Mag-log in綾辻月子(あやつじ つきこ)が流産した時、入江静真(いりえ しずま)は初恋の人の帰国を祝っていた。 三年もの間、尽くして寄り添った月子を、彼はただの家政婦か料理人くらいにしか思っていなかったのだ。 月子はすっかり心が冷え切り、離婚を決意した。 友人たちは皆、月子が静真にベッタリで、絶対に別れられないと知っていた。 「賭けてもいいぜ。一日で月子は大人しく戻ってくるさ」 「一日? 長すぎだろ。半日もあれば十分だ」と静真は言った。 月子は離婚した瞬間、もう後戻りはしないと決め、新しい生活に奔走し、かつて諦めた仕事に打ち込み、新しい人との出会いにも積極的になった。 日が経つにつれ、静真は家の中で月子の姿を見かけなくなった。 急に焦り始めた静真は、ある業界のサミットで、ついに人々に囲まれた月子を見つけた。 彼は我を忘れて駆け寄り、「月子、まだ懲りてないのか?!」 鷹司隼人(たかつかさ はやと)は突然月子の前に立ちはだかり、片手で彼を突き飛ばし、冷たく鋭いオーラを放った。「お前の兄嫁に手を出すな」 静真は月子を愛したことは一度もなかった。しかし、彼女を愛するようになった時には、彼女の傍には、もう彼の居場所はなかった。
view more隼人は、どこからかもう一つ取り出すと、また月子の口に押し込んだ。それから、彼女を抱き上げてソファまで運んだ。ちょうどそこへ使用人がワゴンを押して入ってきた。ワゴンには栄養満点の料理が、綺麗な陶器の器に入って並ばれていた。使用人が料理をテーブルに運ぶと、静かに部屋を出ていった。隼人はおかずと取り分けながら、「飴は食べ終わったか?」と月子に尋ねた。月子は数回噛んで、さっと飲み込むと「食べ終わった」と答えた。「口を開けろ」そう言われて月子は隼人を見たが、これ以上あがいてももう無駄だろうと思った。なにしろ、服まで着替えさせてもらったのだから。月子が口を開けると、隼人は今度根気よく彼女にご飯を食べさせてあげた。そして、腹七分になった頃、月子はもう食べたくなくなったようだ。そして、食事がひと段落落ち着くと、月子はようやく寝室の外で医師がずっと待機していることに気が付いた。その医師は、彼女が食べ終わるのを見計らってから入って来ようとしているのだ。それから彼女の体調についていくつか質問したあと医師は薬を処方してくれた。食後30分で飲むようにとのことだった。ほどなく30分が経つと、隼人がその薬を月子に飲ませた。「この薬は飲むと眠くなる。少し休んだら、顔を洗って。そのあとはベッドでちゃんと横になるんだ、いいね?」隼人は、月子の病気が治ったら、人間ドックを受けさせようと考えていた。月子は言った。「子供たちの様子を見てから、顔を洗うわ」「だめだ」「どうして?」「風邪をうつしたいのか?」月子はそのことをすっかり忘れていた。「分かった」それから、隼人は彼女のそばに付き添い、離れようとはしなかった。「あなたは、食事はもう済ませたの?」月子は彼をちらりと見た。「俺のことはいい」隼人の声は冷たく、表情もこわばっていた。その見るからに機嫌が悪そうな感情は顔にありありと出ているのだった。ただでさえ彼は人を寄せ付けないほどの冷たい雰囲気を纏っているのに、そんな顔をされたら、さっきの医師が緊張して固まってしまうのも無理はないだろう。また何で怒っているんだろう。別に怒らせるようなことは何もしていないはずなのに。ずっと大人しくしていたじゃない。最近の隼人はどうしてこんなに気まぐれなんだろう。本当に扱いづらい。彼のその言葉を聞いて
多分低血糖にもなっているだろう。じゃないと、こんなに目が回るはずない。すごく辛い。一気に体がガタガタになったみたいだ。元カレの前でこんなことになるなんて、月子はなんて無様だろうと思った。でも、床にはカーペットが敷いてあるから、倒れてもそんなに痛くないはず。そうなったら、自分で起き上がればいい。そう思いながら、床に倒れそうになった瞬間、誰かの腕が彼女をさっと抱きとめたのを感じた。すると、月子の体からは、すっかり力が抜けているようだった。そう感じた隼人は眉間にしわを寄せ、再び彼女の額に触れた。「ありがとう」月子は言った。「熱はないと思うけど、ちょっと風邪気味で……離して。自分でバスルームに行けるから」隼人はこんなに弱った月子を一度も見たことがなかったから、胸が締め付けられる思いで、彼の顔色も浮かなかった。「自分が今、どれだけひどい状態か分かってるのか?バスルームで倒れられたら困るだろ。俺が抱いて連れてってやるよ」月子は彼を見つめて、「それは、ちょっと……」と言った。「お前の体が一番大事だ」隼人は有無を言わせぬ低い声で言った。月子は頭を振ってみたけど、余計に目が回るだけだった。低血糖のときは頭を振らないほうがいい。手のひらも痺れてきて、確かに一人でバスルームに行くのは無理そうだった。「ちょっと低血糖みたい」立っているのもやっとなのに、話し方はどこか冷静だ。昔の月子なら、こんな風に強がったりせず、俺に甘えてきたはずなのに、と隼人は思った。別れてから、月子は全部一人で抱え込んでいる。彼女の心は、昔よりずっと硬く、冷たくなってしまった。月子がそうであればあるほど、隼人の胸は痛み、苦しくなり、後悔が募った。くそっ、どうしてあの時、彼女の言葉を鵜呑みにして別れてしまったんだ?自分はなんて意気地なしだったんだ。そう思うと、隼人は苦しくて息が詰まりそうになった。それでも彼は冷静に月子をバスルームへ運び、便座に座らせると、そばにある小さな手すりをしっかり掴むように言った。「すこし待ってろ」隼人の声は低く、有無を言わさないような強引で冷たい口調で言った。病人にそんな態度とる?とか思いつつも月子はその気迫に負けてこくりと頷くことしかできなかった。そして、隼人が部屋を出て行ったかと思うと、2分も経たないうちにすぐ戻って
それを聞いて、涙が目尻からこぼれ落ちるのを感じながら、月子はもう何も言えず、ただ目を閉じることしかできなかった。自分は、どうやら強く出られるより優しくされる方が弱いみたいだ。だから、隼人の今のこの優しさは、たとえ偽りだとしても、簡単に心を奪われてしまうようだ。しかも、こんなに素直な言葉が、親しい仲でも気持ちを素直に表現するのが苦手で、怒ってもはっきり言わない隼人の口から出たのだ。これは、とてもすごいことなのだ。そう思っていると、慣れ親しんだ匂いが近づいてきて、おでこにキスが落とされた。月子の体は一瞬こわばったが、彼が離れた時、何かしっとりしたものが顔に落ちてきたような気がした。隼人が泣いたの?まさか?彼の声は、いつも通りだった。「じゃあ、ゆっくり休んで」隼人の声に変わった様子はなく、部屋は真っ暗で、見たくても見えない状態の中、彼の声だけが続けて聞こえてきた。「俺は隣にいるから。目が覚めたら、会いに来るよ」そして、その言葉とともに、隼人は立ち上がって部屋を出て行った。ちょっと説明しただけで、すぐに許してもらえるなんてことはない。しかも許すというのは第一歩でしかなくて、そこからまた信頼関係を築き直さないといけないのだ。今は、隼人が月子に試される時だ。お互いの信頼を再び築き、月子が彼を信じ、頼れるようになるためには時間が必要だった。隼人は静真のように、せっかちで焦ったりはしない。彼はいつも忍耐強く辛抱深いのだ。それに、隼人にとって月子の世話をすること自体が楽しみなのだ。それに加えて今の彼は、ついに月子の体を気遣うだけでなく、彼女の心まで大切にいたわれるようになった。それは月子のぬくもりを貪欲に求める段階から、彼女を守る段階へと変わったということだ。そういった意味で言うと、別れが、隼人を本当に成長させたのだろう。……月子は疲れきっていた。しばらく涙を流した後、ぐったりと眠ってしまった。体力を消耗しすぎていたせいか、一度眠ると夜の8時まで目が覚めず、起きた時にはもう空は真っ暗だった。続いて、彼女は空腹感と、下腹部の鈍い痛み、ぼんやりした頭、そして体の気だるさがを感じるようになった。ほとんど、全身が気持ち悪い。布団をめくりあげて起き上がると、下腹部の痛みが強くなった。もしかして、生理が来るのかも?
次の瞬間、シャーという音が聞こえた。きっと隼人が何かを操作したんだろう。カーテンが自動で閉まって、部屋はすぐに真っ暗になった。何も見えない。月子がうっすらと目を開けたけど、そこはただの闇だった。でも、隼人はベッドのそばにいる。その気配が、なんだか前よりもっと危なく感じられた。ただ、この暗さは眠るのにはちょうどよかった。月子はもう深く考えるのをやめた。とにかく、今は眠ろう。たぶん、5分くらい経っただろうか。月子は、隼人はもうどこかへ行ったんだと思っていた。でも、突然、彼のとても小さな声が聞こえてきた。「眠ったか?」月子は寝たふりをしようとしたが、体がどうしても正直に反応してしまうのだった。しかし、それでも彼女は布団を引き寄せて、もっときつく体に巻きつけると、何も言わずに、眠っているふりを続けた。片や隼人は暗闇に目が慣れていた。部屋は真っ暗だったけど、物の輪郭くらいは見えた。月子は目を閉じていて、眠っているように見えるが、たぶんまだ起きているんだろう。ただ、彼女が今、静かになったので多分もうここから出ていこうとはしていないだろう。邪魔者の一樹もいないし、もう誰も二人の邪魔をするものはいないのだから、静まり返ったこの場で口にしやすい言葉もあるのだ。そう思って、隼人はゆっくりとまぶたを閉じて、ようやく口を開いた。「お前が眠るのを、邪魔したくはなかったんだ。月子。お前が、俺と一緒に子供のことで悩めないって思った理由が、後になってやっと分かったんだ。俺は気持ちを伝えるのが下手で、お前に安心感とか愛情を十分に感じさせてやれなかったんだな。もし時間を巻き戻せるなら、お前に別れを告げられたあの時に戻れるなら、俺は一度はうなずいたかもしれない。でも、お前が俺を必要とした時は、必ずそばにいられるように、隣に引っ越してでも、お前のそばを離れはしなかっただろう。そして、一緒に乗り越えられるということを、言葉だけじゃなくて、行動で示していたと思う。そうすれば、お前も『この人とならどんな問題も乗り越えられる』って、心から信じてくれたかもしれない。すまなかった。お前のことをちゃんと見てやれなくて。いい彼氏じゃなかった。安心させてやることもできなかった。お前が怖くなってしまった時、俺は引き止めもしないで、ただ去ってしまった……月子、俺が悪か
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