あれから私はひたすらローランドを避けまくっていた。
夫婦の寝室は別にし、一緒に食べていたらしい朝、夕の食事も別の時間にして貰った。なんかたまに王宮で行われてる公式の行事や、社交パーティーとかも毎回欠席し、仮病を使って寝室に引きこもってる。
だってその場合、ローランドと同伴しないといけないらしいから。 あんな男、皆の前でポツンと一人にしとけばいいんじゃない? この国は小国だが、意外と広大な王宮の敷地内に中央行政庁や裁判所、神殿などがある。 ローランドはほぼ毎日行政庁に出掛けてる。 朝やちょこっとした合間に廊下などで顔を合わせる場合もあるが、大抵は向こうが仕事している場面で出会う。 真面目に仕事もしてくれて、生活させてくれてるならまあいい男だよね。王だし。今日も無駄に顔がいい。
っても相変わらず害虫を見るような失礼な顔で睨んでくるけど。 まあいい。 アデリナ自身はまだ若い設定だけど、私の実年齢からいくと向こう4〜5歳くらい年下だし、年下の残念な男だと思えば鼻で笑ってあげる余裕だって出てくる。「フッ。」——あ、口に出ちゃってた。
「———!!」お互い数秒かけて睨み合ったすえ、ランドルフを背後に連れたローランドは不愉快そうに向こう側に歩いて行った。
あー怒ってる、怒ってる。
でも別に平気。 だって私アデリナじゃないし! このまま嫌われてローランドと離婚できるならそれでいいと思ってるわけで。まあ離婚については色々慎重に考える時間が必要ね。
◇◇
「……国法ですか?」
「うん、そう。この国での離婚に関する法律ってどうなってるのかなと思って。」
ローランドが仕事に行ってる間、私はホイットニーと王宮内に
ここ数日、私は非常に怒っていた。 突然離婚宣言をしたあの夜、アデリナは本当にこれまで一緒に使っていた寝室を訪れなかった。 夜中に眠れずに侍女を捕まえると、アデリナは大人しく自室に一人で寝ているという。 あの時癇癪まで起こしたくせに一体何を考えているんだ? さっぱり分からない。 分からないから困惑した。 あの女の真の狙いが何なのか見極められないから。 だが、きっとまたロクでもない事だろう。 また私に何か高価な物を買わせる作戦かも知れない。 だったらこちらはあの女の事をとことん無視してやる。 あの女の訳の分からない我儘に付き合う必要はどこにも…… ◇ 「陛下。今日、王妃陛下がご一緒に朝食を食べないと仰られていますが……」 翌日アデリナは、自らが決めた朝食を一緒に食べるという約束を破った。 言ってきたのは、アデリナのお気に入りの侍女ではなかった。 気まずそうに言ってきたこの女もまた、この国の貴族で王妃付きの侍女だ。 確か侯爵家の……名前は知らないが、髪は金色に近く、いつも派手な色の口紅をしている。 「そうか。分かった。」 口ではそう言いながら、またピリッとした怒りが胸の片隅に湧いた。 あの女は自分で決めた事も守れないのか? そんな私の態度に気づいたかは知らないが、侍女はまだ部屋から下がらず、ランドルフや他の給仕達がいる中、一歩前に足を進めた。 「本当に……王妃陛下はご自分でお決めになられた事すらも、守れぬお方なのですね。」 クスッとその女から嘲笑が聞こえた。 その瞬間……なぜか別物の怒りを覚える。 実はこれまでも何度か、専属侍女達のアデリナに対する態度が悪いという噂を耳にした事があった。 だけどその度にアデリナは、侍女の頭から酒をぶっかけたり、足を引っ掛けて廊下で転ばせたりしたのだと言う。 大人しくやられるだけの女ではなかった。
本来なら、この先数年後にローランドがリジーと不倫するからそれが一番の離婚事由なんだろうけど…さすがにまだ起きてもない事を理由に離婚するわけにはいかないし。 それに最悪、アデリナに生活能力も財産もなかったとしても……確か実の父親には溺愛されてたよね? だったら離婚したら実家に帰ればよくない? 実家暮らし駄目なの? なんか無いかな。 こう!って言う最もな離婚理由が! 「あ……これだ!王国法・王族の離婚に関する法律。 《第108条・伴侶に対し、精神的苦痛を与える、または著しく相手の尊厳を踏み躙るような行為をした場合。 傷つけた相手に罰金を支払い……》あ!罰金って慰謝料かな!」 ついに見つけた!大興奮して私は本を手にして席を立ち上がる。 「そうか!そうよね? 何もローランドの悪い部分を探す必要はない! 理由はアデリナでいい! だってアデリナは性悪妻だから! ねえ?ホイットニー! 逆にアデリナの悪事を理由に罰金を払ってローランドと円満離婚すればいいの……」 「ほお。………私に自ら罰金を払うと? それで私と離婚をすると?」 あれ?いつの間にホイットニーがあんなに遠くに? そしていつの間にローランドがそこに!? ◇ 睨み合う私とローランド。 図書室には隅に震えるように佇むホイットニーと、その横に(あんたもいつ来た?)澄ましたような顔をして立っているランドルフ。 すぐ隣には、私を敵のように睨みつけるローランドの姿。 サラッサラの薄水色にも見える銀の髪。 相変わらず丁寧に一本に纏められている。 鋭い目つき。口元のセクシーな黒子。 今日も無駄にくっそイケメン。 ピシッとした濃い緑色に、繊細な刺繍が施された上下服が似合ってる。
私が離婚宣言したって、いつもの事だと邪険にあしらわれたのだ。 誰にも本当は私がアデリナじゃないと気づかれない現状…… 裏にはお国同士のパワーバランス問題…… 今、私がバッドエンド回避に向けてできることは限られている。 それにローランドと円滑に離婚するにしても、冷静になって考えてみたら私はこの国の離婚や法律を、ほぼ何も知らない状態なのだ。 「アデリナ様は離婚について何をお調べになりたいのですか?」 だらしなく項垂れながら本を捲る私に、ホイットニーが背筋をピンと伸ばしたまま尋ねてくる。 「ええっとね……あのローランドに離婚を納得させる為には、法律による離婚事由で説得するのが一番早いでしょ?」 「離婚事由…ですか?」 「そう、例えばこの国の王族はどんな理由があれば離婚ができるのか。」 興味深そうに耳を傾けるホイットニーに私は丁寧に説明する。 「ローランドと単に性格が合わないから即離婚ができるのか、それともDVとかモラハラとか具体的な理由が必要なのか、とか。」 「でぃーぶい……もら、はら?」 ほぉっ、とホイットニーはそれを外国語のように復唱にする。 いや、可愛いな。ホイットニー。アデリナが側に置きたがっていた理由が分かる気がする。 「それに離婚時に財産分与はあるのか!ってのがポイントよ。 だって離婚が成立したら私は一人で生きていくわけでしょ? その時にお金がなければ生きていけないじゃない。 別に贅沢なんてしなくていいから、当面の生活ができるお金があればいいのよ。逆に全くお金がないと困るの! 結局、世の中お金なんだから」 豪語しといて、本当それ。 現実の私もさっさとクズ夫に見切りをつけて、慰謝料踏んだくれば良かった。 そもそもアデリナの私財ってどのくらいあるんだろう? 王妃ってお
特に侯爵家令嬢の金色の髪に派手な口紅してる侍女……セイディだっけ? あの女を中心に分かりやすくアデリナに悪意を向けてくるんだよね。 私アデリナじゃないのに(笑)。 あの人達も確か小説では、アデリナに酷い態度を取ってたはず。 まあ、かと言って大人しくやられてるアデリナではなかったけど。 侮辱されたら直接攻撃もアリ的な? 頭にきたら、具体的に相手の頭からお酒かけるとか。 とにかく性格が悪いだけあって、アデリナもぶっ飛んでるキャラだった。 まあ私には関係ない事だし、何言われても無視してるんだけど。 「ていうか……私アデリナじゃないし。」 ぶつぶつ言いながら、王族に関する分厚い国法の本をパラパラと捲る。 表紙はレリーフのような金縁で繊細に彩られていて、とても立派なものだった。 さすが王宮の図書室というだけあって、壁一面、さらには高い天井付近まで棚があって、どこも様々な本がびっしりと詰まっていた。 本当に小説の世界にいるんだなと思わずにいられない。 訳のわからない独り言を言う私を見て、側に控えているホイットニーが苦笑した。 「またまた。アデリナ様は本当にご冗談がお上手ですね。」 この子も、どうやら伯爵家のご令嬢らしい。 花嫁修行の一貫としてアデリナに仕えているんだとか。 そもそもアデリナ付きの侍女達は、全員が貴族の令嬢なのだそうだ。 一般人の下働きのメイド達とは違うみたい。 「だから〜私はアデリナじゃないって言ってるでしょ?」 自分が憑依者であり、本当はアデリナではないという事実をホイットニーに隠す気は全くなかった。 だがホイットニーは、相変わらず信じてくれない。 やっぱり顔がアデリナだと、中身が違うなんて事に気づく人はいないんだろうか。 まだホイットニー以外の人には秘密にしてるんだけど。 けど私がアデ
とにかくバッドエンド回避のため、一番の問題であるNO子作りミッションは現在進行形で進められている。 あれから私はひたすらローランドを避けまくっていた。 夫婦の寝室は別にし、一緒に食べていたらしい朝、夕の食事も別の時間にして貰った。 なんかたまに王宮で行われてる公式の行事や、社交パーティーとかも毎回欠席し、仮病を使って寝室に引きこもってる。 だってその場合、ローランドと同伴しないといけないらしいから。 あんな男、皆の前でポツンと一人にしとけばいいんじゃない? この国は小国だが、意外と広大な王宮の敷地内に中央行政庁や裁判所、神殿などがある。 ローランドはほぼ毎日行政庁に出掛けてる。 朝やちょこっとした合間に廊下などで顔を合わせる場合もあるが、大抵は向こうが仕事している場面で出会う。 真面目に仕事もしてくれて、生活させてくれてるならまあいい男だよね。王だし。 今日も無駄に顔がいい。 っても相変わらず害虫を見るような失礼な顔で睨んでくるけど。 まあいい。 アデリナ自身はまだ若い設定だけど、私の実年齢からいくと向こう4〜5歳くらい年下だし、年下の残念な男だと思えば鼻で笑ってあげる余裕だって出てくる。 「フッ。」——あ、口に出ちゃってた。 「———!!」 お互い数秒かけて睨み合ったすえ、ランドルフを背後に連れたローランドは不愉快そうに向こう側に歩いて行った。 あー怒ってる、怒ってる。 でも別に平気。 だって私アデリナじゃないし! このまま嫌われてローランドと離婚できるならそれでいいと思ってるわけで。 まあ離婚については色々慎重に考える時間が必要ね。 ◇◇ 「……国法ですか?」 「うん、そう。この国での離婚に関する法律ってどうなってるのかなと思って。」 ローランドが仕事に行ってる間、私はホイットニーと王宮内に
あれって絶対ツンデレというやつだよね? 私、日本生まれ日本育ちの元主婦、上坂《かみさか》葵《あおい》はなぜかこの小説に登場するクブルク国の王妃、アデリナに憑依していたわけだが。 【愛を貫いた白衣の天使と氷の王】というタイトルのこの不倫恋愛ロマンス小説。 ある投稿サイトに投稿されていた素人作品で、しかもまだ未完成だった。 まあ、ぶっちゃけ不倫を擁護しちゃってる的なあれだよね。 実は私もあの小説を暇つぶしに読んでて、アデリナは本当に性格が悪い!って思ってた。 純愛を語ってるけど、結局は不倫するローランドとリジー。 それ自体は最低だけど、アデリナがこんなんだから不倫されるのよ!って思ってしまう事も多々あった。 私も最低。 自分もされて嫌だったのに、いくら小説の中の悪女とは言えアデリナを責めるなんて。 で、実際に自分がそのアデリナになってみて、小説の内容を思い返して気づいた。 この前の侍女の話からも分かるように。 アデリナのあの初夜の時の態度、その後のローランドに対する態度……… あんた完全にツンデレだよね! でもね、この小説。男主人公のローランド視点の話がよく出てきてたんだけど……あの男まず愛を知らない孤独な王という設定だったんだよね。 だから「氷の王」。 要は自分可哀想と思ってるナルシストみたいな。 つまり愛されてても気づかないという超鈍感男なわけ。 だからアデリナ。あんたのツンデレはあの男に全く通じてなかったという事なんだよ。 ツンだけが見えて、あんたのデレなんかちっとも見えてないの!分かる? あの男はね。 これから先登場するヒロインのリジーみたいに素直に「愛してます」って言ってくれる人でないと他人の気持ちが分からない、本当に残念な男なの!!