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第1085話

Author: 心温まるお言葉
遠くから見ると、花々に囲まれた男は、まるで少年時代のように爽やかで、上品な雰囲気を漂わせていた。

見慣れた顔、見慣れた姿が、徐々に鮮明になっていく。まるで夢を見ているようで、遠い昔の出来事のように感じられた。

彼に一歩近づくごとに、彼女の心臓はドキドキと高鳴り、数えきれないほどの思い出が蘇ってきた。

彼女の記憶の中にあったのは、桐生志越の優しさだった。

桐生志越の記憶の中にあったのは、もう二度と戻ってこない和泉夕子だった。

二人は遠くから見つめ合っていた。彼の瞳には彼女だけが映り、彼女の瞳には、諦めが滲んでいた。

かつて二人は永遠の愛を誓い、来世での再会まで約束した。しかし、彼女はもう彼の傍にはいない。

桐生志越は潤んだ瞳で、心の闇を隠しながら、優しい笑みを浮かべた。

その穏やかな笑顔を見て、和泉夕子は彼の前に立ち止まり、まるで久しぶりに旧友に会ったかのように、白い手を差し出した。

「志越、久しぶりね......」

差し出された手数秒間見つめた後、桐生志越は膝の上に置いていた手をゆっくりと動かし、彼女の手を取った。

桐生志越の目が潤んだ。

「霜村夫人、お久しぶり」

「霜村夫人」という言葉が、二人の距離を感じさせた。彼は自分に言い聞かせた。彼女は既に人妻となり、他の男のものになったのだと。

かつて愛し合った二人は、軽く手を触れ合った後、互いに手を放した。彼女は立っており、彼は座っていた。二人は沈黙した。

数秒間の沈黙の後、桐生志越の視線を感じながら、和泉夕子は彼の前にしゃがみ込み、彼の足を見つめた。

「志越、足の具合はどう?」

桐生志越は、彼女の手を握っていた感触を惜しむかのように、視線を彼女に移した。

「沙耶香が紹介してくれた専門医によると、きちんと治療を受ければ、歩けるようになる可能性があるそうだ」

和泉夕子の白い顔に、喜びの笑みが浮かんだ。

「本当?」

桐生志越は微笑んで頷き、白石沙耶香を見た。

「信じられないなら、沙耶香に聞いてみろ」

足の専門医は霜村冷司が手配したものだったので、和泉夕子は信じていたが、念のため白石沙耶香に確認した。

「言い忘れてたけど、専門医は『きちんと治療を受ければ、歩けるようになる可能性がある』と言っていたわ」

白石沙耶香は桐生志越を心配そうに見つめた。

彼は重度のうつ病で、生きる気力
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