支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出

支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた~女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出

last updateLast Updated : 2025-09-28
By:  中岡 始Completed
Language: Japanese
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支配されて、快楽だけが残った身体に、もう一度、愛を教えてくれた人がいた。 ――女社長に壊された心と身体が、愛されることを思い出すまで。 藤並蓮は、家族を守るために自分を売った。 支配され、壊され、快楽だけを刷り込まれた身体。 それでも、心の奥には「愛されたい」という願いが残っていた。 湯浅律は、その手を離さなかった。 守るだけではなく、共に並ぶことを選んだ人。 ただ抱かれる夜ではなく、「生きていい」と思える夜を、藤並に与える。 支配か、自由か。 快楽か、愛か。 壊れたまま終わるか、もう一度、立ち上がるか。 これは、傷ついた心と身体が、 「好きだ」と言っていい未来を選ぶまでの物語。

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Chapter 1

雨粒と名札

小雨が降っていた。

四月の終わりとは思えないほど肌寒い日で、ホテルのロビーには湿った空気が籠もっていた。藤並は、冷えた指先で資料を抱えながら、経営者向け講演会の控室へと足を運んでいた。

黒いスーツの上着は肩のラインがきちんと整えられ、ネクタイも完璧に締められている。だが、胸元につけた名札の裏で、藤並の心は静かに擦り切れていた。

「藤並 蓮」と書かれた名札は、白地に黒文字のシンプルなものだった。名札の文字を何度も指先でなぞりながら、彼は思っていた。

自分は、名前で呼ばれることなんてほとんどない。ただ「顔がいい」と言われるだけだ。面接でも、企業説明会でも、いつも決まって同じことを言われる。

「君は華があるね」

「営業に向いているよ、顔で得するだろう」

何度その言葉を聞いただろうか。最初は受け流していたが、だんだんと胸の奥に澱のように溜まっていった。

「顔だけで選ばれるなら、いっそ商品になればいいのに」と、ふと心のどこかで思うことがある。

資料を抱えた腕に、かすかな汗が滲んだ。冷たいのか、熱いのか、自分でもよくわからない。会場のドアの前で立ち止まり、深呼吸を一つ。口角を上げる。それが、藤並の「就活用の顔」だった。

ガラス越しに見える外の景色は、ぼんやりと滲んでいた。小雨が窓を伝い、しずくがゆっくりと滑り落ちていく。その動きを眺めながら、藤並は思考を止めた。考えれば考えるほど、足が動かなくなるからだ。

「…失礼します」

低い声で控室のドアを開ける。中には、講演会を終えた経営者たちが談笑していた。スーツの色は濃いネイビーやブラック。時計は高級ブランドのものばかりだ。湿った空気の中で、あの人たちだけが別の時間を生きているように見えた。

「こちら、次の資料になります」

藤並は丁寧に資料を配る。目線は胸の高さ。相手の目は見ない。見れば、何を考えているかすぐにわかってしまうからだ。

「君、学生さん?綺麗な顔してるね」

やっぱり、そう言われた。にこりと笑って「ありがとうございます」と返す。これも就職活動の一環だ。ボランティアスタッフとして働くことも、業界の空気を知るためだと自分に言い聞かせていた。

けれど、心のどこかが冷えていくのを感じた。

何をしても、俺は商品にしか見られない。

顔を褒められるたびに、内側が削られていく。

資料を配り終え、最後の一冊を抱えて立ち止まる。鏡に映った自分の姿が視界の端に入る。整った顔立ち、細い首筋、柔らかそうな唇。それが「営業向き」と言われる理由だとわかっていた。

「俺は…」

心の中で呟く。けれど、その先は出てこなかった。

名札の重みが、やけに胸に食い込む。名札の裏には、自分の指の跡が残っている。小さな名札一つに、自分という存在が押し込められている気がして、ふと吐き気がした。

「お茶をお持ちします」

そう言って、藤並は控室の奥へと足を踏み入れた。会場の空気は柔らかい香水とコーヒーの香りが混じっている。けれど、その匂いは彼にとってはただの異物だった。

ガラス越しに、また雨粒が落ちるのが見えた。滑り落ちる雫は、誰にも気づかれないまま消えていく。

俺も、そうやって消えてしまえばいいのに。

けれど、身体は動く。口角を上げる。営業スマイルを作る。まるでプログラムされた機械のように、藤並は笑った。

「お茶をどうぞ」

無表情の笑顔。それが、藤並のいつもの顔だった。

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