「あ、ちょっ……! 本宮さん、ずるいよ!」
と、言いながら、僕も彼の後を追う。
(どうしよう。5分って、かなり短いよな)
僕は焦りながら、商品を物色していく。どれを選んだら本宮さんが喜んでくれるのか、そればかりを考えてしまう。
(何かヒントないかな?)
と、本宮さんとの会話を思い返す。
思考をフル回転させて、答えを導き出そうとする。その瞬間、彼がロックグラスを見ていたことを思い出した。
(本宮さんって、お酒飲むのかな? わかんないけど、一か八かだ!)
と、僕は食器類が置いてある棚に向かった。
ロックグラスは、思いのほか早く見つけることができた。複雑な模様があったり、シンプルなものだったりと種類は豊富だった。
(どんなのがいいんだろ?)
種類がありすぎて、絞り切れない。でも、本宮さんなら、たぶんシンプルなデザインを選ぶような気がした。
(あ、これいいかも)
シンプルなものと思って探していると、グラスの半分から下の方にくらげが刻まれているものがあった。なんとなく、それを手に取った僕は、迷うことなくレジに向かった。制限時間が迫っていたというのもある。でも、それよりも僕自身が、これを本宮さんに持っていてほしいと思ったからだ。
会計を済ませて店を出ると、本宮さんが大きめの袋を持って先に待っていた。
「意外に早かったな」
「お待たせ。っていうか、やっぱり5分は短いよ。全然、吟味できなかった」
僕がそう言うと、
「それでも、俺のために選んでくれたんだろ?」
と、本宮さんが笑みを浮かべる。
「そりゃまあ、そうだけど……」
もう少し選ぶ時間が欲しかったと言うと、
「本屋に滞在する時間、短くなるぞ?」
それでもいいのかと、本宮さんが問う。
「それは嫌だなー」
僕は、苦笑しながらそう言った。
「だろ? そういうわけだから、行こうぜ」
と、本宮さんにうながさ
「あ、ちょっ……! 本宮さん、ずるいよ!」と、言いながら、僕も彼の後を追う。(どうしよう。5分って、かなり短いよな)僕は焦りながら、商品を物色していく。どれを選んだら本宮さんが喜んでくれるのか、そればかりを考えてしまう。(何かヒントないかな?)と、本宮さんとの会話を思い返す。思考をフル回転させて、答えを導き出そうとする。その瞬間、彼がロックグラスを見ていたことを思い出した。(本宮さんって、お酒飲むのかな? わかんないけど、一か八かだ!)と、僕は食器類が置いてある棚に向かった。ロックグラスは、思いのほか早く見つけることができた。複雑な模様があったり、シンプルなものだったりと種類は豊富だった。(どんなのがいいんだろ?)種類がありすぎて、絞り切れない。でも、本宮さんなら、たぶんシンプルなデザインを選ぶような気がした。(あ、これいいかも)シンプルなものと思って探していると、グラスの半分から下の方にくらげが刻まれているものがあった。なんとなく、それを手に取った僕は、迷うことなくレジに向かった。制限時間が迫っていたというのもある。でも、それよりも僕自身が、これを本宮さんに持っていてほしいと思ったからだ。会計を済ませて店を出ると、本宮さんが大きめの袋を持って先に待っていた。「意外に早かったな」「お待たせ。っていうか、やっぱり5分は短いよ。全然、吟味できなかった」僕がそう言うと、「それでも、俺のために選んでくれたんだろ?」と、本宮さんが笑みを浮かべる。「そりゃまあ、そうだけど……」もう少し選ぶ時間が欲しかったと言うと、「本屋に滞在する時間、短くなるぞ?」それでもいいのかと、本宮さんが問う。「それは嫌だなー」僕は、苦笑しながらそう言った。「だろ? そういうわけだから、行こうぜ」と、本宮さんにうながさ
カレーと塩焼きそばに舌鼓を打っていた僕たちは、食後のデザートを堪能していた。僕はガトーショコラを、本宮さんはチーズケーキをチョイスしている。ガトーショコラは、チョコレートが濃厚だけれどそこまで甘くない。横に添えられている生クリームをつけて食べると、チョコレートの濃厚さに生クリームの甘さが混ざり合って、味のバランスがちょうどよかった。「……優樹、ちょっと待っててくれ」チーズケーキを食べ終えた本宮さんは、神妙な面持ちでそう告げる。僕があいまいにうなずくと、彼は席を立ってレストランから出ていってしまった。「どうしたんだろ?」つぶやくけれど、僕はまあいいかとガトーショコラに意識を向けた。待っていてくれということは、必ず戻ってくるということだ。それに、本宮さんからの誕生日プレゼントをまだもらっていない。おそらく、プレゼントを取りに駐車場に向かったのだろう。僕はそこまで考えて、ガトーショコラの最後の一口を頬張った。(んーっ! うまー!)脳内でつぶやき、自然と笑顔になってしまう。最後の最後まで、そう思わせてくれるケーキを作ってくれたここの店員さんに感謝したい気持ちでいっぱいだった。無糖の紅茶で口の中をすっきりさせて、「ごちそうさまでした」と、僕は誰にともなく言った。すると、「お待たせ」と、本宮さんが戻ってきた。その手には、小さめの袋が下げられている。「お帰り。何、持ってきたの?」僕がたずねると、「わかってるだろ? プレゼントだよ」と、本宮さんは言って、向かいの席に座った。もちろん、僕宛てのプレゼントだろうことは予想済みだ。でも、肝心の中身の想像が、まったくついていなかった。いったい何をプレゼントしてくれるのだろう。「優樹、誕生日おめでとう」言いながら、本宮さんは袋の中身を僕の前に差し出した。それは、長方形の箱だった。深い青色をした、滑らかな光沢のある生地でできている。お
僕の誕生日も無事に終わり、日曜日を迎えた。僕は、目覚ましが鳴る少し前に起きた。今日は、本宮さんと水族館デートに行く日だ。昨夜は早めに寝たので、すっきり起きることができた。眠気もないし、朝食もしっかり食べた。翌日が楽しみすぎて寝られず、朝食もまともに食べられなかった過去の自分とは大違いだ。食器の片づけを終えて支度を整えた直後、呼び鈴が来客を告げた。「はーい!」大声で返事をしながら、玄関に向かう。ドアを開けると、チョコレートブラウンのジャケットと黒のデニムパンツに身を包んだ本宮さんが立っていた。相変わらず、かっこいい。「おはよう、優樹」「本宮さん! おはよう。ちょっと待ってて」僕は言い置いて、自室から荷物を持ってくる。「行ってきまーす!」と、室内に向けて声をかけた僕は家を出た。本宮さんの車で水族館に向かう。「いつも以上に機嫌いいじゃねえか。そんなに楽しみだったのか?」道中の車内で、本宮さんにたずねられた。「そりゃ、もちろん! 大好きな人と水族館デートだよ? テンション上がんないわけないよ」と、僕は満面の笑みで告げた。「そりゃそうか」と、本宮さんも笑顔になる。僕の家から水族館までは、車で1時間ほどかかる。その間に、どう見て回るかをある程度、話し合っておくことにした。「イルカとかのショーって、1日3回あるんだね」スマホで水族館のホームページを見ながら、僕が言う。「そうなんだ。見るか?」本宮さんにそう聞かれ、僕は少し思案する。本当なら、あれもこれもと欲張りたいところだけれど、水族館に丸一日いるわけではない。でも、エリア全部を見て回りたいという気持ちもある。そうなると、何かを諦めることになるわけで。「ショーは、また今度でいいかな。毎日やってるみたいだし」僕がそう言うと、「じゃあ、今回のメインは?」と、たずねられる。「そうだなー……やっぱり、くらげかな」「くらげ?」「うん。くらげがいっぱい泳いでる、巨大な水槽があるんだって。なんか、『幻想的な空間をご覧ください』って書いてあるよ」と、僕はスマホの画面を見ながら告げた。「へえ? それは、さぞかしきれいなんだろうな。優樹は、くらげが好きなのか?」「うん! 昔から好きでさ。ゆらゆら揺れてる感じが、なんかいいんだよね。癒やされるっていうかさ。ずっと見てても飽きないもん。本宮
夕食の途中で、電子レンジが、クッキーが焼き上がったことを知らせた。本当は、すぐにでも天板を引き出した方がいいのかもしれない。けれど、本宮さんお手製の回鍋肉を食べる手が止まらなかった。「美味しかったー! ごちそうさまでした!」と、僕が言うと、本宮さんが笑顔でうなずいた。「そうだ! クッキー、そのままなんだった!」焼き上がったクッキーの存在を思い出し、僕は食器を片づけがてらキッチンに向かう。電子レンジを開けると、シナモンの甘い香りが広がった。いい感じにきつね色に焼き上がっている。僕は、天板に乗っているクッキングシートごと取り出して、1回目に焼いたクッキーが乗っている大皿に入れた。焼き色は、2回目に焼いた方が濃いような気がする。それを持って、僕はリビングに戻った。「いい感じに焼けたよ」と、声をかける。「美味そうだな」と、本宮さんが顔をほころばせる。2人分のインスタントコーヒーを淹れて、クッキーに手を伸ばした。まだ温かい方はしっとりしていて、ほどよく冷めている方はサクッとした食感だった。どちらも、シナモンの味と香りが口の中いっぱいに広がり、とても美味しい。たしかに、以前作ったクッキーよりも美味しく出来上がっている気がする。「うん。マジでいい感じ」と、僕が満足気につぶやくと、「これ、店で出せるんじゃねえか?」と、本宮さんが言い出した。「いや、まだまだだよ。もっとクオリティ上げなきゃ。今のままじゃ、母さんの足もとにも及ばないし」僕は、そう言って肩をすくめた。「へえ? 亜紀先輩って、そんなにお菓子作りうまいのか」と、本宮さんは意外そうに言った。母さんは、仮にも夫婦で営んでいるカフェのスイーツ担当だ。お菓子作りは、それなりに上手だと言っていいと思う。それに、母さんが作るケーキ目当てで来店する客も少なくない。かくいう僕も、母さんが作ったケーキが一番美味いと思っているうちの1人だ。「でも、クオリティーを上げなきゃと思ってるってことは、優樹は亜紀先輩を越えるつもりなんだな?」「まあね。いつになるかは、わかんないけどさ。越えなきゃいけない相手だと思ってる」と、僕は静かに闘志を燃やす。「そういうことなら、協力は惜しまないぜ」と、本宮さんが言ってくれた。彼が味方になってくれるのなら、俄然やる気が出てくるというもの。何より、僕自身が、本宮さ
動画配信サイトでホラー映画を観始めた僕たち。何の変哲もない日常風景から始まったそれを、僕は侮っていた。心霊的な怖さもヒトコワ的な怖さもなかったからだ。不気味な雰囲気を纏(まと)いながら、映画は無慈悲に進んでいく。途中から、僕は本宮さんの腕にしがみついていた。びっくり系のいわゆるジャンプスケアが多様されていたわけではない。得体の知れない恐怖に、小刻みな震えが止まらなかった。「優樹? 大丈夫か?」観終わった後、本宮さんに本気で心配された。僕は、ふるふると首を横に振ることしかできない。視界は、涙で滲んでいた。「ごめんな。まさか、優樹がホラー苦手だとは思ってなかったんだ」謝る本宮さんが、僕の頭をなでる。「こんな、怖いと思ってなかった……」と、僕は涙声で告げる。僕は怖がりな方だけれど、自分でもこんなに耐性がないとは思っていなかった。本宮さんが隣にいなかったら、たぶん途中でギブアップしていただろう。いや、そもそも観ていなかったかもしれない。「ちょっと待ってな」本宮さんは、何を思ったのか、そう言い置いてキッチンに向かった。しばらくして戻ってきた彼の手には、新たなマグカップが1つあった。「これ飲んだら、落ち着くと思うぜ」と、差し出される。素直に受け取った僕は、ふうふうと冷ましながら口にした。マグカップの中身は、温めたミルクセーキだった。卵のコクと牛乳の甘味が、口の中に広がる。その優しい甘さのおかげで、僕の心を支配していた恐怖は次第に消えていった。「本当にごめんな」と、本宮さんがしょんぼりしている。「本宮さんのせいじゃないよ。僕が、ホラー苦手だってことがわかったんだし。それに、美味しいミルクセーキも飲めたことだしね」と、僕が言うと、本宮さんはホッとしたように微笑んだ。時計を見ると、午後3時30分だった。そろそろ夕食のメニューを考える時間だ。「夕飯、何食べたい?」当然のように
(つい……じゃないよ。しんどいって、これ……)息を整えながら、そんなことを思う。体が、妙に熱い。自分の弱点を知られてしまったことだけが原因ではない。確実に、本宮さんの妖艶で甘い声音のせいだ。抗議しようとしたけれど、後ろを振り向くことができない。本宮さんに抱きしめられているからというのもあるけれど、あれだけで昂ってしまった自分が恥ずかしすぎるからだ。今、本宮さんの顔を見たら、確実に彼を求めてしまう。でもそれは、彼の『優樹を大切にしたい』という言葉を蔑(ないがし)ろにしてしまう気がした。「俺な、優樹がうちに泊まりに来てくれるなんて、思ってなかったんだ」と、本宮さんが突然、そんなことを話しだした。甘い声音だけれど、先ほどの妖艶さは鳴りを潜めている。「じゃあ、どうして誘ったの?」平静を装いながら僕がたずねると、本宮さんは軽く笑った。「どうしてだろうな? ……優樹に呼び出されて、一緒にいた男は誰だって聞かれた時、別れ話を切り出されるんじゃねえかって……正直、怖かった。優樹がそれを望むんだったら、大人しく身を引こうとまで考えてた」「そんな、別れるだなんて――! たしかに、あの時は嫉妬したし、本宮さんにイラッとしたのも事実だけど。でも、だからって別れたいなんて思ったことないよ!」僕は、反射的に本宮さんの方に体ごと向き直って言った。いつの間にか、体の妙な熱さは消えている。「そっか。ありがとな」と、本宮さんは優しく微笑んだ。僕たちは、どちらからともなく口づける。触れるだけの軽いキス。それだけで、心が満たされる。「ねえ。本当に、僕が本宮さんのベッド使っていいの?」僕がそうたずねると、本宮さんはもちろんと言うようにうなずいた。「でも、じゃあ本宮さんは?」「俺は、床で寝るから大丈夫だよ。使ってない布団もあるしな」「そんなの悪いよ! 僕が布団で寝る!」そう言った