本当にさっきまで、理久の乗るゴンドラが滑る水路の回りは静かで木々が生い茂っていただけだったのに…… 突然明るくなったかと思うと空間が一気に開け、前方には広い広い青空と……そこを飛ぶドラゴン達。 左右には、令和の日本とは全く風景の違う、本場中世西洋風の沢山の家や店。 正に理久が目を瞠る異世界が広がっていた。 そして、パンや肉を焼くいい香りを風が運んで来る。 しかし、理久はそれにも驚いたが、それ以上に感嘆したのは、そこを行く交う者達の姿だった。 人間の姿に頭に獣耳が付いた獣人の多さにも圧倒されるが…… 他にも、狐や熊、獣そのままの姿で服を着て二足歩行する者もいるし…… 妖精達も、蜂のように沢山気忙しく飛び回っている。 ここは、色々な見た目の者達の自由な世界。 生命力に溢れた沢山の声と活気が、理久にもビシビシ伝わってくる。「凄いよ!クロ!色々な種族の人がいるんだ!」 理久がそう言うと、隣りで理久に密着して座っていたクロが穏やかに微笑んだ。 しかも、いつの間にかクロは、ごく自然に理久の左手を握っていた。 周囲に気を取られていた理久は、ここにきてやっと気付き、思わず顔を赤らめた。 しかし、すぐに気付かなかった理由は、それだけではないかも知れないと理久は思う。 クロが今は犬でなく獣人であっても、理久にとってあまりにも自然にも感じるのだ。 クロが理久の隣りにいる事も…… クロが理久の手を握るのも…… クロの体温を理久が感じるのも…… 息をしてるように自然にも感じる。「そう、ここは大昔から、色々な見た目、色々な種族が共に暮らす自由な国なんだ。フードを被っていたら分かり辛いが、たまに人間もいるぞ」「え?人間?」 自分以外にもこの世界に人間がいる事に、理久はキョトンとして小首を傾げた。「ああ。たまに。ごく、たまにだが」「ええ!そうなんだ。これから俺はこの国に何度も来るから、俺がこの世界に何度も通ってる内に、この世界で暮らす人間にも会えるかも知れないな」 理久は、屈託無くそう言ったのだか、クロが一瞬、表情が曇った気がした。「クロ?……」 理久が心配そうになると、クロはすぐに笑顔になり、前方の右側を指さした。「理久!あそこ見てみろ!」 理久がそこを見ると、一面に出店や屋台が出ていて、巨大露地マーケットになっていた。「後で
理久は、クロと同じくライトブラウンのマントを着て頭からそのフードを被った。 そして、町へ行くなら、てっきりドラゴンの背に跨り大空をひとっ飛びと…… 淡い期待をしていた。 だって、遠くの空には、人が乗っているだろうドラゴンがかなり飛んでいた。 しかし、現実はそんな簡単な事じゃないらしい。 クロは一匹のドラゴンに、理久を前にして二人で跨りはしたが…… 理久が不慣れで空から落ちたら大変だと、ドラゴンに地上を歩かせ城を出た。 ドラゴンは、鞍のお陰もあるが、歩く速度は速いが理久が想像したより遥かに乗り心地いい。 そして彼らは、水の中をも泳ぎ獣人や荷物を運ぶ。 正に、陸海空なんでもいけるオールマイティだった。 背後には、従者のレメロンもドラゴンに乗り後を付いて来る。 他の獣人騎士達は、私服に着替え、それぞれ町に秘密裏に潜伏し理久とクロを警護する。 クロは、獣人の余り通らない裏道を行く。 城は、小高い丘陵にあるから、町に下り着く前から遥か遠くに巨大な城壁が見えている。 そして、町がかなり規模が大きい様子も見える。 その中を水路が張り巡らされてる事、家が無尽蔵に立ち並ぶのが、竜の背の理久にも確認出来た。 だが理久は、落ちないようにと、クロが後ろから抱き締めてくるのに焦っていた。 強さもそうだが、密着度合いが半端なかった。 理久とクロのズボン越しの下半身が密着する。 特に、クロの股間が理久の下半身にグイグイグイグイ押し当てられる。 そして、竜の背の振動が、それに更に拍車をかけた。 理久の気のせいか?…… クロのアソコが固くなっている気がする。 しかも、クロのアソコは、やはり大きく感じる。 摩擦を生みながら擦れる部分が、燃えそうに熱い。 そして、だんだん理久自体のアソコもおかしくなりそうで……(これは、ただドラゴンに乗ってるだけだ……意識するのがおかしい。それにクロは……あの犬のクロで……俺とクロは男同士で……) 理久は、額に薄っすら汗をかき始めた。 そして、動揺をなんとかしようと心の中で何度も何度も呪文のようにそう呟くが、一行に収まる気配は無かった。 やがて、そうしている内に…… ただ回りを木々に覆われた、人のいない静かな石のブロックの水路の船着き場に来た。 そこには、すでに一艘の美しい赤いゴンドラがあって、ゴンド
予定が狂い、朝食会は短時間で終わった。 それでもクロの両親は、理久と僅かだが和やかに会話出来て礼も言え満足気だった。 クロの父は、すでに国王を退位しているので、今はこの城とは別の城に住んでいる。 理久とクロも笑顔で、城の赤絨毯の敷かれた長い廊下で、両親の帰りを見送った。 クロは、この時も横にいる理久の右手を強く握り離さなかった。 クロは、最初はこの会食で理久と結婚する事を両親に告げるつもりだったのに、本当にクロは「結婚」のけの字も食事中には出さなかった。 しかし、結婚の話しが出なかった事で、理久は、クロがちゃんと理久の結婚は出来ないと言う気持ちに配慮してくれたんだと安堵した半面、何故が心がモヤモヤした。 酷くモヤモヤした。 この気持ちが、クロへの罪悪感なのかそれとも何なのか、理久は、両親の背中を見送りつつ思った。 そして、理久は、オルフェが気になって仕方なかった。 クロの両親を見送った後、オルフェも帰った。 オルフェも別れ際笑顔だったが、理久にだけはそれがどうしても造りモノに見えて仕方無かった。 そして何より…… オルフェの食事の仕方が流石上流階級の者らしくて、ただ紅茶を飲みサンドイッチを食べるだけでも美しく品格があった。 あの品格は、誰でもすぐに身に付くものでは無いと理久は思う。 理久は、ただの日本の一般高校生の自分と真の王子様との格の違いを見せつけられた。 そして…… クロのプロポーズを断ったのは、理久本人なのに…… 逞しく勇壮なクロと、美しく麗しいオルフェ…… 二人並べると、文句が付けようがない完璧な一対に見えた。 クロの横には、理久よりオルフェが似合う気がして理久は、さっきより更にどんどん自信を喪失していた。「さぁ!理久!これから一緒に町に遊びに行こう!でも、その前に、動物好きなお前に見せたいモノがある!」 そんな元気の無い理久の顔をずっと見ていたクロは、急にそんな事を言い出して、理久の右手を強く握ってきた。 クロはそのまま理久の手を引いて、城の裏手の、明るい日差しの降り注ぐ広大な草地に連れ出した。 そこは、時折駆け抜ける涼やかな風が爽やかな薫りを纏い煌めき、色鮮やかな花や短い緑草を揺らす。 従者レメロンや護衛の獣人騎士達は気を遣い、理久とクロからかなり離れた場所に待機していた。 理久は眼前、少し
理久はずっと自分でも、失敗した時の気持ちの切り替えは早い方だと思っていたが…… 今回は、なかなか上手くいかなかった。 そして結局…… クロの両親の今日一日の予定が詰まっていて、クロの風呂や着替えなどもあり、元の豪華な朝食を再び用意して食べる時間が無かった。 大きく長いテーブルに、人数分の紅茶とサンドイッチだけがぽつんと用意される散々な結果になってしまった。 入り口から向かって左側に、理久、クロの順で並んで座って、それに対面する形でクロの両親が座った。 そして、その他に二人の同席人がいた。 一人はクロの従者で、名はレメロン。 レメロンは、クロの横に椅子を持参し着座した。 クロと年は近い感じのやはり犬系の美形獣人で、見るからに頭がキレそうな容姿。 そして、もう一人は…… さっき理久が椅子の数を気にしていた事は正しかった。 犬系獣人でなんと隣国の王子様でクロの幼馴染オルフェで、クロの両親の横に座った。 大広間は、この6人だけになった。 しかし、それにしても……と…… 理久は、メンタルをやられたままで、クロを含めた回りに座る獣人達をチラチラと見た。 そして……(これが……これが……異世界の実力か……ヤバ!キラキラして眩し過ぎる!) 獣人達の美形割合いの高さに圧倒され、理久の緊張感はおのずと更に高まってしまう。 クロもかなりの美形だが…… 逞しく勇ましい感じのクロと違って、特にオルフェは、長い金髪も麗しい正に美しく上品なまるで絵に描いた様な正統派王子様だった。「すまない……理久殿、アレクサンドル。オルフェが、どうしても二人に会いたいと言ったもので連れて来た」 クロの父がそう申し訳無さそうに言うと…… オルフェは、クロに向かいニッコリして言った。「すまない、アレク……本来私は来るべき立場では無いし、おじ上、おば上にも断られたんだが……お前が愛してる人間がどんな人間か、どうしても見たくて……おじ上達に何度も頼み込んだんだ」(愛?!愛してるって!……) 理久は、自分の事を言われているのと、日本男子にとって直球過ぎるフレーズに顔を赤くし固まる。「お前は、俺……いや、私の兄弟も同然だ。よく来てくれた!新ためて紹介する。私が愛してる理久だ!」 クロの方はそう言い理久の肩を抱き、オルフェにニコリと微笑んだ。「はっ……初めまして…
一瞬の事で、一体何が起こったか分からず呆然とする理久が気付くと…… 理久は、クロに強く抱き締められ壁に背中が着いていた。 少し距離があったのに、クロは野生的な恐るべきスピードで理久の元に来た。 やはり理久は、食器やナイフが当たりケガをする事も無く、食べ物や飲み物で体や服も汚れなかった。 クロは、完璧に理久を守った。 しかし、テーブルの上にあった幾つかの食器がクロに当たり、テーブルから飛んだ食べ物、飲み物でクロの体の後ろ半分がかなり汚れてしまった。 何一つ汚れ無かった理久は、アワアワ焦り、理久を抱き締めるクロを見た後左を見る。 すると…… 床にへたり込むアベルも、同じく理久が昨日見たもう一人の使用人かわいい系ウサギ男子リオンが盾になり、ケガや汚れから庇われていた。「大丈夫か理久?ケガは無いか?」 クロが、理久の頬を両手で持ち上げ心配一杯の表情で聞いてきた。「う……うん……俺は……大丈夫……でも、クロ……ごめん。俺が悪かったんだ。俺が考えも無しに配膳に手を出したから……」 クロの目を見てそう言い理久は、又恐る恐るアベルに視線を移した。 そして…… この大事な時にやらかしてしまった事と、回りの使用人獣人達がすっかりドン引いてしまっている雰囲気に動揺しながらなんとか言葉を繋げた。「ごめんなさい……本当にごめんなさいアベルさん……アベルさんは大丈夫?……」「とんでもない。こちらこそ申し訳ありませんでした……理久様。私は大丈夫です。理久様」 立ち上がれないアベルも、言葉がなかなか続かない。 クロと同じ部分を飲み物などで汚し、床に両膝立ちするリオンにまだ抱き締められながら、顔面蒼白になっていた。「陛下、理久様、どうか、どうかアベルをお許し下さい!アベルは今朝は体調が優れなかったので休む様に言ったのですが、今日はたまたま他にも突然の病気や急用で欠勤の者が多くて、無理をして配膳しておりました。でもやはり、私が絶対にアベルを止めるべきでした!全て私の不注意でございます!」 代わりに、両膝立ちしたままリオンが更にアベルを抱き締め、理久とクロに頭を下げながら懇願し言った。 一見、かなりベビーフェイスに見えるリオンだが…… 実体は、それとは又違っている。 そこに……「これは一体どうした事だ?!」 妃と共にやって来た犬系獣人の前国王が、テーブ
理久と獣人王クロは、手を繋いだまま城の赤い絨毯の引かれた廊下を歩き続けた。 しかも、いつの間にかしっかり恋人繋ぎ。 そして、丁度理久には不安な事がもう2つあった。 だからクロが理久の手を握るのと同じ位強く、理久も無自覚にクロの手を握っていた。 クロは、着替える前、今朝の食事には、クロの両親を呼んでいると理久に言ったのだ。 今は違うと言っても、前国王様と王妃様。 理久は、何を喋ればいいかパニクるし、不安だし。 もしかしたらクロが理久との結婚を真剣に考えて、早くから計画を立て両親を呼んでいたのなら、いくら理由があったにせよ、理久がプロポーズを断ったこの状況では、両親に会うのはいたたまれ無い気もした。 それで理久が落ち着かないでいると、クロはそっと微笑んで言った。 「理久……そんな固くならなくても大丈夫だ。今回は両親はただ会ってお前に礼を言うだけだ。それに、お前には俺が側にいる」 そう言われててもやはり、理久は緊張する。 それに2つ目は、朝食なのに、ナイフ、フォーク、スプーン、その他。 食事はマナーが重視されるので、お箸派の理久は更に緊張が高まる。 部屋に着くと昨夜と同じ様に、沢山の男女の獣人達が、配膳の用意の最終段階で忙しく立ち回っていた。 横長の大きなテーブルには、すでに沢山の食器とキレイな器に入った理久には珍しいフルーツの数々と、ジュースのような液体の入ったガラスの縦長のポットがある。 理久の世界のイギリスのアフタヌーンティーを思い出させるような、プレートを3段重ねた大きなティースタンドまである。 ティースタンドはまだ空で、これから何を並べるのか? 理久はそれが少し気になった。 テーブルには、テーブルを挟んで、部屋の入り口から見て左に2人分と右に3人分と椅子も配置されていた。 理久は、朝食はクロの両親とクロと自分だけだと思っていたので、もう一人誰かいるのか?それがかなり気になった。 「理久……ちょっと一つ、言っておかなければならない事があって……」 クロは、さっき言いかけたウサギ族に対する注意事項の件を、又、理久の耳元で囁いた。 昨夜から色々あり過ぎて、しかも、クロの理久への恋情が余りに大きくて…… どうしてもそっちばかりに気が行ってしまい、クロは言う期会をずっと逸していた。