。自分から進んで行動しようとはしないが、追い込まれれば案外ちゃんと立ち上がれるかもしれない。天音自身も少し適当に日々を過ごしているところはあるが、必要な人脈くらいは作っている。竜紀が負けるのを黙って見ているわけにはいかない。そんなことになれば、友人としての自分の価値まで下がってしまうからだ。竜紀がこの怠惰でだらしない態度を改められないのなら、彼女が尻を叩いてやる。隠し子など恐れる必要はない。竜紀は、
結衣は隼人を産んだが、それは予期せぬ妊娠だった。産む前は母親になるなんて考えてもいなかった。だが、妊娠したからといって中絶しようとも思わなかった。その後、達也が結婚していることを知り、さらに父親が亡くなり、あらゆる出来事が一度に押し寄せてきた。結衣には隼人の世話をする時間もなく、正雄に預けるしかなかった。そして実権を握ったはいいものの、それを盤石なものにするためには、さらに忙しくなり、ほとんど休む暇もなかった。隼人は正雄と暮らしていて安全に過ごしていることがわかっていたから、彼女も当時は年に一度くらい会えればそれで十分だと思っていた。さらに数年後、隼人は鷹司家に戻ってきた。7、8歳
月子は、お尻が隠れるくらいの丈の薄手の黒いトレンチコートを着ていて、ベルトをきつく締めていたので、ウエストラインがすごく強調されていた。コートと同じ黒のパンツに、黒のショートブーツを履き、パンツの裾はブーツインしていた。月子は背が高いから、全身黒コーデが月の光と街灯に照らされて、スタイルの良さが際立っていた。クールな雰囲気とすっきりしたシルエットのコートがよく似合っていて、風が吹くと、黒髪が顔に掛かり、肌が白く透き通って見えた。まるで月のようにどこか神秘的な生命力を感じさせるものがあった。その姿はまるで映画のワンシーンみたいだ。そこに佇む月子は、シルエットのようにすらりと背が高
しばらく見つめていたら、今度は隼人が逆に我慢できなくなって、月子に尋ねた。「どうしてそんな風に俺を見ているんだ?」月子は片手を伸ばし、彼の綺麗な目尻を撫でた。「考えすぎかもしれないけど、なんだか少し元気がないように見える。まあ、それはいいとして、私はただ、あなたと一緒にいたいだけ。仕事は明日でもできるでしょ?」また月子に気づかれてしまったのか?今回はいつもより深刻な問題だったから、普段以上に隠していたつもりだったのに。どうして彼女に分かってしまうんだ?隼人の心臓が、突然激しく鼓動し始めた。まるで心臓発作を起こしたかのように、隼人は脈が乱れるのを感じた。結衣にも分からなか
隼人は、月子の言葉に思わず振り返った。彼女が彼の体の上に覆いかぶさるようにしているせいで、ゆったりとしたパジャマの襟元が大きく開き、胸元が見えてしまっていたのだ。前回、その魅力的な胸元に触れてからというもの、二人の仲はさらに深まっていた。月子は、家で風呂に入った後は下着を着ける習慣がなかった。目の前の光景に、隼人は思わず息を呑んだ。そして、すぐに視線を逸らした。月子の問いただすような視線は、姉としての貫禄を感じさせた。きっと、子供の頃は弟の洵にも、同じように接していたのだろう。隼人は月子より5歳近く年上だった。だから普段なら彼女のすることなすことは全て可愛らしく思えた。
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