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6話 紫苑、揺れる《2》

Author: 砂原雑音
last update Huling Na-update: 2025-05-15 20:44:21

「おはようございます。仕事をしてただけでしょう」

不機嫌な片山さんの声に、一瀬さんがすっと顔を無表情に戻して立ち上がる。

近くに用意してあったごみ袋を広げると、「手伝います」と言った私の手を制してさっさと新聞紙の球体を袋に詰めて裏口へと向かってしまった。

急によそよそしい態度になったのは、片山さんが変な言い方をしたせいだ、きっと。

恨みがましく片山さんの方を見れば。

べっ、と舌を出して返された。

おっ……大人げない!

その態度に呆気にとられているうちに、片山さんもさっさと番重を抱えたままカウンターに入ってしまい、私一人だけ花の商品台の前に取り残されてしまった。

ふ、と溜息を落とす。

結局向日葵畑の帰り道、私は片山さんの告白に返事をしようと何度も話を切り出したけれど、聞き入れてはもらえなかった。

『ちゃんと考えて欲しいのに、たった一日で答えを出さないでよ』

と、片山さんは言う。

そう言われると、すぐに返事をするのは真剣に考えていないということなのかと罪悪感を抱いてしまって、後は片山さんのペースだ。

一緒に晩御飯まで食べて、最後はちゃんと家まで送ってくれたけど。

別れ際に、今度は頬にキスをされた。

『……ちょっとずつ。一緒にいれば、馴染むかもしれないでしょ』

そう言った片山さんは笑っていたけれど、余り嬉しそうでもなくその事が私の胸を締め付ける。

なんで、私なんだろう。

片山さんがそこまで想ってくれることが、私にはわからなかった。

だけど、それを言えば私もわからない。

なんで、一瀬さんなんだろう。

悠くんの時には、自分の気持ちを不思議に思うことなんて欠片もなかったのに。

ずっと一緒に育ってきて、小さな時から悠くんは頼りになるお兄ちゃんで気心も知れてるし一緒にいて楽しいし安心できた。

話していても、会話が途切れることはないし途切れても別に気にならないし、きっと向こうも気にしない。

なのに、どうして今は一瀬さんなんだろう。

仕事以外で話しをすることなんて、ほぼない。

ただ、いつも頭の中から消えてくれない。

初めてこのカフェを訪れた時の、温かな空気や私の涙を見ないフリをする代わりにくれた、クッキーの甘さ。

乏しい表情の中に時々滲む、微かな笑顔の温もりが事あるごとに頭に浮かんで広がっていく。

こうして思い出しているその瞬間にも、その空気が私を包んでいる錯覚をしてしまう。

けれど
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