Share

51.激情の雨

Penulis: 中岡 始
last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-02 13:25:45

仮眠ベッドの上で、薫はゆっくりと横たわった。礼司の腕の中、シャツの袖から滴る水滴が、薫の首筋や鎖骨の上にひとしずくずつ落ちてゆく。濡れた髪が頬をくすぐり、薫は目を閉じてその感触を受け入れた。外の雨音はますます激しくなり、アトリエの天井や硝子窓を叩き続ける。ふたりだけの世界に、激しい雨音が脈打つように流れ込んでくる。

礼司はもう、理性の残骸すら持たなかった。薫をベッドに押し倒すとき、背中で何かが剥がれ落ちていくのを感じた。これまで己を縛っていたもの――妻への義務、家族の面影、正しさや倫理の名をした外殻、それらがみな、雨のなかへ溶けて消える。

薫の身体に触れたい、抱きしめたい、繋がりたい。その欲求は、もはや渇きというより痛みに近かった。

礼司は濡れたシャツを脱ぎ捨てる。薫の手が、控えめに礼司の腕へと伸びる。指先はかすかに震えていたが、その震えが、ふたりの間に生まれる熱の証だった。薫は何も言わなかった。ただそのまま、身を委ねてくる。

礼司は薫の胸元に口づけを落とす。肌に唇を触れさせるたび、雨の冷たさが一瞬遠ざかり、薫の熱だけが胸の奥で増していった。指が薫のシャツのボタンを外し、布地の隙間から滑り込む。薫の息がかすかに乱れる。濡れた指先が肌の上を辿るたび、そこだけが鮮やかに火照っていく。

「……礼司さん」

薫が、小さな声で礼司の名を呼ぶ。その響きが、礼司の身体の芯まで貫いた。礼司は薫の首筋に唇を這わせ、耳朶を軽く噛む。薫の背が小さく跳ねる。雨音がすべてをかき消してくれるから、礼司はもう何も恐れなかった。

「もっと、……」

薫がかすれた声で言う。礼司はその言葉に答えるように、薫の両肩をつかみ、身体を重ねる。薫の細い体躯は柔らかく、だが内側には確かな熱が灯っている。その熱が、礼司をすべて呑み込んでゆく。

指先が、薫の肋骨、腰骨、太腿へとゆっくりと滑る。薫の肌は震えていたが、その震えごと、礼司は愛しさと欲望に変えていった。何度も唇を重ね、薫の汗と涙と、呼吸のすべてを受け止める。

雨音はひるまず、天井を打ち続ける。激しく、熱っぽく、ふたりの息遣いに寄り添うようだった。礼司は薫の髪に指

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terbaru

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   55.雨上がりの対話

    夜の空気は、雨上がりの湿り気を残したまま、静かに屋敷を包んでいた。障子の外では、まだ路地のどこかに水たまりが残っているのだろう。家中の隅々に、しんとした水の匂いが漂っていた。美鈴は客間の明かりを弱く灯し、卓上の硝子の燭台にゆらぐ炎を見つめていた。蝋のにおいと、畳に染み込んだ雨の残り香が静かに混じり合う。夜の帳が下りてから、二人きりで言葉を交わすのは久しぶりのことだった。礼司は書斎から戻り、何も言わずに美鈴の前に座った。濃い影が頬に落ちている。膝の上に重ねた手がわずかにこわばって見えた。美鈴はその指先をそっと見つめる。指先は、まるでどこか遠い場所に迷い込んでしまったかのように、不安定に揺れていた。ふたりの間に置かれた茶器から、細い湯気が静かに立ちのぼる。夜の静けさのなかで、ふたりの呼吸だけがゆっくりと重なりあう。雨上がりの空気は、外と内を隔てる障子をやわらかく湿らせている。灯りは淡く、卓の端にだけ優しい陰影を落とす。沈黙は、今夜だけは苦しさではなく、不思議と安らかだった。美鈴は、何度も心の中で言葉を繰り返してきた。「いま、このときを選ぶ」と自分に言い聞かせてきた。やがて、礼司がわずかに口を開いた。「……何か、話が?」その声音はかすかに掠れていた。美鈴は正面から礼司を見つめる。怯えも、怒りも、悲しみも、その目の奥にはなかった。ただ、受け入れるために選んだ静謐な強さだけが、静かに光っていた。「私は……もう知っているのです」声は小さく、しかし明瞭だった。礼司が、はっと息を呑む。「何を……?」問い返す声に、切羽詰まった響きはない。ただ、すでに逃げ場のない人間が、最後に見つめる景色のように静かだった。美鈴は一度だけ、視線を床に落とす。けれどすぐに顔を上げ、まっすぐに夫を見た。「あなたが……私以外の誰かを、心の底から求めていること。――それを、私は知っています」礼司の肩がかすかに揺れた。美鈴はその動きを、目の奥でじっと見つめた。

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   54.花瓶に射す影

    美鈴は、午前の静けさの中で庭へ出た。前夜の雨の名残りが葉先に光っている。空気はまだ湿り気を残し、足元の石畳にはかすかな冷たさがあった。朝食のあとの家事を終えた手で、花鋏を持ち、ゆっくりと白椿の枝を剪る。椿の花は雨に打たれて、いくつかは重たげに項垂れていたが、芯の強い一輪を選んだ。それを掌に包み、静かに廊下を渡る。美鈴は、居間の明るい窓辺に花瓶を置き、昨日の花を丁寧に抜いた。冷たい水を張り替え、切り口から微かな香りが立つ。そのとき、光がすうっと差し込んだ。ガラス越しの陽射しが、白椿の花びらと、澄んだ水をいっそう清らかに映し出す。花瓶の影が、机の上に長く伸びている。椿の白さと、水の透明さ。静かな光と、その反対側にくっきり落ちる影。美鈴はその対比に、理由のない胸騒ぎを覚えた。彼女は、椅子に腰を下ろした。誰もいない静寂の中、花瓶を見つめる。そこには、日常と非日常が混じり合う、曖昧な境界があった。白い椿は凛として美しいが、その影は濃く、長く伸びている。静かだった。掛け時計の音だけが、ひとつ、またひとつと刻む。美鈴は、今朝の食卓を思い返す。礼司の横顔。箸の揺れ。湯気のむこうで遠ざかるまなざし。沈黙の裂け目は、今も胸の奥に冷たい感触を残していた。思い返せば、些細な違和感はずっと前からあった。帰宅の足音がやや遅くなった日、声にわずかな翳りを感じた夜、ふと自分から視線を逸らす仕草。日々のなかで積もったそれらの断片が、今、ひとつの形になりかけている。椿の影を指でなぞる。細く、しかし確かな輪郭。その影の端に、指先が触れると、なぜか胸がざわつく。美鈴はゆっくりと目を閉じた。自分の呼吸の音が大きくなる。「――このまま、知らないふりはできない」呟きにもならぬ言葉が、胸の底で響く。怖かった。夫婦というものは、嘘を吐いてまで守るものなのだろうか。あるいは、何も問わずに平穏を装うことが、愛なのだろうか。美鈴は分からなかった。ただ、心の奥底から、「いまのままでは、自分が自分でいられなくなる」とだけ、はっきり感じていた。花瓶の水面が、光を受けてきらめく。椿の花は、ただ静かに、潔くそこに咲いている。その純白が、なぜか痛ましいほどに胸を打った。

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   53.沈黙の裂け目

    朝の光は、薄い障子を透かして静かに食卓を照らしていた。美鈴は台所で湯気の立つ味噌汁を椀に注ぎ、焼き鮭と煮物を並べ、いつもと変わらぬ手順で朝食を仕上げた。箸の並びも茶碗の位置も、すべて微細な感覚で整える。礼司が席に着く気配を背中で感じながら、最後に急須で茶を注いだ。香ばしい湯気とともに、家中に朝の匂いが満ちていく。美鈴は、膝を折って座り、礼司の正面に茶碗を置いた。ふたりきりの朝食。普段ならば穏やかな空気に包まれるはずの時間が、今朝に限って妙な張りつめ方をしている。礼司は静かに「いただきます」と呟き、箸を取る。表情はいつも通りに見える。目の下に微かに残る寝不足の影も、わずかに窪んだ頬も、日常の疲労のせいかもしれない。だが、美鈴には分かった。――その眼差しの向こう側が、見たことのない遠さで曇っている。ふたりのあいだに置かれた白い食器。その上を、朝の淡い光が滑っていく。箸が椀に触れる音が、妙に大きく響く。湯気の向こう、美鈴は礼司の手の動きをさりげなく見つめた。箸の運びは端正で美しいが、ふとした瞬間に動きが止まる。魚の身をほぐすとき、普段ならすぐに口へ運ぶはずの箸が、今朝は中空で数秒も揺れている。「……礼司さん」美鈴は穏やかな声で呼びかけた。「お味噌、薄かったかしら」礼司は、はっとして顔を上げる。「いや、そんなことはない。ちょうどいいよ」だが、その声の調子もどこか遠い。礼司はすぐに目を伏せ、再び静かに箸を動かし始めた。美鈴の胸の奥に、小さな波紋が広がる。――これは、疲労のせいではない。彼の気持ちが、もうどこか違う場所に向いているのだ。美鈴は、湯呑みを手に取りながら、ふと自分の指先が微かに震えていることに気づいた。冷たい磁器の感触。手のひらに伝わる温度のむこう、心がじわじわと冷えていく。窓の外では、朝露が庭の葉を濡らしている。小鳥の声がかすかに聞こえ、炊飯器の保温ランプがぼんやりと赤く光る。そんなささやかな音と光さえ、ふたりの間に深い裂け目を感じさせる。「今日も……中原様のお宅に?」美鈴は問いかけるように言葉を継

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   52.雨のあと、熱のあと

    ベッドの上に静けさが降りる。窓の外、雨はなおも細く、けれど確かに降り続けていた。礼司の背にはうっすらと汗が残り、薫の細い指先がその背筋をゆっくりと辿っている。互いの呼吸だけが、湿った夜気に混じって、アトリエという密室の奥まで染み渡った。礼司はしばらくのあいだ動けなかった。薫の上に覆いかぶさったまま、額を肩先に押しつけて息を吐いた。心臓はなお激しく跳ね、鼓動が脈打つたびに、自分がいまこの身体に還ってきていることを知る。かつて味わったことのない熱と、どこにも出口のない安堵。なによりも、胸の内に溢れかえる“欲しさ”だけが、奇妙なほど静かな陶酔となって、礼司のすべてを満たしていく。薫は身動きせず、ただじっと、礼司の髪を撫で続けた。細くて白い指が、雨に濡れたままの髪を何度も梳いていく。礼司は目を閉じ、その動きに身を委ねる。まるで、外の雨音さえ遠ざかってしまったかのように、ふたりの間には密度の濃い静寂が降りていた。やがて、薫の腕の中で礼司が微かに動く。額をそっと持ち上げて、薫の顔を見下ろす。薫の瞳は、もう何も問わなかった。濡れた睫毛、上気した頬、やわらかく開かれた唇。そのすべてが礼司を受け入れている。礼司は薫の頬に手を伸ばす。指先が薫の頬骨を辿り、熱に染まった肌をそっと撫でる。薫は目を細めて微笑む。雨の音は静かに続き、外の世界とアトリエのなかを完璧に隔ててくれる。罪悪感が、すべて消えていた。礼司はそれに気づいて、かすかに驚く。美鈴のこと、日常のこと、誰にも告げることのできない嘘や裏切りの痛み。それらはすべて、薫の肌の下に流れている血潮や、いま重なり合っている体温のなかに、溶けて消えてしまった。「薫」呼ぶ声は低く、濡れていた。薫が礼司の胸に顔をうずめる。その髪を、礼司は優しく梳く。何度も、何度も、そのぬくもりを掌に映す。薫の香りが鼻先をかすめ、記憶も思考も、すべてが淡く霞んでいく。「……大丈夫ですか」薫の声が胸の奥で響く。礼司は答えを探すまでもなく、ただ薫の額にそっと唇を押し当てる。「大丈夫だ。……薫がいれば」その言葉は本

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   51.激情の雨

    仮眠ベッドの上で、薫はゆっくりと横たわった。礼司の腕の中、シャツの袖から滴る水滴が、薫の首筋や鎖骨の上にひとしずくずつ落ちてゆく。濡れた髪が頬をくすぐり、薫は目を閉じてその感触を受け入れた。外の雨音はますます激しくなり、アトリエの天井や硝子窓を叩き続ける。ふたりだけの世界に、激しい雨音が脈打つように流れ込んでくる。礼司はもう、理性の残骸すら持たなかった。薫をベッドに押し倒すとき、背中で何かが剥がれ落ちていくのを感じた。これまで己を縛っていたもの――妻への義務、家族の面影、正しさや倫理の名をした外殻、それらがみな、雨のなかへ溶けて消える。薫の身体に触れたい、抱きしめたい、繋がりたい。その欲求は、もはや渇きというより痛みに近かった。礼司は濡れたシャツを脱ぎ捨てる。薫の手が、控えめに礼司の腕へと伸びる。指先はかすかに震えていたが、その震えが、ふたりの間に生まれる熱の証だった。薫は何も言わなかった。ただそのまま、身を委ねてくる。礼司は薫の胸元に口づけを落とす。肌に唇を触れさせるたび、雨の冷たさが一瞬遠ざかり、薫の熱だけが胸の奥で増していった。指が薫のシャツのボタンを外し、布地の隙間から滑り込む。薫の息がかすかに乱れる。濡れた指先が肌の上を辿るたび、そこだけが鮮やかに火照っていく。「……礼司さん」薫が、小さな声で礼司の名を呼ぶ。その響きが、礼司の身体の芯まで貫いた。礼司は薫の首筋に唇を這わせ、耳朶を軽く噛む。薫の背が小さく跳ねる。雨音がすべてをかき消してくれるから、礼司はもう何も恐れなかった。「もっと、……」薫がかすれた声で言う。礼司はその言葉に答えるように、薫の両肩をつかみ、身体を重ねる。薫の細い体躯は柔らかく、だが内側には確かな熱が灯っている。その熱が、礼司をすべて呑み込んでゆく。指先が、薫の肋骨、腰骨、太腿へとゆっくりと滑る。薫の肌は震えていたが、その震えごと、礼司は愛しさと欲望に変えていった。何度も唇を重ね、薫の汗と涙と、呼吸のすべてを受け止める。雨音はひるまず、天井を打ち続ける。激しく、熱っぽく、ふたりの息遣いに寄り添うようだった。礼司は薫の髪に指

  • 光を描くひと、家を継ぐひと~明治を生きたふたりの物語   50.滴る指先

    窓を叩く雨は、なお激しさを増していた。アトリエの床には、礼司の髪や裾から滴った水が点々としみを作っていた。薫は戸口に立ち尽くし、困惑と心配の混じった顔で、棚から清潔なタオルを取り出して手渡そうとする。「すごく濡れてます……どうして、傘を――」薫の言葉の端が揺れる。礼司はそのタオルを受け取る代わりに、薫の手首をそっと掴んだ。濡れた自分の掌が、薫の細い指を包み込む。指先は冷たく、しかしその奥に血の熱さがじんと伝わってくる。薫が驚いて小さく息を呑む。その音が、礼司の胸に火を灯す。「……タオルはいい」声はひどく低かった。けれど、その震えに薫はすぐ気づいただろう。雨のせいで冷えきったはずの身体は、いまや高熱を持ったまま薫を離さなかった。礼司は薫の手首から、指先、手の甲へと、そっと触れる場所を移していく。薫はそのたびにまぶたを閉じ、唇をきゅっと引き結んだ。礼司の髪からまだ水が垂れていた。額を伝い、頬をつたう雫が、薫の掌の上に落ちた。ふたりのあいだの空気が、重く、湿って絡みつく。礼司はその指先を自分の頬に当てた。冷たさよりも、薫の体温が欲しかった。「薫」また、その名を呼ぶ。声が揺れる。薫の黒い瞳が、真っ直ぐ礼司を見つめ返す。「……どうしたんですか、本当に。こんなに」薫の声は弱い。それが礼司の渇きをますます募らせる。答えはひとつしかなかった。「会いたくて」ただ、それだけだった。理由も言い訳もなかった。雨に濡れたことも、傘を持たずにここまで来たことも、すべてはこの一言に収束する。薫の指が微かに震える。だが、手を引こうとはしなかった。むしろ、礼司の手を受け入れようと、そっと握り返す。ふたりの指が絡み合う。静かな雨音の中で、互いの肌がぬるりと滑る。その感触に、礼司の奥底から熱が立ちのぼる。礼司はもう、薫を離さなかった。濡れたシャツの袖から腕へと、薫の体温が伝わる。どちらからともなく、ふたりの距離が縮まる。「寒いですか」薫が、ふと問う。

Bab Lainnya
Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status