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第592話

Author: レイシ大好き
初芽は思った通りに、加津也の顔に笑みが浮かぶのを見て取った。

表面上では敬愛のこもった笑顔を見せていたが、心の中ではまるで相手にしていなかった。

この男は本当に単純だ。

何が好きで、何が嫌いかなんて、まるで顔に書いてあるようなもの。

考えるまでもなく、すべてがわかりやすかった。

ほんの数言、適当におだててやれば、それだけで機嫌が良くなるのだから。

その点だけは、初芽としても満足だった。

やはり、自分が少し下手に出るだけで、かえって加津也は調子を狂わせる。

頭をかいて戸惑った彼は、内心で自分に疑問を抱き始めた。

自分って、そこまでいい男だったっけ?

初芽の言葉に描かれる「自分」と、実際の自分とのギャップに、加津也は微妙な違和感を覚えていた。

特に、これまでいろいろなことがあった後では、彼はますます「初芽が何かを隠しているのではないか」と感じていた。

とはいえ、証拠があるわけでもなく、何をどう問い詰めればいいのかすらわからない。

「まあ、いいか。そこまで言うなら、やめておこうか」

初芽がそこまで気を遣ってくれているのに、自分がしつこく求めるのもみっともない。

それに、初芽は自分のそばにいる。

どうせこの先も逃げられはしない。

好きな時に求めればいい、それならわざわざ今無理にこだわる必要もない。

そう考えがまとまった途端、加津也の目には初芽がますます魅力的に映った。

先ほどまでの違和感もすっかり消え去っていた。

そう思うと、ますます目に入る姿が心地よく見えてきた。

初芽に手を引かれて二人は外に出た。

ここは彼女のスタジオであり、こんなことをするにはそもそも場所がおかしい。

中に長く留まるわけにもいかないし、外には社員たちもたくさんいる。

余計な誤解を生まないためにも、さっさと出るに限る。

加津也は横顔の初芽を見つめながら、自然と気持ちが軽くなっていくのを感じた。

やっぱり、さっきまで自分が考えすぎていただけかもしれない。

初芽のこの態度、どう見ても自分のことを想ってくれているではないか。

きっと、先ほどまでの不安はすべて自分の思い過ごしだった。

「初芽はどうしてそんなに紗雪にこだわるんだ?」

ふとした疑問が、加津也の口から漏れた。

時々、自分でも不思議になるほどだった。

初芽の紗雪への敵意は、時に自分をも上回
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