朝。
何かがまとわりついている感覚に、悠人〈ゆうと〉が目覚めた。「げっ……」
ネグリジェ姿の沙耶〈さや〉が布団に潜り込み、悠人にしがみついていた。
「また……お前か……」
沙耶を起こそうと体を向けると、胸元に視線がいった。ネグリジェがはだけ、沙耶の微乳があらわになっていた。
「お、おい、起きろ沙耶」
赤面した悠人が、慌てて沙耶の肩をゆする。
「う……うーん……」
「ひっ……さ、沙耶……」
甘い匂いに動揺する。
沙耶の小さな唇が、悠人の耳元をかすめた。「ゆう……と……」
耳元に沙耶の声。顔には沙耶の金髪が、足には細い足が絡みつく。
ガンガンガンガンッ!
突然頭の上に、金属音が鳴り響いた。慌てて見上げると、小鳥〈ことり〉がフライパンとお玉を持って立っていた。
「悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、おはよう」
意地悪そうに、ニンマリと笑う。
「いや、これはその……違うんだ小鳥」
「最高のお目覚めだね、悠兄ちゃん」
「……この状況でそれを言うか? 知ってたんなら助けてくれよ」
「だってサーヤ、今日引越しだからね。最後の夜だし、悠兄ちゃんを貸してあげようと思って」
「貸してってお前……それは自分の持ち物って前提じゃないか」
「ほらサーヤ。そろそろ起きないと、引越し屋さん来ちゃうよ」
「ん……」
「おはようサーヤ。よく眠れた?」
「おはようございます、小鳥&hellip
「なんなんだこの部屋は……」 * * * 隣なので、基本的に悠人〈ゆうと〉の家と同じ間取りのはずだった。 しかし足を踏み入れた沙耶〈さや〉の部屋は、奥の二部屋の壁がぶち抜かれ、14畳の洋間になっていた。台所も、最新式のシステムキッチンになっている。「工事してるのは知ってたけど、お前だったのか」「ああ。流石に死ぬまでとは言わぬが、当分ここが拠点になるのだ。住みやすいよう、変えさせてもらった」「これだけのリフォームをわずか数日で……一体いくらかかったんだよ」「すいません、これはどちらに?」「ああ、一番奥に頼む」「よかったね悠兄〈ゆうにい〉ちゃん。これでずっと、弥生〈やよい〉さんともサーヤとも一緒だよ」「いや、そうなんだけどな……」「遊兎〈ゆうと〉、仕事が出来たぞ。私のベッドだ、組み立ててくれ」「分かった分かった」 * * *「こりゃまた、規格外のベッドだな」 小柄の沙耶が何人寝れるのか、そのベッドはキングサイズの域を超えていた。しかも屋根がついていて、高価そうなレースがかかっている。「……どこの異世界の王女様だよ」「何を言う。これでも実家のベッドに比べれば、ランクはかなり落ちるのだぞ。この部屋には大きすぎるからな」「……お嬢様ってのは、本当なんだな」「最初からそう言っておるだろうが」 天井には小型のシャンデリア、大画面液晶テレビにレコーダー、最新のパソコンにデスク、リクライニングチェアーには両サイドにスピーカー内臓。 フローリングには雲のような絨毯。カーテンも、レースだけで何万するのだろう? そう思ってしまうほど高価なものだった。「なあ沙耶。ここまで金があるのに、なんでこんな過疎マンションに住むことにしたん
「……小百合〈さゆり〉?」 声に振り向くと、公園のベンチに座る悠人〈ゆうと〉がいた。「なんか、久しぶりだね」 小百合がそう言って、悠人の隣に座る。「だな。高校までは毎日一緒だったから、俺も久しぶりな気がするよ」「一週間も経ってないのにね」 小百合が小さく笑う。「大学はどうだ?」「うん、それなりに楽しいよ。友達ともよく遊びに行くし、サークルのみんなも優しいし」「そっか。まぁ楽しくやってるならいいさ」「悠人は?」「俺か? 俺はいつも通りだよ」「どうせ一人で講義受けて、終わったらまっすぐ帰ってるんでしょ。一人で」「今の大学には、お節介な保護者もいないしな」「悠人くん。それはもしかして、私のことを言ってるのかね」 拳を握り、小百合がにっこり笑う。「はははっ」「ふふっ」 * * *「でもほんと、久しぶりだよな。こんな感じで喋るのも」「別々の大学で生活サイクルも変わって、行き違いばっかだからね」「最初の頃はお前も、夜になったら俺の部屋に来てたんだけどな」「それってちょっと、いやらしくない?」「全然。子供の時は風呂も一緒だったんだ。今更だろ」「それはそうだけど」「そんなこと言ったらお前、去年の今頃、毎晩俺の家に泊まってたじゃないか」「あれはだって……悠人の家庭教師してたからじゃない」「そうなんだけどな。その節は本当、お世話になりました」 悠人が大袈裟に頭を下げる。「いえいえとんでもない。出来の悪い生徒だったけど、なんとか合格させることも出来たし、先生としては満足でしたよ」「お前とは頭の出来が違いすぎるからな。お前は推薦、俺はランクをひとつ下げてもぎりぎりだったからな」「でもあの
陽が落ちてきた頃。 この日の締めとして、二人は観覧車に乗った。 ゆっくりと夜景が動いていく。狭い空間で優しいBGMが流れる中、小百合〈さゆり〉が口を開いた。「悠人〈ゆうと〉。今日までよく頑張ったね」「それはこっちのセリフだ。小百合、ありがとな」「悠人なら大丈夫。絶対合格するよ」「だといいんだけど……ははっ」「またぁ。すぐそうやって不安そうな顔をする」「いや……楽しかったから忘れてたけど、俺って明日、受験なんだよな」「もぉー、今からそんな弱気でどうすんのよ」「だな。今更じたばたしても仕方ないよな」「絶対大丈夫だから。自信持ってよね」「でも……今日で終わりなんだな、こんな時間も」「あ……」 悠人の言葉に、小百合がはっとした。 そうだ。合格にしても不合格にしても、悠人の家で一緒に過ごした生活は、今日で終わりなんだ。 そう思うと急に、小百合の中に寂しさが込み上げてきた。「そう、だよね……こうして悠人といるのも、今日が最後なんだよね……」 小百合の様子に悠人は、しまった、今する話題じゃなかった、そう猛烈に後悔した。 小百合はうつむきながら、懸命に笑みを浮かべようとする。「ダメダメ、今日はリフレッシュの一日なんだから。しめっぽくするのはやめよう!」「……すまん、悪かった」「いいっていいって。この話はこれで終わり。それより悠人、隣に行ってもいい? 渡したいものがあるの」「あ、ああ、いいよ」 悠人の隣に座ると、小百合はバッグからラッピングされた包みを出した。「今日まで小百合先生によくついてきました。これはそのご褒美です。ちょっと早いけどバレンタインチョコ、受け取ってください」
「……」 目を覚ました悠人〈ゆうと〉が、またしても違和感を感じた。 違和感の原因である何かが、体にまとわりついてくる。「うぎゃあああああああっ!」 沙耶〈さや〉だった。「ななな、なんでお前がいるんだ!」「どうしたの!」 悠人の叫びに、小鳥〈ことり〉が部屋に駆け込んできた。「……サーヤ……?」「ん……ふにゅ……」「こ、小鳥……助けて……」「……」 まどろみの中、またしても沙耶の顔が近付いてくる。小さな口を開け、悠人の首筋を頬張る。「はむっ……」「ダメええええええっ!」 叫ぶと同時に、小鳥が沙耶の体を引き離す。そしてすかさず、自分の両足を悠人の首に巻きつけた。 関節技、「首四の字固め」の完成。「ぐががが……」 悠人が悶絶しながらタップする。「朝からサーヤに抱きつかれて、しかもいやらしそうに喜んで……この、このっ! 私というものがありながら!」「ギブ……ギブだ小鳥……」 小鳥が足をほどくと、悠人が首を押さえて咳き込んだ。「……お、お前……朝の目覚めにこれはきついぞ」「だよねー。悠兄〈ゆうにい〉ちゃんは、サーヤのキスの方がいいんだもんねー」「当たり前のように冤罪を吹っ掛けるな」「ふっ……」 沙耶の肩が震える。「ふふふっ」「サーヤ?」「いやすまない。面白い
地下から上がると、そこは既に本通りだった。 悠人〈ゆうと〉の知る、日本橋最短ルート。少し歩くと、すぐにフィギュアの店やDVDショップが目に入った。 生粋の電気店やアダルト専門DVD店なども立ち並ぶが、悠人と小鳥〈ことり〉の目には入らなかった。見えているのはアニメショップ、それだけだった。 まずは腹ごしらえにいつもの店と、悠人が入ったのは牛丼屋だった。 時間短縮と経費削減にはここが一番。そう言った悠人に小鳥も同意だった。早々に食べ終わると、いよいよショップ巡りが始まった。 入口いっぱいに陳列された食玩の店に入ると、そこはうなぎの寝床のように真っ直ぐ縦長になっていた。その店の中には入口同様、所狭しと食玩が並べられている。 数百はある食玩に圧倒されながらも、小鳥はお目当てのものがないかと目を輝かせながら物色を続けた。 大型店舗では雑誌や漫画、ポスターやキャラクターグッズに興奮し、中々出ようとはしなかった。こういった店に初めて入った小鳥にとって、ここは宝の山に他ならなかった。 裏通りに入っても、小鳥の興奮は収まらない。 入っては物色を続ける中、とあるフィギュア専門店をロックオン、中に入ろうとした。その小鳥の腕をつかみ、悠人が首を振る。「ここはやめておこう」「どうして? フィギュアのお店だよね。ちょっと覗いてくるね」 そう言って、小鳥が一人で入っていく。悠人は苦笑し、店の前で煙草を吸いだした。 そしてしばらくすると、小鳥が血相を変えて店から出てきた。「おかえり」「な、な、何? このお店」「だから言っただろ。ここは男の夢と欲望のつまった店なんだ」「でもあのフィギュア、胸も、それからその……全部見えてて、な、なんか……」 見る見る内に、小鳥の顔が赤くなっていく。悠人は笑いながら、「喉、渇いただろ。なんか飲むか」 そう言って歩き出した。 自動販売
駅につくと、雨はやんでいた。陽が落ちて、少し肌寒く感じられる。「ちょっと寄り道していいか?」「どこに?」「そこ」 悠人〈ゆうと〉が指差したのは、マンションのそばを流れる川の堤防だった。 * * * 堤防に二人が腰掛ける。小鳥〈ことり〉は寒いのか、少し震えていた。悠人が手渡した缶コーヒーを飲むと、「あったかい」 そう言って笑った。 悠人がジャンパーを脱ぎ、小鳥の肩にかける。「ありがとう。でも、悠兄〈ゆうにい〉ちゃんは寒くない?」「俺は真冬生まれだからな、寒いのには強いんだ」「そうなんだ。小鳥も冬生まれなのに、なんで寒いの苦手なのかな」「女の子だからしょうがないよ。冷え性とか、女の子の方が圧倒的に多いだろ?」 小鳥が残りのコーヒーを一気に飲み、ほっと息を吐いた。「お、星発見」 悠人がそう言って指を伸ばす。その先には宵の明星、金星が光っていた。「ほんとだ。空、晴れたんだね」「あの星だけは、ここでも見えるんだよな」「金星も見えなくなったらおしまいだよ。なんたってマイナス五等星、一等星の170倍も明るいんだから」「さすが星ヲタ」「今日のプラネタリウム、楽しかったー」「そう言ってもらえると、連れて行ったかいがあるよ」「ほんとに楽しかったんだもん」「はははっ。そんなに喜んでもらえたら、また連れて行くしかないじゃないか」「また行きたい! それから出来たら、悠兄ちゃんとほんとの星も見たい!」「望遠鏡持ってか?」「うん!」「じゃあ車を借りて、一度遠出するか」「楽しみにしてるね」 * * * 話が弾む中、悠人が小鳥に何か言おうとしたその時、スマホがなった。「遊兎〈ゆうと〉…&helli
インターホンがなった。「……」 パソコンの電源を入れたばかりの沙耶〈さや〉がモニターを覗くと、悠人〈ゆうと〉の姿が見えた。 笑みを漏らした沙耶が玄関に走り、ドアを開ける。 パンッ! パパンッ! 沙耶の頭上に、クラッカーの音が鳴り響く。見ると悠人に小鳥〈ことり〉、そして弥生〈やよい〉がそこにいた。 三人とも、クラッカーを手に笑顔だ。「サーヤ、引越し・アルバイト決定、おめでとう!」 小鳥の掛け声と同時に、もう一度クラッカーが鳴った。 * * *「ななな、なんだこの騒ぎは」 気が動転した沙耶が、声にならない声を出す。「お前の歓迎会だよ」 悠人が笑顔で沙耶の頭を撫でる。「歓迎会……」「そうです、クイーン・ロリータ。我々庶民は、こういった出会いを大切にしているのです。私も不本意ではありますが、今日は一時休戦ということで、お祝いに馳せ参じました」「に、肉襦袢〈にくじゅばん〉まで……そうか、お前たち……私の引越しを祝ってくれるというのか……」「もう晩飯は食ってしまったから、まぁティーパーティーってとこだな」「サーヤ、中に入ってもいい? ちょっと寒いかも」「あ、ああ、すまない。私としたことが、客人を立たせたままにしてしまった。さあ、入ってくれ」「おじゃましまーす!」 三人がわいわいと中に入る。「怪奇絶壁幼女、じゃなかった北條沙耶殿。キッチン借りますよ」「う、うむ、好きに使ってくれミートボール……ではなく川嶋弥生」「二人が名前で呼び合うの、なんか新鮮だね」「まあ、今日は休戦だからな」 小鳥と弥生が、キ
その後一時間ほど沙耶〈さや〉の家で過ごし、悠人〈ゆうと〉と小鳥〈ことり〉は家に戻った。 弥生〈やよい〉は半べその沙耶〈さや〉にもう少し付き合います、そう言って残っていた。「サーヤ、喜んでたね」 風呂から上がった小鳥が、タオルで髪を拭きながら微笑む。「あそこまで感動してくれたら、プレゼントしたかいもあるよな」 春アニメをパソコンでチェックしながら、悠人が答える。「よいしょっ」 タオルを首にかけ、トマトジュース片手の小鳥が悠人の隣に座った。「面白そうなアニメある?」「そうだな。ジェルイヴを超えるものがあるかどうか」「もうすぐ終わっちゃうんだよね。何か寂しいよ」「この時期、来シーズンのチェックをするのも楽しいんだけど、それ以上に、今から順に最終回が来るのが寂しい時期でもあるんだよな。特にお気に入りが多い時は」「複雑だよね」「ところで小鳥。どさくさに紛れて密着するの、やめてくれないか」「えー、これぐらいいいじゃない。スキンシップは争いをこの世からなくす、最大の妙薬なんだよ」「小鳥お前、ノーブラだろ。ちょっとは警戒しろ」「襲ってくれてもいいんだよ」「なんでテンション上がるんだよ」「お風呂上りの18歳。ご主人様さえその気なら、いつでも純潔を捧げる覚悟は出来てます」「わたったったっ、煙草煙草」 抱きついてきた小鳥を振りほどき、悠人がくわえていた煙草を慌ててもみ消した。「お前が来てから何回目だよ、このパターン」「もおー、悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、なんで小鳥の誘惑にのってくれないかなぁ」「ノリとか誘惑でなびかない主義なんだよ、俺は」「わっ、悠兄ちゃん純情!」「からかうな」 そう言って笑いながら、悠人がリュックから袋を取り出した。「小鳥にこれを」「え?」「堤防で渡そうと思ってたんだけどな」
その夜。 悠人〈ゆうと〉は河原で、小百合〈さゆり〉を待っていた。 * * * 大学に入ってもうすぐ一年になる。この一年、二人はこれまでにないぐらいすれ違った日々を送っていた。 悠人は大学に入ってからも、自分のペースの生活を続けていた。 年間に読む小説の冊数を決め、攻略するゲームの本数を決め、映画館に行く回数を決め。そしてアニメは基本全てチェックする。 月に一度プラネタリウムに行って星と触れあい、あとは健康維持の為、ウオーキングを始めていた。 どちらにしても一般の生徒とは一線を画し、我が道を進んでいた。 人と接触することで生じる責務や、関係が壊れることへの不安はこの歳になっても拭われることなく、彼は以前にも増して自分の世界へと入っていった。 一方小百合はサークルとバイトに明け暮れる、忙しい毎日を過ごしていた。 * * *「ごめん悠人、遅くなっちゃった」「遅いぞ小百合」「ごめんごめん、出る前に先輩から電話がかかってきちゃって。ふうっ、走ってきたから疲れちゃったよ」「相変わらず忙しいみたいだな」「まぁ……ね。はいこれ」 小百合が差し出した缶コーヒーを受け取り、ひと口飲んだ。「それより悠人、いい加減携帯持ったら? いまどき連絡先が家だけなんて、ほんと不便なんだから」「俺はいいんだよ。携帯なんか持って、どこにいても捕まっちまう生活なんて、考えただけでもぞっとする」「あったらあったで便利だよ」「大体俺に連絡してくるやつなんて、親父と母さん、それとお前ぐらいなんだから。それに基本、俺はいつも家にいる」「そうなんだけど……ね」「携帯の話で呼んだんじゃないよな。何かあったのか、こんな時間に呼び出しなんて」「……」 急に小百合が黙り込んだ。 変
その後一時間ほど沙耶〈さや〉の家で過ごし、悠人〈ゆうと〉と小鳥〈ことり〉は家に戻った。 弥生〈やよい〉は半べその沙耶〈さや〉にもう少し付き合います、そう言って残っていた。「サーヤ、喜んでたね」 風呂から上がった小鳥が、タオルで髪を拭きながら微笑む。「あそこまで感動してくれたら、プレゼントしたかいもあるよな」 春アニメをパソコンでチェックしながら、悠人が答える。「よいしょっ」 タオルを首にかけ、トマトジュース片手の小鳥が悠人の隣に座った。「面白そうなアニメある?」「そうだな。ジェルイヴを超えるものがあるかどうか」「もうすぐ終わっちゃうんだよね。何か寂しいよ」「この時期、来シーズンのチェックをするのも楽しいんだけど、それ以上に、今から順に最終回が来るのが寂しい時期でもあるんだよな。特にお気に入りが多い時は」「複雑だよね」「ところで小鳥。どさくさに紛れて密着するの、やめてくれないか」「えー、これぐらいいいじゃない。スキンシップは争いをこの世からなくす、最大の妙薬なんだよ」「小鳥お前、ノーブラだろ。ちょっとは警戒しろ」「襲ってくれてもいいんだよ」「なんでテンション上がるんだよ」「お風呂上りの18歳。ご主人様さえその気なら、いつでも純潔を捧げる覚悟は出来てます」「わたったったっ、煙草煙草」 抱きついてきた小鳥を振りほどき、悠人がくわえていた煙草を慌ててもみ消した。「お前が来てから何回目だよ、このパターン」「もおー、悠兄〈ゆうにい〉ちゃん、なんで小鳥の誘惑にのってくれないかなぁ」「ノリとか誘惑でなびかない主義なんだよ、俺は」「わっ、悠兄ちゃん純情!」「からかうな」 そう言って笑いながら、悠人がリュックから袋を取り出した。「小鳥にこれを」「え?」「堤防で渡そうと思ってたんだけどな」
インターホンがなった。「……」 パソコンの電源を入れたばかりの沙耶〈さや〉がモニターを覗くと、悠人〈ゆうと〉の姿が見えた。 笑みを漏らした沙耶が玄関に走り、ドアを開ける。 パンッ! パパンッ! 沙耶の頭上に、クラッカーの音が鳴り響く。見ると悠人に小鳥〈ことり〉、そして弥生〈やよい〉がそこにいた。 三人とも、クラッカーを手に笑顔だ。「サーヤ、引越し・アルバイト決定、おめでとう!」 小鳥の掛け声と同時に、もう一度クラッカーが鳴った。 * * *「ななな、なんだこの騒ぎは」 気が動転した沙耶が、声にならない声を出す。「お前の歓迎会だよ」 悠人が笑顔で沙耶の頭を撫でる。「歓迎会……」「そうです、クイーン・ロリータ。我々庶民は、こういった出会いを大切にしているのです。私も不本意ではありますが、今日は一時休戦ということで、お祝いに馳せ参じました」「に、肉襦袢〈にくじゅばん〉まで……そうか、お前たち……私の引越しを祝ってくれるというのか……」「もう晩飯は食ってしまったから、まぁティーパーティーってとこだな」「サーヤ、中に入ってもいい? ちょっと寒いかも」「あ、ああ、すまない。私としたことが、客人を立たせたままにしてしまった。さあ、入ってくれ」「おじゃましまーす!」 三人がわいわいと中に入る。「怪奇絶壁幼女、じゃなかった北條沙耶殿。キッチン借りますよ」「う、うむ、好きに使ってくれミートボール……ではなく川嶋弥生」「二人が名前で呼び合うの、なんか新鮮だね」「まあ、今日は休戦だからな」 小鳥と弥生が、キ
駅につくと、雨はやんでいた。陽が落ちて、少し肌寒く感じられる。「ちょっと寄り道していいか?」「どこに?」「そこ」 悠人〈ゆうと〉が指差したのは、マンションのそばを流れる川の堤防だった。 * * * 堤防に二人が腰掛ける。小鳥〈ことり〉は寒いのか、少し震えていた。悠人が手渡した缶コーヒーを飲むと、「あったかい」 そう言って笑った。 悠人がジャンパーを脱ぎ、小鳥の肩にかける。「ありがとう。でも、悠兄〈ゆうにい〉ちゃんは寒くない?」「俺は真冬生まれだからな、寒いのには強いんだ」「そうなんだ。小鳥も冬生まれなのに、なんで寒いの苦手なのかな」「女の子だからしょうがないよ。冷え性とか、女の子の方が圧倒的に多いだろ?」 小鳥が残りのコーヒーを一気に飲み、ほっと息を吐いた。「お、星発見」 悠人がそう言って指を伸ばす。その先には宵の明星、金星が光っていた。「ほんとだ。空、晴れたんだね」「あの星だけは、ここでも見えるんだよな」「金星も見えなくなったらおしまいだよ。なんたってマイナス五等星、一等星の170倍も明るいんだから」「さすが星ヲタ」「今日のプラネタリウム、楽しかったー」「そう言ってもらえると、連れて行ったかいがあるよ」「ほんとに楽しかったんだもん」「はははっ。そんなに喜んでもらえたら、また連れて行くしかないじゃないか」「また行きたい! それから出来たら、悠兄ちゃんとほんとの星も見たい!」「望遠鏡持ってか?」「うん!」「じゃあ車を借りて、一度遠出するか」「楽しみにしてるね」 * * * 話が弾む中、悠人が小鳥に何か言おうとしたその時、スマホがなった。「遊兎〈ゆうと〉…&helli
地下から上がると、そこは既に本通りだった。 悠人〈ゆうと〉の知る、日本橋最短ルート。少し歩くと、すぐにフィギュアの店やDVDショップが目に入った。 生粋の電気店やアダルト専門DVD店なども立ち並ぶが、悠人と小鳥〈ことり〉の目には入らなかった。見えているのはアニメショップ、それだけだった。 まずは腹ごしらえにいつもの店と、悠人が入ったのは牛丼屋だった。 時間短縮と経費削減にはここが一番。そう言った悠人に小鳥も同意だった。早々に食べ終わると、いよいよショップ巡りが始まった。 入口いっぱいに陳列された食玩の店に入ると、そこはうなぎの寝床のように真っ直ぐ縦長になっていた。その店の中には入口同様、所狭しと食玩が並べられている。 数百はある食玩に圧倒されながらも、小鳥はお目当てのものがないかと目を輝かせながら物色を続けた。 大型店舗では雑誌や漫画、ポスターやキャラクターグッズに興奮し、中々出ようとはしなかった。こういった店に初めて入った小鳥にとって、ここは宝の山に他ならなかった。 裏通りに入っても、小鳥の興奮は収まらない。 入っては物色を続ける中、とあるフィギュア専門店をロックオン、中に入ろうとした。その小鳥の腕をつかみ、悠人が首を振る。「ここはやめておこう」「どうして? フィギュアのお店だよね。ちょっと覗いてくるね」 そう言って、小鳥が一人で入っていく。悠人は苦笑し、店の前で煙草を吸いだした。 そしてしばらくすると、小鳥が血相を変えて店から出てきた。「おかえり」「な、な、何? このお店」「だから言っただろ。ここは男の夢と欲望のつまった店なんだ」「でもあのフィギュア、胸も、それからその……全部見えてて、な、なんか……」 見る見る内に、小鳥の顔が赤くなっていく。悠人は笑いながら、「喉、渇いただろ。なんか飲むか」 そう言って歩き出した。 自動販売
「……」 目を覚ました悠人〈ゆうと〉が、またしても違和感を感じた。 違和感の原因である何かが、体にまとわりついてくる。「うぎゃあああああああっ!」 沙耶〈さや〉だった。「ななな、なんでお前がいるんだ!」「どうしたの!」 悠人の叫びに、小鳥〈ことり〉が部屋に駆け込んできた。「……サーヤ……?」「ん……ふにゅ……」「こ、小鳥……助けて……」「……」 まどろみの中、またしても沙耶の顔が近付いてくる。小さな口を開け、悠人の首筋を頬張る。「はむっ……」「ダメええええええっ!」 叫ぶと同時に、小鳥が沙耶の体を引き離す。そしてすかさず、自分の両足を悠人の首に巻きつけた。 関節技、「首四の字固め」の完成。「ぐががが……」 悠人が悶絶しながらタップする。「朝からサーヤに抱きつかれて、しかもいやらしそうに喜んで……この、このっ! 私というものがありながら!」「ギブ……ギブだ小鳥……」 小鳥が足をほどくと、悠人が首を押さえて咳き込んだ。「……お、お前……朝の目覚めにこれはきついぞ」「だよねー。悠兄〈ゆうにい〉ちゃんは、サーヤのキスの方がいいんだもんねー」「当たり前のように冤罪を吹っ掛けるな」「ふっ……」 沙耶の肩が震える。「ふふふっ」「サーヤ?」「いやすまない。面白い
陽が落ちてきた頃。 この日の締めとして、二人は観覧車に乗った。 ゆっくりと夜景が動いていく。狭い空間で優しいBGMが流れる中、小百合〈さゆり〉が口を開いた。「悠人〈ゆうと〉。今日までよく頑張ったね」「それはこっちのセリフだ。小百合、ありがとな」「悠人なら大丈夫。絶対合格するよ」「だといいんだけど……ははっ」「またぁ。すぐそうやって不安そうな顔をする」「いや……楽しかったから忘れてたけど、俺って明日、受験なんだよな」「もぉー、今からそんな弱気でどうすんのよ」「だな。今更じたばたしても仕方ないよな」「絶対大丈夫だから。自信持ってよね」「でも……今日で終わりなんだな、こんな時間も」「あ……」 悠人の言葉に、小百合がはっとした。 そうだ。合格にしても不合格にしても、悠人の家で一緒に過ごした生活は、今日で終わりなんだ。 そう思うと急に、小百合の中に寂しさが込み上げてきた。「そう、だよね……こうして悠人といるのも、今日が最後なんだよね……」 小百合の様子に悠人は、しまった、今する話題じゃなかった、そう猛烈に後悔した。 小百合はうつむきながら、懸命に笑みを浮かべようとする。「ダメダメ、今日はリフレッシュの一日なんだから。しめっぽくするのはやめよう!」「……すまん、悪かった」「いいっていいって。この話はこれで終わり。それより悠人、隣に行ってもいい? 渡したいものがあるの」「あ、ああ、いいよ」 悠人の隣に座ると、小百合はバッグからラッピングされた包みを出した。「今日まで小百合先生によくついてきました。これはそのご褒美です。ちょっと早いけどバレンタインチョコ、受け取ってください」
「……小百合〈さゆり〉?」 声に振り向くと、公園のベンチに座る悠人〈ゆうと〉がいた。「なんか、久しぶりだね」 小百合がそう言って、悠人の隣に座る。「だな。高校までは毎日一緒だったから、俺も久しぶりな気がするよ」「一週間も経ってないのにね」 小百合が小さく笑う。「大学はどうだ?」「うん、それなりに楽しいよ。友達ともよく遊びに行くし、サークルのみんなも優しいし」「そっか。まぁ楽しくやってるならいいさ」「悠人は?」「俺か? 俺はいつも通りだよ」「どうせ一人で講義受けて、終わったらまっすぐ帰ってるんでしょ。一人で」「今の大学には、お節介な保護者もいないしな」「悠人くん。それはもしかして、私のことを言ってるのかね」 拳を握り、小百合がにっこり笑う。「はははっ」「ふふっ」 * * *「でもほんと、久しぶりだよな。こんな感じで喋るのも」「別々の大学で生活サイクルも変わって、行き違いばっかだからね」「最初の頃はお前も、夜になったら俺の部屋に来てたんだけどな」「それってちょっと、いやらしくない?」「全然。子供の時は風呂も一緒だったんだ。今更だろ」「それはそうだけど」「そんなこと言ったらお前、去年の今頃、毎晩俺の家に泊まってたじゃないか」「あれはだって……悠人の家庭教師してたからじゃない」「そうなんだけどな。その節は本当、お世話になりました」 悠人が大袈裟に頭を下げる。「いえいえとんでもない。出来の悪い生徒だったけど、なんとか合格させることも出来たし、先生としては満足でしたよ」「お前とは頭の出来が違いすぎるからな。お前は推薦、俺はランクをひとつ下げてもぎりぎりだったからな」「でもあの
「なんなんだこの部屋は……」 * * * 隣なので、基本的に悠人〈ゆうと〉の家と同じ間取りのはずだった。 しかし足を踏み入れた沙耶〈さや〉の部屋は、奥の二部屋の壁がぶち抜かれ、14畳の洋間になっていた。台所も、最新式のシステムキッチンになっている。「工事してるのは知ってたけど、お前だったのか」「ああ。流石に死ぬまでとは言わぬが、当分ここが拠点になるのだ。住みやすいよう、変えさせてもらった」「これだけのリフォームをわずか数日で……一体いくらかかったんだよ」「すいません、これはどちらに?」「ああ、一番奥に頼む」「よかったね悠兄〈ゆうにい〉ちゃん。これでずっと、弥生〈やよい〉さんともサーヤとも一緒だよ」「いや、そうなんだけどな……」「遊兎〈ゆうと〉、仕事が出来たぞ。私のベッドだ、組み立ててくれ」「分かった分かった」 * * *「こりゃまた、規格外のベッドだな」 小柄の沙耶が何人寝れるのか、そのベッドはキングサイズの域を超えていた。しかも屋根がついていて、高価そうなレースがかかっている。「……どこの異世界の王女様だよ」「何を言う。これでも実家のベッドに比べれば、ランクはかなり落ちるのだぞ。この部屋には大きすぎるからな」「……お嬢様ってのは、本当なんだな」「最初からそう言っておるだろうが」 天井には小型のシャンデリア、大画面液晶テレビにレコーダー、最新のパソコンにデスク、リクライニングチェアーには両サイドにスピーカー内臓。 フローリングには雲のような絨毯。カーテンも、レースだけで何万するのだろう? そう思ってしまうほど高価なものだった。「なあ沙耶。ここまで金があるのに、なんでこんな過疎マンションに住むことにしたん