江口透、バツイチ。綺麗なひと~大学院生、論文調査のつもりでした

江口透、バツイチ。綺麗なひと~大学院生、論文調査のつもりでした

last updateปรับปรุงล่าสุด : 2025-06-29
โดย:  中岡 始จบแล้ว
ภาษา: Japanese
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大学院生・真壁湊が「個人生活と孤独」をテーマにした論文調査の対象として選んだのは、隣人の江口透。37歳、バツイチ、無職。飄々とした関西弁の陰に、ふと見える静かな影と生活の美しさに、湊は言葉にできないまま惹かれていく。 最初は記録だった。冷めていくお茶、交わされる短い会話、煙草の火。 「綺麗だ」と思ってしまった瞬間から、取材ではなく恋になった。 真っ直ぐな言葉に透は戸惑い、湊は声にした瞬間に傷つく。 すれ違いと沈黙のなか、それでも、ふたりは記録を超えて、もう一度“伝える”ことを選ぶ。 これは、恋だと気づいたときにはもう遅かった、 それでも届かせようとした、静かな恋の軌跡。

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บทที่ 1

論文と再構築

薄曇りの午後だった。大学の図書館には冷房の微かな風が流れていて、棚の間に篭もる埃っぽさだけが、空調の無機質さを際立たせていた。長机に並ぶ学生のノートパソコンのタイピング音が、周期的な雨音のように断続的に響く。湊は一番奥の窓際、壁を背にした席に腰を下ろし、目の前のモニターとにらめっこを続けていた。

画面には、Wordの文書ファイル。仮タイトルには『離婚男性の生活再建支援に関する考察』と打ち込まれていた。文章はすでに三千字ほど進んでいて、「司法制度における支援の在り方」や「家庭裁判所調停制度の限界点」など、それらしい見出しが整然と並んでいた。中には、自分でも「よく書けてる」と思える段落もある。だが、カーソルが点滅するそのすぐ下にある言葉が、湊の目に違和感を残していた。

「社会的孤立の指標」

誰が決めた指標だろう。数字で定義された孤独を、本当に人は生きているのか。

湊は背もたれに体を預け、静かに息を吐いた。目を閉じてみても、頭の中には図表や調停件数の年次変化グラフばかりが浮かんでくる。自分が書いているのは“文章”だ。けれど、どこまでいっても“人の生活”にはなっていない気がする。

支援の理論も、制度の仕組みも、文献にあたればいくらでも出てくる。だが、それで何が再構築されるのだろう。孤独な人間が、再び立ち上がって暮らしていけるようになるとは…本当に、誰かが思っているのだろうか。

「再構築って、なんだよ…」

独りごとのように、唇が動いた。周囲に気づかれないように小さな声で呟いたつもりだったが、自分の耳には妙に反響して聞こえた。カタカナで定義された制度用語が、途端に手触りのないものに変わっていく。

湊は手元の文献に視線を戻した。『家族法における離婚後の父親支援―事例分析を通して―』。ページの余白に鉛筆で「当事者インタビュー不足」と書かれたメモが、かつての自分の筆跡で残っていた。事例不足。そう書いたとき、自分は何を「不足」だと感じていたのか。

再構築された生活とは、支援された“結果”なのか、それとも“過程”なのか。法律的に正しく離婚し、調停を経て子どもとの面会が調整されたとて…生活は、再構築されたといえるのか。

湊は再び文書ファイルを開いた。カーソルの位置を調整しながら、何度も何度も読み返してきた一節に視線を移す。

「社会的孤立の指標としては、地域活動への参加頻度、交友関係の範囲、生活満足度の主観的評価などが用いられることが多い」

一文としては、確かに正しい。だけど、それを読む誰かに、何が伝わるというのだろう。自分自身が、心のどこかでこの言葉に納得していないのを、湊ははっきりと感じていた。

視線を落とした先には、自分の指があった。爪の脇に小さなささくれができていて、いつの間にか無意識にそれをちぎっていたらしく、白く薄皮がめくれていた。傷にはなっていない。けれど、今にも沁みてきそうな痛みの予感があった。

「……文章にはなる。でも、人の生活にはなっていない気がする」

思ったままの言葉が、静かに口からこぼれた。湊は目を伏せたまま、文書ファイルをそっと閉じると、図書館の机に置かれた紙コップのコーヒーに手を伸ばした。温度はすっかり冷めていて、飲んでも何の味もしなかった。まるで、自分の書いている論文そのものみたいだと、湊は思った。

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論文と再構築
薄曇りの午後だった。大学の図書館には冷房の微かな風が流れていて、棚の間に篭もる埃っぽさだけが、空調の無機質さを際立たせていた。長机に並ぶ学生のノートパソコンのタイピング音が、周期的な雨音のように断続的に響く。湊は一番奥の窓際、壁を背にした席に腰を下ろし、目の前のモニターとにらめっこを続けていた。画面には、Wordの文書ファイル。仮タイトルには『離婚男性の生活再建支援に関する考察』と打ち込まれていた。文章はすでに三千字ほど進んでいて、「司法制度における支援の在り方」や「家庭裁判所調停制度の限界点」など、それらしい見出しが整然と並んでいた。中には、自分でも「よく書けてる」と思える段落もある。だが、カーソルが点滅するそのすぐ下にある言葉が、湊の目に違和感を残していた。「社会的孤立の指標」誰が決めた指標だろう。数字で定義された孤独を、本当に人は生きているのか。湊は背もたれに体を預け、静かに息を吐いた。目を閉じてみても、頭の中には図表や調停件数の年次変化グラフばかりが浮かんでくる。自分が書いているのは“文章”だ。けれど、どこまでいっても“人の生活”にはなっていない気がする。支援の理論も、制度の仕組みも、文献にあたればいくらでも出てくる。だが、それで何が再構築されるのだろう。孤独な人間が、再び立ち上がって暮らしていけるようになるとは…本当に、誰かが思っているのだろうか。「再構築って、なんだよ…」独りごとのように、唇が動いた。周囲に気づかれないように小さな声で呟いたつもりだったが、自分の耳には妙に反響して聞こえた。カタカナで定義された制度用語が、途端に手触りのないものに変わっていく。湊は手元の文献に視線を戻した。『家族法における離婚後の父親支援―事例分析を通して―』。ページの余白に鉛筆で「当事者インタビュー不足」と書かれたメモが、かつての自分の筆跡で残っていた。事例不足。そう書いたとき、自分は何を「不足」だと感じていたのか。再構築された生活とは、支援された“結果”なのか、それとも“過程”なのか。法律的に正しく離婚し、調停を経て子どもとの面会が調整されたとて…生活は、再構築されたといえるのか。湊は再び文書ファイルを開いた。カーソルの位置を調整しながら、何度も何度も読み返してきた一節に視線を移す。「社会的孤立の指標としては、地域活動への参加頻度、交友関係の範囲
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隣室の声
夜の気配がじわりと窓辺に降りてきていた。雨は降っていないが、湿った空気が風のように部屋の隅を撫でていく。冷房をつけるほどではない。窓は少しだけ開けてあって、外の音が微かに混じって聞こえる。真壁湊は、デスクに置いたノートPCに向かいながら、手元のキーボードをゆっくり叩いていた。ファイル名は「再構築論\_中間稿」。論文の草稿だった。テーマは『離婚男性の生活再建支援』。研究室の指導教員から「福祉と法の中間地をきちんと整理してみろ」と言われたのは、ひと月ほど前のことだ。湊は当初、家族法とその制度運用を中心に据えるつもりだったが、それだけでは“生きてる生活”に届かないと気づいていた。だから、今は制度の周辺にある生活支援の現場や、当事者の声を探して、試行錯誤を続けている。テキストの上には、整ったフォントで小見出しが並んでいる。「Ⅱ-1:調停離婚後の男性における生活再建要因の整理」「Ⅱ-2:就労支援と居住支援の連動性」手元のノートには、調査資料で抜き出した数字や文献からの引用メモがいくつも重ねて書き込まれている。それでも、どこか空回りしているような気がしていた。湊は手を止めて、伸びをしながら小さく息を吐いた。部屋の照明はひとつ、オレンジ色のスタンドライトだけにしている。蛍光灯の白さよりも、その方が集中しやすい。静かな夜だ。いつもなら、これで集中が深まっていくはずだった。だが、その静けさの途中に、ふと、かすかな声が混じった。「……いや、そない言うてもな……」湊は、手を止めた。それは壁の向こう、隣室から聞こえてきた男の声だった。声量は大きくない。けれど、はっきりとした関西弁の抑揚が、湿った壁を伝ってくる。風が少し強くなってきたのか、窓の隙間がわずかに音を立てたが、その向こうから再び声が響いた。「うちはもう独りや言うたやろが」その一言で、湊の指は完全に止まった。部屋の中にあるのは、PCの冷却ファンの音と、自分の鼓動の音だけになった。視線はモニターのカーソルに向いたままだが、意識はすっかり別のところに引きずられていた。独りや言うたやろが。湊は、壁の向こうにいる相手の顔を知らなかった。けれど、その言い方、その語尾のにじむ湿気に、何か胸の奥を掠めるような感覚があった。感情を押し殺そうとしたような、あるいはもう感情すら乾いているような、そんな響きだった。静かに
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声と生活のギャップ
ノートパソコンの画面は、白く冷たい光を放っていた。夜はすっかり更けて、外の騒音も息を潜めている。時計の針は午前一時を少し回ったあたりを指していたが、真壁湊の頭はまだ冷めきっていなかった。集中できているというより、何かに引きずられている感覚が強かった。ページの一番上には、今日更新したばかりのタイトルが並んでいる。『離婚男性における生活再建支援の調査』。そのすぐ下に、小さな見出しを付け足したばかりだった。「お隣さん(仮)」その文字列を見て、湊は自分で驚いたように肩をすくめた。打ち込んだのは紛れもなく自分の手だったのに、どうしてこの言葉を選んだのか、すぐには理解できなかった。ただ、その瞬間に浮かんだのは、昨夜の、あの壁越しの声だった。「うちはもう独りや言うたやろが」低く、けれどどこか湿り気のあるその声。怒鳴っていたわけではなかった。ただ、諦めと少しの疲れとが混ざって、日常の中に溶け込んでいた。その声を聴いた瞬間から、湊の中で何かが変わり始めていた。データでも制度でもなく、誰か一人の、名も知らぬ“生活”が急に輪郭を持ちはじめた。その人が食べているもの、その人が見る夜の色、その人が、黙って吸う煙草の匂い。湊の脳裏には、なぜかそんなものばかりが浮かんでいた。「……俺、なにやってんだ」つぶやいた声が、部屋の中にやけに大きく響いた。カーソルが点滅している画面の見出しに、もう一度目をやる。「お隣さん(仮)」という五文字が、論文の中で異様に浮いて見える。急に気恥ずかしくなって、湊は勢いよくファイルを閉じた。モニターがスリープモードに切り替わり、室内の光源はデスクライトの橙色だけになった。ふと画面に映った自分の顔を見て、湊は軽く息を吐いた。頬がうっすらと赤く、目の奥が熱を帯びている。まるで熱があるみたいに思えた。気を紛らわせるためにシャワーを浴びたが、思考は整理されないまま翌朝を迎えた。朝の光は薄く、どこか眠たげだった。蝉の声もまだ本格的ではなく、夏の初めのような匂いが空気の中に漂っている。湊は寝癖のついた髪をキャップでごまかし、ゴミ袋を持って廊下に出た。静かな朝。足元にペタペタとスリッパの音が響く。まだ誰にも会わずにすむだろうと気を抜いた矢先、向こうの部屋のドアがちょうど開いた。出てきたのは、見覚えのない男だった。ゆるんだTシャツに黒いスウェット。片手には
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取材依頼、あるいは賭け
夕方の空は、灰色と薄橙がまじり合いながら、ゆっくりと沈んでいく途中だった。窓の外から差し込む西日が、アパートの廊下を斜めに照らし、コンクリートの床に長く濁った影を落としていた。真壁湊は、自室のドアを静かに閉めると、すぐ隣の部屋の前で足を止めた。右手には、小さなノートとICレコーダー、それから学生証の入ったネックストラップ。何度も手汗で湿らせた掌を、Tシャツの裾でぬぐう。インターホンを押すか、ノックするかで三秒ほど迷ってから、湊はゆっくりと指を伸ばし、扉を二度軽く叩いた。音が響いた瞬間、心臓が跳ねた気がした。逃げ出したくなるような衝動を押し殺しながら、深く息を吸う。けれど返事はすぐに来なかった。もし留守だったら、と思ったところで、カチャリとドアのロックが外れる音がした。扉が開いた。ふわりと湯上がりのような空気が漂う。その奥から現れたのは、Tシャツ一枚に黒のハーフパンツ姿の男だった。肩には白いタオルを引っ掛けたまま、髪は濡れたまま無造作に落ちている。どこか不機嫌そうな無精さがあるのに、目元の線がやけに整っていて、肌は白く、髭の影が薄っすらと頬を曇らせていた。そのまなざしが湊の姿を捉え、少しだけ瞬いた。湊は慌てて頭を下げた。「あ、あの…はじめまして。隣に住んでいる真壁湊といいます。大学院で、法律の勉強をしていて…」言葉の途中で、息が詰まった。ここから先、どう繋げるべきか、頭の中で組み立てたはずの文が、突然しぼんでいく。目の前にいる相手の空気が、あまりにも静かで、あまりにも“生活”に染まりすぎていて、湊の論理的な思考を圧倒していた。「ああ…」男は湊の言葉を途中で遮るでもなく、ただ小さく頷いた。「離婚、な。……まあ、合うんやろ、それ」その一言で、全てが見透かされている気がした。声は低く、関西弁の抑揚が柔らかくて、けれど芯は通っている。驚いたことに、怒気も拒絶もなかった。ただ、まるで古い話を棚の奥から出すような、どこか遠くを見たような口調だった。湊は口を引き結んで、深く頭を下げた。「もし…ご迷惑でなければ、お話を伺えないかと思いまして。卒業論文の調査で、“離婚男性の生活再建”をテーマにしていて…」慎重に、けれど誠実さを込めて言葉を繋ぐ。湊は視線を上げ、目の前の男の表情をうかがった。だがその顔は、どこか肩の力が抜けたように、穏やかだった。「まあ、え
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声の記録、感情の残響
室内に灯っているのは、デスクライトひとつだった。昼間の名残が少しだけ窓の向こうに滲んでいるが、すでにアパートの廊下は夕闇に包まれ、蝉の声もひと段落していた。真壁湊は、ローテーブルの上に小型のICレコーダーを置き、その前に座り込むようにして機器の電源を入れた。静かな起動音がして、小さな液晶に前回の録音ファイルのリストが表示される。再生ボタンに指を乗せたまま、湊はしばらくためらった。確認のための再生、それだけのはずだった。けれど、指先が動くまでに時間がかかるのは、そこに録音されている声が“誰のものか”を、彼がはっきりと意識しているからだった。ひとつ、息を吸い込んでから、再生ボタンを押した。「……別に、戻ろうとかは思わんかったなあ」透の声が、ヘッドホン越しに耳の奥へと流れ込む。その声は、低くて、少しだけ掠れていて、けれど不思議なほど柔らかかった。関西のイントネーションが、語尾を緩やかに落としていく。その抑揚が、まるで湯気のようにゆらゆらと湊の思考の中に立ち上ってくる。機器の性能は問題ない。音割れもなく、ノイズもほとんど拾っていない。それなのに、何度も聴き返しているのは、音質を確認したいからではなかった。湊自身、もう気づいていた。これは“確認”ではなく、ただあの声をもう一度聴きたかっただけだということに。声を、録音する。記録する。研究の一環として、データとして扱う。論理的には、すべてが正当な行為だった。だが、湊の心のどこかは、もうその枠組みを越えて動いていた。透の声には、他の誰の声にもない湿度がある。冷たいわけでも、温かいわけでもない。その中間にあるような、手のひらで包んだら、少し汗ばむくらいの体温。その声で語られる日常や過去の断片が、どれも湊の胸の奥にじわりと滲んで残っていく。湊はヘッドホンを外して、しばらくの間、ぼんやりと宙を見つめていた。部屋は静かだった。時計の秒針の音が、やけに大きく聞こえる。さっきまで透の声があった空間が、急に空白になってしまったような気がして、湊はわずかに喉を鳴らした。いつからだったのだろう。あの声を“記録したい”と、本当に思い始めたのは。研究対象としての興味なら、もっと無機質でいられたはずだった。だが、初めて声を聞いた夜から、その言葉の一つひとつに引き寄せられている自分がいた。知らないはずの生活の匂いが、なぜかとても近くに
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湯呑の向こう側
靴を脱いで上がり込む瞬間、ほんのわずかに緊張した。畳ではないが、古めの木製フローリングに足裏が吸い付くように馴染み、湊はそっと呼吸を整えた。透の部屋は、想像していたよりも片付いていた。生活感は確かにあったが、散らかっているわけではない。棚に並ぶ本や、壁際のカゴに収められた洗濯物。キッチンのカウンターには、小ぶりな急須と、布袋入りの茶葉が並んでいる。油跳ねのないコンロと、磨かれたステンレスの流し。細かなところに“ひとりの生活”の工夫と気配りが滲んでいた。「好きなとこ、座り」そう言って透が指さしたのは、ローテーブルの向こう、座布団が二枚並べて置かれた小さな居間だった。湊は一礼して、指定された方に静かに腰を下ろす。正面に座った透は、足を崩しながら、近くに置いていた急須に手を伸ばした。「ほうじ茶やけど、ええか?」「はい。ありがとうございます」声がやや上ずってしまったのを自覚して、湊は慌てて鞄からICレコーダーを取り出した。手つきが少しぎこちなくなっているのは、自覚していても修正が難しい。テーブルの上には、すでに湯呑がひとつ置かれていた。模様のない、陶器の地肌がそのまま表に出たような湯呑。触れればざらつきそうな焼き締めの感触が、目にも伝わってくる。その隣に、透がもうひとつ、同じ湯呑を重ねるようにしてそっと置いた。「インタビューって言うても、まあ、お茶でも飲みながらやったらええんちゃう?」その言い方が妙に柔らかく、湊は思わず小さく笑った。「……そうですね。あ、じゃあ、録音始めます」そう言ってレコーダーのスイッチを押し、湯呑の向こうにいる透を見た。透は構わず急須から湯を注ぎ、湊の分を先に差し出してくれた。その手の動きが、なんでもない日常のひとこまであるはずなのに、不思議と丁寧に見えた。茶の香りが、湯気に混じって立ちのぼる。伊勢茶の、焙じられた香ばしさが、ふいに湊の鼻腔をくすぐった。紙の上の言葉では、こんな香りは掴めない。今この瞬間、茶と共にある会話でしか届かないものが、そこに確かに存在していた。「えっと、前回少しお話に出た、“戻ろうとは思わなかった”っていうのは…その、離婚後のことですよね?」問いかけは自然だった。用意していた質問のひとつにすぎない。だが、湯呑を挟んでその言葉を向けると、まるで“会話”そのものが違う色を持ち始めたように感じられた。「せ
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湯気の中の距離
インターホンを押す必要もないほど、湊がノックする前に透は扉を開けていた。手にした急須からほうじ茶の香りがふわりと漏れ、部屋の奥から届くように漂ってくる。もう湯を注ぎ始めていたらしい。部屋に入ると、空気の温度がわずかに上がったような気がした。湊は胸の内でその感覚を“湯気の温度”だと処理したが、それは果たして正しい認識だったのか、わからなかった。「今日も一緒のやつでええよな。ほうじ茶。伊勢の」透がカウンター越しに言った。振り返らず、手元の作業だけを淡々と続けながら。それでもその声は、無愛想には聞こえない。むしろ、心地よい距離を保つ自然な響きがあった。「はい、ありがとうございます」湊は靴を脱ぎ、前回と同じローテーブルの前に座った。テーブルの上にはすでにひとつの湯呑が置かれており、透がもうひとつを隣に並べて置く。その動作の途中、湯気が立ち上って、湊の視界を薄く曇らせた。小さな器の間に、柔らかな水のヴェールがかかる。「インタビューって言うても、まぁ…お茶でも飲みながらでええやろ」そう言いながら、透は急須を持ち替え、両方の湯呑にほうじ茶を注ぐ。茶が湯呑に落ちていく音が、まるで雨粒のように静かに響いた。湊はレコーダーを取り出して、いつものようにスイッチを入れた。けれど、録音開始のボタンを押す指が、どこか曖昧に空を彷徨ってしまう。透の手元から目が離せなかった。濡れた急須の口から、薄く湯気が立ち上る。注ぐ角度に気を配りながら、透の指が茶器の胴を包み込むように添えられていた。節立った指。それでいて、不器用さを感じさせない穏やかな所作。熱に慣れている人間の手つきだった。「急須の口、細いですね。お茶、淹れるのに向いてるんですか、こういうの」思わず出た質問は、調査用ではなく純粋な好奇心だった。湊は自分でもそれを理解しながら、あえて否定しなかった。透はふと顔を上げ、少しだけ笑った。「せやな。湯が勢いよう出すぎへんから、葉っぱがうまいこと開くんよ。あと、蓋と胴の合わせがゆるすぎると、淹れてる途中にパカッと開いてまう。うちはそういうとこだけは、なんか気になるねんな」「へえ…詳しいですね」「元々は、誰かに淹れるために選んだ道具やからな。癖みたいなもんや」何気ないようで、どこか過去の輪郭が滲む言い方だった。その一言の行き先に触れるべきかどうか、湊は迷った。けれど、透は続ける
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取材とご飯の境界線
「うち一人分作っても余るから、食う?」その一言が出た瞬間、湊は息をのみそうになった。湯呑を持ち上げた手を中途半端に止めたまま、返事がすぐに出てこなかったのは、たぶん質問の意図が単純すぎたからだった。誰かと食事をすることに、特別な意味などない。ないはずだった。なのに、言葉にされただけで、何かに触れられた気がした。「じゃあ…いただきます」湊はそう答えた。透は何も言わず、すっと立ち上がると台所へ向かった。冷蔵庫の中から何かを取り出す音、電子レンジの軽い開閉音、陶器がぶつかる微かな音。それらの生活音が、部屋の空気を少しずつ満たしていく。ふたりの間に流れていた“取材”の緊張感が、ふいにゆるんで、生活の手触りに変わっていく。ほどなくして、テーブルに皿が並んだ。ひと皿目は、鰯の梅煮。つややかに照り返す身が、梅の果肉と一緒に煮込まれて、ふわりと香る酸味が鼻をかすめた。もうひと皿は、ほうれん草のおひたし。かつお節がふんわりと乗せられていて、出汁の染みた匂いがじんわりと漂う。「ほんま適当やで。冷蔵庫にあったんで、ちゃちゃっと煮ただけや」透は肩をすくめて笑った。その笑い方も、箸を差し出す仕草も、やけに自然だった。湊は手を合わせ、小さく呟いた。「いただきます」箸を持つのは久しぶりだ、と湊は思った。最近の食事といえば、コンビニのおにぎりか、研究棟のカフェテリアで取る定食。もしくは冷凍のパスタ。味に意識を向ける余裕など、ほとんどなかった。だが、今目の前にある料理は、ひとつひとつに手がかかっていることが、見ただけで伝わってきた。盛り付けに派手さはないけれど、箸の置き方、器の選び方、煮崩れないように盛られた魚の位置まで、どれも丁寧だった。湊は箸先でそっと鰯の身をほぐし、口に運んだ。ふわりと舌の上でほぐれる。梅の酸味がやさしく染みていて、骨まで軟らかい。調味料の主張は控えめで、出汁と素材の味が前に出ていた。「……美味しい、です」気づけば声に出していた。透は「そうか?」と照れくさそうに笑って、ご飯をひと口かき込む。「冷凍の鰯やけどな。圧力鍋で煮たらすぐやし、まぁ楽なもんや」「それでも、この味を出せるのは、すごいと思います」言ってから、自分がいまどんな顔をしているのかが気になった。取材中よりも真剣かもしれない。湊は目線を落とし、次はおひたしを箸でつまんだ。口に入れると、かつ
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答えは、記録の外に
夜の帳が完全に落ちた部屋で、湊は机に向かっていた。自室の狭い1K、その一角に設けた作業スペースには、ノートPCの微かな光だけが浮かんでいる。隣室からは、特に音はしない。透の部屋の気配は、壁一枚隔てた向こうに、しかし不思議と確かに存在していた。膝の上に置いたICレコーダーの再生ボタンを、湊はゆっくりと押した。録音された音声が、小さく、しかしはっきりと耳に届く。「…朝な。シンク見たら、茶碗にカビ生えててさ。ああ、俺ってほんまにひとりなんやなあって、そんな時思うんよ」その声は、透のものだった。低くて、やわらかいが、掴みどころのない抑揚がある。関西弁の調子に心を預けそうになって、湊はわずかに背を伸ばした。音質は多少ざらついている。けれど、むしろその粗さが臨場感を強調していた。言葉の切れ目の間が、妙に長い。その「間」に、湊は耳を澄ませる。透の語りは、一見すると取材対象としては扱いづらいものだった。整然とした回答ではない。生活史的な整理もない。ただぽつぽつと出てくる“独りごとの延長”のような応答。だが、それがどうしようもなく湊の中に残ってしまう。なぜなのか、答えは出ないままだった。PCのモニターには、音声起こし用のメモ帳が開いている。カーソルは、いまだ「江口さん-生活」という仮タイトルのまま点滅していた。湊は自分の指先が、そこに「2」という数字を加えるのを見た。そして、ファイルを保存する前に、ふとためらう。再び、透の声が流れる。「別に、戻りたいとか思わんかったしなあ。生活って、だいたい気づいたら進んでまうもんやん」声のなかには、諦めとも違う、どこか遠くから自分を見下ろすような静けさがあった。生活に順応しているというより、馴染むことに抗わない諦観のような。冷たいわけではないのに、そこに温度を見つけきれない感覚が、湊の中に広がっていく。言葉そのものより、言葉に至るまでの呼吸。語尾の揺らぎ。言い淀みの一秒。そのどれもが、記録としてではなく、記憶のように染み込んでいく。湊は再生を止めた。機械の中で音は止んだはずなのに、耳の奥にはまだ透の声が残っているようだった。あの人の話を“聞く”ことはできても、“理解する”には遠い気がした。そして、なぜかその“距離”そのものに惹かれている自分がいた。論理的な答えではないのに、なぜこんなにも印象に残るのか。湊は自問した。自分が
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ただ、気になる
夕暮れの空が薄青から群青へと移り変わる頃、アパートの廊下は風の通り道になっていた。蝉の声はもう弱々しく、遠くからかすかに聞こえるだけだった。湊は手に持ったレコーダーを何度か握り直して、呼吸を整える。今日は三度目のインタビューだった。これまではどこか、学術的な目的という防波堤が心の中にあった気がする。でも、今日は違った。そう思う理由を、うまく言葉にできないまま、湊は隣のドアの前に立つ。チャイムを押すのはもう慣れたものだった。だが、応答を待つあいだに、ふと、ひとつの感情が湧き上がってくる。(俺は、なんでこんなにこの人の生活に触れたいと思ってるんだろう)ドアの向こうから聞こえる足音。鍵の外れる音。扉が開いて、透が顔を覗かせる。今日は薄いグレーのTシャツに、黒のジャージパンツ。髪は乾いているが、少し寝癖のように跳ねている部分があった。目元にかすかに疲れが残っていて、それが妙に柔らかい印象を与えていた。「おう、来たな」「はい、失礼します」部屋に入ると、すぐに茶の香りが鼻をくすぐる。湯が沸いたばかりなのだろう。急須のそばには、あの白磁の湯呑がふたつ並んでいた。湊は、リュックからノートとレコーダーを取り出しながら、無意識にその湯呑を見つめていた。(これが今日も、ふたつ用意されてることに、俺は少し安心してる)そんな気づきが、ふいに心に降ってきて、自分でも驚いた。ほんの一週間前までは、透という人間の顔すら知らなかったのに。今は、その人の生活に、声に、手元に、少しでも近づこうとしている自分がいる。取材は、穏やかに進んだ。話題は「最近気づいた生活の変化」だった。透は、相変わらず特に構えた様子もなく、ぽつりぽつりと語る。「最近な、風呂あがりにタオルの匂いが違うなって思って」「洗剤変えたとかですか?」「いや、たぶん自分の鼻の調子やな。年取ると、なんか全部ちょっとずつ変わってくるんやろな。嫌でも、独りの時間が増えたら、そういうことに気づくもんや」そう言って笑う透の声は、どこか遠くに響いていた。部屋の中にいるのに、距離がある。湊はそれを、もっと近くで感じたいと思っていた。論文のためじゃない。何か、もっと違う理由で。帰り際、透は「またな」と軽く手を振って、ドアを閉めた。ほんの数秒、その閉まったドアを見つめてから、湊は自室へと戻った。冷房を切ったままの部屋はやや蒸してい
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