小田桐涼一は、コンテストの締め切りに追われる駆け出し作家志望の青年。ある日、街中で体調を崩し倒れそうになったところを、編集者の桃瀬郁也に助けられる。偶然の出会いは、実は中学時代にバス停で遠くから見つめ合っていた二人の運命的な再会だった。涼一のトラウマを抱えた過去と、郁也の優しくも情熱的な性格が交錯し、互いに惹かれ合う二人。 郁也の世話焼きなサポートと、涼一の純粋な想いが織りなす日々の中、料理を共に作り、名前で呼び合い、そっと手を繋ぐ瞬間を通じて、二人の距離は縮まる。涼一の過去の傷を乗り越え、郁也の愛に支えられながら、彼は作家としての夢にも一歩近づく。
View Moreその日、俺はいつものように印刷所からの帰り道、会社に戻る途中で昼飯を済ませようとしていた。
スクランブル交差点を渡り切る瞬間、雑踏の中から細身の影がふらりと俺にぶつかってきた。 信号は点滅し、赤に変わる寸前。なのにそいつは、周りを押しのけるように突っ込んでくる。足元がふらつき、まるで今にも倒れそうな様子に、咄嗟に声を上げた。
「おい、危ねえぞ!」腕を掴むと、そいつはぐらりと俺に倒れ込んでくる。
「っ……なんだ!?」驚きつつもそいつの体をしっかりと抱きとめ、慌てて交差点を渡り切った。抱えた腕から伝わる異常な熱。これはただ事じゃねえ。
「大丈夫か? めっちゃ熱があるぞ」
人混みをうまく避け、路地裏の静かな場所まで連れていき、そいつをそっとしゃがませた。
「大丈夫……です。締め切りが……もうすぐで、行かなきゃ」掠れた声で呟いた瞬間、そいつは力尽きたように俺にもたれかかり、荒い息を繰り返す。その声は、どこか中性的に耳に聞こえた。
「女かと思ったら男か。締め切りって郵便局か?」
支えながら視線を落とすと、そいつの手に握られた茶封筒。そこにはライバル出版社「緑泉社」のライトノベルコンテスト応募先の文字。出版社勤めとしては、複雑な気分に陥った。
とりあえずそいつを背負い、知り合いの医者が経営する病院へ向かった。「ももちん、昼休みなのに! 大人の急患連れ込むのやめてよ~!」
高校の同級生で、アレルギー専門の小児科医、周防武(すおう・たけし)が不満げに迎えた。
「いい加減、ももちんって呼ぶのやめろ。コイツ、めっちゃ熱あるんだ。診てくれ」
周防の文句を無視して診察室に踏み込み、そいつをベッドにそっと下ろした。
「うわ、これは……」
「な? かなりヤバそうだろ」 「ドストライクだね」聴診器も当てず、腕を組んでそいつをしげしげと眺める周防。
「流行りの病気か?」
「いやいや、ももちんのタイプでしょ? 清楚で綺麗な美青年って感じ♪」そう言って、なぜか俺の頬をつんつん突いてくる。長年の付き合いで、俺の好みを熟知してるこいつ。確かに、そいつの顔は悪くねえ。
「ドストライクってほどじゃねえよ」
そっぽを向くと、周防はニヤリと笑い、ようやく聴診器を手に取った。
「でもさ、似てるよね。高校んとき、ももちんが好きだった中学生に」
「あ? そうだったか?」 「似てる似てる! あっちはもっと気品漂う、私立中の制服だったけどね」楽しげに言いながら、体温計をそいつの脇に差し込む。
「ちなみにどこで拾ったの? 相変わらず面倒見いいな~」
「スクランブル交差点でぶつかってきたんだ。ふらふらしてたから、病気だろって連れてきただけ」肩を竦めたタイミングで体温計がピピッと鳴り、周防が眉をひそめた。
「病気もドストライクだよ。インフルエンザ。子どもらの間で流行ってるからね」
「マジかよ……」 予防接種はしてるが、感染しない保証はねえ。やべえな。「点滴と解熱剤の座薬、すぐ用意するよ」
周防が手際よく準備を始めるのを見ながら、俺は手を差し出した。
「なに? 手伝うの?」
「当たり前だろ。周防の昼休みを潰しちまったんだ。座薬くらいなら俺でもできる」俺としては真剣に言ったのに、周防のやつはなぜか顔を赤らめる。
「もしかして、ももちんのナニを座薬と一緒に」
「アホか! インフル患者を襲うわけねえだろ!」そいつのジーンズと下着を膝まで下ろし、ゴム手袋を手早くはめて、ワセリンを塗った座薬をさっと挿入してやった。
「ん……っ、ぁ――」
つらそうな表情のまま、掠れた声が漏れる。
「薬入れたからな。もうちょっと頑張れ」
ジーンズを履かせ直し、布団をかけてやる。その間に周防は点滴を準備し、細い腕に針を刺して液を調整。普段はなよっとした話し方だが、医者としての手際はさすがだ。思わず見惚れる。
「よし、できた。……って、ももちん、じっと見すぎ! どうしたの?」
「白衣ってだけで、カッコよさが2割増しだよな」 「ふふ、でしょ? ももちんが白衣を着たら、ママさんたちが子どもを無理やり病気にして連れてきそう」笑いながら肘でつついてくる周防。
「隣の点滴室に移すから、ベッドを押してくれる?」 「了解」キャスターのロックを外し、ゆっくりベッドを移動させる。隣の部屋で椅子を引き寄せ、そいつのそばに腰掛けた。
「ももちん、仕事はどうすんの?」
「病人と接触しちまったし、今日はこのまま休む」 うんざり気味に言うと、周防はなぜかニヤニヤした。「じゃあ、なにかあったらナースコール押してね。襲っちゃダメだぞ~」
意味不明な忠告を残し、周防は病室を出て行った。
「だから、病人襲わねえって!」
聞こえねえだろうけど、ついデカい声で叫んだ。
(……っと、病人がいるんだった )
とりあえず仕事を休むために、編集長に連絡しなきゃと思い直し、病室を出て三木編集長に電話をかける。インフル患者を病院に運んだ話をした途端に、
「危険人物! 今日の用はねえ! とっとと帰れ!」
危険人物扱いになったことがおかしくて、苦笑いしながら電話を切り、病室に戻ると、そいつがうんうん唸ってる姿が目に留まった。
「おい、どうした? 苦しいのか?」慌てて抱き起こすと、うっすら目を開けたそいつが掠れた声で呟く。
「水……喉が、苦しくて」
「わかった。すぐ持ってくる。ちょっと待ってろ」自販機で水を買い、病室に戻る。ペットボトルの蓋を開け、抱き起こして手渡すが、そいつの手は震えてうまく持てない。
「すみません。体が、言うこときかなくて」
「しょうがねえ。こんな熱じゃな。飲ませてやる」ペットボトルを口元に持っていくが、飲み込むのも辛そうだった。ちびちびしか飲めねえ。肩で荒い息をする姿を見て、このまま起こしてるのは可哀想に思える。
(――編集長、悪い。忙しい時に休むかも……) 「ちまちま飲むと体力使うぞ。目をつぶれ」 「はい?」 「いいから、言うこと聞け。なにも考えるな」怪訝な顔で大きな瞳を閉じるそいつ。俺はペットボトルの水を口に含み、形のいい唇にそっと重ねた。そしてゆっくり水を流し込む。
「っ……ん」
驚いた様子だが、冷たい水を受け入れてくれる。
「悪い。こっちのが楽だろ?」
零れた水を手で拭ってやると、そいつは熱のせいか、顔を真っ赤にして俯いた。
「す、すみませんでした……見ず知らずなのに、こんなに世話かけて」
「いいって。俺、桃瀬郁也。お前は?」 「小田桐涼一です。助けてくれて……ありがとうございます」水のおかげか、声が少しハッキリした。
「まだ飲むか?」
俺が顔を覗くと小田桐は視線を泳がせ、なぜか俺の唇を見つめた。
「遠慮すんな。飲めるときに飲んどけ」
「じゃ、じゃあお願いします!」慌てて両手で口を押さえる小田桐。素直で可愛い反応に、つい笑っちまう。
「はは、素直なヤツは嫌いじゃねえよ」
頭をぐしゃっと撫でると、小田桐はますます赤くさせた。
「じゃ、さっきと同じ。目をつぶって」今度はわかってるだけに、ぎゅっと目を閉じる。肩に力が入ってるのが見て取れた。
「おい、力抜けよ。唇、ちょっと開けてくれ」 笑いながらお願いすると、言うとおりに体の力を抜く。そっと肩を抱き寄せ、唇を重ねた。冷たい水が流れ込み、触れ合う唇の感触に、俺まで少しドキリとした。 水を飲み終えて唇が離れる瞬間、小田桐の瞳が揺れる。 「ん……っ?」水が止まり、ただ唇が触れ合ってる状態に、小田桐が小さく声を漏らす。俺はつい、角度を変えて唇を重ね、そっと舌を絡めた。 「っ、んん!」 驚く小田桐の口に、ミントタブレットを滑り込ませる。 「どうだ? ミンティア。熱で口の中が熱いだろ。スーパークール味、サービスな」 「これ、わざわざ口移ししなくても……手で渡せば」
小田桐がぼそっと呟く。確かにその通りだが、つい意地悪したくなった。
「これくらいのサービス、受けてくれてもいいだろ」
「何かいろいろ、ありがとうございます」少し警戒した目で俺を見る小田桐。でも行き倒れを助けた俺を、悪い奴だとは思ってねえよな? 「あのさ」 「は、はい?」 なぜかビクッと体を竦ませる。怯えなくてもいいのに。
「お前が持ってた緑泉社の封筒。ライトノベルの原稿だろ?」 「はい、明日が締め切りで……速達で出そうとしたら倒れちゃって」 「それさ、ウチのコンテストに出さねえ?」 背広のポケットから名刺を差し出す。 「桃瀬さんって、ジュエリーノベルの編集者?」
小田桐の目が驚きで丸くなる。 「俺、人を見た目で判断できる。お前の顔、面白いもん書けそうなツラだ」 「 作品を読まずにそんなこと……」 「だから、ウチに出せよ。緑泉社の締め切り、間に合わねえだろ?」 「でも――」 「俺に頼めば、緑泉社に間に合うよう出してやる。けど、俺としてはウチに欲しい。どうする?」
封筒を揺らしながら、小田桐の顔をじっと見つめた。俺の視線を感じて、目の前でゴクリと喉を鳴らす。
「桃瀬さんは審査員なんですか?」 「いや、今回は編集長と他の奴らがやる」 「じゃあ……今ここでその原稿を読んで、感想を教えてください。そしたら、どこに出すか決めます」 (なるほど。面白いことを言うじゃねえか。 ) 「編集者を試すなんて、いい度胸だな」 「偶然の出会いに、賭けてみたくなっただけです」 小説家志望の小田桐と編集者の俺。偶然か、運命か。胸がざわつく。 「わかった。読んでやる。覚悟しろよ」 笑いながら封筒を開け、原稿を取り出し、眼鏡をかける。小田桐がじっと俺を見つめる視線を感じながら、ページをめくり始めた。
静かな病室内に、紙をめくる音だけがした。手書きの原稿を真剣に読み進めていると、小田桐から注がれる視線が、どうにも気になってくる。「なぁ……」 「は、はい?」 「あんまり、こっち見るなよ。気が散ってしまう」 小田桐に見られていることを意識しただけで、頬に熱を持ってしまった。だからこそ、注意を促さなければ。ちゃんと原稿の精査ができなくなる。「ほら、またっ!」 「わわっ、スミマセン」 俺の指摘に小田桐は慌てて布団に潜り込み、背中を向ける。「桃瀬さん、すみません」 布団からくぐもった声が聞こえた。かけていたメガネを上げて、原稿から小田桐に視線を移す。 するといきなりベッドに居ずまいを正すと、頭を深く下げた。「小田桐、いきなりどうした?」 「生意気なこと言って、すみませんでした! もう読まなくていいです」 恐るおそる顔を上げると、しょんぼりした面持ちでポツリと呟く。「あの、その、面白くないですよね。その作品……」 「読めと言ったり、読むなと言ったり、ワガママなヤツだなお前」 「今更だけど、足りない部分がわかってしまって、全部書き直したくなったんです。お願いします、返してくださいっ」 小田桐はベッドから抜け出し、点滴を引っこ抜くと、俺が持ってる原稿を両手で掴んだ。「悪いが今、すっげえいいとこ読んでるんだ。邪魔すんなよ」 「作者の僕が読まなくていいって言ってるんです! さっさと諦めてください!」 原稿を綱引きするように引っ張り合った。小田桐の華奢な手が、意外な力でぐいぐい抵抗してくる。 (――見た目と違って、めっちゃ頑固だな、こいつ) ムッとしながら力を込めた瞬間、小田桐がぐっと押し返してきた。バランスを崩した俺は、咄嗟に原稿を手放し、前のめりに倒れそうになる涼一を抱きとめる。バサバサッとたくさんの原稿が宙を舞って、その後辺りに散らばた。「あぶなっ!」 俺の腕の中で、小田桐の細い体がぴったり収まる。 それだけでドクドクと跳ねる鼓動。俺のだけじゃねえ。小田桐の胸からも、早いリズムが伝わってくる。 「お前、病人なんだから大人しくしてろよ」 「うっ……はい」 小さな声で答える小田桐。体を起こそうとする気配はあるのに、なぜか動かねえ。俺もコイツを離すのが惜しくて、つい背中に回した腕に力を込めた。ぎゅっと抱き
その日、俺はいつものように印刷所からの帰り道、会社に戻る途中で昼飯を済ませようとしていた。 スクランブル交差点を渡り切る瞬間、雑踏の中から細身の影がふらりと俺にぶつかってきた。 信号は点滅し、赤に変わる寸前。なのにそいつは、周りを押しのけるように突っ込んでくる。足元がふらつき、まるで今にも倒れそうな様子に、咄嗟に声を上げた。 「おい、危ねえぞ!」 腕を掴むと、そいつはぐらりと俺に倒れ込んでくる。 「っ……なんだ!?」 驚きつつもそいつの体をしっかりと抱きとめ、慌てて交差点を渡り切った。抱えた腕から伝わる異常な熱。これはただ事じゃねえ。 「大丈夫か? めっちゃ熱があるぞ」 人混みをうまく避け、路地裏の静かな場所まで連れていき、そいつをそっとしゃがませた。 「大丈夫……です。締め切りが……もうすぐで、行かなきゃ」 掠れた声で呟いた瞬間、そいつは力尽きたように俺にもたれかかり、荒い息を繰り返す。その声は、どこか中性的に耳に聞こえた。 「女かと思ったら男か。締め切りって郵便局か?」 支えながら視線を落とすと、そいつの手に握られた茶封筒。そこにはライバル出版社「緑泉社」のライトノベルコンテスト応募先の文字。出版社勤めとしては、複雑な気分に陥った。 とりあえずそいつを背負い、知り合いの医者が経営する病院へ向かった。 「ももちん、昼休みなのに! 大人の急患連れ込むのやめてよ~!」 高校の同級生で、アレルギー専門の小児科医、周防武(すおう・たけし)が不満げに迎えた。 「いい加減、ももちんって呼ぶのやめろ。コイツ、めっちゃ熱あるんだ。診てくれ」 周防の文句を無視して診察室に踏み込み、そいつをベッドにそっと下ろした。 「うわ、これは……」 「な? かなりヤバそうだろ」 「ドストライクだね」 聴診器も当てず、腕を組んでそいつをしげしげと眺める周防。 「流行りの病気か?」 「いやいや、ももちんのタイプでしょ? 清楚で綺麗な美青年って感じ♪」 そう言って、なぜか俺の頬をつんつん突いてくる。長年の付き合いで、俺の好みを熟知してるこいつ。確かに、そいつの顔は悪くねえ。 「ドストライクってほどじゃねえよ」 そっぽを向くと、周防はニヤリと笑い、ようやく聴診器を手に取った。
Comments