ピロトークを聞きながら

ピロトークを聞きながら

last updateLast Updated : 2025-08-16
By:  相沢蒼依Updated just now
Language: Japanese
goodnovel18goodnovel
Not enough ratings
66Chapters
240views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

小田桐涼一は、コンテストの締め切りに追われる駆け出し作家志望の青年。ある日、街中で体調を崩し倒れそうになったところを、編集者の桃瀬郁也に助けられる。偶然の出会いは、実は中学時代にバス停で遠くから見つめ合っていた二人の運命的な再会だった。涼一のトラウマを抱えた過去と、郁也の優しくも情熱的な性格が交錯し、互いに惹かれ合う二人。 郁也の世話焼きなサポートと、涼一の純粋な想いが織りなす日々の中、料理を共に作り、名前で呼び合い、そっと手を繋ぐ瞬間を通じて、二人の距離は縮まる。涼一の過去の傷を乗り越え、郁也の愛に支えられながら、彼は作家としての夢にも一歩近づく。

View More

Chapter 1

ピロトーク:運命の出逢い

 その日、俺はいつものように印刷所からの帰り道、会社に戻る途中で昼飯を済ませようとしていた。

 スクランブル交差点を渡り切る瞬間、雑踏の中から細身の影がふらりと俺にぶつかってきた。 信号は点滅し、赤に変わる寸前。なのにそいつは、周りを押しのけるように突っ込んでくる。足元がふらつき、まるで今にも倒れそうな様子に、咄嗟に声を上げた。 

 

「おい、危ねえぞ!」  

 腕を掴むと、そいつはぐらりと俺に倒れ込んでくる。

  

「っ……なんだ!?」  

 驚きつつもそいつの体をしっかりと抱きとめ、慌てて交差点を渡り切った。抱えた腕から伝わる異常な熱。これはただ事じゃねえ。  

「大丈夫か? めっちゃ熱があるぞ」  

 人混みをうまく避け、路地裏の静かな場所まで連れていき、そいつをそっとしゃがませた。 

 

「大丈夫……です。締め切りが……もうすぐで、行かなきゃ」  

 掠れた声で呟いた瞬間、そいつは力尽きたように俺にもたれかかり、荒い息を繰り返す。その声は、どこか中性的に耳に聞こえた。  

「女かと思ったら男か。締め切りって郵便局か?」  

 支えながら視線を落とすと、そいつの手に握られた茶封筒。そこにはライバル出版社「緑泉社」のライトノベルコンテスト応募先の文字。出版社勤めとしては、複雑な気分に陥った。 

 

 とりあえずそいつを背負い、知り合いの医者が経営する病院へ向かった。  

「ももちん、昼休みなのに! 大人の急患連れ込むのやめてよ~!」  

 高校の同級生で、アレルギー専門の小児科医、周防武(すおう・たけし)が不満げに迎えた。  

「いい加減、ももちんって呼ぶのやめろ。コイツ、めっちゃ熱あるんだ。診てくれ」  

 周防の文句を無視して診察室に踏み込み、そいつをベッドにそっと下ろした。  

「うわ、これは……」  

「な? かなりヤバそうだろ」  

「ドストライクだね」  

  聴診器も当てず、腕を組んでそいつをしげしげと眺める周防。  

「流行りの病気か?」  

「いやいや、ももちんのタイプでしょ? 清楚で綺麗な美青年って感じ♪」  

 そう言って、なぜか俺の頬をつんつん突いてくる。長年の付き合いで、俺の好みを熟知してるこいつ。確かに、そいつの顔は悪くねえ。  

「ドストライクってほどじゃねえよ」  

 そっぽを向くと、周防はニヤリと笑い、ようやく聴診器を手に取った。  

「でもさ、似てるよね。高校んとき、ももちんが好きだった中学生に」  

「あ? そうだったか?」  

「似てる似てる! あっちはもっと気品漂う、私立中の制服だったけどね」  

 楽しげに言いながら、体温計をそいつの脇に差し込む。  

「ちなみにどこで拾ったの? 相変わらず面倒見いいな~」  

「スクランブル交差点でぶつかってきたんだ。ふらふらしてたから、病気だろって連れてきただけ」  

 肩を竦めたタイミングで体温計がピピッと鳴り、周防が眉をひそめた。  

「病気もドストライクだよ。インフルエンザ。子どもらの間で流行ってるからね」  

「マジかよ……」

  

 予防接種はしてるが、感染しない保証はねえ。やべえな。  

「点滴と解熱剤の座薬、すぐ用意するよ」  

 周防が手際よく準備を始めるのを見ながら、俺は手を差し出した。  

「なに? 手伝うの?」  

「当たり前だろ。周防の昼休みを潰しちまったんだ。座薬くらいなら俺でもできる」  

 俺としては真剣に言ったのに、周防のやつはなぜか顔を赤らめる。  

「もしかして、ももちんのナニを座薬と一緒に」  

「アホか! インフル患者を襲うわけねえだろ!」  

 そいつのジーンズと下着を膝まで下ろし、ゴム手袋を手早くはめて、ワセリンを塗った座薬をさっと挿入してやった。  

「ん……っ、ぁ――」  

 つらそうな表情のまま、掠れた声が漏れる。  

「薬入れたからな。もうちょっと頑張れ」  

 ジーンズを履かせ直し、布団をかけてやる。その間に周防は点滴を準備し、細い腕に針を刺して液を調整。普段はなよっとした話し方だが、医者としての手際はさすがだ。思わず見惚れる。  

「よし、できた。……って、ももちん、じっと見すぎ! どうしたの?」  

「白衣ってだけで、カッコよさが2割増しだよな」  

「ふふ、でしょ? ももちんが白衣を着たら、ママさんたちが子どもを無理やり病気にして連れてきそう」  

 笑いながら肘でつついてくる周防。 

 

「隣の点滴室に移すから、ベッドを押してくれる?」  

「了解」  

 キャスターのロックを外し、ゆっくりベッドを移動させる。隣の部屋で椅子を引き寄せ、そいつのそばに腰掛けた。  

「ももちん、仕事はどうすんの?」  

「病人と接触しちまったし、今日はこのまま休む」

  

 うんざり気味に言うと、周防はなぜかニヤニヤした。

「じゃあ、なにかあったらナースコール押してね。襲っちゃダメだぞ~」  

 意味不明な忠告を残し、周防は病室を出て行った。  

「だから、病人襲わねえって!」  

 聞こえねえだろうけど、ついデカい声で叫んだ。

(……っと、病人がいるんだった )

 とりあえず仕事を休むために、編集長に連絡しなきゃと思い直し、病室を出て三木編集長に電話をかける。インフル患者を病院に運んだ話をした途端に、

「危険人物! 今日の用はねえ! とっとと帰れ!」  

 危険人物扱いになったことがおかしくて、苦笑いしながら電話を切り、病室に戻ると、そいつがうんうん唸ってる姿が目に留まった。

 

「おい、どうした? 苦しいのか?」  

 慌てて抱き起こすと、うっすら目を開けたそいつが掠れた声で呟く。  

「水……喉が、苦しくて」  

「わかった。すぐ持ってくる。ちょっと待ってろ」  

 自販機で水を買い、病室に戻る。ペットボトルの蓋を開け、抱き起こして手渡すが、そいつの手は震えてうまく持てない。  

「すみません。体が、言うこときかなくて」  

「しょうがねえ。こんな熱じゃな。飲ませてやる」  

 ペットボトルを口元に持っていくが、飲み込むのも辛そうだった。ちびちびしか飲めねえ。肩で荒い息をする姿を見て、このまま起こしてるのは可哀想に思える。

  

(――編集長、悪い。忙しい時に休むかも……)

  

「ちまちま飲むと体力使うぞ。目をつぶれ」  

「はい?」  

「いいから、言うこと聞け。なにも考えるな」  

 怪訝な顔で大きな瞳を閉じるそいつ。俺はペットボトルの水を口に含み、形のいい唇にそっと重ねた。そしてゆっくり水を流し込む。  

「っ……ん」

  驚いた様子だが、冷たい水を受け入れてくれる。  

「悪い。こっちのが楽だろ?」  

 零れた水を手で拭ってやると、そいつは熱のせいか、顔を真っ赤にして俯いた。  

「す、すみませんでした……見ず知らずなのに、こんなに世話かけて」  

「いいって。俺、桃瀬郁也。お前は?」  

「小田桐涼一です。助けてくれて……ありがとうございます」  

 水のおかげか、声が少しハッキリした。  

「まだ飲むか?」  

 俺が顔を覗くと小田桐は視線を泳がせ、なぜか俺の唇を見つめた。  

「遠慮すんな。飲めるときに飲んどけ」  

「じゃ、じゃあお願いします!」  

 慌てて両手で口を押さえる小田桐。素直で可愛い反応に、つい笑っちまう。  

「はは、素直なヤツは嫌いじゃねえよ」  

 頭をぐしゃっと撫でると、小田桐はますます赤くさせた。

  

「じゃ、さっきと同じ。目をつぶって」  

 今度はわかってるだけに、ぎゅっと目を閉じる。肩に力が入ってるのが見て取れた。

  

「おい、力抜けよ。唇、ちょっと開けてくれ」

  

 笑いながらお願いすると、言うとおりに体の力を抜く。そっと肩を抱き寄せ、唇を重ねた。冷たい水が流れ込み、触れ合う唇の感触に、俺まで少しドキリとした。 

 

 水を飲み終えて唇が離れる瞬間、小田桐の瞳が揺れる。 

 

「ん……っ?」

  水が止まり、ただ唇が触れ合ってる状態に、小田桐が小さく声を漏らす。俺はつい、角度を変えて唇を重ね、そっと舌を絡めた。  

「っ、んん!」  

 驚く小田桐の口に、ミントタブレットを滑り込ませる。  

「どうだ? ミンティア。熱で口の中が熱いだろ。スーパークール味、サービスな」  

「これ、わざわざ口移ししなくても……手で渡せば」

  小田桐がぼそっと呟く。確かにその通りだが、つい意地悪したくなった。  

「これくらいのサービス、受けてくれてもいいだろ」

「何かいろいろ、ありがとうございます」

  少し警戒した目で俺を見る小田桐。でも行き倒れを助けた俺を、悪い奴だとは思ってねえよな?  

「あのさ」  

「は、はい?」  

 なぜかビクッと体を竦ませる。怯えなくてもいいのに。

 「お前が持ってた緑泉社の封筒。ライトノベルの原稿だろ?」  

「はい、明日が締め切りで……速達で出そうとしたら倒れちゃって」  

「それさ、ウチのコンテストに出さねえ?」  

 背広のポケットから名刺を差し出す。  

「桃瀬さんって、ジュエリーノベルの編集者?」

  小田桐の目が驚きで丸くなる。  

「俺、人を見た目で判断できる。お前の顔、面白いもん書けそうなツラだ」  

「 作品を読まずにそんなこと……」  

「だから、ウチに出せよ。緑泉社の締め切り、間に合わねえだろ?」  

「でも――」  

「俺に頼めば、緑泉社に間に合うよう出してやる。けど、俺としてはウチに欲しい。どうする?」

  封筒を揺らしながら、小田桐の顔をじっと見つめた。俺の視線を感じて、目の前でゴクリと喉を鳴らす。

  「桃瀬さんは審査員なんですか?」  

「いや、今回は編集長と他の奴らがやる」  

「じゃあ……今ここでその原稿を読んで、感想を教えてください。そしたら、どこに出すか決めます」  

(――なるほど。面白いことを言うじゃねえか )

「編集者を試すなんて、いい度胸だな」  

「偶然の出会いに、賭けてみたくなっただけです」  

 小説家志望の小田桐と編集者の俺。偶然か、運命か。胸がざわつく。  

「わかった。読んでやる。覚悟しろよ」  

 笑いながら封筒を開け、原稿を取り出し、眼鏡をかける。小田桐がじっと俺を見つめる視線を感じながら、ページをめくり始めた。  

Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters

Comments

No Comments
66 Chapters
ピロトーク:運命の出逢い
 その日、俺はいつものように印刷所からの帰り道、会社に戻る途中で昼飯を済ませようとしていた。 スクランブル交差点を渡り切る瞬間、雑踏の中から細身の影がふらりと俺にぶつかってきた。 信号は点滅し、赤に変わる寸前。なのにそいつは、周りを押しのけるように突っ込んでくる。足元がふらつき、まるで今にも倒れそうな様子に、咄嗟に声を上げた。 「おい、危ねえぞ!」  腕を掴むと、そいつはぐらりと俺に倒れ込んでくる。 「っ……なんだ!?」  驚きつつもそいつの体をしっかりと抱きとめ、慌てて交差点を渡り切った。抱えた腕から伝わる異常な熱。これはただ事じゃねえ。 「大丈夫か? めっちゃ熱があるぞ」  人混みをうまく避け、路地裏の静かな場所まで連れていき、そいつをそっとしゃがませた。 「大丈夫……です。締め切りが……もうすぐで、行かなきゃ」  掠れた声で呟いた瞬間、そいつは力尽きたように俺にもたれかかり、荒い息を繰り返す。その声は、どこか中性的に耳に聞こえた。 「女かと思ったら男か。締め切りって郵便局か?」  支えながら視線を落とすと、そいつの手に握られた茶封筒。そこにはライバル出版社「緑泉社」のライトノベルコンテスト応募先の文字。出版社勤めとしては、複雑な気分に陥った。  とりあえずそいつを背負い、知り合いの医者が経営する病院へ向かった。 「ももちん、昼休みなのに! 大人の急患連れ込むのやめてよ~!」  高校の同級生で、アレルギー専門の小児科医、周防武(すおう・たけし)が不満げに迎えた。 「いい加減、ももちんって呼ぶのやめろ。コイツ、めっちゃ熱あるんだ。診てくれ」  周防の文句を無視して診察室に踏み込み、そいつをベッドにそっと下ろした。 「うわ、これは……」 「な? かなりヤバそうだろ」 「ドストライクだね」   聴診器も当てず、腕を組んでそいつをしげしげと眺める周防。 「流行りの病気か?」 「いやいや、ももちんのタイプでしょ? 清楚で綺麗な美青年って感じ♪」  そう言って、なぜか俺の頬をつんつん突いてくる。長年の付き合いで、俺の好みを熟知してるこいつ。確かに、そいつの顔は悪くねえ。 「ドストライクってほどじゃねえよ」  そっぽを向くと、周防はニヤリと笑い、ようやく聴診器を手に取った。
last updateLast Updated : 2025-06-30
Read more
ピロトーク:運命の出逢い2
 静かな病室内に、紙をめくる音だけがした。手書きの原稿を真剣に読み進めていると、小田桐から注がれる視線が、どうにも気になってくる。「なぁ……」 「は、はい?」 「あんまり、こっち見るなよ。気が散ってしまう」 小田桐に見られていることを意識しただけで、頬に熱を持ってしまった。だからこそ、注意を促さなければ。ちゃんと原稿の精査ができなくなる。「ほら、またっ!」 「わわっ、スミマセン」 俺の指摘に小田桐は慌てて布団に潜り込み、背中を向ける。「桃瀬さん、すみません」 布団からくぐもった声が聞こえた。かけていたメガネを上げて、原稿から小田桐に視線を移す。 するといきなりベッドに居ずまいを正すと、頭を深く下げた。「小田桐、いきなりどうした?」 「生意気なこと言って、すみませんでした! もう読まなくていいです」 小田桐は恐るおそる顔を上げると、しょんぼりした面持ちでポツリと呟く。「あの、その、面白くないですよね。その作品……」 「読めと言ったり、読むなと言ったり、ワガママなヤツだなお前」 「今更だけど、足りない部分がわかってしまって、全部書き直したくなったんです。お願いします、返してくださいっ」 小田桐はベッドから抜け出し、点滴を引っこ抜くと、俺が持ってる原稿を両手で掴んだ。「悪いが今、すっげえいいところを読んでるんだ。邪魔すんなよ」 「作者の僕が読まなくていいって言ってるんです! さっさと諦めてください!」  原稿を綱引きするように引っ張り合った。小田桐の華奢な手が、意外な力でぐいぐい抵抗してくる。 (――見た目と違って、めっちゃ頑固だな、こいつ)  ムッとしながら力を込めた瞬間、小田桐がぐっと押し返してきた。バランスを崩した俺は、咄嗟に原稿を手放し、前のめりに倒れそうになる体を抱きとめる。バサバサッとたくさんの原稿が宙を舞って、その後辺りに散らばった。「あぶなっ!」 俺の腕の中で、小田桐の細い体がぴったり収まる。 それだけでドクドクと跳ねる鼓動。俺のだけじゃねえ。小田桐の胸からも、早いリズムが伝わってくる。 「お前、病人なんだから大人しくしてろよ」 「うっ……はい」  小さな声で答える小田桐。体を起こそうとする気配はあるのに、なぜか動かねえ。俺もコイツを離すのが惜しくて、つい背中に回した腕に力を込めた。ぎ
last updateLast Updated : 2025-07-01
Read more
ピロトーク:運命の出逢い3
 好きな奴の顔を見に来たのに、なんでこんな沈んだ気分になるんだ。 「どうだ、進んでるか?」  小田桐の家に上がるのは、今日で何度目になるだろうか。初めて来たときは、ぶっちゃけ衝撃だった。部屋の荒れっぷりが、小田桐の整った顔と真逆すぎて。 いろんな作家の家を見てきたけど、荒んだ環境じゃいい作品は生まれない。それは俺の個人的な持論だが。 「お前、このゴミ屋敷で、あの原稿を書いてたのかよ……」  小田桐が使ってるデスクの周りだけが、なぜか綺麗なオアシス状態。背後のゴミの山さえ見なけりゃ、気にならねえってことか? 「小田桐命令だ、そのノートPCを持って、近くの公園に行ってこい。二時間は戻るな」 「え? なんで?」 「こんな汚ねえとこじゃ、お前を抱く気にもなれねえからだ。つべこべ言わずに、とっとと行け!」 「だ、抱く!?」  小田桐がノートPCを胸にぎゅっと抱きしめ、恐怖で凍りついた目で俺を見る。その場で固まる姿に、しまったと思わずにはいられない。 (……やべ、つい本音がポロッと出ちまった! )「いや、あー……言葉のアヤだ。気にすんな」  小田桐の過去を知ってから、こういう話題は慎重に避けてきた。イラついていたとはいえ、迂闊な発言だった。 「は、はい……じゃあ僕、外に出てますね」  体を小さくして、おどおどしながら玄関に向かう背中を横目で見送り、扉が閉まる音を聞いてから、足元のゴミを壁に向かって思い切り蹴飛ばした。 「くそ! 怯えさせちまったじゃねえか」  病院でのキス以来、手は出してない。好きだから大事にしたいって気持ちと、好きだからこそ全部欲しいって欲が、俺の中でぐるぐる渦巻いてる。 (押し倒すなんて簡単だ。けど、それじゃダメなんだ。小田桐の傷を、俺が抉るわけにはいかねえ) 「好きなのに手が出せねえなんて……俺、中坊かよ?」  苦笑いしながら、床のゴミをせっせと拾い始めた。 部屋の片付けは順調に進むのに、俺の心の整理はまるで進まない。どうすりゃいいんだ、こんな気持ち――。
last updateLast Updated : 2025-07-02
Read more
ピロトーク:運命の出逢い4
 いつものように背中を丸めて、自宅傍にある児童公園へ向かった。目に映る青空が眩しく映る。午後3時過ぎという時間帯なれど、公園で遊ぶ子どもたちはまったくいなくて、誰も遊んでいない遊具が寂しそうに見えてしまった。 それは今の僕の心情にとても近しい。「はぁ……桃瀬さんに、気を遣わせてばっかりだよ」  ジュエリーノベルのコンテストの締め切りは、もう一ヶ月を切ってる。作品の大幅な書き直しに頭を抱えてるけど、それ以上に―― 。『こんな汚ねえとこじゃ、お前を抱く気にもなれねえからだ。つべこべ言わずに、とっとと行け!』  桃瀬さんの本音が、胸にぐさっと刺さったまま抜けない。僕の過去を知ってるからこそ、大事にしてくれてるのは、痛いほどわかる。でも腫れ物に触るみたいなこの距離感が、すっごくもどかしい。もっと近くにいたいのに。もっと触れてほしいのに。 「いっそのこと、僕から桃瀬さんを押し倒しちゃうとか? って、絶対無理無理!」 そんなことばっかり考えてしまうせいで、原稿の修正がまるで進まない。公園のベンチに腰を下ろし、ため息ばかり吐いてる。  そうこうしてる内に、無駄に時間だけが過ぎていった。頭の中は桃瀬さんのあの真剣な目と、病室で垣間見たちょっと意地悪な笑顔でいっぱいだった。
last updateLast Updated : 2025-07-02
Read more
ピロトーク:運命の出逢い5
 前回よりも部屋を汚していなかったのに、今日も郁也さんに部屋から追い出された。 「涼一、いつものお散歩、制限時間は30分な!」  桃瀬さんだって自分の仕事があるのに、僕に気を遣って部屋の掃除までしてくれる。本当に、ありがたすぎる。 ノートPCを手にしょぼんと自宅を出て、目の前の児童公園へ移動。曇り空の下のベンチにひとり腰掛けて、膝にPCを置いたまま大きなため息を吐いた。「桃瀬さんともっと仲良くなりたいのに……どうすればいいんだろう」 もっと彼に近づくには――ない知恵を総動員していろいろ考えた結果、名前で呼んでみるのはどうかなって思いついた。桃瀬さんはいつのまにか僕を”涼一”って呼んでくれてる。同じように”郁也さん”って呼べば、ちょっとは距離が縮まるかな?(でもなんか……編集者の彼を名前で呼ぶのが、恐れ多い気がしてならない)「いっ、郁也さん――」 呟いた瞬間、頬がカッと熱くなった。 ただ口にしただけでこのザマ。本人を前にして言ったら、興奮しすぎて頭が爆発するかもしれない。「でも、いつか呼べたらいいな」 「なにを呼ぶって?」 「わっ!」  いきなり首筋にヒヤッとした感触がして、ぎゅっと肩を竦めた。 「おいこら、全然進んでねえじゃん。いったいなにをやってたんだ?」  桃瀬さんは苦笑いしながら、ミルクティーのペットボトルを手渡してくれる。(さっきの冷たさの原因、これだったのか――)「いろいろ……考え事をしてて」 「で、なにを呼ぶんだ?」 意味深にニヤリと笑い、隣に腰掛ける桃瀬さん。 (やばい、本人が急に現れるなんて! でも、タイミング的には今しかない) 顔を少し背けながら、思いきって口を開く。顔全部が熱くて、どうにかなってしまいそうだった。 「えっとその、桃瀬さんのこと、名前で呼んでみようかな、って……考えてました。郁也さんって」 「そんなくだらねえことで、原稿が進まなかったのか?」 (くだらない⁉  僕が勇気を出して言ったのに、くだらないって言われちゃった!)「締め切り迫ってんだぞ。いい加減、真面目にやれよ、涼一」  ばこんと後頭部を叩かれたので、ムッとして横を見ると――郁也さんの目の下がほんのり赤くなっているのが目に留まる。「郁也さん、顔が赤いですよ」  思わず指摘すると、さらに赤くなる。
last updateLast Updated : 2025-07-02
Read more
ピロトーク:ふたりで共同作業
 善は急げってことで僕はお泊り道具を手に、郁也さんの家に向かうことになった。 「晩メシ、なにが食いたい?」 「んー、ベタだけど……カレーかな」 「了解。じゃあ帰りに、スーパーで買い物してくぞ」  ふたり並んで近所のスーパーへ。真剣な顔で野菜を手に取る郁也さんを、ついじっと見つめてしまう。 (やっぱり、すごくかっこいいな。このニンジンになりたい、なんて……) そんなバカなこと考えてたら―― 。「お前、普段のメシってどうしてんの?」  郁也さんからの唐突な質問に、ちょっと迷った。こんなことを言ったら、絶対ドン引きされること間違いなし!「えっとですね……お腹がすいたら、冷蔵庫のスポーツドリンクで誤魔化したり、みたいな?」 「は⁉」 「大丈夫です。ちゃんとカロリーメイトとかで、栄養も摂ってますので!」  慌てて付け加えると、郁也さんは呆れた顔で僕を見る。「それ、メシじゃねえだろ。どうりで顔色が悪いわけだ。ったく……」 でも、その口調はすごく優しい。責めてるんじゃなくて、なんか心配してくれてるみたい。「涼一、野菜で嫌いなもん、なにかある?」 「基本、好き嫌いはないです」 「そっか、よかった。今夜のカレーは、野菜たっぷりの栄養満点なやつにするからな」  ふわりと笑って、僕の頬をそっと撫でてくれる。その手だけで、顔がカッと熱くなった。 「郁也さん」 「ん?」 「ありがとう。ほんと、なにからなにまでお世話をかけてしまって」  恥ずかしくて顔を上げられないけど、ちゃんと伝えなきゃ。「これは俺のエゴだ。好きな奴の世話をして、喜ぶ顔が見たいだけだから」 「僕、郁也さんのそういうところ、すっごく好きです」 「ぶっ! お前、急に直球投げんなよ! 心臓がいくつあっても足りねえ!」 苦笑いしながら、カートをガラガラ押して咳払い。照れ隠しがバレバレで、なんか可愛い。 (いや、さっきの言葉って、ベタすぎると思うのにな。正直なところ、直球ってほどでもないのに)「家に着いたら、お前も料理手伝えよ。一緒に作ると、うまさが倍するからな」  嬉しそうに言う郁也さんに、「はい!」って即答した。その後もふたりで並びながらいろんな話をし、買い物を楽しんだのだった。
last updateLast Updated : 2025-07-02
Read more
ピロトーク:ふたりで共同作業2
 真剣な顔でジャガイモを握り、ピーラーを使ってちまちま皮を剥く涼一。隣で肉を切りながら、すっげぇ可愛いなとつい見惚れてしまう。 「どうしてだろ、郁也さんみたいに大きく皮が剥けないよ。ピーラーの角度が悪いのかな?」  スーパーでたくさん話をしたら、涼一の敬語口調が抜けて、今は自然に会話することができた。それが嬉しくて微笑まずにはいられない。「ほら、こうやるんだ」  後ろに回り、涼一の両手をそっと握って、ゆっくりピーラーを動かして見せた。 「わ、すごい! 郁也さん、すっごく上手!」 涼一はジャガイモの皮がスルッと剥けただけで、大はしゃぎする。そのことに思わず笑い出したら、振り返って唇を尖らせた。「そんなふうに笑わないでよ! すっごく嬉しかったのに!」 「可愛い顔して怒るなって、な?」  尖った唇に、ちゅっとキスを落とす。 「んっ……」 両手にジャガイモとピーラーを握ったまま動けない涼一を、後ろからぎゅっと抱きしめ、そのまま深いキスに持ち込んだ。 「ん~っ、んんっ!」  なにやら文句を言ってるみたいだけど、そんなもんは華麗にスルー。今まで我慢してきた分、思いっきり味わってやる!  ここぞとばかりに舌を絡ませ、吸いあげるように翻弄しようとした瞬間だった。 ガンッ! 「痛っ!」 涼一が俺の足の甲を思い切り踏んできた。あまりの痛さに仰け反るしかない。 「もう! 僕が真面目にやってるのに、邪魔しないでよ!」 「ご、ごめん……つい、な」 怒られても、なんか楽しくて仕方ない。でも容赦ない涼一、ちょっと怖えかも……。「僕、ちゃんと気持ちの整理ができてる。だから逃げも隠れもしないよ。いきなり襲うのやめてよね」 「ああ、わかった」 「味見はカレーだけでいいんだから。あとで好きなだけ、僕のことを食べればいいじゃん」  そう言って、またジャガイモの皮を剥き始める涼一。(コイツ、今めっちゃ大胆なことを言った自覚あんのか? 俺、ほんとに好きなだけ食べちまうぞ!) その言葉を想像しただけで、体がムダに熱くなる。やばい、困ったことになった。「顔を真っ赤にしてないでさっさと肉を切らないと、晩ご飯が間に合わないよ。大丈夫、郁也さん?」  調理中の俺に、ため口で偉そうに指示する涼一。(なんだこの関係……これからの俺たち、
last updateLast Updated : 2025-07-03
Read more
ピロトーク:ふたりで共同作業3
「お先に風呂、頂きました。どうもありがとう」  カレーをお腹いっぱい食べて風呂を先に済ませ、パジャマ姿でリビングに戻った僕。それまで「アレ」を意識しないように、料理に夢中になったり、つい喋りすぎたりしてた。でも郁也さんがどんどん無口になって難しい顔をするから、どうしていいかわからなくて……。(――正直、この状況を持て余してる!)「ビール飲むか?」 「えっ⁉  いや、えっと大丈夫です」 あたふたする僕を見て、郁也さんが口元を綻ばせる。柔らかい笑みを浮かべて「じゃあこれな」とオレンジジュースのペットボトルを手渡してくれた。 「それ飲んで、待っててくれ」  頬をそっと撫でるように触れて、浴室へ消えていく。触れられた頬が、じんわり熱い。ちょっと触られただけで、ドキドキが止まらない。体がカッと熱くなる。  さっきだって、調理中にキッチンでいきなりキスされた――「今すぐお前が欲しい」って、ひしひし伝わる、気持ちのこもったキスだった。  口では「気持ちの整理ができてる」って言ったけど、完全にはできていない。抱かれたい思いと不安が、ごちゃ混ぜになってる。 キレイじゃない僕を、郁也さんはどんなふうに抱いてくれるんだろ。いや違う。どんな気持ちで、僕を愛してくれるんだろうな。 はぁっと深いため息をつき、不安を振り切るようにペットボトルの蓋を開け、オレンジジュースを一口飲む。甘酸っぱさが体に沁みまくった。「やだやだ、考えすぎて頭がぐるぐるしてる。こういうのは、なるようにしかならないのに」 テーブルにペットボトルを置き、ソファの上で膝を抱えたまま横になる。  すごく居心地がいい――この家に来てから、妙な安心感がある。きっと、家中に郁也さんの香りがするから。まるで体と心を包み込んでくれるみたいな感じ。  自分の家より落ち着けるなんて、ほんとにすごいな。「……幸せって、こんな身近にあるんだ」  お風呂上がりのポカポカ感と安心感で、うつらうつらしてしまう。「げっ! こんなとこでガチ寝してるし!」  遠くで郁也さんの声が聞こえた。あ、もうお風呂からあがったんだ。「涼一、慣れないことして疲れたんだな。困ったヤツ……」 文句を言いながらも、その声はすっごく優しい。つい口元が緩む。 「なんの夢を見てんだ? 随分と幸せそうな顔をして」  僕の顔を覗き
last updateLast Updated : 2025-07-04
Read more
ピロトーク:ふたりで共同作業4
*** 気だるい――だけど嫌な気だるさじゃない。満たされて、ふわふわした幸福感が確かにある。「……大丈夫か?」 掠れた声で、郁也さんが聞いてくる。「うん、大丈夫。ありがと……」 僕も掠れた声で答える。久しぶりだったから、思った以上に乱れちゃって……それがすっごく恥ずかしい。「大丈夫か。なら、もう一回な」 「え?」 「お前、自分の言ったこと忘れてねえよな? 『好きなだけ食べていい』って言っただろ」 (確かに……そんなこと言っちゃった!)「もっと感じさせてやる。覚悟しろよ」 艶っぽく笑う郁也さんの顔が、ぐっと近づく。慌ててその顔を両手で押さえた。「ま、待って! 締め切り!」 「はぁ?」 「今ここで体力を使い果たしたら、締め切りに間に合わなくなっちゃうよ!」 編集者の郁也さんを止めるには、これが一番効くはず!  説得力ありまくりの言葉を聞いた郁也さんが一瞬固まり、じとっとした目で僕を見る。「……わかった。締め切りが優先だ」 かくてその後、コンテストの締め切りまで情事を封印した僕たち。必死で書き上げて、なんとか間に合わせた!  しかも郁也さんとの恋愛のおかげか、応募した作品が大賞を受賞! 作家としてデビューが決まった。 デビューを機に、郁也さんと一緒に暮らすことになったけど―― 。「もうこれで、うだうだ言わせねえぞ。締め切りに間に合わせつつ、しっかりお前の体も堪能させてもらうからな」 ニヤリと笑う郁也さん、ものすごく恐ろしいこと言う! 「えっと……ほどほどにしないと、書けなくなっちゃうかもよ?」 「大丈夫。ほどほどの力加減で、たっぷり抱いてやる。ふふ」 お預けしてた分を、徴収する気が満々らしい。しょうがないと諦めてこの身を差し出したけど、その影響で執筆した作品の糖度が爆上がりしたのは、言うまでもない。
last updateLast Updated : 2025-07-04
Read more
ピロトーク:不満満載なボク
 先日いろいろあって落ち込んでいる僕の元に、友人が元気になりますようにと、たくさんのCDを送ってきてくれた。その中の一枚――。「なになにー? 腕枕されながら耳元で甘く囁かれる、ピロトークをどうぞ?」 プレゼントされたCDは、なにかのドラマ仕立てのものらしい、略して腕ピロトーク。(……っていうか、最近は腕枕どころか一緒に寝た記憶が、遥か彼方の記憶なんですが) 僕は恋愛小説家、相手は編集者の関係なので、日々すれ違うことが多い。まぁこの仕事をしてたから、偶然巡り会えたっていうのもあるんだけど――。 付き合った当初は敬語で喋っていたのを、もっと距離を縮めるべく、ため口で話しかけてみたりと、自分なりに努力をした。ラブラブなふたり暮らしの、甘い生活を夢見ていたのに。 これまでのことを考えつつ、送られてきたCDの取説をぼんやりと眺めた。恋愛に苦労している、僕を労ってくれた友人のチョイスに、苦笑いを浮かべてしまった。「ヘッドホン推奨って、ここにはないし。そもそも僕ひとりだけなんだから、必要ないっと♪」 鼻歌混じりに、オーディオへCDをセットする。他の雑音が気にならないように、いつも音楽をかけながら執筆作業をしているんだけど、面白そうなCDだったので、大音量でかけてみた。(ここには誰もいないんだし、映画鑑賞だと思って聴けばいいや!) そしてノートパソコンの前に座り、ネットサーフィン。執筆の意欲が上がるまで、だらだら過ごす。言わば、アイドリング状態と表現しておこうか。 某サイトにアクセスしたとき、スピーカーから魅惑的な艶のある男性の声が響いた。どこかで恋人同士が仲良くデートしているらしく、彼が楽しそうに恋人へ話しかけていく。 ――さすがは声優、演技が上手いなぁ―― 音声はカレシのみで、恋人の声は一切なし。なので一人芝居なのである。声色ひとつで、その場の雰囲気を上手に作っていく演技に、すっごく感心した。「う~ん。僕も同じように、文章でソレを表現しなきゃいけないんだもんなぁ。てか郁也さんとデートしたのって、いつだっけ?」 一緒に暮らす前は気分転換だと、僕をよく外へと連れ出してくれた。今は連れ出してくれるどころか、かごの中の鳥になっている。そんな生活のつまらなさを、みずから再確認してしまい、深いため息をついたとき。『なぁ、ちょっと休憩してく?』 なぁんて甘
last updateLast Updated : 2025-07-05
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status